ひとり暮らしの住宅事情

〜単身者の住まい(その2)〜

2026年06月30日 / 『CRI』2026年7月号掲載

外部寄稿

目次

単身者の住まいは、住宅とは限らない。
独身寮や老人ホームなどにも単身者が暮らしているからだ。
単身者のうち住宅に暮らす1人の普通世帯の割合をみると1955年は1割、1975年に半分、2000年に4分の3、2020年に8割へと上昇している。
戦後から現在まで、単身者が住宅に暮らすことが一般的になる過程で、単身者はどのような住宅に暮らしてきたのであろうか?

1. 住宅政策の基礎資料としての統計調査

戦後日本の住宅政策は、1945年の終戦時に420万戸の住宅が不足していたことから始まっている。当初は、越冬住宅の建設(罹災都市応急簡易住宅30万戸建設要綱)に始まり、バスや鉄道車両やビルなどの住宅以外の建物を住宅へ転用する措置(住宅緊急措置令)などの応急対策が中心であった。住宅対策としての都市部への公的住宅供給が十分に行われない一方で、1947年、48年は民間による持家の自力建設が進んでいたが、住宅不足はなおも深刻な状況であった。1949年頃から住宅政策は、応急対策から恒久的な政策へと転換していくことになるが、それには実態を把握して基礎資料を得ることが必要であった。

マクロな住宅と居住状況を把握するためには、住宅調査や国勢調査が用いられる。国勢調査は、現在では世帯の居住状況が詳しく調べられており、戦前でも1930年調査では居住室数の項目が含まれている。ところが、1945年の国勢調査は実施されず、1947年の臨時国勢調査は、労働力の把握が主であり、詳しい居住状況は調査されなかった。

住宅調査は1948年にGHQの指令により始まった。第1回の「昭和23年住宅調査」は、全国の住宅を全数調査(悉皆調査)した最初で最後の調査となる。それ以降は名称を住宅統計調査(1998年からは、住宅・土地統計調査となる)として、5年ごとに抽出調査を実施している。

ところが1人世帯に関しては、第1回の住宅調査では、全国と各県の普通世帯に占める割合が公表されているだけである。全国の住宅の1人世帯率は5.23%、寄宿舎・下宿等の1人世帯は0.15%、仮小屋非住家は0.30%であった。公表データからは、1人世帯の住宅規模などの居住状況はうかがい知れないが、建設省では特別集計を行い、内部資料には主要都市の世帯人員別居住室畳数別の戸数が掲載されている。それによれば、東京の専用住宅では、6畳以下の住宅総数2万6,194戸のうち1人世帯が4,173戸(16%)であることがわかる。逆に言えば、6畳以下という狭い住宅に暮らす世帯のうち、2人以上の世帯が8割以上だったのだ。終戦から3年後の住宅不足の深刻さを、こうした過密居住の実態からも知ることができる。

1958年に実施された3回目の調査となる「昭和33年住宅統計調査」では、世帯人員別・住宅畳数別の戸数が掲載され、さらに、世帯人員別の住宅難世帯の算出も行われている。住宅難世帯は、非住宅居住、老朽住宅居住、狭小過密、同居世帯といった要因から定義されており、狭小過密は、居住室の畳数が9畳未満で、かつ1人当たり畳数が2.5畳未満とされている。つまり4畳半に2人で居住している場合は、過密居住と判定される。世帯人員別にみると、1人世帯の住宅難世帯率は4%と低く、2人世帯、3人世帯は2割を超えている。1人世帯は家族がいる複数人世帯に比べると困っていない、という当時の判断の根拠となる数値となっている。

2. 単身者は住宅政策の対象だったのだろうか?

戦後の住宅政策は、1950年住宅金融公庫法、1951年公営住宅法、1955年日本住宅公団法が3本柱とされている。それぞれ、単身者がどのように扱われてきたのかをみてみたい。

住宅金融公庫では、融資を受けるには「入居する家族が1人以上いる者」という条件があり、当初、単身者は利用できなかった。1981年になって40歳以上は、同居する予定の世帯員がいない者も対象とされるようになり、さらに、1988年に年齢が35歳以上へと引き下げられ、1993年にようやく年齢制限が撤廃された。単身者の場合、住宅の規模要件の下限も影響すると考えられる。個人が戸建て住宅を建てる場合、公庫創設時は30㎡以上100㎡以内であったが、次第に面積が拡大され、1996年には下限が80㎡まで引き上げられている。2004年から始まったフラット35では、融資条件の下限は70㎡に設定され、今年の4月からは、50㎡まで引き下げられている。また、1970年から始まったマンション購入融資については、当初は1戸当たりの専用面積40㎡とされ、1972年に床面積50㎡となるがこれには共用部分が含まれていたと思われる。1974年からは基準が明確になり、共用部分を除く1戸当たりの床面積40㎡となり、1990年に50㎡に引き上げられている。フラット35では、当初から30㎡が下限と設定されている。現在は、単身者が取得しやすい狭小戸建て住宅やコンパクトマンションが融資対象になっている。

公営住宅の入居者についても、「現に同居し、又は同居しようとする親族があること」という同居親族要件が当初からあり、単身者は入居できなかった。住宅不足の時代には、国や自治体が多額の予算をつぎ込んで供給する公営住宅に対して、家族世帯を優先することは当然視されていた。ところが1973年になると、1世帯1住宅が達成され数の上での住宅不足は解消し、地方の老朽化した公営住宅には空き家もみられる状況となった。そうした時代に、低所得の高齢単身者や障害のある単身者が、公営住宅の申し込みで門前払いを受ける事態が生じていた。1975年に公営住宅への入居を求める単身者らによって福岡で「ひとり暮らし裁判」と呼ばれる訴訟がおこされている。また、終戦から30年が経ち、戦争未亡人を含む女性の高齢単身者数も増えつつあった。こうした社会状況の変化を受けて、1980年の法改正で、単身者であっても女性50歳、男性60歳以上の高齢であれば入居の道が開かれた。その後、1996年に男女とも50歳以上、2005年には60歳以上となり、さらに2011年に公営住宅法上では同居親族要件は廃止され、年齢に関係なく単身者が入居できることになった。ただし、実際は各自治体の条例において決まるため、同居親族要件が残されているところもある。

日本住宅公団(現:UR)は、金融公庫や公営住宅とは違い、勤労者のための住宅供給を目的としていることから、単身者を排除してはいなかった。特に公団発足時は、約6坪、20㎡程度でトイレと浴室は共用で使う1Kの寮タイプの単身者向けの住宅を供給していた。都市部の公団市街地住宅には多く造られている。もっとも、単身者が重視されていたというわけではなく、テラスハウスなどのゆとりある住宅を建設したいときに、建設戸数の帳尻をあわせるために小規模な単身者用の住戸数を増やすこともあったという。1955年から最初の5年間は単身者用住宅が賃貸住戸の7.5%を占めていたが、その後は世帯向けが中心となり、ほとんどみられなくなる。

1976年以降、大量の空き家発生への対応の一環として、一部の団地で小家族向住宅に単身者が入居する道が開かれる。1977年に2DK以下で専用床面積50㎡未満の世帯向住宅に単身者も応募できるようになり、翌年3Kの間取りも対象となり、1987年になると55㎡未満へと引き上げられた。2004年になると一部の団地という条件が外れ、居間を含まない居室数が2以下あるいは75㎡未満であれば入居可能となった。さらに、2014年以降は、型式や面積の要件がなくなり、単身者はどの住宅にも入居できるようになる。

また、公営住宅やUR賃貸住宅は、建替えの際には、戻り入居する高齢単身者のための住戸を数多く設けている。

戦後の住宅政策は、1970年代までは基本的に単身者は蚊帳の外で、家族を対象としていた。その後は、年齢制限を設けて高齢あるいは中高年に限って門戸を開け、現在は、法律上は年齢による区別が廃止されて全ての単身者が対象となっている。

3. ひとり暮らしの住まいの変遷をマクロな視点でみてみよう

これまでの住宅政策における単身者の扱いを念頭に置きながら、 1963年から2023年までの60年間の1人世帯の住宅タイプの変遷を追ってみたい(図表1)

ここで扱うのは、現在、単身者の8割をしめている住宅に暮らす1人世帯である。1960年代から70年代前半は、単身者といえば結婚前の若年世代が中心だった。就職や進学で地方から都市部へ転入した若者の多くは、まずは寮や下宿、住み込みや親戚の家などに落ち着いた。コンビニも電子レンジもない時代である。単身上京した若者にとって下宿や寮などの食事付きの住まいは魅力だったであろうが、こうした準世帯の単身者は1人世帯に含んでいない。

1人世帯は増加の一途をたどっており、総数は122万から2,145万世帯(住宅タイプ不詳を含む)へと増加し、持家は46万から772万世帯、民営借家※は67万から976万世帯、公的住宅(公営・公団・公社)は、3万6,000から123万世帯、給与住宅は、5万7,000から86万世帯へと、全ての住宅タイプが一様に増えている。

時代ごとの特徴をみてみよう。木造の民営借家には共同住宅の他に戸建てや長屋建てもあるが、1960年代から80年代にかけては、共同住宅のいわゆる木賃(もくちん)アパートに暮らす1人世帯が増えていく。木賃は、4畳半か6畳あるいは3畳の居室が、一間あるいは二間あり、簡易な炊事場が付くこともあり、中廊下か外廊下でつながっていて、トイレは共用で風呂はないのが一般的であった。1980年代は、木賃の中でも設備共用のタイプが老朽化と陳腐化により淘汰され、1990年代以降は非木造のアパートやマンションが主流になっていく。非木造は、木造を軽量鉄骨造にしたアパートタイプや鉄筋コンクリート造のワンルームマンションなどがある。

次は、60年間に普通世帯に占める1人世帯が6%から39%へと上昇する中、それぞれの住宅タイプごとに1人世帯の割合の変化をみてみよう(図表2)

※民営借家は、60年間に集計項目が変更されている。そこで、1993年までは、設備共用と設備専用に分け、1978年から非木造を掲載し、1998年からは設備状況に関わらず木造とした。

持家世帯に占める1人世帯の割合は、4%から23%へと増加している。核家族化が進んだことにより、子どもが独立し、配偶者が亡くなることで、持家の高齢単身者、特に女性単身者が増える構造になっている。南関東において周辺の町村部に高齢単身女性の割合が高いのはこのためであり(CRI No.572 2026年4月号参照)、郊外の戸建て住宅地でも1人世帯がさらに増えていくことが予測できる。また、中高年単身者が分譲マンションを購入することも持家の増加に寄与している。現在は、融資条件や優遇税制などの制度が単身者の住宅購入を後押しする方向にあるが、住宅価格の上昇やローンが組みづらい雇用形態の一般化などにより、今後の見通しは不透明といえる。

民営借家は、14%から62%へと変化している。特に若年単身者の住まいとなっているが、若年世代の人口が減少する中で、中高年や高齢単身者の増加がみられる。ただし、民営借家は、高齢者の入居を拒んだりハードルを高くしたりするケースも多く、定期借家契約の導入も進んでいることから、安定した単身者の住まいとならないケースがでてくることが危惧される。

民営借家の中で特徴的なのは、設備共用であり、1993年までの30年間に、24%から91%へと増えている。1960年代は住宅不足の時代であり、新婚生活を4畳半や6畳一間のアパートで始めることは普通のことだった。しかし、その後、住宅事情が改善していく中で、それらは家族向けとしては陳腐化して単身者の受け皿となった。因みに、設備共用とは、「炊事用流しおよび便所のうちいずれか一方あるいは両方が共用の場合をいう」と定義され、風呂がなくても設備専用の住宅となる。設備共用のアパートが単身者向けになっていく1960年代終わりごろの情景が、3畳一間に同棲する2人が銭湯に行くストーリーとして、「神田川」(1973年)というフォークソングに印象的に描かれている。

給与住宅は、4%から66%へ一貫して増加している。一方、戸数は1960年代から2000年代にかけて増加し、一時減少するが、2023年の数値では再び増えている。これは、家族向けの社宅が減り、若年単身者や単身赴任者用の借り上げ住宅を含む社宅が増えていることによる。ただし、この数字の中に、住宅ではない独身寮は含まれていない。

公的住宅は、4%から50%へと、特に1990年代以降急増している。これは制度の改正により単身者が入居しやすい条件に変更されたことや、当初は家族で入居していたものが単身化するケースが増えていることによる。特に、建設年代が古いURや公社の郊外団地では、高齢単身者が目立っている。

最後に1人世帯の男女別・年齢別の住宅タイプをまとめておきたい(図表3)

男女ともに、若年世代は民営借家が8割を超え、高齢世代は持家が8割近くになる。20代は給与住宅が1割以上、高齢世代は公的住宅が1割を超えている。男女の違いをみると、50代以上は女性の方が持家比率は高く、さらに持家の内訳をみると、戸建てに比べてマンションの占める割合はどの年齢層においても女性の方が高くなっている。

住宅不足の時代は、ひとりであればどこかに転がり込むことができるし、家族世帯と比べると1人当たりの畳数は多いとして、住宅政策の対象とはみなされていなかった。また、1人世帯は若年層が多く、結婚するまでの一時的な居住形態だと考えられていた。現在でも、1人世帯に対してのこうした見方がなくなったとはいえないが、総世帯の4割に迫るなど無視できないボリュームになっている。だからこそ、解像度を高めて多様化しているひとり暮らしの実相を捉えて、居住の安定を図っていくことが重要になっている。

松本 真澄まつもと ますみ

東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 助教、日本女子大学非常勤講師
日本女子大学住居学科卒業。専門は、住居学・ハウジング。戦後の計画住宅地・団地をフィールドに、高齢者、女性、単身者の視点から住まい方の変化について調査研究を行っている。主な共著に、『奇跡の団地阿佐ヶ谷住宅』(王国社)、『多摩ニュータウン物語』(鹿島出版会)、『四谷コーポラス 日本初の民間分譲マンション1956-2017』(鹿島出版会)など。東京都住宅政策審議会、神奈川県住宅政策懇話会などの委員を務める。