「もったいない」だけではない/老朽化した団地の可能性

「暮らしをデザインする」15 (Jun. 2026)

2026年06月03日 / 『CRI』2026年6月号掲載

エッセイ

目次

団地に注目が集まっている。2024年11月に横須賀市の旧市営田浦月見台住宅が天空の廃墟として話題になり、各種メディアが殺到。2025年1月には1951年に福岡県住宅供給公社が建設した旧畑田団地が民間に売却された。月額1万円で貸し出されるとライフラインが使えない状態にもかかわらず、瞬時に満室になり、注目を浴びた。

マヤカン(旧摩耶観光ホテル)や軍艦島の人気を考えれば廃墟好きが世に一定数いることは分かるが、どうしてこんなに注目を集めるのか。2024年には団地を舞台にした温かい日常を描くドラマが相次いで話題になったことを考えると、廃墟だからというだけではなく、団地という場そのものに磁力があるように思える。

いくつか、要因が考えられる。レトロさが受けている、今では望めないゆとりのある敷地や日当たり、風通しの良い住環境、徒歩圏内に商業施設や病院、公園などが揃う便利さ、賃料や初期費用の手頃さなどなど、いずれも人を惹きつける要素である。

だが、個人的には自由度が高いことをあげたい。たとえば冒頭であげた2物件はいずれもDIY可、住む以外の使い方も可能とやりたいことができる条件が揃っていた。特に旧畑田団地改め門司港1950団地の賃料は月額1万円(当初3年間限定)という。この金額なら学生なども含め、誰でもチャレンジできる。モノを作る場、人が集まる場、自分の趣味を披露する場、なんでも良い。1万円なら収支を考えずにトライできるのではなかろうか。

考えてみると多くのやりたいことには場所が必要だ。取材をしていると自由に使える場所に出会ったことで絵を描くようになった、楽器を演奏するようになった、料理を始めて人を呼ぶようになったなど本当はやりたかった、場所の制約でできなかったことを始めた人達に多く出会う。場があれば、人はもっとクリエイティブになれるのだ。

しかし、残念ながら多くの不動産は不自由である。特に都市部では好きなことをやるための場を買う、借りるためにはそれなりの費用が必要になり、誰にでもできるわけではない。特に若い人にはハードルが高い。しかし、団地、特に築年の古い団地でならそれができるのではないか、そんな期待が団地への視線に込められているのではないかと思うのだ。

団地が集住の場である点も大きい。いくら好きなことができると言っても山の中にぽつんと一人という状況には勇気がいる。

それに対して何かやりたいことのある同士が集まる場では本人、地域の変化は加速する。刺激しあい、向上しようとするからだろう、新しいものが生まれることも多々ある。そこで建物内、敷地内で一緒に何かやろうかという気運が生まれてくると、やっている人も訪れる人もどんどん楽しくなってくる。回遊性が生まれ、それが関係を広げ、深めてくれるからだ。

そう考えると古い団地の可能性が見えてくる。やりたいことがある人達にはそのための場として魅力的であるだけでなく、同じことを考える人が集まることで変化が生まれる。そしてそれがその場を、地域を変えるかもしれないのだ。だとしたら、そこに関わりたい人が出てくるのは当然。自分でできる、変えられるというわくわく感があるのだ。

冒頭の2団地だけでなく、このところへ来て打ち捨てられようとしていた団地の活用を模索する動きが広がり始めているのはその可能性に気づき始めた人がいるからだろう。もったいないというだけではないのである。

中川 寛子なかがわ ひろこ

住まいと街の解説者。40年以上不動産を中心にした編集、執筆業務に携わり、年々テーマは拡大中。
主な著書に『ど素人がはじめる不動産投資の本』(翔泳社)『「この街」に住んではいけない!』(マガジンハウス)『解決!空き家問題』『東京格差 浮かぶ街・沈む街』(ちくま新書)『空き家再生でみんなが稼げる地元をつくる「がもよんモデル」の秘密』『土地の価格から地域を読みとく 路線価図でまち歩き』(学芸出版社)など。宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合会員。
株式会社東京情報堂