娘の失踪

 部屋に飛びこんだ瞬間、おもちゃで遊ぶ2歳の娘が目に入った。「見つかったのか」思いがけない歓びに戸惑う僕に、泣きべそをかいたような笑顔で妻はうなずいた。娘がいないの、と妻から会社に電話が入ったのが午後3時前。上司に事情を伝え、電車に飛び乗り自宅に着いたのが午後4時過ぎ。その地獄のような1時間あまりは、今でもありありと思い出すことができる。娘を住まいから遠い公園で見つけてくれたのは隣の棟に住む主婦だった。このマンションに引っ越してすぐ妻と親しくなった女性である。僕が日頃軽視する近所づきあいが、僕たち一家の大ピンチを救ってくれたのだ。ケータイで連絡を取り合うことなど想像できなかった、昭和49年のでき事である。

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