歩いて楽しめるウォーカブルシティ「熊本県熊本市」

~熊本地震を契機として、防災力の向上と世界に選ばれるまちを目指す都市~

2025年10月31日 / 『CRI』2025年11月号掲載

変わるまち・未来に続くまち

目次

平成28年熊本地震から間もなく10年。地震では熊本市内でも多くの建物が被災し、市民生活に大きな影響が生じた。熊本県内で特に被害が著しかった益城町、西原村ほかの復興も徐々に進んでおり、応急仮設住宅は2023年に全て終了した。
一方、熊本地震によってクローズアップされた災害に対するリスクを減少させ、安全・安心なまちをつくっていくことを目指してスタートした「まちなか再生プロジェクト」では、災害に強い上質な都市空間の創造に向けて、10年間の時限的措置を設けて建替えを推進しており、さらに昨年、隣接する菊陽町に世界最大の半導体受託生産会社TSMCの工場が進出したことも追い風となって、魅力と活力ある中心市街地の再生が進みつつある。
今回は、熊本地震からの創造的復興から、その先の都市の発展につながる
まちづくりを進める「熊本市」のこれまでの取り組みと今後の展望についてレポートする。

熊本市は、2012年4月、全国で20番目、九州で3番目の政令指定都市となり、現在は約74万人が暮らしている。市内は路面電車が走るなど公共交通の利便性が高く、また、博多~熊本間は新幹線で最短32分で結ばれるなど、活発な経済活動や文化活動等に適した交流拠点都市である。一方、市民の水道水の100%が地下水で賄われており、豊かな水と緑の自然環境にも恵まれた都市である。
2016年に発生した熊本地震は、4月14日の前震(M6.5)と4月16日の本震(M7.3)の大きな揺れにより、益城町では震度7が2回、熊本市では前震で震度6弱、本震で震度6強を観測した。熊本市では死者79人、住家被害は全壊2,458棟、半壊1万5,216棟、一部損壊10万4,238棟※1となった。熊本市のシンボル熊本城も、複数の重要文化財建造物が倒壊するなど全域的に甚大な被害を受けた。2021年には天守閣と長塀の復旧が完了し、その他の建造物や石垣の復旧も順次進んでいるが、全面復旧には長期間を要する見通しとなっている。
※1 2017年12月13日現在、死者数は災害関連死を含む

まちなか再生プロジェクト

震災後に策定された「熊本市中心市街地グランドデザイン2050」により、30年後のまちの姿を産学官で共有するとともに、今後10年間で取り組むべき「3つの戦略」と「10のプロジェクト」を選定した。この3つの戦略のうち「都市基盤再生戦略」では、中心市街地で4割を占める築40年以上の被災・老朽建築物の面的更新を促進するとともに土地の高度利用や防災機能強化等を図り、「災害に強く魅力と活力ある中心市街地」を創造するとしている。2019年に「熊本市まちなか再生プロジェクト」として発表された施策は、①防災機能強化等に着目した容積率の割増、②高さ基準に係る特例承認対象建築物の拡充、③建築物等に対する財政支援制度、の3つであり、これらの施策は、財政支援は10年間の期間限定※2で、また容積率も10年間限定※3で割増が上乗せされる特別措置を設けている。このような期間限定の優遇策によって、10年間で100件※4の建替えの実現を目標としており、2024年度末までの5年間で34件の建替えが実現されている。
※2・3 いずれも2020年度から2029年度まで
※4 中心市街地内で店舗(ホテル含む)・事務所を含む3階建以上の建築確認実績

熊本市中心市街地ウォーカブルビジョン

熊本市では、歩きやすい、歩きたくなる「ウォーカブルなまち」の実現にも積極的に取り組んでいる。中心市街地のアーケード街である上通・下通・新市街は、かつてはアーケードがなく車道として利用されていた通りを歩行者空間として整備したものであり、熊本市を象徴するウォーカブルな都市空間として賑わっている。
2019年には国土交通省が募集した「ウォーカブル推進都市」となり、バスターミナルと商業施設、ホテル、ホール等の複合施設※5が開業。「熊本城と庭つづき『まちの大広間』」をコンセプトに、この施設に面していた4車線の道路を再開発事業にあわせて廃止し「くまもと街なか広場」が整備され、花畑公園、辛島公園とあわせ「花畑広場」として、2021年11月に供用開始した。このような「車中心」から「人中心」のまちへの転換をさらに進め、ウォーカブルなまちを広げるため、本年3月、「居心地のいい歩いて楽しめるまちなか未来図(熊本市中心市街地ウォーカブルビジョン)」を策定し、目指すまちの姿として「多様な人々が開かれた空間で居心地よく快適に過ごせるまち」が示された。また、ウォーカブルなまちを実現するための対応の方向性として、「つくる」(人中心の都市空間の整備)、「つかう」(都市空間の利活用促進)、「つなぐ」(多様な移動手段の提供)の3つを示し、人が居心地よく快適に過ごせる空間を創出していくこととしている。
※5 桜町地区第一種市街地再開発事業

新市庁舎の整備構想

熊本市役所の現庁舎は、現行の建築基準法等が求める耐震性能を有しておらず、耐震改修の実現性も低く防災拠点としての機能を果たすことができないリスクがあることや、窓口・執務室等の狭あい化が進んでいることなどから、2023年に建替えの方針を市として示し、昨年策定された「熊本市新庁舎整備に関する基本構想」において、新庁舎の新たな建設地が選定された(本庁舎・議会棟はNTT桜町、中央区役所は花畑町別館跡地)。この新庁舎の整備を契機として、現状のまちの課題を解決するとともに、都市の発展につながるまちづくりを実現することを目指した検討が進められている。11月にスタートする「庁舎周辺まちづくり懇談会(くまもとまちづくりラボ)」では、熊本大学の星野裕司教授、早稲田大学の田中智之教授、横浜市立大学の国吉直行客員教授をファシリテーターとして、市民や民間事業者等が一堂に会して意見やアイデアを交わし、「(仮称)庁舎周辺まちづくりプラン」の策定に向けた検討が進められる予定となっている。

菊陽町へのTSMCの進出

昨年、熊本市に隣接する菊池郡菊陽町に、世界最大手の半導体受託生産会社TSMC(台湾積体電路製造)が進出し、工場が稼働を開始した。それに伴い、周辺に関連工場や物流施設等が立地しつつあり、その影響は熊本市にも及んでいる。熊本地震からの復興に加えて、福岡市との時間距離の近さやTSMCの熊本進出も追い風となり、熊本市の本年7月1日時点の基準地価は、全用途平均で前年比3.6%の上昇となった。三大都市圏を除く政令指定都市10市の中では、福岡市、仙台市に次ぐ伸び率となった。

[熊本市政策局・都市建設局の皆様にお話を伺いました]

─まちなか再生プロジェクトのねらいと実績について

熊本地震を経験して、まちの防災力の向上が重要と認識したところですが、中心市街地には、旧耐震基準など築年数の経過した建物が多数存在している現状です。そこで、またいつ起こるかわからない地震などの災害に備えて、早く対応していただきたいということで、10年間の時限的措置を設け、建替えの促進に取り組んでいるところです。本プロジェクト開始当初はコロナ禍と重なり、進捗がやや伸び悩んでいるところですが、中心市街地の防災力強化に寄与するとともに、一定の効果をもたらしているものと認識しています。

─くまもと街なか広場の整備の経緯について

リーマンショックの後、周辺の再開発計画の見直しがあった中で、桜町バスターミナルに面したこの場所を全部広場にしようと打ち出したのは2012年です。車中心から人中心のまちへの転換を進めていたため、「熊本城と庭つづき『まちの大広間』」というコンセプトを設けて、既存の4車線・幅員27mの市道を廃道し、歩行者空間化しました。バスターミナルのバスの出入口を北側と南側の道路にすることで車道の必要性をなくし、路面電車の電停とバスターミナルの間にあった歩行者信号をなくして、時間の短縮化という市民の要望にも応えることで、廃道について議会承認が頂けたと思っています。

─熊本市中心市街地ウォーカブルビジョンについて

車中心から人中心のまちへの施策は従来から進めてきましたが、人中心のまちへの転換は市民の皆様の行動変容が必要となります。目指すまちの姿と方向性を市民の皆様と共有しながら、官民連携してウォーカブルなまちづくりを進めていきたいと考えています。

─新市庁舎整備基本構想と、現庁舎の跡地について

新庁舎の整備を契機として、現庁舎の跡地と周辺のまちづくりについて、意見やアイデアを交わす場として「くまもとまちづくりラボ」を立ち上げることとしました。熊本の中心部の一等地で1万㎡ぐらいの敷地が空くというのは、これまでにはないことで、いろんな課題もありますが、都市の発展につながるまちづくりを実現することを目指しています。学識者にファシリテーションをしていただき、市民と民間事業者が一堂に会して意見やアイデアを交わすという、新しい、多分全国的にも事例が少ないことをやろうとしています。これは面白いと思います。

─熊本市の都市戦略と今後の展望について

熊本市のまちづくりは、桜町の再開発事業と花畑広場の整備、新幹線の開業に合わせた熊本駅周辺の整備、熊本地震を契機としたまちなか再生プロジェクトと、結構戦略的にやってきているのは間違いない。大きなロードマップみたいなところで動いています。今回の新庁舎整備も、単なる庁舎だけじゃなくて、まちづくりとして広く知らしめて、早い段階からアプローチするのが大事だと思っています。今までは、国内の九州の熊本という内側だけのセールスで良かったのですが、これからは、インバウンドも含めて広く情報を発信しながら、世界に選ばれるまちを目指したい。それを、どれだけ求心力を持たせるような発信ができるのかが我々の命題だと思っています。

取材に協力いただいた熊本市の皆様(左から熊木雄一技監、髙倉伸一部長、坂本幸人課長、福田淳技術主幹、上野勝治部長)

熊本地震の経験からスタートした「まちなか再生プロジェクト」は、10年間の時限的措置が後押しとなって、中心市街地の再生と防災力の向上が着実に進みつつあり、都市の活力の向上に寄与していると考えられる。
また、熊本市のウォーカブルなまちづくりは、様々な取り組みを実施してきた経緯があり、まちなかを歩いてみるとウォーカブルシティであることが実感できるが、人中心のまちづくりがこれからも進めば、都市の魅力がさらに高まっていくと予感される。福岡と熊本は新幹線で約30分で結ばれ、両都市が九州の活力を牽引していくことが周辺地域にも波及していくことになるのだろう。楽しい未来に向けた熊本市のまちづくりをこれからも注目していきたい。(青木伊知郎)