速水健朗さんと考える。「住む街」としての東京都心の魅力とは?

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速水健朗さん

東京のさまざまな「住まい方」の実例を取材してきたライター、編集者の速水健朗さん。「住む街としての新たな都心像」を語っていただきました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

――速水さんは著書『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』のなかで、「東京の住民意識は東と西で分断されている」と書かれています。そのように感じるようになったきっかけを教えてください。

 

速水:今から30年前、僕は典型的な「地方から上京してきた大学生」でした。当時、一人暮らしを始めたのは東京の西側。新宿・渋谷から西の郊外に向かう鉄道沿線の街を選び、それから15年くらい暮らしました。

だから僕はそれまで西側の、東京のほんの一部しか知らなかったのですが、30代半ばになり、結婚をしてライフスタイルが変化したことを機に、初めて東京の西側を離れたんです。引っ越したのは、東京の東側寄りの城北エリア。仕事をするエリアや遊ぶ場所もガラっと変わったことで、まるで違う東京の姿が見えてきたんですよね。東京って東に住むか西に住むかで、こんなにも意識が変わるのかと思いました。

▲速水健朗(はやみず・けんろう)。ライター・編集者。主なジャンルは、都市論、メディア論、書評など。ラジオパーソナリティやコメンテーターとしての顔も持つ。ポッドキャスト『すべてのニュースは賞味期限切れである』配信中。

Twitter:@gotanda6

 

――東京の東と西の住民意識の違いを示す、具体的な例はありますか?

 

速水:分かりやすいのは、「東京スカイツリー」に対する感覚の違いです。東側住民の思い入れに対し、西側住民の多くはスカイツリーに興味を持っていません。なんとなく「東京の東のほうにある」ことは知っていても、「新しい東京の街のシンボル」とは見ていない。ある意味、東京の住民意識が東と西で分断していることを象徴する塔になってしまっていると思います。

 

――そもそも上京者に人気の街は中央線沿線や東急東横線沿線など、東京の西側に集中していますよね。同じ東京なのに、それも不思議な話だなと思います。

 

速水:僕もそうでしたが、やはり10代20代の多くは新宿と渋谷を基準に住む場所を考えるんですよね。そこからの距離と家賃との兼ね合いで、最初に一人暮らしをする街を決める。そして、結婚後も単身者時代に住んでいた街や、その沿線の少し郊外寄りにマンションを買ったりする。だから、西側にしか住んだことがない人って結構多いですよね。

ただ、それってわりと40代以降の感覚で、今の若い人は新宿・渋谷へのこだわりがない人が増えています。それに、住まい観そのものも僕らが若い頃とはだいぶ変わっているように感じますね。

 

 

――具体的に、今の若い人の住まい観はどのように変化していますか?

 

速水:いろいろあるのですが、例えば今の20代は「都心に住むこと」への抵抗がない。新宿に住むことも、普通の選択肢になっているんですよね。僕らが若い頃はどうしても「閑静な住宅街」に住むのが良いことだっていう刷り込みみたいなものがあって、都心に住もうなんて思いもしなかった。現に僕も、駅から少し離れた場所を選びがちでしたから。

でも、若い人に話を聞くと閑静な住宅街よりも、活気のある街や雑然とした街、商店街が賑わっているような街のほうが楽しいと言う。その「閑静な住宅街」っていう価値観自体が、もはや古いイデオロギーなのではないかと思います。

 

――速水さん自身も、現在は都心寄りに住んでいますよね。

 

速水:実際に住んでみると、まるで印象が変わりました。確かに人は多いけど、不快に感じるような騒々しさは全くない。また、治安に関しても、特に新宿などは「怖い街」というイメージがあるかもしれませんが、静かな住宅街を通って帰るより、夜でも人がたくさんいる繁華街や商店街を歩くほうが安心です。街に関する取材やヒヤリングを続けていると、そういう感覚の人が増えているように感じます。

また、若い人の価値観の変化でいうと、「広さ」をあまり求めなくなっている傾向があります。以前の感覚では、結婚して家庭を持つと郊外の広い家に引っ越すのが一般的でしたが、今は狭くてもいいから便利で通勤時間もかからない都心を選ぶ人が、明らかに増えていますね。

 

――「広い家」を求めなくなっている要因として、何が挙げられるでしょうか?

 

速水:そもそも「広い家思考」というのも「閑静な住宅街が良い」という考え方と一緒で、ある種の思い込みだったのではないかと思います。これまでは“素敵な暮らし”といえば、広いリビングに大きなテレビとソファを置いて、週末には大勢の友達を呼んでホームパーティーをする、みたいなイメージがあった。でも、今はそもそもテレビを持たない若者が増えていて、そうなるとソファも必要なかったりする。友達を呼ぶにしても豪華なホームパーティーではなく、少人数で宅飲みをするほうが楽しい。そうなると、過度な広さの部屋は必要ないんですよね。

あとは以前に比べて、「住宅機能をアウトソーシング」できるようになり、家のなかで全てを完結する必要がなくなったことも、大きな理由のひとつではないでしょうか。

 

――「住宅機能のアウトソーシング」とは?

 

速水:例えば、食事は外食やフードデリバリーが中心だから広いキッチンは必要ないとか、集中して仕事をしたい時にはカフェやコワーキングスペースに行くとか。パーティーをする場合も、今は気軽にレンタルスペースを利用できるサービスが充実しています。こうした新しいサービスを積極的に取り入れる、つまり住宅機能をアウトソーシングすることにより、住む場所に多くを求める必要がなくなるわけです。

 

――そうなると住宅の広さやスペックは最低限でよくなり、都心の便利な場所を選べるようになると。ただ、その一方で、コロナ禍によって都心から郊外へ移り住む人が増えているともいわれています。

 

速水:僕の周囲でもそうした話は聞きますし、実際に郊外の広い家へ引っ越した知人もいますが、そのほとんどが40歳以上なんですよね。ライフステージでいうと、子育てが中盤に差し掛かるくらいの人たち。確かに、そういう人たちは郊外思考に変化していて、それがニューノーマルであるかのようにメディアで取り上げられたりしています。

でも、じつは統計で見ると東京の転出数が少し増えたくらいで、トレンドと呼べるほどインパクトのある変化はないんです。都心のマンション価格はコロナ禍でも下がりませんでしたし、“都心思考”は基本的に変わっていないのかなと。特に若い世代ほど、むしろ都心回帰の傾向にあります。

 

――先ほど、「住宅機能のアウトソーシング」のお話がありましたが、一方で近年では建物内に豪華な共用施設を設ける新築分譲マンションが増えています。ジムやカフェ、バー、ライブラリーやコワーキングスペースなど、マンション内だけで全てが完結するような環境は、年齢や思考に関係なく魅力的ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

 

速水:もちろん、そうした環境を魅力的に感じる人は多いと思います。ただ、気をつけなければいけないのは、そうした共用部の充実化も含め、マンションのトレンドというのは常に変化するということ。そして、トレンドが過ぎればそうした施設やサービスが負債化してしまう可能性もあるということです。

 

――確かに、せっかく豪華な施設があっても十分に活用されないケースもあるようです。

 

速水:そうなると、仮に売却することになった時、高い管理費のわりに活用されていない豪華な共用施設が足枷になってしまう可能性もありますよね。そういう意味では、サービストレンドに流されたような余計な共用施設はないほうがいいのかなと思います。また、将来的な売却も視野に入れるなら、居室もシンプルであればあるほど有利。時代やトレンドに関係なく売れるのは、クセのあるデザイナーズマンションより、シンプルなカラーと間取りで構成された部屋です。

これからの時代は特に、都心で何度も引っ越しを繰り返すようなライフスタイルが当たり前になるかもしれません。じつは、日本人の「生涯移動回数」、つまり生涯で引っ越しをした回数は先進国のなかでは驚くほど少ないのですが、都市生活者に限定するとこの数字は跳ね上がる。つまり、都市に暮らす人ほど、一つの家、一つの街に永久に住むという思考が薄くなると言えます。そう考えると、都心のマンションを買うならシンプルでリセールしやすい物件を購入したほうがいいように思います。

 

――都心の広すぎないシンプルな家で小さく暮らすことが、これからの住まい選びのスタンダードのひとつになるかもしれませんね。

 

速水:そうですね。これまでは子どもができると郊外の広い家に引っ越すという流れが一般的だったと思います。でも、いったん広げてしまうと「ダウンサイジング」するのが大変なんですよ。僕の母親も、子どもが独立していくにつれて広い家を持て余すようになりましたが、適度な広さのマンションに引っ越す決心がなかなか持てなかったようです。愛着もありますし、「せっかく買ったのだから、ここで人生を全うしなければ」という思いもあったみたいで。でも、最終的にはマンションに移り、今では快適な一人暮らしをしています。

 

――それに、高齢になってから都心に戻ってくるとなると、なおさら抵抗感があるかもしれません。それなら、子どもが生まれたとしても、少々の狭さは許容して都心で暮らし続けるのもアリですね。

 

速水:そう思います。それに地球環境のことを考えても、都心の駅近に住み、狭い生活圏のなかでこぢんまりと生きていくほうがエコじゃないでしょうか。郊外の自然が多い場所で暮らすのがエコだと考えている人は多いと思いますが、そこで人が暮らす以上、どうしたって環境にはマイナスの影響を与えてしまいます。それなら、一人あたりの生活する面積が小さければ小さいほど、全体として考えればエコになる。都心に住んでいるほうが、小さな暮らしは実現しやすいですからね。そうやって発想を転換すると、いろんなことが見えてきて、住む場所の選択肢も広がると思いますよ。

 

 

 

――速水さんが現在、都心で注目している街はありますか?

 

速水:ここ5年ほどの間に、これまでと全く違う魅力を備え始めた街がいくつか出てきています。なかでも、西新宿と池袋ですね。2つの街に共通しているのは、民間の力を使い、魅力的な「公園」を整備したことです。西新宿は「新宿中央公園」。池袋は「南池袋公園」と「イケ・サンパーク」。いずれの公園も広場をメインとした見晴らしの良い公園で、園内にカフェがあり、地元の人たちが普段使いのお出かけスポットとして利用しています。鬱蒼と木々が茂る、自然を感じる公園ではなく、人々が集い、憩う場所として整備しているのが特徴ですね。

▲イケ・サンパーク

 

――近所にそうした公園があれば、ガーデンのような感覚で使えそうです。これも、ある意味では住宅機能のアウトソーシングといえるでしょうか。

速水:そうですね。こうした新しい公園の存在は、これまでの「密集して住みづらい」といった都心のイメージを払拭するかもしれません。西新宿や池袋の事例を受けて、これからもどんどん都心の公園は変わっていくと思いますよ。公園が変われば新たな賑わいやコミュニティが生まれ、街も変わっていく。こうした都市開発はネガティブな側面が伝えられることも多いですが、民間が主導する都心部の街づくりに関しては、うまくいっているものが多い印象です。地域の事情や住民にとってのベネフィットを考えた開発が、しっかりとなされていると思いますね。

 

――都心もどんどん変わっていると。郊外に住むにせよ都心に住むにせよ、従来のイメージや価値観に引っ張られず、今の姿をしっかりと見定めた上で街を選んだほうがよさそうですね。

 

速水:はい。例えば、都心には「コミュニティがない」というイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。地元の人が集まる行きつけの飲み屋、みたいな場所はどの街でも見つかるし、都心にも昔から地域に根付く商店街はあります。

都心の良いところは、そうしたコミュニティもありつつ、他人と関わらずに過ごせる場所もたくさんあること。僕は知り合いだらけのバーだけでなく、一人でいても干渉せずに放っておいてくれるチェーン店も必要だと思うタイプなので、両方のニーズを満たしてくれる都心の環境はありがたいですね。コミュニティ一辺倒ではなく、かといって完全によそ者扱いもされない、その中間を行き来できる街で暮らすのはとても心地よく感じます。今の都心は、その中間の精度がどんどん高まっているのではないでしょうか。

おまけのQ&A

Q.東京郊外で、新たな変化の波を感じている街は?
A.立川は今すごく変わってきていますね。2020年に「GREEN SPRINGS」という新街区が誕生し、とても勢いを感じます。