特集

2023.11.30

麻布競馬場×嶋浩一郎対談ウラ話。「酒や食事だけでなく情報を味わえる」店はいい店だ!

  • XX
  • facebookfacebook
  • BingBing
  • LINELINE

食と街に精通する作家の麻布競馬場さんと、散歩が趣味の嶋浩一郎さん。赤坂のカフェバー「Salon de fable (サロンドフェーブル)」で、通いたくなる ”良いお店” について語り合います。

▲フルーツサンドとお酒を楽しむ麻布競馬場さん(左)、嶋浩一郎さん(中央)。赤坂のマンションの1階にあるカフェバー「Salon de fable (サロンドフェーブル)」でお酒と食事を楽しみながら、良いお店について語り合う。お店のオーナーでマスターの菅野登仁雄(とにお)さん(右)が丁寧にこだわりを説明してくれた。

―散歩が趣味の嶋さんはいろいろなエリアを渡り歩いていると思いますが、好きなお店の共通点はありますか?

 

嶋浩一郎さん(以下、嶋):お酒と食事だけでなく、会話も楽しめる店が好きです。その点、情報好きなアザケイさんとは気があうんですよ。一緒にお店に行くと延々と話がかぶさって終わらないんです。

 

麻布競馬場さん(以下アザケイ):お互いに「そういえば……」から繋がる話が好きですよね。嶋さんが何か言ったら、それに対して僕が「そういえば……」と知っている情報を出し、また嶋さんが「そういえば……」と重ねてくる。これが楽しいんです。

 

嶋:言うなれば、2人でネタだしの大喜利をしているイメージですね。「ちなみに・・」、「そういえば・・」って小ネタを重ねていくと、話がだんだん脇道にそれて行って、最後には最初に何の話をしていたんだか忘れちゃうんですけどね。

嶋 浩一郎

▲嶋 浩一郎(しま こういちろう)博報堂執行役員、博報堂ケトル取締役。1993年博報堂入社。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。「本屋大賞」の立ち上げに参画、本屋B&Bの開業、赤坂経済新聞の制作など、手がけたクリエイティブは多岐にわたる。X:しまこういちろう

―今日の対談でも、二人のお話が何度も繋がるシーンがありました。

 

アザケイ:いつもこういう風に小ネタを出し合っています。美味しいごはんとお酒があるだけでも嬉しいけど、そこに小ネタが乗っているともっと嬉しいです。キャビアやトリュフをかけられるより、情報をかけられるほうが嬉しいかも。もちろん一緒に行く人から聞く話も楽しいのですが、お店の人が提供してくれる小ネタも楽しいですね。その点において、このお店はすごい。

 

マスターが元バーテンダーで、その後飲料メーカーに勤めて、その後またバーテンダーに戻った……という経歴だけで、経験則的に「この店は面白い話が聞けるぞ」とワクワクします。マスターの口から語られる料理の説明やお酒の説明って、ほんとに魅力的なんですよ。お酒も食事も全部頼みたくなる。

▲※写真左※麻布競馬場(あざぶけいばじょう)覆面小説家。1991年生まれ。大学卒業後から8年間、麻布十番で暮らし、その後港区界隈に在住。街やマンションが好きで本企画も「マンションの1階に良い店がある街は良い街だ」の麻布競馬場さんの名言から生まれた。デビュー作は、『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)。X:麻布競馬場

嶋:まさに。さっきマスターがレーズンバターを出しながら「これは完全に手作りです。自分も相当の酒飲みなので『自分自身がバーで食べたいレーズンバター』というコンセプトで作りました。バーテンダーらしく、ラムレーズンのラムはしっかりと効かせていて、パンチがあるレーズンバターに仕上げました」とおっしゃってたよね。こういう説明を聞くと、お、自分はいいメニューをセレクトしたなっていい気分になれる。

 

酒飲みのマスターが作ったレーズンバターなんて楽しみで仕方ない。実際、いただいてみると説明に負けないクオリティを提供してくれたね。ラムがしっかり効いている大人のレーズンバターでした。

▲嶋さんを魅了したレーズンバター

アザケイ:僕はハイボールの説明も好きでしたね。「中身は秘密なのですが、日本のウイスキーを3種類ほど混ぜています。配合を何度も調整して『すいすい飲めてしまうハイボール』に仕上げました」と。

 

実際に飲んでみると、居酒屋さんで出てくるような強炭酸のハイボールではなく、炭酸が少し落ち着いている印象の飲み口です。分かりやすい特徴を声高に主張することのない、しかし素晴らしくバランスの取れた、まさにすいすい飲めるハイボール。このお店のしっとりとした雰囲気にも合っています。マスターの説明が乗るとそれを強く意識できるので、楽しみが広がるんですよ。

▲アザケイさん絶賛のハイボール

―お二人はお酒が強いですよね。

 

アザケイ:たしかに二人ともかなり飲むタイプですね。特に嶋さんは遅くまで飲めるタイプ。いくら飲んでも、この落ち着いた感じをずっと崩しませんよね。

 

嶋:たしかに一度飲みだすと粘り強いかもね。昔から、寝るのがもったいないと思っちゃうんですよ。寝ているあいだにおもしろい話が展開していったらどうしようって思ってしまう。気の利いたエピソードや小ネタとか情報が多いと人生は豊かになると思っているので、それを聞き逃すのはもったいないと感じてしまいます。

 

 

―お話を聞いていると、料理やお酒以外にも「独自のこだわり」がある店もお好きなのかなと思いました。

 

嶋:お客さんとのコミュニケーションにセンスがある店は好きですね。金沢に穆然(ぼくねん)というジャズ喫茶があるんですけれど、そのカウンターに小さなダンボール紙が置いてあって、「S席」って書いてあるんですよ。マスターに「これは何ですか?」って聞くと、「そこはスピーカーがいちばんよく聞こえる席です」とのこと。なんか、そのセンスいいでしょ。初台のワインバーマチルダは夏になると黒板メニューに「パピコあります(帰り道用)」ってメニューが加わるんです。それもいいでしょ。

 

アザケイ:そのお店、あるいはその人ならではの「こだわり」っておもしろいですよね。それは哲学に通じるものがある。たとえば夏に熱燗を頼んでいる人は、自分の中でそれが最適解だと思える理屈があるんですよ。周りからすると「なんでこんな暑い日に熱いお酒を飲んでいるんだ?」と思うのですが、そこには彼にしか分からない哲学がある。ただの逆張りではなく、そこに哲学があるのがかっこいい。

▲今回の対談場所「Salon de fable (サロンドフェーブル)の看板

―このお店もこだわりが詰まっていますよね。

 

アザケイ:本当にそう思います。こういう哲学の詰まっているお店って、固定概念も破壊してくれるんですよ。じつは僕、フルーツカクテルを頼むことに、少しだけとまどいがあったんです。かわいらしい見た目のお酒なので、何となく恥ずかしくて(笑)。でもさっきマスターの説明を聞いたら、その呪縛から解き放たれました。

 

「男性にも好まれるフルーツカクテルを作るために、果物の皮も一緒にミキサーにかけました。フルーツカクテルはお酒の芯が弱くなってしまいがちなのですが、仕上げにフルーティな焼酎を少しだけ垂らしています」という説明。見た目がかわいいだけじゃなくて、ちゃんと酒飲みが好きな味を作ってくれているんだなと。

 

このお店のように、きちんとお酒が効いているフルーツカクテルを出してくれると、酒好きの僕からすると頼みやすい。アルコールがしっかり効いているものの、ごちゃごちゃと混ぜているわけではない上品な味は、まさに赤坂的なこだわりといえるかもしれません。

▲オーナーでマスターの菅野登仁雄(とにお)さん。10年間、銀座でバーテンダーとして働いた後、飲料メーカーに10年間勤める。同店を開くため2023年の3月に退職して、4月22日にカフェバー「Salon de fable (サロンドフェーブル)」をオープンした。

―赤坂らしいお店は他にありますか?

 

アザケイ:赤坂駅の近くにある、登仁雄さんも好きだと言っていたダイニングバーsansaがまさにそうですね。そこはお通しに出汁が出てきて、一通り食事を楽しんだあとはコーヒーかプーアル茶が出てきます。その「苦い汁で締める」というのが人生だなと思うんですよね、ピュアな出汁から始まって、最後に苦みの詰まったコーヒーかプーアル茶で終わる一連の流れが、戯画化された何かのように思えて。大人な街、赤坂のお店という感じ。

 

 

 

―赤坂に似た雰囲気の街は他にありますか?

 

嶋:赤坂から四谷三丁目くらいまでは、一緒のエリアというイメージがあります。荒木町あたりまでかな。大人がお酒を飲む街って印象がある街が続いている感じ。そこから新宿五丁目まで足を伸ばす人もいますよね。

 

アザケイ:たしかに。赤坂と新宿エリアは接続しているのかもしれませんね。僕の仲間うちの飲酒習慣を見ていると、東側の終着点は赤坂で、西側の終着点は渋谷、具体的には円山町や神山町あたりだと思っていました。僕と嶋さんがよく行くワインバーが骨董通りにあって、そこがちょうど赤坂と渋谷の中間地点なんですよ。その店から渋谷方面に行く人と赤坂方面に行く人と、二手に分かれる印象がありました。でも今の話を聞いて、赤坂は終着点でもあるけれども、そこから赤坂御所の東側を迂回して荒木町、そして新宿方面に繋がる通過点でもあるのかなと。確かに、タクシーで行けば意外と近い。赤坂が新宿と繋がっている説……これは新しい発見です。

 

嶋:赤坂から新宿を繋ぐ道は、出版社とかテレビ局、あるいは芸能事務所とかが多いですよね。大人な遊びをしつつ、そこでビジネスを企んでいる人たちが大勢いたんでしょう。テレビの一時代を築いた人たちが、おもしろい悪だくみをする雰囲気があります。その中でも赤坂は、格式の高いちょっと大人な街です。

 

赤坂から新宿にかけて、昔からテレビ局や出版社の人が飲みに行く店が多い印象がありますね。遊びつつも、ビジネスを企てる人たちが集う感じ。テレビ創成期の放送作家のエッセイとかを読むと赤坂や新宿の街はよく登場しますよね。

 

あ、話はそれますが、赤坂は映画のロケ地にもたくさんなっているんですよ。「007は二度死ぬ」で、赤坂見附のホテルニューオータニはジェームス・ボンドの敵のアジトだったし、SF映画の金字塔「惑星ソラリス」には同じく赤坂見附の首都高速を写したシーンが出てきますね。

 

アザケイ:そういえば前回のお話の最後に、赤坂サカスと周辺にハリー・ポッターの街並みが再現されたという話をしましたね。ここにきてイギリスの話に戻った(笑)。こうやって食事とお酒を楽しみながら小ネタを出し合うと、どんどん話が繋がって、最後は思いもよらなかったところに着地しますよね。やっぱり情報を食べられるお店は良いお店です。

▲本日いただいたメニュー 
・フルーツサンド(1段目左)
・自家製レーズンバター(1段目中央)
・切りたて生ハムと旬のフルーツ(1段目右)
・巨峰のモヒート(2段目左)
・ハイボール(2段目中央)
・巨峰と日本酒のカクテル(2段目右)
・オールドボトルウイスキー(3段目左) 
・ストロベリーマティーニ(3段目右)

取材・文:中村昌弘 撮影:三村健二

 

WRITER

中村 昌弘
ライター。「なかむら編集室」代表。住まい・暮らし系のメディアでの取材記事、ビジネス系の書籍の執筆などを手掛けている。 X:@freelance_naka