「住む」を「整える」

「暮らしをデザインする」08 (Nov. 2025)

2025年10月31日

エッセイ

目次

現在の集合住宅で暮らしはじめて2年半が経ちました。

眺めがいいことを除けば、間取りや内装は、至ってふつうの造りの部屋です。ここを選んだのは、余計なものがないから。白いカベ、白い扉のクローゼット、白木のフローリング。ドアハンドルはシルバー。第一印象は「すっとした空間」でした。
 
それでも、入居してすぐ、いくつかの物をはずしました。タオルハンガー、バスルームの物干し、ピクチャーレールの金具等。使いたくないわけではなく、デザインがよくないのがその理由です。「ない不便」と「ある違和感」。そのふたつを比べたとき、わたしは「ないほう」を選びます。

この住まいになってから毎日のように部屋に手を入れています。レイアウト変更、物の移動、細かい部分の整理。目につく場所も、クローゼットや引き出しのなかの見えない部分まで。「どうしてこんなに毎日、手を入れるのだろう?」と自分でも不思議に思うほどです。そんな、ある日、ふと、思ったのは、この建物に足りないものを補うためではないか、ということでした。

20年前にできた50階建ての集合住宅です。販売するに当たり、効率よく利益をだすかは、大きな課題だったのではないでしょうか。それもあり、各部屋の間取りや使い勝手、手にふれる部分など、細かな部分は「このくらいでいいのでは」をなんとなく感じます。
自分で家を建てたときでさえ、あとから「こうすればよかった」と思うことがあります。賃貸集合住宅の細かなところに思いが至らないのは、ある意味、仕方のないことです。
そういったあきらめのような建物自体が持つその空気を消すために、わたしは、日々、部屋に手を入れている気がします。「こうしたら部屋がうつくしくなる」「ここに移動したほうが使いやすい」「これは見えないほうが気持ちいい」と。

その甲斐あって2年半を経たいま、部屋は居心地のいい空間になっています。多分──。わたしは、元々、そんなふうに空間に手を入れるのがすきなのでしょう。暮らしやすいようにいまの自分に合うように空間をデザインし、整えていく。家で仕事をしていることもあり、居心地のよさは、仕事のしやすさにつながります。体調、こころの安定もそこに含まれます。部屋に手を入れることは、めぐりめぐって、自分自身に返ってきます。

広瀬 裕子ひろせ ゆうこ

エッセイスト/設計事務所共同代表/空間デザイン・ディレクター
東京、葉山、鎌倉、瀬戸内を経て、2023年から再び東京在住。
現在は、執筆の傍ら、商業施設、住宅の空間設計のディレクションにも携わる。
最新刊は 『60歳からあたらしい私』(扶桑社)
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