ポスト万博に向けた大阪・関西の可能性と課題

2025年11月28日 / 『CRI』2025年12月号掲載

外部寄稿

目次

どんな人々が来訪していたのか ~集客のために何が欠けていたか~

大阪市此花区の人工島「夢洲(ゆめしま)」で開催された大阪・関西万博は2025年4月13日から10月13日までの184日間の会期を終え閉幕した。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、165の国・地域・国際機関が参加。運営する日本国際博覧会協会(万博協会)によると9月12日時点での一般の入場者数が速報値で約2,529万人。協会が当初、想定していた2,820万人には届かなかったが2005年の愛知万博(愛・地球博)の2,205万人を上回っている。
万博協会の発表によると開幕~9月12日の入場者数の内訳は(万博IDベース)国内93.9%、海外6.1%。
国内客の内訳は近畿67.1%、 関東16.4%、中部8.7%、九州2.5%、中国地方2.4%、四国1.4%、東北0.8%、北海道0.5%と近畿地方が中心となっている。
海外客の内訳はアジア52.6%、欧州22.1%、北米17.6%、 大洋州3.2%、中東1.7%、南米1.0%とアジアが中心。
中国14.7%、台湾14.1%、韓国1.8%となっている※。韓国からの来訪者が少ない。(JR桜島駅での面接調査。N=341)
日本政府観光局(JNTO)の統計によると韓国からの訪日客は4月で18.5%である。明らかに万博への入場者が少ない。

ネットメディアのKOREA WAVE(6/25)においてユン・スルビン記者が次のように分析している。
「訪日観光市場1位の韓国からの来場者が少なかったことは意外で、日本政府観光局(JNTO)の関係者すら“韓国人はなぜこんなに来ないのか”と問い返したという。
最大の原因は、外国人向けのマーケティング戦略の欠如だ。万博の魅力を伝えるプロモーションは大衆的な宣伝に偏っており、SIT(特別目的観光)層に向けた戦略は不足していた。建築学・デザイン・医療・生命科学など万博のテーマと関連する分野の学生や専門職、あるいは青少年向け教育プログラムと連携していれば違った結果も期待できただろう。
また、ビジュアルコンテンツの拡散も不十分だった。写真映えする構造物や参加型展示は多かったが、韓国のSNSやオンラインコミュニティではほとんど共有されていなかった」
興味深い指摘だ。


※日本政策投資銀行調査によるアジアの内訳として(%は全外国人客に対する比率)

開催期間中の地域への影響

日本百貨店協会によると、6月の大阪地区の百貨店売上高は前年同月比7%減と4ヵ月連続のマイナスとなった。
大阪・関西万博によるインバウンドの⼊込み客数の増加を背景に、東京(11%減)や福岡(18%減)と比較して、減少幅を抑えたものの客数の増加にはつながらなかった。(日経MJ 9/12)
観光客の近隣への回遊については「動線による格差」と「商圏が重なる施設のカニバリゼーション」が顕著となった。
京都市のホテル単価は市内の主要ホテルの8月の平均客室単価が前年同月比6.7%安い1万6,863円だったと発表。下落は2ヵ月連続。
「万博で関西全体が盛り上がると期待されていたが、実際には大阪に客が集中する働きがあった」と京都市観光協会は語る。(日経速報ニュース 10/2)
万博会場からの動線が悪く、距離が離れている城崎や白浜といった温泉地や天橋立などの景勝地では前年同時期から客足を落としている。
「大阪・関西万博にあわせて最も多くのインバウンド(訪日外国人)が訪問している場所は奈良公園(奈良市)――。経路検索サービスのナビタイムジャパン(東京・港区)がインバウンド向けアプリの利用者を分析したところ、このような結果となった。直通している鉄道による移動のしやすさなどから奈良公園の人気が高いようだ」(日経電子版 7/1)
「ひらかたパーク(大阪府枚方市)は4〜7月の来園者数は前年同期と 比較して減少。遠足の需要が一定数、万博に流れたと説明する。海遊館(大阪市)も前年同期を下回り関西圏からの来館者が減っているとみる」(日本経済新聞 9/22 夕刊)
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは当初2割減という見方もあったが最終的には大きな影響を受けずに終わった。基本的に近隣の商圏が重なる集客施設は、限られたパイを奪いあった。新規の需要創出にはつながらなかったといえる。
一方、民間のシンクタンク、アジア太平洋研究所(大阪市)は「万博には全国のヒト・モノ・カネの流れを後押しする効果もあった」と分析している。


「世界規模のビジネスイベント誘致につながった~万博のテーマを踏まえ、医療機器・ヘルスケア分野の見本市「ジャパンヘルス」を6月、国内で初めて開催した。大阪市の会場には425社、1万人弱が集まった。」


「9月には会場内で「グローバル・スタートアップ・エキスポ」が開催。社会課題の解決に挑む国内外のスタートアップ企業約150社が出展し、米国やフランスの有力ファンドやベンチャーキャピタル(VC)が日本への拠点設置や新たな投資を表明した。」


一般財団法人 ベンチャーエンタープライズセンターによると23年の日本のVC投資額は3,000億円弱で米欧に大きく後れを取る。国内スタートアップの資金調達額も約8割が東京に集中する。万博をきっかけに関西への注目を継続できることが望ましい。
日本総合研究所の藤山光雄氏は「運営収支で黒字を見込む230億〜280億円についてはヘルスケアや水素、電池といった成長分野に集中的に投下すべきだ」と提案している。
(日本経済新聞 10/14)

万博跡地および夢洲の今後の開発計画

大阪・関西万博閉幕後の跡地はパビリオンなどが解体され、いったん更地になる。万博会場の敷地は、万博協会が大阪市から土地を借りている状態で、返却期限は2028年2月。
最短で2028年頃には跡地の活用に向けた工事がスタートするとみられている。跡地開発の開業はIRにあわせて2030年頃になるのだろうか。
大阪府・市は夢洲を「国際的な観光拠点」とする青写真を描いている。
跡地利用の内容について公募していたマスタープランを今年1月9日に発表。優秀案とされた2案をもとに4月に基本計画を策定。今年度後半以降にあらためて開発事業者を公募するという。
提案の内容は大型アリーナや、F1サーキット場、クルマをテーマにしたアミューズメントパーク、そして複数のホテルなどを計画地内に配置した案。もう一つの案は世界最高水準のラグジュアリーリゾート創出。ホテル、ウォーターパークを整備する案。
他に万博のシンボル「大屋根リング」は北東約200メートルを保存し、一帯を公園・緑地として整備する。
その北側に開業を予定するIRはカジノの他ホテルや6,000人以上収容の国際会議場、エンタメ施設などが整備される予定で、年間来場者は約2,000万人、年間売上高は約5,200億円を見込む。
あわせて夢洲全体で年間3,000万人が訪れる国際的なエンターテインメント拠点を目指す。
万博の集客成功の高揚感の中、今後の「建設費高騰」に備えて少しでも早く着手し、計画を進めるべきという声もあるが、経済界には拙速をいさめる慎重な意見もある。
関西経済連合会の松本正義会長は10月6日のインタビューで、跡地利用の基本計画に、「もう少し夢のある企画にならないのか」と言及。「跡地活用の前提として万博の思いを後世に残すものがいいのではないかと考える。サーキット場は万博とつながるのか、国際的モータースポーツ拠点など万博とは必ずしも関係ない施設が導入例として記載されている点を疑問視。経済界や専門家などの了解も得て、計画の策定を進めるべきだ」と述べている。

現在公表されている「マスタープラン」から現実的な事業計画に落とし込むのはかなりの時間と知恵、労力が必要だろう。
更に、跡地利用計画の成功のためには、夢洲から桜島駅までつなぐ鉄道の開業が必須になる。
万博開業までに開通できていれば、京阪電車、JR西日本を経由して直通で京都や新大阪につながっていたはずだ。地下鉄で直通となった奈良が回遊客の恩恵にあずかれたように、京都を始め、より広域に回遊がひろがった可能性もある。
夢洲に年間3,000万人の来場者を呼び込むためには、より魅力的な施設計画と同時に、広域につながるアクセスルートの整備が必須になる。
「大阪府・市と事業者の検討会は8月、夢洲への鉄道ルート整備についてJR桜島線の延伸案などが他ルートより優位性がある」とした。JR西日本の倉坂社長はこのことを踏まえ、「37年に延伸開業する場合に約2,850億円とも試算される事業費から自社単独での敷設は難しい」と強調。「大型プロジェクトとして第三セクター方式は十分あり得る」とし、大阪府・市や国の予算枠もあわせたスキームでの延伸の可能性を示唆した。(日本経済新聞 地方経済面 9/13)
国家的なプロジェクトである万博には国の支援もあった。今後更に公費を投入するためには社会的意義、長期的なまちづくりのビジョンと市民の合意形成が必要だろう。
「万博会場では閉幕後当面、解体工事が続き、跡地に残る建物は一部にとどまる。会場のシンボルとなった大屋根リング(1周2キロ)は、保存を求める声も上がるが、巨額の費用がかかることから大半は解体され、残るのは10分の1の北東約200メートル。大阪府や大阪市が出展した大阪ヘルスケアパビリオンは建物の一部を保存した上で、将来的には先端医療などの関連施設としての活用が予定されている。万博来場者の約7割を運んだ大阪メトロ中央線は、閉幕後に運行本数が半数以下に減らされる。IRなどが完成するまでの数年間は、工事関係者の利用が中心になるとみられる」
(読売新聞 10/12)

都心のプロジェクトとの競合は今後ますます激しくなる

万博までの間、一時停止していた大阪市内の開発プロジェクトが動き出している。
阪急電鉄は梅田駅の東エリア「阪急村」と呼ばれているエリアの開発に着手する。投資額は2,500億円ともいわれる。
南海電鉄、京阪電車、近畿日本鉄道なども市内ターミナルの再開発を始動させている。
近畿日本鉄道は大阪上本町駅と周辺の再開発を2030年以降に始める。総投資額はあべのハルカスを上回る1,300億円超を見込む。主な事業基盤とする大阪阿部野橋駅、大阪難波駅と共に一体でエリアの魅力を高めていく。インバウンド(訪日外国人)客の需要もあり、業績の回復が積極投資を促す。(日本経済新聞 地方経済面 8/26)
大阪府・市は大学の新キャンパスが位置する森之宮や京橋、大阪ビジネスパーク(OBP)を含めた大阪城公園の周辺地域を大阪の「キタ」、「ミナミ」に続く中核市街地「ヒガシ」として発展させる方針を掲げる。
1万人以上を収容するアリーナや複合施設、大阪公立大学で構成される建物を2028年までに整備する方針。ただ、新駅を整備する大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)は9月、新駅周辺のまちづくり開発の事業者選定入札で応募がゼロだったと明らかにした。資材価格の高騰などが影響した。(日本経済新聞 地方経済面 9/25) 
アリーナ建設ではなんば周辺で次のような動きがある。
「クボタは大阪市内の本社跡地でアリーナを中心とした再開発に乗り出すことが20日、わかった。アリーナは1万2,000人規模と大阪城ホールなどに次ぐ府内で最大級となる。梅田などのキタに続き、なんばのミナミの再開発が本格化する」(日経速報ニュース 10/20)
アジア太平洋研究所の試算では30年に向けて、建設人材は13.5万人不足、宿泊・飲食関連の人材は33万人不足することが指摘されている。建設と運営、事業者誘致に関して今後ますます人材の争奪戦となる。
激しい競争の中で、夢洲の未来図については、まだまだ予断を許さない状況にある。

佐野 嘉彦さの よしひこ

株式会社 ANALOG

略歴
1978年 関西大学社会学部卒 市場調査会社に入社
1984年~マーケティング企画会社設立に参画
以降20数年にわたって下記領域のマーケティング業務に携わる
①小売業のマーケティングのための生活者調査企画分析
②商業施設店舗コンセプト作成戦略策定
③店舗コンセプトにそったテナント計画策定
④都市開発プロジェクトのPR計画・実施サポート
⑤商品企画のためのマーケティング戦略策定
2007年7月に株式会社 ANALOGを設立