都心から1時間の通勤リゾート「神奈川県三浦市」
2024年03月29日 / 『CRI』2024年4月号掲載
目次
神奈川県三浦市は、三浦半島の最南端に位置し、2024年1月現在の人口は約4万人。市の面積は31k㎡となり、神奈川県下33市町村中で19番目の大きさの比較的小規模の市である。三浦市は、北部が横須賀市と接しており、東は東京湾、西は相模湾、南は太平洋に
囲まれているため、非常に風光明媚な地である。東京都心からは約60km、電車で1時間10分、自動車で約2時間の距離に位置し、
そのアクセスの良さから「通勤リゾート」として評判だが、一方で神奈川県唯一の人口消滅可能性都市(※)と指摘されたことが、
市の将来に影を落としている。
今回は、そのような三浦市の実態と、まちづくりへの試みについてみていきたい。
※人口消滅可性能都市
人口流出・少子化が進み、存続できなくなるおそれがある自治体を指す。
民間の有識者らでつくる日本創成会議(座長・増田寛也氏)が2014年に指摘したもので、厳密な定義は「2010年から2040年にかけて、
20~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村」。
三浦市の現状 ~進む小家族化と高齢化~
三浦半島の最南端に位置する三浦市は、長く続く美しい海岸線と地元で獲れる新鮮な野菜や魚介類を目当てに、一年を通して
観光客が訪れる人気の場所である。
しかし、人口は1995年の約54,000人をピークに減少傾向にあり、2024年には約40,000人へと約26%減少した。同様に世帯数も
2010年の約18,000世帯をピークに2024年には約17,000世帯へ、約6%減少した。また、一世帯あたりの人数もかつての3.3~3.4人から
2024年には2.4人へと小家族化が進行。年齢構成においては、1990年に約70%を占めていた生産年齢人口(15~64歳)が2020年には
約50%へ減少した一方、老齢人口(65歳以上)は約12%から41%へと大幅に増加した。これは、過去30年間で小家族化と高齢化が
進行した結果で、日本全体の平均高齢化率が29%なのに対し、三浦市の高齢化率は41%であり、事態は深刻である。
三浦市が抱える課題
都心部から1時間程度でアクセスが可能で、観光需要が高い三浦市では、「就業の場・機会の縮小」、「開発困難な地形」、
「脆弱な交通網」による人口減少と高齢化が深刻化している。この状況は、新たな課題として「税収の減少」、「商業施設の
縮小・撤退、自治会などの担い手不足」、「空き家の増加、地域の活力の減少」を引き起こしているが、三浦市は官民一体となった
取り組みで、その再生を目指して歩み始めている。
スタートした地域創生プロジェクト
現在、三浦市では3つの再生プロジェクトが並走して実施されているが、ここでは神奈川県が主体である半島全体の
再生プロジェクト「三浦半島魅力最大化プロジェクト」と三浦市が主体である「三浦みらい創生プラン」「三浦まち・ひと・
しごと創生総合戦略」について紹介したい。
(1)三浦半島魅力最大化プロジェクト
本プロジェクトは神奈川県と「三浦市」「横須賀市」「逗子市」「鎌倉市」「葉山町」が推進しており、三浦半島の魅力を最大限に
引き出すための具体的な施策やアクションプランを策定・実施している。三浦半島においては「観光」が主力産業の一つとなっている
ことから、「観光の魅力」と「半島で暮らす魅力」を2つの大きな柱に据えて「観光」「食」「地域」「働く」「住む」の5つの魅力強化を
目指している。三浦市の「うらりマルシェ(※)&三崎魚市場」は三崎まぐろと三崎野菜の直産センターを中心とした複合施設で
「海を楽しむ」(水中観光船・城ヶ島渡船・レンタルボート)、「食を楽しむ」(地元で採れた野菜の販売・魚市場)、「町を楽しむ」
(レンタサイクル)を体験することができる。
うらりマルシェには三浦市の自然とグルメを目当てに、神奈川県内外から年間約120万人が訪れている。
うらりマルシェ三崎魚市場は、高齢化が進行し少なくなりつつある漁業関係者の就労の場ともなっている。
※「うらりマルシェ」の「うらり」は2001年に旧三崎魚市場の跡地にオープンした三崎フィッシャリーナ・ウォーフの愛称で
「海を楽しむ里魚を楽しむ里」という意味が込められている。
(2)三浦みらい創生プラン
本プロジェクトは三浦市の総合計画であり、行政計画の最上位に位置している。総合計画は基本構想、基本計画、実施計画の
3つの層構造を持っており、三浦市の魅力と課題の分析を通じて、市民の幸せや活力を高める目指す方向性と目標を示している。
具体的には次の5つの目標①三浦の自然と文化の保護と次世代への継承②三浦の産業と観光の活性化による地域経済の強化
③三浦の教育と福祉の充実による人材育成の支援④三浦の交通と防災体制の整備による安全で安心な生活の実現⑤三浦の行政と
財政の改革による持続可能な都市開発の推進が掲げられており、市民や関係者との対話や協力を通じて作成されている。
(3)三浦まち・ひと・しごと創生総合戦略
本プロジェクトはまち・ひと・しごと創生法(※)に基づき、地方創生に関する施策の基本的な計画を定めている。三浦市は
市の持つ課題解決にあたり本戦略の中で①三浦市における安定した雇用を創出する②三浦市への新しいひとの流れを作る
③若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる④時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を
連携する4つのスローガンを打ち出した。この中から本稿では②三浦市への新しいひとの流れをつくるについて、具体的な活動を
紹介していきたい。
※まち・ひと・しごと創生法
地方創生を推進するため、人口減少や東京圏への人口集中を食い止め、地方を活性化するための基本理念などを定める法律。
2014年11月28日に公布された。
「定住」と「観光」の間の「トライアルステイ(試住)」という選択(以下トライアルステイ)
三浦市は観光資源が豊富な一方で、都心からのアクセスが良好であるため、訪れた観光客が帰ってしまい定住人口が増えにくい。
各行政は限られた人口をどのように自らの行政に結びつけるかに努力しているが、三浦市は「定住」と「観光」の間の「トライアル
ステイ」という選択を通じて対処している。
三浦市の「トライアルステイ」プログラムは、一定期間(2週間から1ヵ月)三浦市で暮らしながら自分のリズムで働き、
二拠点生活を体験してもらうもの。三浦市には2018年時点で約4,850戸の空き家があり、これは人口が同水準の茨城県北茨城市の
約3,180戸と比較して約1.5倍で多い。このため「トライアルステイ」プログラムでは、市内の空き家を活用し、人口増加と空き家の
活用を同時に推進している。
「トライアルステイ」は2015年から実施されており、過去の実績は下表の通り。コロナ禍以降、参加者数に減少がみられる一方で、
移住促進のためのセミナーは続けられている。現在、移住に関する取り組みは主に民間事業者が実施しているが、市は「三浦移住
セミナー」を開催して移住計画を支援している。このセミナーは神奈川県、三浦市、認定NPO法人ふるさと回帰支援センターが
主催し、市内の不動産業者や移住経験者をゲストスピーカーとして迎え、オンラインで実施している。さらに、「三浦移住学」では、
「知識習得」「体験」「交流」の機会が提供されている。そうしたセミナーには2018~2022年度にかけて、91組の223人が県内他市や
東京都内から参加しており、事業は今後も民間事業者を中心に続けられる予定である(三浦市役所政策課)。
トライアルステイをはじめとする様々な試みにより、2018年以降の三浦市への人口流入は4,800人を超える(2021年末現在)。
おわりに
今回は、三浦市が推進しているまちづくりについてレポートしました。トライアルステイのような取り組みがさらに浸透すれば、
「都会と地方」の両方に軸足を置くという新たなライフスタイルが定着することも期待されます。
三浦市が推進しているまちづくりプロジェクトは2025年度に終了予定ですが、行政主体の取り組みに加え、民間企業も核となり、
沿線自治体、金融機関、地元企業と連携して「三浦Cocoon Family」(現在81団体が加盟)というエリアマネジメント協議会を設立し、
地域課題解決に向けての取り組みを強化しています。具体的には、参加団体が共有できるWEBプラットフォームの整備や共通予約/
決済システムの開発を通じて、三浦市を訪れる観光客がワンストップで観光できる、また、シームレスな移動が可能な環境を
目指しています。集積された観光客の利用データを分析し、「Cocoon Family」にフィードバックを提供し、サービス改善に取り組む
など、地域全体で「観光DX」を推進しています。
三浦市の人口・世帯数は今も減少が継続しているものの、様々な取り組みにより、2020年以降の減少幅は緩やかとなり、成果が
出始めています。これら観光を中心とした取り組みが関係人口の増加につながり、トライアルステイの普及と共に「このままずっと」
「いつかはきっと」三浦市に住みたいという想いを持つまちづくりへ発展することを期待したいと思います。
(鈴木貴子)Takako_Suzuki@haseko.co.jp











