特集

2023.12.11

東京で一番インターナショナルな街。麻布競馬場と市川紗椰が語る広尾の魅力とは?

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覆面作家の麻布競馬場さんにとっては近くて遠かった街、市川紗椰さんにとっては思い出の街。マンション1階バーで広尾について語り合った。

▲麻布競馬場さん(右)は、1991年生まれの覆面作家。街やマンション、美食に通じ、本企画も「マンションの1階にいい店がある街は良い街だ」という氏の名言からスタートした。広尾駅から徒歩10分、麻布競馬場さん行きつけのマンション1階バー「アリビアール」にて収録。X:麻布競馬場

──麻布競馬場さん(以下、アザケイ)は、広尾という街にどんなイメージをお持ちですか?

 

アザケイ:学生時代は東急東横線の新丸子に住んでいたんですけど、当時の東横線は日比谷線直通だったので、週1ぐらいで六本木の美術館とか映画館に通っていたんです。だから広尾を通過してはいましたが、降りることはなかったですね。敷居が高いイメージがあって、行けるお店はマックとスタバしかないかな、と。

 

──就職して、麻布十番に住まわれたと聞いています。

 

アザケイ:そうなんです。その後、白金高輪に住むようになって、ここ(広尾)から徒歩20分ぐらいですが、でも少しよそよそしさを感じる街だったんです。ところが一昨年だったかな、友だちがこの「アリビアール」というバーを教えてくれて、やっと広尾に自分の居場所ができました。

 

──マンションの1階にある店は名店が多いというのはアザケイさんの名言ですが、「アリビアール」もマンションの1階です。

 

アザケイ:いまでは、「アリビアール」に行くことから逆算して1軒目のお店を決めているぐらいです。僕にとって広尾とは、「アリビアール」がある街というか。こうやって、まず居場所になるお店を見つけてから徐々に他のお店にも・・・・・・といった形で、街と仲良くなることが多いです。

 

──市川さんにとって、広尾はどんな街でしょうか?

 

市川:私はアメリカ育ちで、高校の時に日本に戻ってからはインターナショナルスクールに通っていました。学校は少し離れた街でしたが、広尾周辺に住んでいる友だちが多かったんです。私の家は広尾ではなかったけれど、放課後とか週末に、スーパーのナショナル麻布へ行くために広尾に寄りました。ナショナル(麻布)がなければ、真っ直ぐ帰っていたと思います。だから私にとっての広尾は、ナショナルのある街ですね。

▲市川紗椰さんは1987年生まれ。モデルとして大活躍するいっぽうで、鉄道や地形などマニアックな趣味を極めていることでも知られる。好物のハンバーグを追いかけて、全国の400店舗以上を訪ねた自称“バーグハンター”。Instagram:市川紗椰

アザケイ:ナショナル麻布は、日本のスーパーとは品揃えが違いますよね。

 

市川:ターキーやフムスを置いてあったり、チーズの種類が多かったり、クッキーがちゃんとやわらかいとか(笑)。細かい話ですけど、野菜の品揃えもちょっと違うんですよ。アーティチョークとか当時はあまり見かけなかったロメインレタスとか。

 

アザケイ:ナショナルに、ナッツ100%のバターを作れる機械があるじゃないですか。

 

市川:あるある! 生搾りピーナッツバター!

 

アザケイ:友だちの家に行く時に、あれとクラッカーがあればオードブルになるので重宝しています。ナッツは何種類かあって、選べるんですよね。

 

市川:私はアーモンドバターを常備して、料理にも使っています。あと、ナショナルの2階の謎ショップも好きです。

 

アザケイ:ある、“謎ショップ”! 

 

市川:「HAPPY BIRTHDAY」と書いてあるペーパーナプキンが20種類ぐらいあったり、ユニークな紙皿とか、感謝祭に向けての七面鳥柄のグッズやクリスマスむけのものとか、季節のものもあって楽しい。

▲「アリビアール」の長谷川龍史さんは2007年から同店のバーテンダーを務め、現在はオーナーでもある。アザケイさんによれば、「僕のお酒の師匠です」とのこと。

──アザケイさんはこのお店、「アリビアール」のおかげで広尾との距離が近づいたとのことですが、親しくなってから広尾の印象は変わりましたか?

 

アザケイ:広尾のお店に来るのは、地元にお住まいの方が多い気がします。特にこのお店は広尾の中でも住宅街にあるせいか、特にご近所の方が多い。でもたまに一見さんが来ても敵対視しないというか、お互いリスペクトを持って無関心でいられる居心地のよさがあります。

 

市川:私は自分の見た目もこんな感じだし、家族にもアメリカ人がいるので、海外の人がいない街だとすごく目立つんです。その点、広尾はすごく楽です。ヘンな服を着ていても、例えば冬にビーサンと短パンでも許される(笑)。傘をささなくてもだれもヘンだと思わないし、日本の常識がちょっと揺らいでいる街ですよね。半ズボンをはいて手袋をしている子なんかもいるんですよ。

 

アザケイ:広尾にはドイツとフランスの大使館があって、あとフィンランドとスイスの大使館とEUの代表部があるから、インターナショナルな雰囲気ですよね。

 

──アザケイさんはなぜ、そんなに街にお詳しいのでしょう?

 

アザケイ:うーん、子どもの頃から調べ物が好きなんです。ご飯の場合だと、背景にある理屈があるとよりおいしく感じられるじゃないですか。街も一緒で、古地図とかから歴史を学ぶと、その街と親しくなれた気がして楽しいんです。あと、僕の場合は知らないことがストレスで、学生時代に彼女にフラれた理由のひとつが、デート中もずっとウィキペディアを見ていたからなんです(笑)。

 

市川:それは……。私も街の歴史とかを調べるのは好きだけれど、知らないと不安になるということはないですね。分からないものはわからない、ちょっと余白のあるのもいい。

 

アザケイ:粋ですね。余白も美学ですからね。

 

市川:想像の余地が残っているのもいいですよね。ふとした時に理由を知って、へぇー、となったり。

 

アザケイ:そっちのほうが気持ちいいかも……、真似してみよう。

 

▲長谷川さんが市川さんのために作ったのが、「季節のカクテル」。いちごをすりおろして、クランベリージュースでのばし、ウオッカとカシスリキュールを加えシェイク。アザケイさんは「秋冬シーズンのアリビアールでの1杯目はいつもこれ」とマティーニを所望。

──市川さんは鉄道や地形がお好きだったり、ハンバーグの食べ歩きをしたり、いろいろな土地へ行かれていると思いますが、好きな街の特徴はありますか?

 

市川:歩ける街が好きですね。あと、地形を見るのもが好きなので、裏路地が多いとか、階段路地があるとか、水路がある街に惹かれます。もうひとつ、メジャーじゃないコンビニがある街が好きですね。

 

アザケイ:セイコーマートとかポプラとか?

 

市川:そのあたりは少しメジャーに入るかもしれません。街の酒屋さんとか商店っぽいコンビニで、レジの隣にラップにくるまれた蒸しパンがある、みたいなローカルコンビニ。

 

アザケイ:好きな街と住みたい街は重なりますか?

 

市川:結構、重なりますね。ロケとか旅行で出かけて、ここに住んだらこの図書館に行くのかなとか、この家いいなとか、常にそういう意識でうろうろしています。

 

──そういう視点だと、広尾はどうでしょう?

 

市川:すごくいいと思います。さっき言ったように楽だし、歩ける街なんですね。有栖川宮記念公園は地形を活かしていて、坂に面した公園なんですが、何度歩いてもそのたびに新しい発見があります。そうだ、高校生の頃はナショナルのサーティワンでアイスクリームを買って、有栖川宮記念公園で食べていました。

 

──このマンションいいね、と感じるのは、どんな家が多いですか?

 

市川:ベタなんですけど、マンションだったらルーフバルコニーに憧れます。高いビルとか高速道路からマンションが見えると、ルーフバルコニーいいな、と思います。タイルとかウッドデッキを敷いていたり、観葉植物が置いてあったり、あそこに住んだら気持ちがいいだろうな、と想像します。でもじつは、自分が広いバルコニーがある部屋に住んでいた時には、ほとんど外に出なかったんですけど(笑)。

▲今回の対談場所。Aliviar(アリビアール) 東京都渋谷区恵比寿2-22-18ニュービラ広尾1F TEL 03-3280-2242 営業時間 18:00〜1:00(L.I. 0:00)

──市川さんは、ご飯を食べるお店を選ぶ時に、どこに注目しますか。

 

市川:流行りの音楽ではなく、お店の方が好きな音楽やラジオ番組を流しているお店は好きですね。地方に行った時に、お店の方がローカルのラジオ番組を聞きながら仕込みをしているとか。あとは嗅覚というか、お店の看板のフォントを見て、これはおいしそうなフォントだとか。

 

アザケイ:嗅覚は、当たるタイプですか?

 

市川:と、思っています。実際においしいかどうかも大事ですが、雰囲気に左右されるじゃないですか。自分で見つけて入ったんだからおいしく感じる、ということもあるから、ハズレが少ないのかもしれませんね。

 

アザケイ:おいしいと思えることも才能ですから。僕は、楽しいお店が好きなんですよ。おいしいお店は、お金を積めば見つかるじゃないですか。友だちが、お前を連れていったら楽しいと思うよ、というお店を好きになりますね。この「アリビアール」も、信頼している酒飲みの友だちが連れてきてくれたお店ですから。

 

──最後に、広尾がこれからどんな街になってほしいか、という話題でまとめたいと思います。

 

アザケイ:いい意味で取り残されてほしいですね。渋谷区の端でもあり、港区もすぐそこなわけですが、ここ10年、20年でまわりのエリアは相当変わったじゃないですか。でも広尾は、いい意味で変わっていない。新しいランドマークもないし、歩いている人の雰囲気も変わらない。エアポケットじゃないですけれど、安心感があります。

 

市川:エアポケットという表現、すごくよくわかります。商店街が機能していたり銭湯や地域に根差したスーパーがあったりする。この雰囲気はずっと残ってほしいですね。

 

 

▲対談終了後、アザケイさんはインスタントカメラを片手に広尾を街ブラ。広尾らしいと感じるシチュエーションをフィルムに収めた。

アザケイさんが、広尾らしい場所として撮影したのは、「廣尾湯」「ナショナル麻布」「南部坂」の3カ所。

 

アザケイ:今年の夏は銭湯を舞台にした小説を書いたこともあり、銭湯にハマって、広尾湯でひとっ風呂浴びてからご飯に行く、というのを何度かやりました。めっちゃ気持ちがいいんです。ナショナル麻布のこの角度からは、ラトゥール南麻布に広尾タワーズと新旧の傑作マンションを見比べることができて、感慨深いですね。あと、このあたりは坂が多い場所で、南部坂もいかにも広尾という風景です。広尾から麻布十番へ散策するときの主要ルートで、図書館で調べ物をすることも多いので、週1とか週2で、この坂を歩いていますよ。

 

 

(1)有栖川宮記念公園

市川:もともと地形を見ることと歩くことが好きなので、坂に面している地形と、探検をするような気持ちで歩ける有栖川宮記念公園は好きです。座る場所がいっぱいあるのもいい。そうそう、私が初めてお花見をしたのは有栖川宮記念公園なんです。

 

(2)ナショナル麻布前のフードトラック「440ブロードウェイ タコショップ

 

市川:アメリカ風のメキシカンなんですけど、テクス・メクスのちょっとメキシコ寄りですね。とうもろこしの粉で作ったトルティーヤとシンプルなタコスがおいしいです。私は、ここのタコスが一番好きかもしれない。

 

アザケイ:恵比寿にこのお店の路面店ができて、ウーバーができる幸せを噛み締めています。

 

(3)ナショナル麻布の2階の謎ショップ

 

市川:アメリカの雑誌とか、ちょっとだけ日用品があるなど、多種多様な品揃えで、今すぐに必要なものはそこまでないんだけれど、行くと楽しいし、買っちゃう。洗剤も売っていて、2階に行くと匂いがすごく懐かしいんです。

 

(4)EAT PLAY WORKS/THE RESTAURANT

 

アザケイ:「EAT PLAY WORKS」は広尾駅のそばに3年前にオープンした複合施設で、「THE RESTAURANT」という飲食のフロアはどのお店もおいしくて、充実しています。特に、港区のおじさんたちが愛してやまない「スナック すいか/白井餃子」という餃子バーによく連れて行ってもらうのですが、は夜遅くまで営業していて、賑わっています。

 

(5)東京都立中央図書館(通称広尾図書館)

アザケイ:広尾の図書館には東京の本のコーナーがあるんです。港区が出している港区の歴史の本もあって、よく行っています。こうして勉強をして街のことを知ると街を歩くのが楽しくなるので、タクシーに乗らずに歩くようにしています。

 

 

取材・文:サトータケシ 撮影:八木竜馬 ヘアメイク:八角 恭(市川さん分)スタイリスト:岡野香里(市川さん分)

 

WRITER

サトータケシ
フリーランスのライター/エディター。もともとは自動車ライターとして独立したが、徐々に守備範囲を広げ、アーティストやアスリートのインタビュー、旅モノ、グルメなどを幅広く手がける。主にライフスタイル系の雑誌やウェブサイトに寄稿している。

おまけのQ&A

Q.読書が好きになった理由と、作家になったきっかけを教えてください。
A.市川:理由は特になくて、物心ついた時からSFとか歴史小説を読んでいました。好きな作家は日本だと安部公房とか筒井康隆、アメリカだと(カート・)ヴォネガットとか、(レイ・)ブラッドベリとか。明るいものよりディストピアものとかロシア文学が好きで、小学5年生の頃には(ナサニエル・)ホーソーンの『The Scarlet Letter』(邦題『緋文字』)という本が一番好きだと言い張っていました。図書館の先生に、「もうこんなの読んでいるの?」と言われるのが好きな、イヤな子どもでした(笑)。

 

アザケイ:祖父も父もすごい読書家で、実家にでっけぇ本棚があったんです。それを自由に読めたし、毎週日曜日に2冊本を買ってもらえました。最初は児童書を読んでいたんですが、清く正しく的なことがあまり好きじゃなくて、なんかしっくりこねぇなぁ、と思っていたんです。初めてこれが日本文学だと自覚して読んだのが大江健三郎だったんですよ。大江の短編集『死者の奢り・飼育』に収められた「他人の足」という短編を読んだ時に、これや! と。こういうイヤな気持ちを持っていていいんだと思ったのが、きっかけと言えばきっかけなのかもしれません。