マンション広告コピーの「中の人」に、ポエム化する背景を聞いてきた。

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大山顕さん

マンションポエム研究者の大山顕さんと広告クリエイターのTさんの対談から、マンション広告に込められたメッセージを深掘りします。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

 

こちらの記事で研究者である大山さんにマンションポエムの何たるかを教わってきたが、実際にマンション広告のコピーを作っているのはどんな人なのだろうか? どんな思い、どんなアプローチでコピーを考えているのか? なぜポエム化するのか? そもそも「ポエム」っぽいという認識はあるのだろうか?    
   
    私たちは今回、オンライン会議システムを活用し、大山さんとともに業界歴25年のTさんにお話を伺うことができました。大山さん自身、マンションポエムの”中の人”と会話するのは初めてだそう。    

 

――では、Tさんよろしくお願いします。Tさんはデベロッパーの人ではなく、広告をつくる制作会社のクリエイターということなんですよね?


Tさん(以下、敬称略):はい。マンション広告の制作は、デベロッパーから代理店を通して制作会社に委託されることが多く、キャッチコピーも私たちが考えています。我々の会社自体は数十年前からあり、それこそマンション広告の黎明期からコピーを作ってきましたよ。


――ちなみにお聞きしづらいのですが、そうしたコピーが「マンションポエム」と呼ばれていることはご存知ですか? もしや気分を害されていたりは……。


T:もちろん知っています。マンションポエムに関する大山さんの記事も拝読したことがあります。個人的にはとても興味深いというか、すごくおもしろいと思っていました。確かにポエムだなーって思うところもありますし。最近ではクライアントとコピーについて検討する際に、「今回はポエムでいきましょう」と提案することもありますよ。


――関係者の間で「ポエム」という言葉が普通に使われているんですか?


T:ええ、使ってます。

大山:安心しました。いいお答えを聞けてよかったです。ちなみに、ポエムにする・しないの判断基準は何ですか?

T:クライアントの意向や、そのマンションのターゲットにもよりますが、一番大きな判断基準は「立地」ですね。立地に訴求できるポイントがある場合は、ポエム化することが多いです。

 

――そもそもマンション広告のコピーは、いつ頃からポエム化し始めたのでしょうか?


T:会社に残っている黎明期の広告を含めてチェックしてみたのですが、1960年代からバブルの直前くらいまでって、じつは「マンションポエム」に該当するようなコピーはあまりないんです。おそらくコピーで工夫をしなくても、告知さえすれば売れた時代だったからだと考えられます。また、この時期は立地よりもマンションの特徴について謳うものが多く、戸建てとの差別化をアピールしたい意図が見て取れますね。

大山:確かに、この時代のコピーって「城」や「シャトー」みたいな語句が目立ちますよね。あれは、「戸建てとは違うんだぞ」ということを表現していたわけか。

T:そこから1980年代後半のバブル期になると、”誇る”や”威張る”系の言葉が増えてきます。マンションの価格がどんどん上がっていき、投資目的での購入が増えたため「なんとなく価値がありそう」と思わせる表現が目立ちますね。

そして、バブル崩壊後には都心回帰の動きが出てくるとともに、コピーにも「街」についての訴求が入っていきます。このあたりから、マンションポエムのはしりといえるようなコピーが増えてきた印象ですね。

さらに2000年代からはマンションバブルで、大規模マンションやタワーマンションが増加するとともに、首都圏では毎年8〜9万戸前後が新築される時代が続きます。こうした棟数の増加とともに、マンションポエムの表現の多様化と、言葉のインフレーションが起こっていく。これが、おおよその流れです。

 

――マンションポエムの大まかな変遷は分かりましたが、そもそも、なぜコピーがポエム寄りになってしまうのでしょうか?


T:いくつか理由は考えられますが、まずは、マンション広告は新規参入がしにくいガラパゴスな業界なので、プレーヤーが少ないことが挙げられると思います。おそらく、こういうコピーを書いている人って業界全体で50人くらいか、もっと少ないかもしれません。つまり、狭い世界の限られた人たちで作っているから、独自の言語体系が生まれてしまうのではないかと。

また、高額商品を購入してもらうためのコピーなので、どうしても言葉がインフレしてしまい、結果的に大げさな表現になっていく。この2つが、ポエム化の大きな背景ではないでしょうか。


――そうした限られたプレーヤーが互いに意識し、各々が新しい表現を生み出したり、言葉を磨き合いながら進化していった部分もあるのでしょうか?


T:それはあると思います。やっぱり他の人が書いたコピーは気になるし、「こうきたか!」「この表現ってアリなんだ」みたいに思うことは多いですよ。そして、時には誰かが作った表現に影響を受けたり、その流れを汲むフォロワーが現れたりして、さまざまな「定番フレーズ」の系譜ができていくのだと思います。

大山:それがおもしろいですよね。他の業界だと、既出の表現は真似になってしまうから最初に避けるじゃないですか。でも、マンション広告の場合は、そのあたりがゆるいというか。実際、「頂」や「中枢」「手中に収める」とかは、みんな使っていますもんね。

 

マンション広告

▲「暮らしが始まる」ではなく「暮らしの領域が開かれる」。あえて引っ掛かりのある言葉を選ぶのも、マンションポエムならではの特徴。

 

T:そうですね。もちろん、一言一句まるっきり同じコピーや、あまりにも似通った表現はアウトなのですが、過去の系譜のなかから少し言い回しを変えたり、工夫したりというケースは多いと思います。そして、そうした流れのなかで言葉がインフレーションしていく。例えば、誰かが「世界」という言葉を使ったら、こっちはさらに規模を大きくして「地球」でいこう、とかね。


――いやあ、おもしろい。マンションポエムを生み出す心理的背景について、他に考えられる要素はありますか?


T:これは僕だけの感覚かもしれませんが、マンションポエムと呼ばれているコピーって、ビジュアル系バンドの曲の歌詞と「構造」が似ていると思うんです。

ビジュアル系バンドの歌詞って独特で、とてつもなく壮大な世界観のもと言葉が紡がれているじゃないですか。一般社会とはかけ離れた表現だけど、ファンの人たちは違和感なく受け入れている。ここには、バンドとファンの共犯関係のようなものがあると思うんです。

これって、マンションポエムを作るクリエイターと、マンションを買うお客さんにもそのまま当てはまる気がします。マンション広告特有の突飛な表現や大げさなコピーも「そういうもの」だと受け止めてくれている。


――そのバンドを好きなファンが世界観を共有するのは分かりますが、マンションを買うお客さんは、なぜポエムを受け入れてしまうのでしょうか?


T:おそらく、とてつもなく大きな買い物だからだと思います。何千万円ものお金を払うのだから、何かこう、日常的な言葉でアプローチしてほしくないというか。

大山:それ、すごく分かります。おそらくみんな、自分の選択が間違えていないことを示してほしいんですよね。「これを買って本当に大丈夫なのか?」という迷いを払拭してほしいというか、自分を説得してほしいという気持ちに応えているのがマンションポエムなんだと思います。

T:そうなんです。だから「住む」じゃなくて「住まう」じゃなきゃダメなんですよ。生涯年収の大部分をそのマンションに充てるのに、「住む」なんて簡単な言葉で表現してくれるな! みたいな顧客心理は少なからずあるのではないでしょうか。


――すごい……、素晴らしい分析ですね。では最後に、マンションポエムって今後も残り続けると思いますか? それとも、さらに進化してまた別の形になるのでしょうか?


T:個人的には残ってほしい文化ですね。マンションポエム的なコピーを考えるのって、やっぱり楽しいんですよ。自分だけの世界に入って勝手に盛り上がる感覚というか、夜中に書くラブレターに近いものがあります。

でも、どうでしょうね……。業界も少しずつ、あまりにもエスカレートした表現はやめようという風潮になりつつあるのは感じます。マンションのブランドによっては、「こういう表現はNG」という自主規制の動きもありますし、あまり大げさな言葉、誤解を生むようなニュアンスは回避していく方向になるとは思います。ただ、それはそれで制限のなかで工夫したりと、いくらでも戦いようはあるんじゃないでしょうか。

大山さん:いやあ、Tさん最高ですね。やっぱりプロはすごい。満足しました。今夜はよく眠れそうです。

 

 

前編「「ポエム化」するマンション広告コピーを深読みする。」記事はこちら

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。 X:@noriyukienami