ゼロエミッション社会を実現する。EVのあるマンション生活への道を拓く日産×積水ハウス「+e PROJECT」。

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日産自動車の飯島秀行氏、河田亮氏

集合住宅にEV充電設備を普及させるための活動「+e PROJECT」。同プロジェクトチームから、日産自動車の飯島秀行氏、河田亮氏に背景や今後の展望などについて伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

――日産自動車と積水ハウスは2023年1月から「+e PROJECT」をスタートさせました。はじめに、プロジェクトの概要を教えてください。

 

飯島:「集合住宅にもEVを」をキャッチコピーに掲げ、マンションやアパートに暮らす人たちにEV(電気自動車)のある暮らしを提案するプロジェクトです。「集合住宅でもEVを楽しむことはできる」というメッセージと、それを実現するための正しい知識を普及させることを目的にスタートしました。

 

――なぜ「集合住宅」に特化しているのでしょうか?

 

飯島:じつは日産のEV購入者の大半は戸建住宅にお住まいの方であり、以前よりマンションなどの居住者からは「集合住宅だからEVは諦めている」というお声が多く挙がっていました。そこで、改めてEVと住環境の関連性について調査※を行ったところ「集合住宅に充電設備がないと購入が難しい」と考える方がEV検討者全体の88.6%にも及びました。つまり、「自宅で充電できない」ことが、集合住宅の居住者がEVを購入する際の大きなボトルネックになっていたんです。裏を返せば、集合住宅の駐車場に充電インフラが整備されていけば、EVの普及も加速していくのではないかと考えました。

※EVと住環境の関連性についての調査
EV購入検討者(保有者)、および集合住宅にお住いの30~50代男女400名を対象としたインターネット調査。調査実施期間は2022年10月26日~2022年11月1日。

▲飯島秀行氏(日産自動車株式会社 日本マーケティング本部 ブランド&メディア戦略部)

――現状、集合住宅の駐車場には、どの程度の割合でEVの充電設備が整備されていますか?

 

飯島:正確な割合は分かりませんが、先ほどの調査でマンション居住のEV所有者に対して「自宅駐車場に充電設備があるか」を聞いたところ、半数が「ない」とのご回答でした。つまり、多くの方が自宅では充電ができない環境にあり、わざわざ周辺の充電スポットまで出向いていると。

 

では、どうすれば自分が住むマンションの駐車場に充電設備を設置できるのか。まずは、その手順や方法、どんなサービス事業者にお願いすればいいかといった情報を+e PROJECTを通じて発信していくことにしました。

 

――具体的に、どんな情報をどのような形で発信しているのでしょうか?

 

飯島:+e PROJECTの特設サイトに、さまざまなコンテンツを用意しています。たとえば、「First Step診断」ではいくつかの簡単な問いに答えるだけで、お住まいの集合住宅にEV充電器を設置するための「最初のアプローチ」が分かります。また、同サイト内でマンションのEV充電器設置に関するニュースを発信したり、充電器の導入や運用、補助金の申請までサポートしてくれるサービス事業者の紹介なども行っています。

 

こうした情報発信とは別に「EVのある暮らし」を身近に感じてもらうための企画として「+e試住」も実施しました。一般公募で選ばれたお客様がEV充電器のある集合住宅(積水ハウス「シャーメゾンZEH」)に宿泊し、EV(日産リーフ)を使ってさまざまな体験をしていただくというものです。当日のレポート記事も公開していて、「EVがあると、こんなに便利で楽しいライフスタイルが送れるんだ」ということを、多くの方に感じていただけるのではないでしょうか。

――既築のマンションにEVの充電設備を導入するとなると、大掛かりな工事が必要だったり、工事費も含めた導入コストがかさんだりするのではないかという懸念もあります。

 

飯島:充電設備には大きく分けて「急速充電器」と「普通充電器」の2種類がありますが、確かに急速充電器の場合は1台あたり数百万円と、かなりのイニシャルコストがかかります。しかし、マンション駐車場への設置を想定しているのは「普通充電器」のほうで、こちらであれば1台あたり10万円〜20万円。現在は自治体などからの補助金も出るため、かなり導入しやすくなっていると思います。

 

また、普通充電器の場合は基本的に家庭用の200Vのコンセントを活用するため、工事も簡単です。駐車場の壁を剥がしたりするような大工事をイメージされている方も多いかもしれませんが、そこまで大掛かりな改修は必要ありません。

 

――家庭で充電するぶんには、普通充電器で事足りるのでしょうか?

 

飯島:そうですね。もちろん短時間で充電できるに越したことはありませんが、急速充電はそのぶん電気代もかさみますし、家庭用の充電設備としてはオーバースペックです。それに、ご自宅の場合は駐車している時間が長いので、急速充電である必要もありません。基本的には、寝ている間に充電しておいて、朝には満充電になっているようなイメージですね。ご自宅で就寝中にスマートフォンを充電するような感覚だと思います。

――そうしたEV充電の知識が広がり、さまざまな懸念が払拭されていけば、導入を考える人も増えそうです。

 

飯島:ただ、現時点では越えなければいけないハードルもあります。特に分譲マンションの場合、住人の方々の合意形成を図る必要があり、これがなかなかの難題なんです。

 

当たり前ですが、集合住宅にはさまざまな考え方の人が住んでいますし、そもそもEVを持っていなかったり、車自体を利用しないという世帯もあります。日常的にEVを使う人には同意してもらえるでしょうが、それ以外の人をいかに説得するかが大きな課題ですね。ちなみに、充電サービス事業者のなかには、管理組合や理事会への交渉からサポートしてくれる会社もあります。まずは、そうした専門家に相談してみるのもひとつの手だと思います。

河田:合意形成にあたって何がネックになるのか、どんな資料を集め、どう説明すれば納得してもらいやすいかなどは、実際にやってみないと分かりません。そこで、私たちから日産の社員に呼びかけ、各々が住むマンションでEV充電設備の導入を提案しその実現までのプロセスでどのような課題があり、どうやって解決するかを実際に体験してもらうプロジェクトも始めました。

 

じつは、私自身も居住するマンションの管理組合に提案し、今まさに合意形成を進めているところです。1年がかりで地道に活動を続け、ようやく来月の臨時総会で決議されるかどうか、というところまできました。正直、ここに至るだけでもかなり大変な道のりでしたが、そうした苦労も含めた知見を+e PROJECTのサイト内でシェアしていくことで、みなさんの参考になればと思っています。

▲河田亮氏(日産自動車株式会社 ビジネスパートナーシップ開発本部 ビジネスパートナーシップ推進部 日本EV事業部主担)

――ちなみに、先ほど飯島さんがおっしゃったEVを持ってない、あるいは車を利用しない世帯を含めた反対派の方々を、どのように説得しましたか?

 

河田:これからEVが当たり前に普及していった場合、マンション内にEV充電設備がないことが資産価値に悪影響を及ぼす可能性もあります。実際、私が住んでいる地域ではすでに複数のマンションに普通充電器が整備されていましたし、東京都では2025年4月から新築建築物へのEV充電設備の設置が義務化されます。こうした流れがある以上、いつかは導入せざるを得なくなるかもしれない。どうせやるなら、補助金が出る今のタイミングで導入したほうがいいのではないかと。この意見には、多くの居住者の方が賛同してくれました。

 

それに、今はEVを持っていなくても、マンション内で充電ができるようになれば日常の足として使いやすくなり、購入を考える人もいるはずです。実際、私のマンションでアンケートをとり、「充電設備が整備されたらEVを導入したいですか?」と聞いたところ、回答者の約4割から前向きな反応が得られました。こうした結果も、理事会で合意形成していく際の後押しになったと思います。

 

 

――集合住宅にEV充電設備を整備していくこと、それによりEVが普及していくことで、社会はどう変わっていくでしょうか?

 

飯島:まず、環境面で言うとモビリティの電動化は大きなインパクトがあります。これから再生可能エネルギーが普及していく前提で考えるとEVには伸び代がある。長い目で見れば、再生可能エネルギーとEVを組み合わせることによってカーボンニュートラルにも間違いなく寄与するでしょう。

 

また、これからの社会においてEVのアドバンテージを発揮できる局面はたくさんあります。たとえば、今後ますます地方から都市部への人口流入が加速するなかで、特に人が多く集まるエリアではクリーンで効率的な移動手段として、EVの活躍の場は広がっていくはずです。逆に、地方では人が減り公共の交通手段が限られていくなかで、自家用車は生活の足として、ますます欠かせないものになります。そんななか、わざわざガソリンスタンドまで行かなくても自宅で充電できるEVは重宝されるのではないでしょうか。

河田:さらに将来的な視点で見ると、EVと充電設備の普及はエネルギーマネジメントという点でも大きなメリットがあると思います。EVとエネマネの仕組みを駆使することにより、複数のEVの同時充電や、輪番充電(一定の時間が経過すると別の車両の充電を行う仕組み)が可能。そうすることにより、現在春や秋に実施されているメガソーラーの出力制御(電力会社が発電事業者に対して発電設備からの出力停止または抑制を要請し、出力量を管理する制度のこと)などの回避につながり、再エネの稼働率UPにつながります。将来的にEVの充電だけでなく、マンション内で使用されるすべての電力のエネマネができるようなものになれば、環境に配慮しつつ電力不足の不安もない暮らしが実現できるのではないでしょうか。

 

――近年は新築の分譲マンションなどでもZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)化の動きが広がっていますが、EV充電インフラの普及をきっかけに新築だけでなく既築の集合住宅にも同様の流れが広がっていくかもしれません。

 

飯島:そうですね。もちろん、まずは「集合住宅でもEVを楽しむ」ための環境を整備することが一番の目的ですが、その先にある大きな可能性にも目を向けながら、今後も取り組んでいけたらと思います。

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。 X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.日本国内のEV普及率は?
A.国内の年間新車販売台数に対し、EVが占める割合は約2%。22年のグローバルEV販売台数が1000万台を超えている中、国内でのEV普及は世界的に見れば高い数字とはまだ言えません。しかし、22年度は国内の年間新車販売台数に対し、EVが占める割合は初めて2%を超えました。特に日産サクラなどの「軽EV」の売れ行きは好調で、日常の足として普及していくことが予測されます。