子育て支援日本一を目指し持続可能な町の在り方を模索する「茨城県境町」

〜多岐にわたる子育てサポートとPFI事業を核とした住宅支援により、若い世代の移住・定住を促進〜

2024年09月30日 / 『CRI』2024年10月号掲載

変わるまち・未来に続くまち

目次

 茨城県猿島郡境町は、茨城県の南西部、千葉県と埼玉県の県境に位置する人口約2万4千人、面積46.58㎢の「鉄道駅のない」
小さな町である。利根川と江戸川の分岐点という立地を活かし、江戸時代には水運を利用した利根川随一の「河岸のまち」として人や文化が行き交う文化交流の町として栄えた。平成27年3月に圏央道境古河ICが開通し、一昔前に比べて町外や県外からの
アクセスは良くなったが、町内ではまだまだ交通インフラが整っていなかったことや、高齢化が進行し運転者人口の減少が
危惧されたことから、日本の自治体で初めて公道での定時・定路線での自動運転(※1)を開始した町でも知られている。

 境町も多くの地方自治体同様、人口減少や高齢化、若者の流出により財政の減少、住民サービスの低下が課題となっていた。
このため、町外から新婚世帯・子育て世帯を呼び込むことが必要であったが、若者が住みたいと思うような住宅が不足していた
ことから「PFI事業・地域優良賃貸住宅制度」を活用し、魅力的な住宅整備を推進することとなった。そうした試みに加え、様々な
子育て支援策が功を奏し、現在では人口の社会減少に歯止めがかかった。
 今回は「境町」が推進している移住・定住を促進する「住民サポート」「住宅サポート」についてレポートする。

※1 境町ではソフトバンク株式会社の子会社であるBOLDLY株式会社及び株式会社マクニカ協力の元、自動運転バスを3台導入し、
生活路線バスとして定時・定路線での運行を令和2年11月26日から開始。自治体では全国で初めて自動運転バスを公道で定常運転した。

境町への移住・定住を促進する様々なサポート

 境町では①子育て・教育②住宅整備③移住・定住に対する奨励金、補助金サポートを3つの柱とし支援を行っており、
特に「子育て支援日本一を目指す」をスローガンに独自の手厚いサポートを推進している。こうしたサポートが広く評価され
民間調査「2024年版 第12回住みたい田舎」では上位にランキングされた。
 「2024年版 第12回『住みたい田舎』ベストランキング」では、北関東エリアにおいて「若者・単身者」「子育て」世帯で第一位、
総合でも第三位となるほか、全国(人口1万人以上の町)においても「若者・単身者」で第一位、「子育て世代」第二位、
「シニア世代」第三位となった。

1)子育て支援日本一を目指す境町の子育て・教育サポート

 境町の子育て・教育サポートには独自性の高いものが多いが、中でも「全ての子供が英語を話せる町へ」を目標に掲げ
「スーパーグローバルスクール事業」を展開し、英語教育に力を入れている。

スーパーグローバルスク-ル事業

 境町では「日本の英語力の不足」「英語力と年収の相関関係」を背景とし「英語力不足の解消」「グローバル社会で活躍できる
人材の育成」「実用的な英語力の習得」を目的とした英語教育を推進している。家庭の経済状況に関係なく、全ての子供に平等な
英語学習の機会を提供しているもので、その特徴と具体的なサービス内容については下表の通り。

子育て支援制度

 境町の子育て支援は生活に即したサポートだけでなく、「境町ニコニコパーク」(全天候型公園)、「境町アーバンスポーツ
パーク」(世界大会レベルの常設アーバンスポーツ会場)等の施設があり、町内の主要施設は自動運転バスによって移動できるのも
大きな魅力である。

2)PFI事業・地域優良賃貸住宅制度を活用した若い世代への住宅サポート

 境町では子育て世帯・新婚世帯を中心に境町への移住・定住を希望するための賃貸住宅「アイレットハウス」を整備している。
「アイレットハウス」はPFI方式(※2)により作られる住宅で、国の交付金と民間企業の資金や経営ノウハウ等を活用して建設・
維持管理・運営を行っている。

 2016年12月の第一期実施方針公表後、2018年4月より入居を開始し現在では第五期募集中である。また住宅供給に加え、
地域優良賃貸住宅制度(※3)を活用し、子育てもしくは新婚世帯等であり所得基準に該当する世帯は、家賃の減額措置を
受けることができる。供給した住宅数は2019年からの4年間で累計108戸に上り、累計転入者200人超を実現した(集合住宅)。

 2021年には第四期「アイレットハウスひまわり館(26戸)を建築し、全108戸が全戸募集完了となったことで、第五期として
「引き続き25年間住み続けたら無償譲渡」を謳い文句とした戸建賃貸住宅・ガレージハウスを供給・募集(2024年現在で建築は
戸建て55棟・ガレージハウス5棟。現在戸建て21戸が募集中)。

※2 従来の町営住宅は、維持管理を役場が行うため、職員の人件費や管理コストがかかっていたが、PFI方式により国の交付金と民間企業の資金・経営ノウハウを活用し、建設・維持管理・運営を実施し、より質の高い賃貸住宅サービスの提供を実現。
境町の場合は地域優良賃貸住宅制度補助成金を活用し、総工費約6億6,307万円の45%の約2億7,725万円を国が支出することで、
町の財政負担はなく、家賃収入で収支は黒字となっている(第1期PFI住宅30年間の収支見込。全35戸の入居率92%で計算)。

※3 高齢者世帯、障害者世帯、子育て世帯等各地域における居住の安定に特に配慮を要する者に対して賃貸住宅の供給を
促進するため、地方公共団体が負担する住宅の整備費用、家賃低廉化費用を支援。

出典:境町HPより

第一期「モクセイ」館

第五期  マホロタウンⅡ

3)移住・定住に対する奨励金・補助金

出典:境町HPより

〈コラム〉観光客の誘致

 境町には隈研吾氏の建築物が7棟ある。いずれも境町の特産物や町の特徴を活かしたデザインであり観光スポットとして、
訪れる人が後を絶たない。

道の駅さかい(茶蔵:レストラン)

 町のシンボルともなっている道の駅さかい。地元の農産物、食材を活かした焼き菓子や自家製ドリンク等のほか、土産品を販売。
境町の特産品さしま茶を使用した地ビール等を製造しているブルワリーも併設。観光案内所としての役割もあり、町の様々な
スポットやイベントを紹介していると共に地元居住者の憩いの場としても多くの人に利用されている。

HOSHIIMONO 100 Café

 干し芋の繊維をイメージしデザインされた干し芋専門のショップ&カフェ。工場直売の干し芋やスイーツ、干し芋に合わせて
焙煎したコーヒー豆を使用したコーヒーを提供。干し芋をテーマとした小物類の物販も行っている。茨城県はサツマイモの
一大生産地であり、干し芋の生産量は日本一である。

おわりに

 境町の目指す持続可能な町の在り方は、地域資源を最大限に活用しながら、賑わいや経済振興を生み出す拠点作り・整備と同時に、
未来への投資を積極的に推進しているところにあります。全国でいち早く採用された自動運転バスの公道定常運行の導入は、
鉄道駅のない境町の課題解決と地域経済の活性化のほか、観光需要にも対応しており各方面からの注目度も高いです。
数々の取り組みの成果は、町のふるさと納税の受け入れ額にも顕著に表れており、2013年度6万5千円だったふるさと納税受け入れ
額は2023年度には99億3千800万円となり7年間連続で関東一位を獲得、全国でも11位と躍進中です。こうした経済効果は、新たな
投資を実現する好循環を生み出しています。
また、移住・定住を促す施設や仕組みを作ることに加え、「スーパーグローバルスクール」事業という未来に向けての人材育成は独自性が高く、境町への移住・定住の大きな魅力となっています。境町の「自治体マネジメント」は多くの少子高齢化に悩む
自治体の参考となるでしょう。これからも、境町の挑戦に注目していきたいと思います。

鈴木貴子(Takako_Suzuki@haseko.co.jp)