日本のマンションに「ワクワク」を。魅力的なイベントが生む、新しい居住体験とは?

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マンションイベント

いま、マンションイベントが進化している! 資産価値の向上やコミュニティの活性化につながる、独創的なイベントをプロデュースする池﨑健一郎さんに取材しました。

取材・文:末吉陽子(やじろべえ)撮影:高橋絵里奈

「住民の満足度を上げることで、マンションの資産価値を守る」。そんなユニークな発想で、都心のタワーマンションを中心に体験型イベントをプロデュースしている会社があります。2021年4月に創業した「新都市生活研究所」。創業から1年半の間に14棟の大規模マンションと契約し、60以上のイベントを手掛けてきました。

 

「日本のマンションに、もっとワクワクを届けたい」と語るのは、同社代表の池﨑健一郎さん。マンション住民が積極的に参加したいと思えるイベントを定期的に行うことは、居住体験の向上はもちろん、コミュニティの活性化にもつながります。そんな「ワクワク」が周辺地域にも広く知れ渡ることでそこに住みたいと思う人が増え、結果的に “指名買い”が起こるようなマンションになる。つまり、冒頭の「住民の満足度向上=資産価値の維持・向上」につながると池﨑さんはいいます。

▲池﨑健一郎さん。株式会社新都市生活研究所代表取締役。2000年NHK入局。以降、研究・番組制作・放送運行・ネット発信・アプリ開発などに従事。2021年退職。2012年より、江東区有明の大規模タワーマンションの管理組合役員を6期務める。2021年、大規模分譲マンション向けにコンサルティング事業を展開する新都市生活研究所を設立。

https://shintoshi-ken.com

「資産価値に影響するポイントは複数あります。そのうち、『駅から近い』『通勤に便利』といった立地条件や、『建物がかっこいい』『共用施設が充実している』などのスペックは後から変えることができません。でも、いま住んでいる人の満足度を上げ、そこに『住んでみたい』と思う人を増やすことは可能です。そのきっかけになるのが、憧れを喚起するような、魅力的なイベントではないでしょうか。そこで、私たちは住民に合ったイベントを企画し、その様子をSNSやメディアで積極的に広報することで、マンションの資産価値向上につなげたいと考えています」

 

じつは池﨑さん自身も、以前に大規模マンションの理事会役員として、6年にわたりさまざまな取り組みを実施してきました。その際、特に尽力したのが大規模物件ならではの共用施設を活用したさまざまなイベント・体験の実施。そこで感じた手応え、そして課題感が新都市生活研究所の起業につながったといいます。

 

「管理組合主導で大型物件ならではの共用施設を使ったさまざまなイベント・体験を提供することで、住民が自然と集う場が生まれました。資産価値の維持・向上に貢献できたという達成感もありましたが、その一方、マンション内で継続的にイベントを続けていく難しさも感じたんです。それは、マンション理事個人や管理組合の努力、手弁当による取り組みは負担が大きく、やがて消耗してしまうということ。それでは、決して長続きしません。魅力的なイベントを継続的に行うには、外部の企業の力が必須だと確信しました」

管理組合理事の手間や管理費の負担をかけずにイベントを実施するため、新都市生活研究所では外部企業の“スポンサー”を募っています。企業にとっては、イベントを通じて購買力の高い大規模マンションの住民に自社の商品をPRする機会が生まれ、住民にとっては、管理費からイベント費用を捻出する必要がなくなります。さらに、イベントの企画や運営まで、すべてをアウトソーシングできるため、労せずして魅力的な体験を享受し続けられる仕組みです。

 

「例えば、海外不動産投資のコンサルティング会社をスポンサーに迎えたイベントでは、マンションの屋上で“東南アジアのどこかのホテルにあるような”をコンセプトにしたルーフトップバーの催しを行いました。この屋上、普段は誰も使っておらず、音を出したりお酒を飲んだりすることもルール上(使用細則)はNGでした。でも、せっかくのスペースを活用しないのはもったいないということで、管理組合に説明してご許可をいただきました。夕方からスタートし、夜が深まるにつれて照明がいい味を出してきて、だんだん踊り出す人が増えるなど、すごく盛り上がりましたね」

▲2022年9月、ブリリアマーレ有明の展望デッキで開催された「イーストアジアン ルーフトップバー」。※写真は新都市生活研究所のメディア『としとくらし』より

他にも、保護犬活動家を呼んでドッグフードを販売したイベントなども大盛況だったとのことです。

 

前述のように、企業は購買力のある居住者との接点を期待しスポンサー契約を結ぶそうですが、どんなイベントでもOKというわけではありません。新都市生活研究所では、イベントを企画する前に住民アンケートを取り、家族構成や希望するイベントについてヒアリングを実施。そのアンケートをもとに、企画の内容やスポンサー選定を進めているそうです。

 

こうしたイベントは、個々人の暮らしの豊かさを向上させるだけではなく、コミュニティ形成にも役立つといいます。

 

「管理組合、マンションによっては自治会が主体のコミュニティ活動は、居住者のボランティア精神に頼っている側面が強いです。もちろん、管理組合が企画したお祭りなどを否定するつもりはありません。でも、テーマパークにいろいろな催しがあるように、我々のような専門業者を活用してマンションの共用部で多彩なイベントを開催できれば、同じ価値観を共有できる隣人を見つけることにもつながります。それが、ひいてはコミュニティの端緒になる可能性がある。住民にとって魅力的なイベントの実施は、マンションの魅力向上とコミュニティ形成の両方を実現できるものと考えています」

 

コミュニティの存在は、子どもや高齢者の見守り、災害時の助け合いなどにつながり、大きな意義を持ちます。さらに、暮らしを面白くしてくれる効果も。

 

「タワーマンションをはじめとする大規模マンションは、単に住む場所ではなく、『体験できる・学びがある・共創できる』場所になれるはずです。そのためにも、イベントを通じて生き生きとしたコミュニティを醸成していくことは、とても重要なのではないでしょうか」

では、実際にどのようなイベントが実施されているのでしょうか。実態を探るべく、豊洲のシンボリックタワーマンション「スカイズ/ベイズ タワーアンドガーデン」で開催された体験イベントに参加してみました。

 

こちらのマンションでは、過去にも新都市生活研究所の企画で、五反田にある予約2年待ちの人気店「食堂とだか」の料理を楽しむイベントや、シルバーリング制作体験など、コンスタントにさまざまなイベントを実施しています。

 

今回、日曜日に実施されたワンデーイベントは、「朝ランニングイベント」「親子釣り教室」「フラワーアイテム作り」「刃物鍛冶の出張包丁研ぎ」の4つ。

 

「アシックス スポーツコンプレックス」のスポンサードで行われた「朝ランニングイベント」は、ランニングシューズについての講義からスタート。シューズの履き方や靴紐の結び方など、意外と知られていない「走る前の準備」のイロハを学びます。ランニング経験者の住民にとっても新たな発見があったようで、「基礎的なポイントを改めて教わることができて良かったです」との声が聞かれました。一方、未経験者の住民に参加理由を聞くと、「コロナ禍で家にいることが多くなり運動をはじめようと思っていましたが、なかなかきっかけがなかったんです。そんな時にこのイベントの開催を知って、参加しようと思いました」とのこと。その後、ストレッチや準備体操を念入りに行い、マンションからアシックスが運営するジム「アシックス スポーツコンプレックス 東京ベイ」まで、約4kmをランニングしました。

 

また、豊洲にある釣具のレンタル・販売店「ルアーマン」をスポンサーに迎えた「親子釣り教室」も大盛況。豊洲という立地もあって、これを機会に釣りを楽しみたいという親子が多数参加していました。近隣で釣れる魚や釣具の仕掛けの説明を行ってから、いざ実践へ。親子ともに釣り初体験という住民も多く、ワクワクした様子でチャレンジしている様子が印象的でした。

 

 

▲「アシックス スポーツコンプレックス」の「朝ランニングイベント」。「走る前の準備」を学んだ後は、ストレッチと準備体操。※写真は新都市生活研究所提供

▲ストレッチと準備体操を終え、豊洲エリアの約4kmの道のりをスタッフと一緒に楽しくランニング!※写真は新都市生活研究所提供

▲豊洲にある釣具のレンタル・販売店「ルアーマン」をスポンサーに迎えた「親子釣り教室」の様子。

▲釣りのレッスン後には「スカイズ/ベイズ タワーアンドガーデン」近くのぐるり公園内で親子が釣りに挑戦。

勝どきのフラワーサロン「Kukka-ateljee(クッカアテリエ)」の主催で行われた「フラワーアイテム作り」では、プロの指導でフラワーリースやハーバリウムを手作り。ある親子は黙々と、また別の親子はコミュニケーションをとりながら楽しく、各々が作品に没頭していました。参加していたお母さんの「平日は共働きで忙しく、休日もやることがたくさんあるので、なかなか子どもとお出かけすることが難しい。なので、マンション内でこうしたイベントを実施してもらえるのは、とてもありがたいです」と喜ぶ笑顔が印象的です。

 

他のイベントとは趣向が異なる「刃物鍛冶の出張包丁研ぎ」を担当するのは、古来から日本刀の製造に用いられた伝統製法を守る「正次郎鋏刃物工芸」。プロに包丁を研いでもらおうと、自宅から包丁を持ってくる住民で予約はいっぱいに。刃物鍛冶の石塚祥二朗さんは、「包丁を研ぎたくても外に持ち運びたくないという方も少なくないので、今日のようなマンションのイベントはとても良い機会だと思います」と話します。

▲勝どきのフラワーサロン「Kukka-ateljee(クッカアテリエ)」の主催で行われた「フラワーアイテム作り」の様子。

▲フラワーリースやハーバリウムを手作り。花が好きな人なら、初心者や小さな子どもでも楽しむことができる。

▲包丁から鋏まで、鍛冶職人の石塚祥二朗さんがその場で研いでくれる「出張包丁研ぎ」。

▲伝統製法「火造り技法」の鋏・刃物鍛冶「正次郎鋏刃物工芸」のこだわりの品も特別に販売された。

多忙で遠出する時間が取れない。出かけたい気持ちはあっても、小さい子どもがいて難しい。あるいは、休日はマンション内でのんびり過ごしたい。新都市生活研究所が手掛けるイベントは、そうした住民のニーズをしっかり汲み取って企画されているように感じました。

 

今回は個人や親子の満足度につながるイベントでしたが、他にも例えば、参加者に名札をつけて交流を促すイベントなども企画しているそうです。池﨑さんは、イベント起点のコミュニティ形成の可能性について次のように話します。

 

「マンションという同じ屋根の下に住んでいる人同士、顔見知りになったほうが防犯面でも人生を豊かにする意味でも、大きなメリットがあります。こうしたイベントを通じ、同じ趣味を持つ仲間や子育てをする仲間が一つの場所に集まることは、コミュニティの第一歩として重要な機会ではないでしょうか」

 

管理組合や自治会など住民主体のイベントとは一線を画す、新都市生活研究所のイベント。プロの企画と運営によって、より満足度の高いイベントを提供することが、住民の横のつながりを生むことになると語る池﨑さんの言葉には、説得力がありました。タワーマンションという比較的新しい暮らしの中で、今後どのようなコミュニティが生まれていくのか注目です。

WRITER

末吉 陽子
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」所属。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けている。

おまけのQ&A

Q.これまで新都市生活研究所が手掛けたイベントのなかで反響が良かったものは?
A.先日、「徒歩0分!オクトーバーフェスタ」を某マンション公開空地で開催しました。なかなか使われることのなかった公開空地のバーゴラにストリングスライトを吊るして、本場の音楽をかけながらドイツビールを楽しむというイベントです。マンションから借りたハイテーブルを出したのですが、初対面の人たちがビールを飲みながら仲良く語り合い、最後は記念写真まで撮られているのを見て、コミュニティの創生はきっかけさえあればいくつも進むと実感しました。