ミュージアム・スタジアムが拡げるまちの魅力
2025年09月04日 / 『CRI』2025年9月号掲載
目次
キャパシティ以上の観光客数の増加が日常生活に影響するオーバーツーリズムの課題が議論されている。その中で政策目標としての「集客数拡大」に取り組む一方で、人口減少社会の中でその地域と来訪者のつながりを継続させる「関係人口」の創出・拡大の取り組みが注目されている。
一般的に集客のための「観光資源」として提示されるのは「食事」「絶景」「温泉」「特産品」「祭り」などだが、テレビの旅番組や地域のWEBサイトなどで同じパターンのコンテンツを繰り返し見せられると鮮度は薄れてしまい地域の独自性も失う。
例えば、眺望が開けたエリアの「○○テラス」と呼ばれる展望カフェや天空に届くブランコ、橋の上からのバンジージャンプや大空間でのジップライン、大きなアルファベットブロックの地名モニュメント等々によるSNS映えの演出。さらに、「パンケーキカフェ」「ご当地名産品のソフトクリーム」「焼きそば等のB級グルメ」など、ありがちな食の演出を同じパターンで全国展開しているだけである。これらは「観光資源」の「浪費」に過ぎずすぐに飽きられる。
域外の「来訪者」を呼び込み、「リピーター」として何度も訪問してもらい、「関係人口」として持続的な愛着を形成するためには、「集客」の目標数字が自己目的化しないように気をつける必要がある。
関係づくりのスタートとなる集客施設の最新動向から、「集客」した後どう拡げていくかのヒントをつかみたい。
1. 集客施設の最新動向~美術館・博物館の重要性
年間の集客数は「テーマパーク」がとび抜けている(図表1)。
大阪の「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」が年間1,600万人の入場者数で、施設単体だと日本一多い。
アメリカでは「マジックキングダム・パーク」1,772万人(フロリダの「フロリダ・ディズニー・ワールド・リゾート」内のテーマパークの一つ)、「ディズニーランド・パーク」1,725万人(カリフォルニア、「ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パーク」900万人が隣接)、「ユニバーサル・スタジオ・フロリダ」など、複数のテーマパークが集積している事例が多い。
国内では「東京ディズニーランド」1,510万人、「東京ディズニーシー」1,240万人が多い。2つのテーマパークが隣接して棲み分けているのはアメリカのスタイルに習っている。
「テーマパーク」は飽きられないように常に新しいアトラクションを加える必要がある。
日本国内でバブル期に「テーマパーク」をうたう施設が各地に開設されたが、多くの施設が淘汰されている。残っている施設は「映画」や「アニメ」「ゲーム」のキャラクターや物語をアトラクションに取り入れ、常に入れ替えて鮮度を保っている。テーマパークには大規模な再投資が欠かせない。
2つのテーマパークを運営する「東京ディズニーリゾート」では映画「シュガー・ラッシュ」をテーマにしたアトラクションの新設も発表され、「ディズニーランド」と「ディズニーシー」合わせて年間集客数3,000万人を目標としている。
(図表2)でジャンル別の年間集客数を比較すると、「遊園地」や「公園・展望施設」と並んで「美術館・博物館・植物園等」がコンスタントに入場者数を集めているのが注目される。
まちの魅力を伝える集客装置として「美術館・博物館等」の重要性をきちんと見直す必要がある。
綜合ユニコムの「月刊レジャー産業資料」によると、外国人入場者比率が高いのは「チームラボプラネッツ TOKYO DMM」75.0%、「広島平和記念資料館」33.8%と「美術館・博物館」系の施設はインバウンド集客装置としても機能している。
国外の美術館の入場者数は以下の通り。
入場者数の確保のためのイベントに工夫を凝らす美術館も少なくない。
イギリスの美術館は1990年代後半から2000年代初頭にかけて、国や慈善団体からの資金が不足した中、ブランディングと商業活動によって資金を獲得し、美術館の資金調達モデルの先駆者となった。ロンドンの「ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館」(年間352万人)は昨年、テイラー・スウィフトの展覧会「テイラー・スウィフト:ソングブック・トレイル」の開催によって前年比13%の伸びを示した。※出典: 「ARTnews JAPAN」2025年4月2日
1970年の大阪万博以降、美術館・博物館そして商業施設での展示装飾技術は大きく進歩してきた。
東京を中心に多くの外国人観光客を集めている「チームラボ」はその代表例だろう。江東区の「チームラボプラネッツ TOKYO DMM」は年間260万人、麻布台ヒルズの「チームラボボーダレス」は155万人集客している。2025年秋には京都市南区に「チームラボ バイオヴォルテックス 京都」がオープンする。
関西にも多くの個性的なミュージアムが存在する。大阪・関西万博という国際的なイベントを機会に、もっと広く知られるべきだろう。この時期に大阪を訪問される方は、雑誌「芸術新潮6月号」の特集「超大阪 魅惑のアート・シティへ」で紹介されている施設やコンテンツをぜひチェックしてほしい。「大阪」という都市に対するイメージが変わるはずである。
美術館・博物館に展示されている歴史的な創作物は、その後の映像作品(映画、ドラマ、漫画、アニメ、ゲーム)にも多く引用されている。これらは、新しい創造活動のための養分となるものだ。
2. スタジアムとまちのにぎわいづくりの章
集客からまちづくりへの展開事例として、スタジアムを核としたまちづくりの事例が参考になる。
20年以上前になるが、ドーム球場に隣接した商業施設のマーケティングをお手伝いしていたことがある。
野球の試合開催時に、スタジアムがいっぱいになっても周辺施設への恩恵は極めて少ない。
たとえ観客が5万人前後集まっても、試合の開始時間近くまで来場しないし、試合が終わると帰宅を急ぎ引き上げていく。1日の流動者数は多くても周辺施設の利用率は低い。
ドーム内のユニークな形状のモールや、話題性のある有名タレントが経営するレストランも誘致していたが、効果は限定的だった。今のように「まちづくり」というかたちで一体的に取り組まれることがなかったためか、商業、サービスは不調であった。
最近、スポーツ施設だけでなく「ボールパーク」や「スタジアムシティ」をめざした試合がなくても楽しめるスタジアムの事例が注目されている。そこには多くの来場者とまちづくりをどう連動させるかを考えていくポイントがある。
❶ 「北海道ボールパークFビレッジ」
「北海道日本ハムファイターズ」のスタジアム「エスコンフィールドHOKKAIDO」を中心に、宿泊施設、レストランを整備。地域で活動する企業や団体、行政、学校などが一体となり、「それぞれが強い熱量とアイデアを持ち寄り、共同創造することでまちに多様な価値観や賑わいを創出し、コミュニティの活性化を図る」プロジェクトだという。
約32haという広大な敷地の中に、球場や宿泊施設、ベーカリーレストラン、あそび場、アウトドアアクティビティ施設などがあり、子供から大人まで誰もが楽しめるまちづくり。
2024年は年間418万人の入場者があり、プロ野球公式戦が207万人、プロ野球公式戦以外で211万人の来場者を集めている(図表3)。
来場者は平日4,500人、休日1万人。観光客がメインだといわれている。
❷「長崎スタジアムシティ」
「長崎スタジアムシティ」は約7.5haの敷地の中で、Jリーグ「V・ファーレン長崎」の本拠地となる「ピーススタジアム」(約2万席)、バスケットボール・Bリーグ「長崎ヴェルカ」が拠点を置く「ハピネスアリーナ」(収容人数6千人)が隣り合わせで併設されている。
スタジアムを取り囲むように建てられた「サウス」(南棟)、「ノース」(北棟)、「スタジアムシティホテル長崎」の低層階には約40店舗の飲食店が入居し、一大フードコートを形成している。「スタジアム」の上空を滑走するジップラインのアトラクションもよくテレビなどで紹介されている。
長崎スタジアムシティでは「試合がない日も2~3時間程度滞在」するような人が多い。敷地内にはオフィスや学習塾なども設置されている。
来場者は、平日でも1万人程度、県内在住者が6~7割程度とのこと。
地元密着の施設から集客を拡げるには「V・ファーレン長崎」にJ1昇格を早期に果たしてもらい、県外からの訪問者を増加させることが課題だろう。
スタジアムを訪れたアウェイチームのサポーターが、訪問したまちの食べ物に魅せられ、再訪問を待ち望むSNSへの投稿を多く見かける。スタジアムは新しい観光資源になる。
❸「ひろしまスタジアムパーク」
「エディオンピースウイング広島」と中央公園広場は8.6haの敷地の施設が一体となってデザインコンセプトを共有している。
「エディオンピースウイング広島」は2024年に開業したサッカースタジアムで、男女のプロサッカーチームがホームスタジアムとしている。市の中心部に位置する「まちなかスタジアム」であることが特徴で指定管理者は「サンフレッチェ広島」である。
広島市によると昨年2⽉1⽇に開業してからの1年間で、およそ130万⼈がスタジアムを訪れたという。このうちサンフレッチェ広島の試合などサッカー観戦で訪れた⼈の数は、およそ67万⼈。試合がない⽇に、グッズショップやミュージアムを訪れた⼈のほか、スタジアムの施設を利⽤して学会が開催されたり、記者会⾒や会議が開かれたりするなどしてサッカー観戦以外の利用者はおよそ63万⼈(図表3)。
「中央ひろば」と「水辺ひろば」で構成される「中央公園広場」ゾーンはスタジアムを東西に挟んで設置されている。運営者は異なるが、一体感を持って設置されている。中でも中央ひろばの中心にある「芝生ひろば」は大きなインパクトがある(図表4)。
大阪市梅田の「グラングリーン大阪」でも論じたが、大きな芝生広場の開放感はオープンなイメージで人を引き寄せる効果がある。
サッカー観戦者のうち2割は県外からの来場者(主にアウェイチームのサポーター)である。
「ひろしまスタジアムパーク」は市内の施設として「広島城」「ひろしま美術館」「平和記念公園」に隣接し、エリア外からの観光客の周遊の核になっている。❶❷の事例が新しい都市の核の形成のための機能を集積しているのに対して、こちらは都市の回遊の拠点づくりが主目的に見える。発想が逆なのだろう。
参考資料:・「令和6年度 スタジアム・アリーナ改革推進事業 (経済的価値・社会的価値の可視化・定量化に係る調査及び実証)~エディオンピースウイング広島及び広島市中央公園広場エリアにおける実証結果報告書」2025年3月 スポーツ庁
・「スポーツ施設における官民連携の取組 ~スタジアム・アリーナから身近なスポーツの場まで~」2025年2月 スポーツ庁
・「全国の「関係人口」は18歳以上の2割強!~「地域との関わりについてのアンケート」の調査結果の公表〜」2025年6月 国土交通省
・「The Art Newspaper」「ARTnews JAPAN」
・「週刊東洋経済」「日本経済新聞」記事

略歴
1978年 関西大学社会学部卒 市場調査会社に入社
1984年~マーケティング企画会社設立に参画
以降20数年にわたって下記領域のマーケティング業務に携わる
①小売業のマーケティングのための生活者調査企画分析
②商業施設店舗コンセプト作成戦略策定
③店舗コンセプトにそったテナント計画策定
④都市開発プロジェクトのPR計画・実施サポート
⑤商品企画のためのマーケティング戦略策定
2007年7月に株式会社 ANALOGを設立




