能登半島地震と身近な事例から見る防災DXの課題と将来展望
2025年09月04日 / 『CRI』2025年9月号掲載
目次
なぜ、防災分野でDXが求められているのか
DXはデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略称であり、経済産業省が2020年に公表した「デジタルガバナンス・コード2.0」において、以下のように定義されている。 「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」 引用:経済産業省、デジタルガバナンス・コード2.0、https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf
一方、DXの提唱者とされるErik Stoltermanは「デジタル技術が人間の生活のあらゆる面で引き起こす、または影響を与える変化」と定義しており、本来はビジネス領域に限られたものではなく、我々の日常生活と密接に関わる概念である。ビジネス分野において非常に注目されているDXであるが、防災分野においてもDXの取り組みが加速している。
防災分野においてDXが求められる背景には、気候変動の影響により、水害や土砂災害などの自然災害が以前よりも頻繁に発生し、その被害が広域化し、激甚化していることがある。また、防災を担う地方公共団体や地域においては、少子高齢化の影響による防災の担い手不足や財政不足が深刻化しており、脅威を増す自然災害に対して対応が追い付かなくなっていることも背景にあると考えられる。実際、大規模な災害が発生すると、被災自治体だけでは人的リソースが不足するため、国や他の地方公共団体、民間企業やボランティア団体などの支援がなければ、対応が困難な状況となっている。このような課題を解決するために、防災活動や災害対応を効率化し、高度化を図る手段の一つとして、防災分野においてもDXが注目されているのである。現在、国や地方公共団体、民間企業など多方面で「防災DX」あるいは防災分野へのデジタル技術の適用に関する取り組みが行われている。
防災DXに関する国の施策
内閣府が2021年に発表した「防災・減災、国土強靱化新時代の実現のための提言」(以下「内閣府提言」)において、自然災害による被害が相次ぐ中で今後取り組みを加速させるべき施策がまとめられ、このうち「デジタル・防災技術」に関しては、「防災デジタルツイン」「リアルタイムの情報共有」「究極のデジタル行政能力の構築」「防災デジタルプラットフォーム」「防災IoTの構築」など、防災DXによる具体的な施策が盛り込まれている。
また、2021年に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」)においては、「防災等の準公共分野のデジタル化」「防災情報プラットフォーム」「地方公共団体の防災業務のデジタル化」などの施策が明記されている。重点計画はその後も改定が続けられ、2025年6月に公表された重点計画によると、 「災害発生時に、被災者を命の危機から救い、適切な支援を行うために、国、地方公共団体、指定公共機関等の災害対応機関等において、被害状況の迅速な把握、的確な意思決定、その共有と行動といった一連の行動様式の確立が求められる。そのためには、「情報」が不可欠である。このため、防災DXを危機管理政策として捉え、災害対応機関等が情報連携共有体制を強化し、一体的な災害対応を実行していくことが重要である。また、住民等が平時から災害への備えを徹底し、災害時には命を守る行動等がとれるよう、防災アプリ等を通じて個々の住民の状況に応じたきめ細かな支援を提供するとともに、被災者視点で考え、利便性の向上を図っていくことが重要である。」として、国が進める以下の6つの具体的な取り組みが挙げられている。
(ア)防災デジタルプラットフォームの構築
(イ)防災アプリ開発・利活用の促進等/データ流通・連携の促進
(ウ)一人一人の状況に応じた被災者支援の充実
(エ)官民連携による防災DXの更なる推進
(オ)通信・放送・電力インフラの強靭化
(カ)防災デジタル技術の更なる発展と海外展開
内閣府提言をさらに具体化した取り組みとして、国が防災DXを推進していることがうかがえる。
引用:デジタル庁、デジタル社会の実現に向けた重点計画、https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program
令和6年能登半島地震の経験
令和6年能登半島地震では、死者549人(うち災害関連死321人)、行方不明者2人、住家被害11万5,681棟、避難者(最大)3万4,173人という甚大な被害が発生した(2025年3月25日時点、石川県公表データより)。道路などのインフラに大きな被害が生じたため、指定避難所に避難できず、最寄り施設への自主避難や地域に孤立する状況が多く発生した。そのため自衛隊や消防、DMAT (災害派遣医療チーム:Disaster Medical Assistance Team)が被災地域に入り、避難所の情報を収集したが、市町が収集した避難所情報と各機関がそれぞれ収集した情報を統合するルールや仕組みがなかったため、避難所数や避難者数を網羅的に確認できない事態となった。また、避難生活が長引く中で、1.5次避難所や2次避難所※1に移動する避難者が増加したが、広域に移動する避難者ひとりひとりを把握する仕組みがなかったため、避難者の状況や居所の把握が困難になった。避難所数や避難者数は被災者の人命救助や物資支援に欠かせない情報であり、避難者の状況や居所の情報は被災者の生活再建支援や災害関連死を防ぐために重要な情報である。しかし、避難所や被災者ひとりひとりの情報を管理するルールや仕組みがなかったため、現場では混乱が生じていた。
このような状況を解決するため、防災DX官民共創協議会※2(以下「BDX」)では、会員団体のうち、協力会員企業がボランティアで現地に入り、避難所データの統合管理システムの構築支援や被災者の状況を把握するアプリケーションの作成、被災者情報を統合管理する被災者データベースの構築支援を行った。STEP1は場所(避難所)の情報、STEP2は人(避難者)の情報を収集・集約する取り組みである(図表1)。
※1【2次避難所】自宅の復旧や仮設住宅への入居までの間、被災者の生活環境を確保するために、被災地外に用意されたホテルや旅館などの一時的に被災者を受け入れる施設です。【1.5次避難所】2次避難所に入るまでの間に一時的に被災者を受け入れるために、被災地外に用意されたスポーツセンターなどの施設です。
※2 防災DX官民共創協議会は、デジタル庁の呼びかけにより、災害による国民ひとりひとりの被害や負担を軽減するための平時と有事の防災DXのあり方を、民間が主体的かつ協調的に追求し、官民共創によって実現することを目的に、2022年12月に発足した団体です。現在、地方公共団体は115団体、民間事業者は422団体(2025年7月時点)が参加しています。
また、避難者情報を把握するために、石川県、デジタル庁、BDXの3者が中心となり、Suicaを活用して避難者の所在や動きを把握する仕組みを開発した。具体的には、避難者の情報(氏名・住所・生年月日・連絡先など)を紐づけたSuicaを避難者に配布し、避難者が避難所や入浴施設などに入退出する際に、出入り口に設置したカードリーダーにSuicaをタッチすることで、地方公共団体が「いつ」「誰が」「どこにいた」という情報を個別かつ全体的に把握する仕組みを構築した。本来であれば、マイナンバーカードの活用で実現できる仕組みであるが、避難時にマイナンバーカードを所持していない避難者も多く、当時は再発行に時間がかかるなどの課題があったため、緊急的にSuicaで代替したものである(図表2)。
令和6年能登半島地震においては、事前の準備がなく発災後に発生した問題に一つひとつ対応してきたため、対応に苦慮し時間を要した。今後は防災DXも発災前から災害対応の準備を進める事前防災が重要であると実感した。また、重点計画の「(エ)官民連携による防災DXの更なる推進」に示されているように、国や地方公共団体と民間企業が一体となり、災害現場で発生する課題に対して防災DXで解決していく体制構築も重要である。現在、国は広域で被災者を管理可能なデータベース構築の準備や大規模災害時に被災自治体の現場に入り、被災自治体のニーズとデジタル支援を提供する民間企業等との間をコーディネートする、災害派遣デジタルチームの創設準備を進めている。
身近な防災DX
これまで国や地方公共団体の防災DXの施策や事例を取り上げてきたが、身近な取り組みについても考えてみたい。例えば、2007年から一般向けに提供が開始された緊急地震速報は、防災DXの先駆けである。地震は、P波と呼ばれる小さな揺れの後に、S波と呼ばれる大きな揺れが来る。この仕組みを利用して、全国各地に設置された地震計がP波を捉え、地震の規模や震源地を予測する。そして、大きな揺れのS波が来る数秒から数十秒前に警報が発表されるものである。この緊急地震速報は、人々が事前に避難行動を取る時間を確保できるため、被害を軽減する効果があり、命を守る行動に変化を与えるという意味において、広く普及した防災DXの一例とも言える。このような身近な取り組みが、今後の防災DXの進展においても重要な要素となるであろう。
内閣府提言では「防災IoTの構築」が取り上げられている。地震計もIoTの一例であるが、全国の河川で整備が進んでいる水位計もまたIoTの一つである。近年、ゲリラ雷雨や台風の接近時に氾濫危険情報や氾濫発生情報が発表されるが、これは水位計の普及により河川水位を正確に把握できるようになったため、河川の危険な状況をリアルタイムで周知できるようになったものである。さらに身近な例として、内水氾濫や浸水・冠水に対して、マンションの入り口や駐車場、交差点周辺に設置される車止め(ボラード)を活用し、冠水状況を迅速に検知する製品が普及している。冠水を検知した際には、管理者にメールで通知するとともに、車止め(ボラード)自体が発光して周囲に危険を知らせることで、被害を未然に防ぐことが可能である。
防災活動は一般的に費用がかかるため、その普及には課題がある。近年は、フェーズフリー※3という考え方も広がりつつあるが、車止め(ボラード)の活用は、平時には車止めとして機能し、災害時には冠水センサの役割を担う、まさにフェーズフリーを実現した製品と言える(図表3)。
※3フェーズは、日常と非常時の境目のことで、フリーはその境をなくすという意味です。フェーズフリーは、日常の暮らしと災害発生時(非常時)を分けずに、日常で使うものを災害時にも活用するという考え方です。
おわりに
ICT技術の進展により、防災分野においても急速にDXを推進する施策や取り組みが増加している。重点計画にあるように、今後、防災デジタルプラットフォームが構築され、データの流通や連携が進むことにより、防災アプリの開発や利活用が促進され、住民ひとりひとりの状況に応じた被災者支援が充実してくると考えられる。
身近な防災DXの一例としてIoTセンサを取り上げたが、全国各地に設置されたIoTセンサのデータを流通させてシェアすることができれば、例えば外出先や移動経路の状況も把握できるようになり、社会全体で利用できる情報となる。また、防災気象情報や発災後の道路啓開の情報などと重ね合わせることにより、新たなユースケースや新たな価値が生まれることも期待できる。
今後は激甚化する自然災害の脅威に対して、テクノロジーとデータをフル活用して、課題を解決していく時代である。また、 「誰ひとり取り残さない防災」 「誰ひとり取り残されないデジタル社会」の実現には、国や地方公共団体のみならず、民間企業の協力が不可欠である。防災を日常的に提供するサービスの延長線上として捉えて、社会全体で防災を変革していくことが、我々に課せられた課題である。

応用地質株式会社 情報システム事業部 執行役員事業部長
防災DX官民共創協議会 基盤形成部会 部会長
応用地質は、地質・地盤に関わる専門的知見と技術を基盤として、インフラ整備や防災、環境、資源エネルギー分野の社会課題の解決に向けて事業を展開。近年は、デジタル技術との融合や異業種とのオープンイノベーションにより、新たな市場の創造に挑戦している建設コンサルタント会社。
筆者は同社の情報系の事業部門を率いる傍ら、2023年より防災DX官民共創協議会の活動として防災分野のデータ連携基盤に関する検討をデジタル庁などと連携しながら進めている。



