頻発・大型化する台風。高層階でも安心できない、マンションならではの風水害対策

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自治体で防災対策の最前線を指揮。内閣府の委員会メンバーや、複数の防災関係団体の理事を務めるマンション防災協会副理事長で跡見学園女子大学の鍵屋一教授にマンションにおける風水害の実態と防災ノウハウを聞きました。(以下、鍵屋教授談)

防災には「ハード」「ソフト」「ハート」の3つの要素が重要。「ハード」とは建物の基礎的な性能です。「ソフト」とは備蓄などを指します。そして、「ハート」とは住民同士の協力と助け合いの精神です。これのうち、どれかが欠けると災害対策は成り立ちません。まず、ハードの部分ですが、マンションは戸建て住宅に比べれば堅牢です。ですが、スーパー台風(国が定める基準はないが一般的には、最大持続風速が1分間で約67メートル以上の強風をもたらす台風を指す)などの極端なケースでは窓ガラスが割れる破損のリスクも否定できません。

そのため、厚手のカーテンを使用する、窓から離れた場所で寝るなどの工夫が必要です。通常の台風であれば被害はそれほど多くはないでしょう。そして、洪水被害においても浸水は3メートル前後が多く、高層階は洪水で水に浸かることもありません。影響の大きい1階から2階までの居住者はいちはやく避難するなどの対策をとりましょう。

 

しかし、マンション特有のリスクもあります。例えば、2019年の東日本を中心に被害をもたらした台風19号の時には、神奈川県・武蔵小杉のタワーマンションが浸水によって大きな被害を受けました。あるマンションでは地下にあった電気設備などが浸水し、停電・断水。エレベーターが使えなくなり、水も出ないなど、マンションが機能不全に陥りました。

このように建物自体がさほど被害を受けていなくても地下にあるライフラインが被害を受けてしまうことで全ての住居に影響が出てしまうのはマンションならでは。こういったリスクは広く知られているとは言いがたいですね。風水害によって停電が発生した場合、特にマンションの高層階に住む人々は大きな問題に直面します。エレベーターが動かなくなると、居住者は孤立してしまい、緊急時の対応が困難になってしまう。他にも給水設備も停止する可能性がある。このようなリスクを考慮に入れ、非常用の電源や水を確保しておく必要があります。

▲鍵屋 一さん。京都大学博士(情報学)。跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授。一般社団法人マンション防災協会副理事長。内閣府地域活性化伝道師。板橋区福祉部長・危機管理担当部長(兼務)、議会事務局長などを経て2015年3月退職。専門は地域防災・福祉防災。内閣府、国土交通省、厚生労働省、経済産業省、自治体防災関係委員会の座長、委員など務める。※所属先・肩書きは取材当時のもの。
一般社団法人マンション防災協会 http://www.malca.or.jp/

停電、断水の他にも注意すべきことは、大雨後の生活再建です。地域によっては水が2週間以上も引かない可能性もあります。そうなれば、停電・断水も長引くかもしれません。結果、エレベーターが使えなくなり、高層階の居住者ほど影響を受けます。特にシニアや小さな子どもたちには高層階への階段を使った上り下りは、大きな負担となります。
高層階に限らず、ライフラインが途絶えると飲料水や食料の調達が困難になり、日常生活への影響は甚大です。ここで大切になるのが災害対策における「ソフト」にあたる備蓄です。事前に飲料水や簡易トイレの確保をしておけば、基本的な生活は維持できます。

 

近年、大雨の発生回数が増えています。(※1)過去30〜40年間で降水量が増加(※2)していて、特に短時間での大雨の発生回数は1980年頃に比べ約2倍(※3)に増えています。短時間に大雨が降ると住宅地での内水氾濫(下水道や側溝の排水能力を超える多量の雨が降ったり、河川の水位が上昇して下水道等から河川に排水できなくなった際に市街地などに雨水があふれること)を引き起こしやすく、エレベーターも影響を受けやすいので4階以上に住む方は必ず1週間分以上の備蓄をしておきましょう。

 

備蓄は何をどうしたらいいのか分からないとよく聞かれるのですが、飲料水は一人当たり1日に3リットルが最小限。また、朝起きてから1日の行動を書き出してみて、必要なものは何かを考えてみてください。例えば、朝起きます。トイレが流せない→簡易トイレを備蓄。次に顔を洗う→ウェットティッシュ。歯を磨く→飲料水を使う。ごはんを食べる。→食料品を備蓄。情報を得たい。→テレビを見られないからラジオを備蓄。あるいは携帯電話の充電器。と、こうやって、1日の生活を乗り越えるのに何が必要かを考えて、足りないと思ったら備蓄するとよいでしょう。
あと、カセットコンロも必須ですね。停電になると冷蔵庫が使えなくなるので、冷蔵品→冷凍品の順に食品はすみやかに加熱して食べて処理することをお勧めします。

 

(※1、2、3) 出典:気象庁ホームページ (https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html)

マンションの管理規約も災害に対応していなければ、大規模な被害を受けた時の復旧の足を引っ張ることになるでしょう。災害発生時には、総会どころか理事会すら開くことが難しくなるかもしれません。2016年には国が定めている標準管理規約にも災害時の緊急対応についての項目が追記されていますが、まだ管理規約を改正していない組合もあります。災害発生時でも、一部の理事だけで一定額の支出を速やかに決定できるといった災害対応型の規約を決めておくことが大切です。

これまでも災害後に早く復帰したマンションは理事会がきちんと機能しているマンションでした。ですので、普段から理事会活動を活発にしておき、災害時には管理会社と理事会両輪で対応することで素早い復帰が見込めるはずです。
マンションの管理会社や住民が共同で災害対応の規約を設けておくことも有用です。災害発生後の工事や修復がスムーズに進むでしょう。

マンション特有の悩みとして、機械式駐車場は地震や水害で故障するリスクが高く、車が動かせなくなることも考えられます。もしも、浸水などで設備が故障しても公的施設やライフラインの復旧が優先されるため、マンションの駐車場は後回しにされがちです。特に都心部は機械式駐車場が多いため、水害で電源を入れられなくなり、しばらく車を出すことができなくて困ったなんて話も聞いたことがあります。日常的に自動車を使う必要がある人は、災害発生時の自動車の保管についても考えおきましょう。
一例として、水害ハザードマップに該当する場所が多い地域では、災害時にはスーパーマーケットの駐車場を避難場所として開放してもらうよう取り決めをしていることも。大手スーパーマーケットのイオンは、台風や地震などの災害時には店舗の被災状況などを確認の上、一般の方々に駐車場や店舗のトイレ等を開放しています。(※4)
このような取り組みが自分の住む自治体にもあるか、調べておくのがお勧めです。

 

(※4) 全国約750の自治体・民間企業等と1050の防災協定、130の自治体と包括連携協定を締結しています。よって、ほぼ全国の大型店が対象になっています。(2022年2月時点)
https://www.aeon.info/bousai/index.html

もう一つの大きな問題は高齢化です。マンションには「二つの老い」と呼ばれている建物の老朽化と高齢住民の増加の問題があります。この30年で75歳以上は約3倍に増え、単身者の方も多い。これが災害時にさらなるリスクとなり、どうやって高齢者の生活を守るかが課題となっています。正に防災における「ハート」の部分として、住民同士が助け合わなければいけません。マンションに限りませんが、住民同士のつながりは希薄になっています。
都心部では投資用マンションや賃貸マンションでは頻繁に住民が入れ替わります。管理組合員の名簿だけでなく、住民名簿も整えておくのが理想的。また、子ども会や高齢者のお茶会などのイベントを通じて住民同士のつながりを強化するなど、意識的に住民同士のつながりを育んでおくことも大切です。

災害時の備えは、やはりハザードマップを確認することから始まります。ハザードマップで自分が住んでいる地域や通勤・通学路も併せてリスクを把握して、災害時のことをイメージしてみて欲しいですね。
ハザードマップは非常に有用なツールで、地震や水害、土砂災害など複数のリスクを一度に確認できますから、家の購入後でも何度でも見てほしいです。また、ハザードマップは国、都道府県、市区町村それぞれが作成・公開していることもあるので、ひとつを見て安心するのではなく、複数を見るのがベターです。
通勤・通学路や日常的に使う施設を考えてみれば、いかに甚大な影響を受けるか想像できます。マンション高層階に住んでいるから気にしなくていい、というものではありません。

ハザードマップポータルサイト ※出典:「ハザードマップポータルサイト」

低層階に住む方や高齢者など不安がある方や、その家族は特に意識しておいてほしいですね。水害に遭われた方は口を揃えて「水は早い」と証言します。足下まで浸水してきたと思うと、そこから一挙に腰や首くらいまで水かさが増してくる。人は足元くらいの水なら、逃げようと思いがちです。テレビのニュースでも30センチくらいの水かさの中を避難しようとしている人をよく見ますよね。実は、水流は非常に速く、とても危険です。また、水は下水などで汚染されていることもあります。道路が冠水した段階で、もう避難できる時期は過ぎてしまっています。マンションであれば低層階の方は上の階へ避難しましょう。水害については、「まだはもうなり」を徹底してほしいですね。「まだ大丈夫」ではなくて、「もう危ない」と思って行動してください。

コラム:被災した武蔵小杉タワマン居住者Aさんのお話

居住しているマンションは浸水を免れましたが、目の前の道路のマンホールから水が溢れ出し、小さな川のようになりました。我が家はマンションの2階に住んでおり、水位がさらに上がったら、その時は上階に避難しようと考え、どんどん川のようになっていく道路をドキドキしながら見つめていました。かろうじて自宅にこれといった被害はありませんでしたが、通学路となる地下道が水没したため、子どもたちはしばらくの間、遠回りをして学校に通うことになりました。他のマンションの高層階では停電によりエレベーターが使えなくなり、お年を召した方、お体が不自由な方は不便な生活を余儀なくされたと思います。この経験から地震だけでなく、台風も警戒するようになりました。水位が急に上がること、オール電化のマンションではエレベーターやオートロックが使えなくなる可能性があることを学びました。

取材・文/小野悠史 撮影(鍵屋教授ポートレート)/ホリバトシタカ

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。

X:@kenpitz