千年の伝統を未来につむぐまち「京都」
2024年08月05日 / 『CRI』2024年8月号掲載
目次
平安建都以来、1200年以上にわたって都市の機能と文化を継承・発展させてきた京都。
コロナ禍で落ち込んだ観光需要も回復し、街なかには多くの観光客や外国人が行き交う光景がある。
豊かな自然や歴史的景観などの大切な財産を守り育て、新たな価値を創造してきた京都は、国内外から高く評価される魅力的な
都市である。
そんな京都市では、今後、人口減少や少子高齢化による担い手不足、まちの活力の低下が懸念されており、持続可能な都市の構築と、
魅力と活力のあるまちの実現に向けた政策を進めている。
今回は、伝統を継承しつつ、市民の豊かな暮らしの実現と新たな価値の創造を目指す「京都市」の今についてレポートする。
山紫水明と称えられる豊かな自然や伝統文化に育まれた町並み景観など、古くから受け継いできた大切な財産を守りながら、
それぞれの時代に対応して新たな価値を創造してきた歴史都市・京都。都市政策においても、風致地区、高度地区をはじめとする都市計画や、古都法に基づく歴史的風土保存区域の指定、全国に先駆けて制定した景観条例など、社会経済情勢の変化を勘案
しながら政策を進化させてきた。
2007年には、時を超え光り輝く京都の景観づくりを目指して「新景観政策」を定め、「田の字エリア」と呼ばれる歴史的都心地区
(※1)を中心に高さ規制を強化するなど、建築物の高さやデザイン、屋外広告物等の規制の全市的な見直しを実施したほか、
京町家等の歴史的建造物の保全・再生の取り組みも進めてきた。こうした政策によって、都市の美しい景観を守り、未来に継承すると
共に、人々の暮らしから醸し出された品格や風情が京都ブランドとなり、新たな京都の魅力と活力を生み出してきた。
一方、新景観政策では、景観に配慮した優れたデザインの建築計画を誘導するため、地域や都市の景観の向上に資する建築物等に
ついては高さ規制を緩和する特例許可制度も設けられたが、特例制度の活用は進まなかった。景観規制を強化したことなどにより、
結果として、共同住宅やオフィス等の新規供給の抑制につながり、若年・子育て層の市外流出や、働く場の恒常的な不足等の課題が
顕在化してきた。京都市の人口は2017年以降減少基調となり、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年と2021年には、
人口減少数が2年連続で全国最多となった。2022年からは転入超過に戻ったものの、その要因は日本人の転出を上回る大幅な
外国人の転入であり、総人口は直近5年間で2%程度減少して、約143.9万人となっている(推計人口・2024年7月1日現在)。
※1 河原町通、烏丸通、堀川通、御池通、四条通、五条通の6本の幹線道路沿道地区とこれに囲まれた職住共存地区。
中長期的に人口減少や少子高齢化が避けられない見通しとなった2019年3月、市は「京都市持続可能な都市構築プラン」を策定し、
都市計画手法などを活用して、人口減少に歯止めをかける方針を打ち出した。同年12月には、持続可能な都市の構築及び新景観政策
のさらなる進化に向けた都市計画の見直しとして、一部の地域におけるオフィスや研究施設などの容積率や高さ制限を緩和した。
さらに、2021年9月には、京都市都市計画マスタープランを改訂し、京都の景観の守るべき骨格を堅持しつつ、多くの市民が
生活する生きた大都市の魅力と活力をさらに向上させていくための基本的な考え方を示した。市域を大きく「保全」「再生」「創造」の
3ゾーンに大別し、「保全ゾーン」は低層又は中低層を主体とする地域、「再生ゾーン」は中低層又は中高層を主体とする地域、「創造ゾーン」は中低層又は中高層を主体としつつ環境にも配慮しながら高層も許容する地域とする空間構成を基本としながら、
歴史都市・京都ならではの魅力を持つ「保全・再生ゾーン」と、「創造・再生ゾーン」で生み出す都市活力を循環させることにより、
多様な地域の拠点の活性化や働く場の確保などを実現し、地理的制約への対応と市域全体の持続性を確保していくこととした。
この基本方針に基づき、2023年4月に実施した都市計画の見直しでは、①新たな拠点の形成(働く場の確保)、②若い世代を
ひきつける居住環境の創出、③隣接市町との連動による一体的・連続的なまちの形成、の3つを主なねらいとし、その実現のために
必要となる都市機能の集積に向け、高さや容積率の緩和を実施した。京都駅の南側エリアの容積率を引き上げたほか、都心から
アクセス性が高い主要な駅近傍において、にぎわい用途の併設や歩道状空地の設置、壁面後退等を行うことで、容積率を上乗せし高さ制限を適用しないエリアを設定した。また、駅直近で住工混在が進む地域においては、防音・環境性能を備えた共同住宅等に限り、高さ制限を20mから31mに緩和し、住工が調和した居住空間の形成を目指している。若年・子育て世代が「京都で住みたい、学びたい、働きたい、子育てしたい」とより一層思える魅力的な空間の創出を図っていくこととしている。
京町家の保全・継承に向けた取り組み
京都には、京町家と呼ばれる伝統的な木造建築物が約4万軒存在している。京町家は、京都の美しい町並み景観や生活文化の
象徴であり、格子や虫籠窓などの伝統的意匠、短冊形の地割形状による通りに面した「表」と裏へ続く「通り庭」・坪庭・奥庭などの
空間構造、人や自然と共存する都市生活から育まれた生活文化など、京都らしいまちの基盤といえる資源であるが、空き家のまま
放置され、取り壊されていく京町家も少なくない。一方、近年は日本・京都の伝統的な文化やライフスタイルが再評価され、
京町家への関心が高まっており、住まいとしての活用のほか、飲食店や店舗、宿泊施設、シェアオフィス、ギャラリーなど、京町家の
多様な活用も進みつつある。
京都市は2000年に「京町家再生プラン」を策定し、京町家に関する相談体制の構築や改修費の助成などを進めてきた。
また、2017年には、京都市京町家の保全及び継承に関する条例を制定し、個別の建物や京町家が集積している地区を指定すると共に、
解体の事前届出制度を導入し、保全・継承に向けた取り組みを強化した。指定京町家改修補助金や京町家マッチング制度などの
支援制度のほか、建築基準法の適用除外(※2)の手続を簡素化する基準も定めている。2項道路に接した祇園祭の山鉾の会所を
増改築した「郭巨山会所」(設計:魚谷繁礼建築研究所、2023年日本建築学会賞)や、湯川秀樹博士の旧宅を長谷工コーポレーションが
購入し改修・改築して京都大学に寄付した「京都大学下鴨休影荘」(設計:安藤忠雄建築研究所)など、文化的価値に着目した
建築基準法の適用除外も進んでいる。京都の魅力あるまちづくりに欠くことのできない貴重な財産である京町家を保全・継承することは、今後益々重要となっていくに違いない。
※2 建築基準法第3条第1項第3号の規定により景観的・文化的に価値のある建築物について法の適用を除外。
まとめ
京都市が進めている、持続可能で魅力と活力あふれるまちづくりは、2007年に定めた新景観政策を修正したというよりも、
その基本的な考え方を踏襲・進化させ、さらに魅力的なまちにしていくことを志向した政策と考えることができる。
そのために実施した都市計画の見直しは、優良なプロジェクトを積極的に誘導するアクションプランともいえるものである。
時代の変化に敏感に反応して、新たな視点を取り入れていく市の姿勢は、歴史都市でありながら大都市として発展・持続してきた京都の姿そのもののようにも感じられる。京都にふさわしい住まいや住環境をどのようにつくっていけばよいのか、その答えを出す
ことが求められているのだろう。
(青木伊知郎)







