上昇を続ける東京23区賃貸住宅市場の行方
2026年08月07日 / 『CRI』2026年8月号掲載
目次
東京23区の2026年4月の平均募集家賃はマンション・アパート共に全面積帯で前年同月を上回り、シングル向き(30㎡以下)とカップル向き(30~50㎡以下)は過去最高値を更新した。特にシングル向きは上昇が著しい。本レポートでは東京23区賃貸住宅市場における賃料上昇の実態、また新たな賃貸住宅における付加価値など、現在の賃貸住宅市場の動向と新たな潮流について考察する。
※本稿では賃貸マンションを「マンション」、賃貸アパートを「アパート」と称する。
1.上昇し続ける東京23区の賃貸住宅市場
(1) 5年間で1.3倍となった賃料
「賃貸マンション・アパート」募集家賃動向2026年4月によれば2026年4月の東京23区のマンションの賃料は過去最高となり、30㎡以下では23ヵ月連続、30~50㎡以下では11ヵ月連続の上昇、50~70㎡以下、70㎡超については連続とはならなかったものの、過去最高の水準となった。70㎡超では比較的、家賃上昇が緩やかだが、30㎡以下においては2025年5月に10万円を超え、現在では1年前のアパートの30~50㎡以下の家賃とほぼ同水準となった。また2026年4月には前年同月比13%の大幅上昇となった(図表1)(図表2)。
アパートの家賃もマンション同様、過去最高となり、特に30㎡以下では12ヵ月連続、30~50㎡以下では8ヵ月連続の上昇となった。アパートの賃料上昇はマンションと比較して緩やかだが、2026年4月には全面積帯で前年同月比10%以上の大幅上昇し、特に30㎡以下は他面積帯と比較し大幅な上昇がみられた(図表3)(図表4)。
(2)家賃上昇の背景
家賃上昇の背景は複合的な要因が挙げられるが、第一に供給面では土地・建築コストの高騰により新築住宅の供給が減少していることが挙げられる。築古のストックはあるものの、供給減による品薄状態が継続しており、よりスペックの高い住宅が家賃水準の上昇を招いている。第二にオーナー側の事情として修繕・管理コストが上昇しており、退去のタイミングで家賃を上げて募集をしていることが挙げられる。第三に需要面では新築マンションの価格高騰が、「買いたくても買えない」「買うのを諦めた」層を創出し、それらの層の受け皿として賃貸住宅が選択されていることや、東京23区への人口の一極集中が継続しており、特に通学・通勤を機会に23区へ若い世代が流入したことによる需要の高まりが挙げられる。第四に東京23区は大企業が集中しており、家賃補助による支払い額のアップが可能であることや投資用物件を含むことが、結果として30㎡以下の家賃上昇に影響を及ぼした。また共働き世帯による世帯収入の上昇は、より便利でよりスペックの高い住宅を選択することを可能とし、賃料上昇圧力を誘引した。第五の要因として固定資産税の評価替えが挙げられる。評価替えは3年に一度行われるが、直近では2024年に実施されており、それを機会に既存賃貸住宅「租税の負担増」を理由とした家賃上昇が、募集賃料の上昇に波及したものと推測される。
変動金利1%で35年ローンを組んだ場合、月々の家賃支払い25万円は9,000万円のローン返済とほぼ同等(100万円当たり約2,800円)であるが、23区の新築マンションの平均価格は2023年以降1億円を超えていることから、より条件の良い住まいを求め敢えて賃貸を選択する層もみられる。
(3) マンションとアパート 開く賃料差と縮む賃料差
5年前、マンションとアパートの賃料差は30㎡以下・30~50㎡以下で1.3倍、50~70㎡以下で2.5倍程度あった。しかし、2026年4月には30㎡以下が1.5倍、30~50㎡以下が1.4倍、50~70㎡以下では2.3倍になり、30㎡以下・30~50㎡以下で賃料差が開き、50㎡以上では縮む結果となった。これには次のような理由が考えられる。30㎡以下のマンションは主に駅前を中心とした住環境よりも利便性を重視した立地に建設されることが多く、「コスパ(コストパフォーマンス)」「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視した若年層のニーズに合致していたことが挙げられる。「マンションならでは」とされる諸設備(オートロック・宅配ボックス・NET回線など)が求められ、そうした機能性の向上も賃料に反映されている。これに対し、アパートは既存にあるアパートのスペックが低いことから、新築においても既存アパートの賃料との比較から賃料を上げられないことが背景にある。このことから、30㎡以下のマンションとアパートの賃料差は次第に拡大していった。30~50㎡以下もまた、賃料差が拡大している。カップルで住むためのスペックが重視される当面積帯では、コロナ禍を経て、リモートワークといった働き方の変化により、住戸内の遮音性やNET環境など構造的に木造よりRC造が選択され易く、両者の賃料差が拡大した。一方で、50~70㎡以下は、大手ハウスメーカーによるマンションと比較しても遜色のない仕様・設備を兼ね備えた「高級アパート」の出現がアパートの賃料上昇に寄与している。木造の高級アパートは、容積率の低い住宅街に建設されており静かな住環境に立地していることや、住人同士の距離感が賃貸マンションよりも近く、集合住宅の中でも低層で同じ属性の住人が集まり易いことから、若い子育て世帯から支持されている。最近では木造マンションという新たなジャンルの賃貸住宅の供給も増えており、RC造マンションと木造アパートの境界線があいまいになっていくことも想定される(図表5)。
2. 増加する定期借家物件と賃料上昇
2025年以降、首都圏においてはマンション・アパート共に定期借家物件の割合が増加すると共に、賃料も上昇がみられ、特に東京23区の上昇幅が大きくなっている。中でも30㎡以下で割合が高く、アパートの30㎡以下を除き普通借家の賃貸に比べ定期借家の賃料が高い傾向がみられる。
定期借家契約は、予め定めた契約期間の満了により終了し、貸主・借主双方が合意した場合にのみ再契約が可能となる賃貸者契約であり、契約期間が満了すれば正当事由の有無に関わらず、借主の同意がなくても契約を終了させることができる契約であるが、分譲マンションにおいては、同一エリアの所有権物件と定期借地権物件とを比較すると、一般的には定期借地権物件の方が価格を低く設定することが多い。しかし賃貸物件においては、逆の現象が起きている。
定期借家物件が増加している要因としては、物価上昇に伴う管理や修繕にかかるコストの増加を、退去時に賃料改定を行うことで回収し易いことや、望ましくない借主による長期入居リスクを防ぐことで、資産価値の維持を可能にするということである。一見するとオーナー側にメリットの多い契約に思えるが、借主側にとっても、近隣住民が高額家賃に耐えられる属性の良い住人であるという安心とステイタスを享受できる住宅に住むことができるというメリットがある。このため定期借家は、家賃上昇に許容できる都心部、高級賃貸物件での活用が拡大している。
また、定期借家と普通借家の賃料設定差を構造別にみると、マンションの方が大きく、アパートは50~70㎡以下を除き、同等から低い設定となっている。理由として木造アパートは立地を含めたスペックが高いとはいえず、また市場における定期借家アパートの認知が低いことも賃料設定の上昇に結びつかないためであろう(図表6)(図表7)(図表8)。
3. 「コミュニティという機能」を搭載した賃貸住宅
従来の賃貸住宅は「駅からの距離」「広さ」「設備」など、数字で測れる物理的なスペックによって格付けされてきた。しかし、近年「コミュニティ」を一つの機能・スペックと捉え物件の差別化、付加価値として訴求している物件が増加している。賃貸住宅が単なる「居住スペース」に加え「コミュニティという機能」を搭載した「生活圏」へと拡張していった背景と今後の見通し、そしてそこに潜む課題について考察していく(図表9)。
(1) 背景
「コミュニティという機能」を搭載した賃貸住宅が拡張した契機となったのは、特にコロナ禍において定着した「リモートワーク」という就業形態の変化が挙げられる。「リモートワーク」の定着と共に、「住む場所であり仕事をする場所」となった自宅は「狭く使い勝手が悪く」「公私の切り替えも困難」であったため、「自宅兼職場」を提供する共用空間を持ち合わせた賃貸物件に注目が集まった。同時にこれは「コスパ」「タイパ」を重視する若年層にも支持を得ることができた。
また、東京23区は若年層を中心とした人口流入が顕著であるが、それゆえの単身世帯の増加、地域コミュニティの希薄化などの課題も内包している。こうしたことを背景に、生活・仕事の場を共有できる空間やコミュニティは賃貸住宅の一つの機能を担うようになっていった。
(2) 今後の見通しと課題
前述の理由から「コミュニティという機能」を搭載した賃貸住宅は、今後も需要が見込まれ市場規模を拡大していくと予想される。主な拡大要因として、今後も継続する「単身世帯の増加」により緩やかな繋がりを求める需要が継続するであろうということや、「駅からの距離」「広さ」など、従来の条件とは異なる「数値化できない価値」の創出は、オーナーにとって賃料の上昇、空き室リスクの低減、また資産価値の維持に繋がるため、それ自体が家賃には反映されるべき付加価値といえる。
一方で、「コミュニティを維持させるための運営・コスト」や賃貸住宅であるがゆえの「定住率の低さによるコミュニティの持続性」、また「入居者同士の距離感が近いことで起こる心理的負担・トラブル」などの課題も考えられる。
おわりに
今後の「コミュニティという機能」を搭載した賃貸住宅において重要なのは、単に「集う」ことや「時間と空間を共有している」ということに留まらず、「コミュニティという機能」を使いこなすことである。この先進的な実践事例の一つとして渋谷駅(東京都渋谷区)からほど近い立地に建つ複合施設「SHIBUYA CAST./渋谷キャスト」を紹介したい。開業時約40名の様々なバックグラウンドを持つ居住者は「拡張家族」という新しい家族のかたちを形成している。単身者もいればファミリーもいる、若者もいれば高齢者もいる。職業も様々である。本件が標榜する「拡張家族」とは血縁や婚姻、経済的な繋がりによらず、「価値観」「暮らし方」を共有し利害関係・上下関係を除外したコミュニティで、「共に生活し共に働く」という、生活だけでなくビジネスの領域まで昇華させた「コミュニティ」であり、自然発生的に形成されたものではない。このように「コミュニティという機能」を使いこなすことは、昔からある「互助会」「共助」といった繋がりを、現代版にアップデートさせた都市部における「次世代型のセーフティネット」ともいえるのではないだろうか。そしてこうしたコミュニティを維持・継続させるためのマネジメントは必要不可欠であり、それは賃貸住宅の価値基準の変化をもたらす可能性もあるだろう。(鈴木貴子)











