地方都市に増えるタワマンは、地域の暮らしやコミュニティをどう変える?

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LIFULL HOME’S総研所長の島原万丈さん

近年、地方都市にタワマンが増えています。その背景や地方での暮らしについて、LIFULL HOME’S総研所長の島原万丈さんに伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

――東京カンテイの調査によれば、全国のタワーマンション(最高階数が20階以上の分譲マンション)のストック総数は1427棟(2021年12月末時点)。そのうち最も数が多いのは東京ですが、近年は地方都市での供給が増加し、シェアが高まっています。首都圏以外の地方にタワーマンションが増加している背景を教えてください。

 

島原さん(以下、敬称略):三大都市圏を除く地方のマンション供給戸数は常に2万戸台で推移するなど安定しているのですが、確かにその中でタワーマンションの割合は増えています。東海道新幹線のほとんどの停車駅周辺には、タワーマンションがあるような状況です。

 

その背景として、主に3つの要因が考えられます。1つ目は政策による後押し。近年、地方自治体が推進するコンパクトシティ構想の一環として、規制緩和による中心市街地の再開発事業が活発化し、中心部に大きなマンションや商業施設が整備されています。

 

2つ目は、地方に暮らす人たちの価値観の変化。簡単に言うと、従来の「戸建てが一番」という考え方が変化し、利便性の高い街中のマンションを選ぶ人たちが増えていることです。都市圏では十数年前から当時の30代を中心に、郊外の新築戸建てを買うのではなく、便利な中心部の中古マンションを買ってリノベーションをするという選択肢が一般化してきましたが、それが地方にも広がっています。また、高齢化が加速する地域では、郊外での暮らしが困難になっているケースもある。例えば降雪量の多い地域に若い人手がなくなれば、屋根の雪下ろしもままなりません。そこで、ロードヒーティングなどが整備されている街中のマンションに移り住むという動きが出てきているわけです。

 

そして、3つ目の要因は首都圏のマーケットが頭打ちになっていること。つまり、東京都心部とその近郊のタワーマンションの供給が減り、相対的に地方のシェアが上がっているんです。

▲島原万丈(しまはら・まんじょう)。LIFULL HOME'S 総研所長。1989年株式会社リクルート入社。2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社LIFULL(旧株式会社ネクスト)でLIFULL HOME'S総研所長に就任。他に一般社団法人リノベーション協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員など。

LIFULL HOME'S 総研

Twitter: @Manjo_Shima

――東京都心部のタワーマンションの供給が減っている要因は何でしょうか?

 

島原:まず、東京都心部では一般の人が購入するのは難しくなるほどタワーマンションの価格が高騰しています。安倍政権下でのビザ緩和などでインバウンド需要が急拡大し、東京都心ではホテルとマンションの用地取得競争が激化して用地取得コストが高騰し、これまでのように好立地を押さえることが難しくなったことがあります。加えて建築費も高騰しているので、大手のマンションデベロッパーも供給をかなり絞り込んでいます。首都圏での供給が鈍った結果、東京のデベロッパーが地方都市に目を向けるようになったのではないでしょうか。

 

――先ほど、地方の若者の志向が「郊外の戸建て」から「街中のマンション」へとシフトしつつあるというお話がありました。その理由として、どんなことが考えられますか?

 

島原:東京も地方も、子育て世代が共働き前提に変わってきていることは大きなポイントです。地方のなかでも特に、中心部に通勤するオフィスワーカーが多い地域では、職住近接の志向が強まっています。

また、若い方を中心に資産形成に対する危機意識が高まっていることも、マンション派が増えている要因だと思います。老後資金への不安などから一人ひとりの金融リテラシーが高まるなか、戸建てに比べて中古物件の流通性が高いマンションの人気が上がっているのではないでしょうか。

 

――ちなみに、コロナの影響はどうでしょうか? 2020年4月の第1波からおよそ3年になろうとしていますが、この間に東京から地方への移住が加速したともいわれています。このことが、タワーマンションの供給に何かしらの影響を与えていると思いますか?

 

島原:最初のパンデミックではタワーマンションに限らず、すべての経済活動が止まりました。例えば、マンションのモデルルームをオープンできなかったり、対面での接客ができずに売り出しがストップしたりしていたわけです。ただ、それは一過性のもので、ここ2年あまりでいえばコロナがマンション業界に与えた影響は限定的だったと思います。

 

確かに、コロナによってリモートワークが普及し、地方移住が加速しているという報道は私もよく見聞きしました。ただ、冷静に転出数のデータなどを見てみると、人口動態に大きな影響を与えるほどのトレンドにはなっていません。

――2022年には東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)で初めて人口が減少したというニュースも話題になりましたが、「コロナ移住」の影響とは言い切れないと。

 

島原:そのニュースは私も把握しています、ただ、東京の人口が減った要因は地方への移住者が増えたというよりも、コロナによって東京の企業の採用がなくなり、外国人の流入や上京してくる人が減ったこと、出生数が減り死亡数が増えた自然減が大きな要因と考えられます。

 

ちなみに、2020年に東京都から転出した人口のうち55%は神奈川、千葉、埼玉を中心とした関東圏に移動しています。それ以外の地域への転出は、さほど増加しているわけではない。つまり、東京近郊から地方への移住者が急増しているという事実はありません。さらに言えば、昨年の夏頃から東京にまた人が戻ってきているというデータもあります。もちろん局所的に見れば東京からの移住者が増えている場所もありますが限定的ですし実数も多くはありません。ですから、「東京の人口が減った」というデータだけを見て「地方移住ムーブが加速している」と考えるのは早計だと思います。

 

――約10年前から「地方創生」が叫ばれながら、今も東京への一極集中は続いています。地方での定住や移動、Uターンなどがうまく進んでいない要因を、島原さんはどう見ていますか?

 

島原:第2次安倍政権が打ち出した地方創生は「まち・ひと・しごと創生会議」を中心とした取り組みで、2014年からスタートしました。名前の通り、街と人、そして仕事をトータルで考えていくことに重点が置かれています。特に、今の地方創生の流れで重視されているのが「仕事」。なぜなら、地方出身者が上京する、あるいは例えば九州であれば郊外に住む人が福岡などの大都市に集中する大きな理由の一つが仕事だからです。残念ながら地方にはまだまだ、若者にとって魅力的な仕事の選択肢がそう多くありません。また単に働き口を増やすだけでなく、性別や出自などに関係なく能力のある人を適正に評価し、適切なポジションと報酬で働かせられる職場を地方にも増やしていく必要があります。

 

ただ、私は地方でずっと暮らしたいと考える若者が増えない要因は、仕事だけではないと考えています。

©Brian Kennedy / Getty Images

――は、他にどんな要因が考えられますか?

 

島原:一言でいえば、地方社会や一部の地域コミュニティに根強く残る「不寛容さ」です。例えば、上京した若者が年末年始に地元へ帰省し、親戚が集まる場に顔を出すと「まだ結婚しないのか?」だの「子供はどうするの?」だのと聞かれて、うんざりしてしまうなんて話はよく聞きますよね。

 

すべての地域がそうとは言いませんが、地方には昔ながらの習わしや規範に基づく介入や干渉などが、より強く残っている傾向があります。また、さまざまな社会的少数者に対しても、昔ながらの価値観に引きずられて不寛容な態度をとってしまう。そうした、個人の自由な生き方が阻害される窮屈さみたいなものが、若者が地方を拒む大きな理由の一つになっていると思います。実際、個人の自由に対する不寛容性が高い地域ほど、人口が減っているというデータもありますから。

 

――地方の社会が東京よりも「不寛容」であることを示すデータなどはありますか?

 

島原:2020年に国土交通省が興味深い調査をしています。「あなたの出身地の人たちは『夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ』といった考え方に賛同するか」と質問したところ、「賛同する」「どちらかといえば賛同する」と答えた人の割合が最も高かったのは「東京圏外出身者で、現在は東京圏で暮らしている女性」で48%に上りました。これが「地方に住む地方出身者」の場合は38%、「東京に住む東京圏出身者」だと32%と、大きく数字が下がります。

 

つまり、地方から上京し、地元と東京の社会をともに経験している女性ほど、地元には「古い価値観」があると感じている。これでは、Uターンしたいと考える人が増えないのも致し方ないように思います。

なお、LIFULL HOME’S総研のレポート『地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論』でも、そういった個人の生き方に対する地域社会の不寛容さの度合いを都道府県別に測定して人口移動との関係を分析していますが、不寛容さと人口流出は相関は明らかです。

 

――島原さんはLIFULL HOME’S総研『地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論』のなかで「若者に対して寛容な地域は、多文化共生のごとく多様性を生み出し、そこに暮らす人々を幸福にする」という仮説を立てていらっしゃいますよね。

 

島原:幸福観や価値観は人によって異なります。もちろん「女性は家庭に入って子育てを優先したほうが幸せ」というのも一つの価値観であって、そう思う人はそうすればいい。ただ、それが他者にとっても同じく幸せな生き方とは限らない、という話ですよね。

 

今の社会、とりわけ地方のコミュニティで起こりがちなのは、一方の価値観だけが正しいという決めつけ。あるいは、古くからの生き方や暮らし方こそが社会の規範であって、誰もがそれに従うべきだという押し付けですよね。あからさまに口にしなくても、同調圧力によって暗黙のうちに従わせようとするケースもあるでしょう。

 

重要なのは、一人ひとりにとっての幸福を、それぞれが自由に選べること。地方移住者やUターンを呼び込むには、雇用や所得といった分かりやすい要素だけでなく「寛容性」という目には見えないファクターについて考えることが必要ではないかと思います。

▲地方創生をテーマにした2021年の調査研究レポート『地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論』(左) と、その続編となる2022年の調査研究レポート『“遊び”からの地方創生 寛容と幸福の地方論Part2』(右)。充実した内容のレポートはLIFULL HOME'S 総研のサイトからダウンロードもできる。

――自由に選べる、という意味では地方都市に大型マンションが増えることは、住まいやライフスタイルの選択肢が広がることにもつながりますね。

 

島原:そうですね。それに、地方部にも“マンション的”な都市型のライフスタイルが導入されていくと、地方特有の濃密なコミュニティを少しだけ“ゆるめる”ことにもつながると思います。

 

――コミュニティをゆるめるとは、どういうことでしょうか?

 

島原:不寛容さというのは、昔ながらの営みやしきたりを重んじてきた地域の「濃密なコミュニティ」によって形成されていく部分があると思います。その点、マンションにはゆるやかな匿名性があり、そうしたコミュニティから少しだけ距離をとることができるのではないでしょうか。

 

また、先ほどもお話しした通り、マンションは戸建てに比べ、中古になっても売りやすい。売りやすいということは、住み替えがしやすいということ。どうしても嫌になったら、そこを出ていくことだってできます。

 

――つまり、濃厚すぎるコミュニティに、ずっと縛られて生きる必要がなくなるわけですね。

 

島原:ただし、それによって従来のコミュニティを軽んじたり、ご近所づきあいに全く関心を示さない住人ばかりが増えてしまうことは、決して良いことだとは思いません。

コミュニティをゆるめるというのは、決して地域の人との関係性をスッパリと断ち切ることではありません。四六時中、いつも顔を合わせて監視し合うような状況を回避して、窮屈さから逃れるということです。

 

地方におけるマンションの在り方は、都市型のライフスタイルを取り入れつつも、地域のコミュニティともゆるくつながること。そんなマンションが増えていけば結果的に寛容性も高まり、街の新陳代謝が進んで地域が活性化するのではないでしょうか。

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。 X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.現在、特に注目している地方都市はありますか?
A.別府市です。かつての団体客向けの温泉街が廃れたイメージを持つ人もいるかもしれませんが、別府はいまやアートの街という顔を持っています。地元NPOの頑張りでストリートに根ざしたアートが盛んで、街中で活動する若いアート関係者の移住が増えています。またAPU(立命館アジア太平洋大学)の外国人留学生や教員も多く、多文化な活気も感じられます。『“遊び”からの地方創生 寛容と幸福の地方論Part2』(LIFULL HOME’S総研)に詳しいレポートを掲載しています。
Q.東京と地方で似通ったマンションが多い理由は?
A.本来は地方の実情に合わせたマンション開発が望ましいのですが、そうしたノウハウをデベロッパーが持っていないのだと思います。結果的にどこでも同じような開発が行われ、いくつもの「小さい東京」ができている。そこは地方のマンション開発の課題の一つだと思います。