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2023.11.22

【対談こぼれ話編】麻布競馬場と稲田俊輔、「自警団」にならない行きつけの店との距離感を語る

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食と街に精通する作家の麻布競馬場さんと、自称“変態料理人”こと稲田俊輔さん。麻布台の名店「レストラン パトゥ」で食事をしながら、お二人が通いたくなる飲食店について語り合います。

patous

▲麻布競馬場さん、稲田俊輔さんは、麻布台マンションの低層階にあるフランス料理店「レストラン パトゥ」で、ランチを味わいながら食トークに花を咲かせた。麻布台の街の魅力や、麻布競馬場さんが愛する「マンション1階レストラン」について語った記事前編はこちら

――稲田さんはさまざまなジャンルの飲食店に携わっておられますが、個人的に好きだったり、よく足を運ぶのはどんなお店ですか?

 

稲田:前回の話にも通じますが、やはり「世界観」がハッキリしているお店には惹かれます。もちろん飲食店は商売ですから、お客さんのニーズがあるものを提供するのが基本です。ただ、多くの人が求め、なおかつ利益を生みやすい料理やサービス……僕はそれを「サイテキカイ」と呼んだりするのですが、個人的にサイテキカイは画一的でつまらないと思っていて。

稲田俊輔

▲稲田俊輔(いなだしゅんすけ)作家。料理人。飲食店プロデューサー。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理専門店「エリックサウス」をはじめさまざまなジャンルの飲食店の業態開発やメニュー開発を手がける。X:イナダシュンスケ

麻布競馬場(以下、アザケイ):1回行くだけならいいかもしれないけれど、通いたいとは思わないですよね。

麻布競馬場

▲麻布競馬場(あざぶけいばじょう)覆面小説家。1991年生まれ。大学卒業後から8年間、麻布十番で暮らし、その後港区界隈に在住。街やマンションが好きで本企画も「マンションの1階にいい店がある街は良い街だ」の麻布競馬場さんの名言から生まれた。デビュー作は、『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)。X:麻布競馬場

稲田:そう。だから、そうしたサイテキカイに背を向けてでも、シェフやオーナーの意思やブレない信念のもと、「自らが大切にしたい世界観を優先する姿勢」が伝わってくると惚れてしまいます。マスには理解されないけれど、その世界観に魅了された人だけが通い続けることで成り立っているようなお店が好きですね。

 

アザケイ:稲田さんのお話を聞いて、マンションの1階や2階にあるお店が「思想強め」になる理由が分かった気がします。マンションの中にあるレストランやバーって大通り沿いとかでない限り発見されにくいし、飲食店のハコとしてはさほど大きくない。インプレッションで新規顧客を獲得するには不利な環境じゃないですか。だから、お客さん側から見つけてもらい、常連になってもらう必要があるんだけれど、そのためには万人受けするお店じゃダメなんですよね。結果的に、確固たる世界観を持ち、それを好む常連客を地道に増やしているお店が生き残っている。

 

稲田:ドライなことをいえば、ビジネス戦略としても、それが最も理にかなっているのかも。だからこそ、自分らしさを貫き通したい人は駅前や大通り沿いなどではなく、あえてマンション1階のような立地を選ぶのかもしれませんよね。

 

アザケイ:……という戦略を言い訳に、自分の好き放題できるっていうのもありそうです。

 

稲田:おっしゃる通りですね。

麻布台マンション

▲「レストラン パトゥ」もマンションの低層階にあるお店。大通りからはお店の存在を認識しにくいが、このお店を目がけて多くのファンが訪れる
※「マンション低層階のレストラン」については、記事前編を参照

山口シェフ

▲オーナーシェフの山口義照さん。レストラン パトゥは神戸で20年にわたり愛されていたフレンチの名店。2020年に麻布台へ移転。アザケイさんいわく「奇をてらわず、お客にこびず、それでいてすべての料理のクオリティが非常に高い。素晴らしいお店です」

――お話を伺っていて、ぜひ稲田さんにも思想強めな「マンション1階レストラン」を手がけてほしいと思いました。

 

稲田:さすがに会社組織としてマンション1階レストランはできないから、やるなら個人の道楽でしょうね。それには今の仕事をすべて誰かに引き継がないと無理だけど……。ダメだ、想像すると、どんどんやりたくなってくる(笑)。

▲フランスロゼール産仔羊ももの煮込み 温野菜とクスクス

 

――アザケイさんも「行きつけのお店」を数多くお持ちですよね。

 

アザケイ:そうですね。僕の場合は一つのお店にハイペースで通うというよりも、月1回くらい顔を出すお店をたくさん持っておきたいんです。一つのお店に毎週のように行くと、お店側との人間関係が深まりすぎてしまう。ありがたいことではあるんですが、それによって「特別扱い」されてしまうケースもあって。たとえば、とあるお店で他のお客さんが満席で断られてる一方、常連の僕が行くと「特別席でいいよ」と、本来は客席として使っていない場所で飲ませてくれたことがあって。そうなると、周りのお客さんからすれば「あいつ、なんで特別扱いされているんだ」ってことになるじゃないですか。あくまで普通のお客さんとして接してほしいのに、身内みたいになってしまう。

 

稲田:それ、すっごい分かる。

 

アザケイ:それから、仲良くなりすぎると、シェフからお客さんのゴシップを聞かされたりすることもあって。あと、他のお店の悪口とか……。「どこそこの店のシェフが来たけれど、あいつはワインのセンスがない」とか、「金払いが悪かった」とか。あまり気持ちよくはないので、ちょうどいい距離感は保ちたいと思っていますね。

 

稲田:お店側としては、もちろん毎週のように足を運んでくださる常連さんは本当にありがたいんですけれど……あまりにも来店頻度が高いと、ちょっと心配になってしまうところもありますね。

 

――なぜですか?

 

稲田:毎週のように訪れることが、お客さんとお店側の間で「暗黙の了解」みたいになってしまっているケースもあるんじゃないかなと思っていて。そうなると、「このお客さん、無理しているんじゃないかな?」って心配になるんです。

 

アザケイ:無理をして、お客でいることに疲れてしまっていると。

 

稲田:そう。心から来たいわけじゃない時も、もう習慣になってしまっているし、関係性を途切れさせたくないから無理をしてくれているんじゃないかと。もちろん、普通に来たくて来てくれている人もいるだろうし、そもそも迎える側がそんな心配をする必要はないのかもしれませんけど、自分は小心者だから、勝手にそんな心情を想像して辛くなってしまいます。

 

アザケイ:でも、分かりますよ。僕が好きな湯島のお寿司屋さんも、そのあたりはすごく配慮があって。大将自ら「季節に1度くらい、足を運んでください」と言ってくださいます。大将としては、やはり前回の来店時とは違うネタを提供したい。毎週来られてもメニューはそうそう変えられないけれど、3か月に1度くらい足を運んでくれれば全く違うものを味わってもらえるからと。商売度外視で、そう言えるのは本当にすごいなと思います。

 

稲田:あまり大きい声では言えないけれど、個人的には3か月に1度くらい来店してくださるお客さんがたくさんいる状態が、一番ありがたいのかもしれません。

 

アザケイ:実際に、それで成立しているお店もありますしね。麻布十番のマンション1階に好きな日本料理店があるんですけれど、そこがまさに2〜3か月に1度のペースで来店する「ゆったり常連客」をしっかり掴んでいるお店で。たくさんの常連客がお店を起点に、惑星のようにぐるぐると回ってまた戻ってくるというか。2年くらい前かな、そのお店にひとりで行ったとき、カウンターの隅で80代の女性がひとり、ブルゴーニュの赤のボトルを開けて飲んでいました。1杯分けていただいてお話を伺ったのですが、「普段は福岡に住んでいるが、2〜3か月に一度くらい麻布十番に戻ってきて、そのたびここに来る」と言っていて、とても素敵だなと思いました。

 

それでいて、そういうお客さんはコロナ禍でお店が困っている時には全力で支えようと、来店ペースは無理に上げなくとも、こうやって単価の高いボトルを開けて応援したりする。お客さんとそういう関係性を築いているお店は強いですよね。現に、僕が通うマンション1階レストランは、コロナ禍で一軒も潰れませんでした。

 

 

 

――ただ、あまりにも常連客が多いお店だと、一見客は入りづらいかもしれません。

 

アザケイ:その気持ちはすごくよく分かります。でも、僕が好きなお店はちゃんとわきまえている常連客が多くて、満席時に一見っぽいお客さんが入ってきたら、スッと席を立ってその一見さんに譲ったりするんですよ。「僕らは外のベンチで飲むから、どうぞ座って」と。常連客としてはそのお店を好きになってくれる人を増やしたいから、そういう妙な連帯感が生まれるのだと思います。

 

稲田:ある種の現代的なパトロン感覚みたいな。

 

アザケイ:そうですね。もちろん我々ができることなんて限られているんだけれど、共同パトロンとして「みんなで助けよう」という意識はあると思います。店主が店内ナンパを許容していないお店で下品なナンパをしているやつがいたら、そっと店主に伝えるお客さんがいたり。

 

――お店の秩序や雰囲気を、常連客が守っていると。

 

稲田:でも、それは「やってあげている」のではなく、あくまで自分のためですよね。そうでないと、自分の愛するお店の空気感が失われてしまうから。

 

アザケイ:ただ、それが過ぎると息苦しいお店になってしまう。常連客が「自警団」になってしまってはいけないと思います。

 

稲田:あー、分かります。やたら「べからず」が多いお店ってありますもんね。しかも、お店側ではなく、常連客が暗黙のルールをつくってしまっている。あれじゃ、新規のお客さんは定着しないだろうなと思います。

▲デザートは「不知火のスフレ バニラアイス」

アザケイ:実際、「自警団バー」みたいなお店って本当に多いですよ。入店して席に座るなり、隣のおじさんから「とりあえず、この店ではこれを飲んどきなさい」みたいなことを言われる。軽いおすすめくらいならいいけれど、強要されるとウンザリしますよね。

 

ですから、お客側も一つのお店に執着しすぎないことが大事なのかなと思います。行きつけのお店をたくさん持ち、それぞれのお店にゆったりとしたペースで通う。そうすれば気持ちに余裕も出て、自警団にならずに済むんじゃないかと。

 

そういう意味では、やはり素敵なマンション1階レストランがたくさんある街に住んで、マンション1階レストランのいくつかで常連になって、そこを一定の期間をおいてぐるぐる回るのが一番いいんじゃないでしょうか。

▲本日のランチコース
・赤ピーマンのムース トマトジュレ
・明石浦のさわらの藁薫 焼きなす レフォールのソース
・千葉産カジキマグロのポアレ フランスモンサンミッシェルのムール貝マリニエール
・フランスロゼール産仔羊ももの煮込み 温野菜とクスクス
・須賀川産梨甘太と石川県の黒いちじく ヨーグルトのムースとソルベ
・不知火のスフレ バニラアイス
・自家製パン
・コーヒー 紅茶 ハーブティー

取材・文:榎並紀行 撮影:三村健二

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。 X:@noriyukienami