東京の高経年マンションの実態と再生の方向性に関する調査
2023年05月26日 / 『CRI』2023年6月号掲載
目次
分譲マンションのストック総数は、国土交通省の推計によると約685.9万戸(2021年末時点)であり、国民の1割超が居住している。築後一定の年数が経過したマンションストックも増加しており、築後30年以上のマンションは249.1万戸(マンションストック総数の36.3%)あり、10年後には1.7倍の425.4万戸になると見込まれる。高経年マンションは、建設された年代によって、旧耐震基準により建設され耐震性を充たさないものや、断熱性が低いものなど建物性能の改善が必要なものが存在すると共に、居住者の高齢化も進み、管理組合の役員のなり手不足、賃貸化による非居住所有者の増加、空き家の増加などの問題が生じているものもある。
今回、長谷工総合研究所では東京都立大学と一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団との共同研究として、新たに東京都区部において、おおむね築30年以上の分譲マンションの実態調査を実施した。高経年マンションが多く立地している世田谷区・渋谷区を対象地域とし、ストックの実態把握とそれぞれのマンションの課題とその再生に向けた方向性を探るため、管理組合へのアンケートおよびヒアリングと居住者へのアンケートを行った。
今月号の特集レポートでは、先に実施した本誌2021年10月号・2022年5月号の東京都多摩地域の3市(八王子市・町田市・多摩市)における調査とも比較しながら、その1として管理組合へのアンケート調査の結果をみていく。
目的
高経年マンションは、建設された年代によって、旧耐震基準により建設され耐震性を充たさないものや、断熱性が低いものなど建物性能の改善が必要なものが多く存在すると共に、居住者の高齢化も進み、管理組合の役員のなり手不足、賃貸化による非居住所有者の増加、空き家の増加などの問題が生じているものもある。
そこで本調査研究では、東京都区部(世田谷区・渋谷区)を対象エリアとし、複合用途マンション・小規模マンションの存在やマンションの非住宅化・居住者の多様化、建替えに向けた検討の進捗など、対象エリアの特性も踏まえた様々なマンションストックの実態を網羅的に把握すると共に、多摩地域等を対象とした既往研究との比較を適宜行い、それぞれのマンションの課題とその再生に向けた方向性を示すことを目的とした。
位置づけ・委員会の設置
調査は、東京都立大学、一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団及び株式会社長谷工総合研究所の共同研究として実施。実施にあたり、学識経験者や行政その他の公的機関から委員を選出した「東京の高経年マンションの実態と再生の方向性に関する調査検討委員会」(注1)(委員長:松本真澄東京都立大学大学院都市環境科学研究科建築学域助教)を設置した。
注1 同委員会の各委員の所属団体は以下のとおり。東京都立大学、東京都庁、世田谷区役所、渋谷区役所、独立行政法人都市再生機構、独立行政法人住宅金融支援機構、東京都住宅供給公社、一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団、株式会社長谷工総合研究所。
調査の進め方
今回は、マンションの管理組合に対するアンケートの結果をまとめた。
今回の特集レポートの内容
管理組合に対するアンケート調査
2022年1月〜2022年8月
郵送配布・郵送回収
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管理組合に対する現地ヒアリング調査
2022年3月〜
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居住者の意識調査アンケート
2022年8月〜
各戸配布・郵送回収(一部は管理組合にて回収)
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結果の整理・分析・まとめ
管理組合アンケート調査の概要
●調査対象:世田谷区・渋谷区内で1994年以前に新築された6戸以上のマンション(全物件)(注2)
注2 1983年以前に新築されたマンションについては、東京におけるマンションの適正な管理の促進に関する条例第15条の要届出マンションを対象とし、1984年~1994年に新築されたマンションについては、世田谷区「平成28年度世田谷区マンション実態調査」の対象マンションリスト(3階建以上の非木造のマンションのうち、主に人の居住の用に供する専有部分が6戸以上あるもの)、渋谷区が作成したマンションリスト(3階建以上のもの)および長谷工総合研究所のマンションデータ(民間分譲マンションの販売実績データ)による6戸以上のマンションを対象とする。
ただし、住戸数が不明のマンションが存在するため、世田谷区・渋谷区内で1994年以前に新築されたすべてのマンションにアンケート調査票を送付し、回答のあったマンションのうち、住戸数が6戸未満の物件については、有効回答から除外した。
●実施期間:①2022年1月31日~2022年2月28日
②2022年7月26日~2022年8月23日(再送付・不達 返送分)
●実施件数:3,065件(重複送付・対象外と判明したものを除外)
●回答件数:233件、不達返送件数:約600件
●実回答件数:207件(重複回答・対象外と判明したものを除外)
1. 回答マンションの現状
① 住戸数
この調査では、1994年以前に建築された6戸以上のすべてのマンションを対象としているが、以下の調査結果は、アンケート調査の回答を集計したものである。
東京都区部(世田谷区・渋谷区)(以下、世田谷・渋谷)では100戸未満のマンションが9割を超えており、そのなかでも30戸未満のマンションが6割近くあり、小規模のものが多いのに対して、東京都多摩地域の3市(八王子市・町田市・多摩市)(以下、多摩3市)は比較的大規模なマンションが多い(図表1)。
② 築年数
世田谷・渋谷では、築50年以上のマンションの回答が2割以上あり、多摩3市と比べて築年数が経過したマンションが多い(図表2)。(注3)
注3 以下で築年別に集計を行う場合は、築45年以上(1977年以前築)、築40年以上45年未満(1978~1982年築)、築35年以上40年未満(1983~1987年築)、築35年未満(1988年以降築)に区分した。
③ 階数・エレベーター
4・5階建のマンションでは半数以上でエレベーターが設置されているが、築年別にみると「築35年未満」では設置されている割合が高いのに対して、「築35年以上」では設置されている割合とされていない割合は同程度である。
2・3階建のマンションは、「築35年未満」ではエレベーターが設置されている割合が高いが、「築35年以上」では設置されていない割合が高く、「築45年以上」では設置されているという回答はなかった(図表3)。
④ 宅配ボックス
宅配ボックスの設置については、多摩3市では設置済みまたは設置を検討しているマンションが1割であったのに対し、世田谷・渋谷では3割となっている。
世田谷・渋谷について築年別にみると、築年数が浅いマンションの方が設置済みまたは設置を検討している割合が高くなっている(図表4)。
⑤ 空き住戸割合
空き住戸(3ヵ月以上空室)については、世田谷・渋谷ではゼロと回答したマンションが半数近くであり(多摩3市では約4分の1)、全体的に世田谷・渋谷では多摩3市に比べ空き住戸の割合は低い傾向にある(図表5)。
⑥ 賃貸化住戸割合
賃貸化住戸については、多摩3市は半数が「10%以下」であるのに対し、世田谷・渋谷は「10%超」の割合が高く、「50%超」も1割以上あり、賃貸化が進んでいる様子がうかがえる(図表6)。
2. 管理の形態・組合役員・管理費等
① 管理形態
管理形態については、管理会社に管理を委託しているという回答が7割であるが、自主管理の割合は築年数が経過したマンションの方が高く、「築45年以上」では3分の1が自主管理と回答している。規模別にみると、自主管理をしている割合は小規模のマンションの方が高い傾向にあり、30戸未満のマンションでは3分の1が自主管理と回答している(図表7)。
② 管理費
管理費の金額については、世田谷・渋谷では多摩3市に比べ高い傾向にあり、20,000円を超えるマンションが1割以上あり、40,000円を超えるマンションもある(8件)。世田谷・渋谷について築年別にみると、「築35年未満」のマンションで、20,000円を超える物件が多い(図表8)。
③ 修繕積立金
修繕積立金については、世田谷・渋谷では10,000円以下のものが4割以上となっている一方、高めの金額を設定している例も少なからずあった。
一般的には築年数の経過によって修繕費が増加すると考えられているが、世田谷・渋谷について築年別にみても、それに備えるために修繕積立金が高くなるという傾向は読み取れなかった(図表9)。
3. 建物の修繕計画・耐震改修
大規模修繕
大規模修繕に関しては、実施回数および実施年から実施間隔を計算(直近の大規模修繕までの平均間隔・小数点以下切り捨て)すると、世田谷・渋谷は多摩3市に比べ間隔が長い傾向にあり、実施間隔15年以上のマンションが3割を超える。また、大規模修繕を実施していないマンションは、世田谷・渋谷でも多摩3市でもみられた(図表10)。
建築年が1981年以前のマンションを旧耐震物件としたところ140件(全体の3分の2)あり、そのうち半数近い63件が「耐震診断を実施していない」であった(多摩3市でも半数以上が未実施であった)。耐震診断した62件のうち、20件は耐震性があると診断され、16件は耐震改修を実施しているが、残る26件は耐震性がなく耐震改修未実施である(図表11・12)。
4. 集会室の利用状況
集会室の使用頻度
集会室については、世田谷・渋谷では8割のマンションで「ない」と回答している(多摩3市では3割弱)。使用頻度についてみると、多摩3市に比べて世田谷・渋谷の方が低い傾向にある(図表13)。
5. 価値向上を目指した活動・改修工事、建替え・長寿命化の検討
① 良好な環境や地域の価値を維持・向上させる活動の実施
良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための取り組みとして実施または実施協力したことがある活動・イベントについては、「あてはまるものはない」が半数近くとなっている(多摩3市では14.3%)。実施または実施協力したことがある活動・イベントは「災害時の助け合い・防災訓練・防犯活動」「清掃などの環境美化活動」「草取りや植栽・花壇の手入れ等の緑化推進活動」などの割合が高く多摩3市と同様の傾向であるとはいえ、実施の割合はいずれも多摩3市よりかなり低い。
世田谷・渋谷について築年別にみると、築年数が経過したマンションの方が実施または実施協力したことがある活動・イベントの割合が高くなる傾向にあり、その種類も多くなっている。また、築年数が浅いマンションでは「あてはまるものはない」という回答の割合が高くなっている。
規模別にみると、「防災・防犯活動」は規模の大きなマンションで割合が高い傾向にあるが、ほかの活動・イベントでは規模による明らかな傾向は読み取れなかった(図表14)。
② 価値向上を目指した改修工事の実施
マンションの価値向上を目指した改修工事の実施については、「実施したものはない」という回答は3割であり(多摩3市では2割)、7割のマンションでなにがしかの改修工事を行っている。多摩3市では、共用部の照明のLED化などの「省エネ省CO2対策工事」や出入り口のスロープや階段の手摺などの「バリアフリー改修工事」が多く、世田谷・渋谷では「ネット環境向上工事」(多摩3市では選択肢なし)、給排水設備やエレベーターなどの「設備性能向上工事」、「バリアフリー改修工事」が多く、「省エネ省CO2対策工事」は多摩3市に比べ少なかった。
世田谷・渋谷について築年別にみると、「実施したものはない」という回答は、築年数の浅いマンションの方がやや高い傾向にあるが、築年数に関わらず実施されている工事も多い。
規模別にみると、「実施したものはない」という回答は30戸未満のマンションの方が30戸以上のマンションより高い割合になっており、その他を除きいずれの工事も規模が大きい方が実施の割合は高くなっている(図表15)。
③ 建替え・長寿命化の検討
建替えまたは長寿命化のための改修の実施に向けた検討については、なにがしかの検討を行っているマンションは4割ある(多摩3市では3割)。「建替えの実施に向けた検討をしている」との回答は多くはないが、世田谷・渋谷では5件あった。
世田谷・渋谷について築年別にみると、築年数が経過したマンションでは建替え・長寿命化の検討をしている割合が高くなるが、方向性は決まっていないという回答も多い。
規模別にみると、「議論・検討したことはない」という回答は小規模のマンションで多く、30戸未満では半数を超えている(図表16)。
6. まとめ
今回調査を行った世田谷・渋谷のマンションは、規模の小さい、また築年数の経過したマンションが多く、空き住戸は多くはないが、賃貸化が進んでいる傾向があった。
築年数が経過しても、居住者や地域の安心・安全を確保していくためには、適正な管理と建物性能の維持・向上が重要である。しかしながら、修繕積立金の金額が必ずしも築年数の経過に合わせて高くなっていないことや、旧耐震基準のマンションの半数以上が耐震診断未実施または耐震改修の予定がないことなど、これらに対して十分な対応・対策ができているとはいえない可能性もあり、今後、そのための仕組みや体制づくり、担い手の確保・育成などが必要となると思われる。
築年数の経過したマンションや規模の小さいマンションは管理組合の役員のなり手不足などの課題もあるが、活動・イベントを通してコミュニティの醸成・意識の向上を図ると共に、管理会社や専門家との連携、さらには地域におけるほかのマンションや諸団体との協力体制のネットワークづくりなどを進めていくことも有効な方法ではないだろうか。
次回のレポートでは、管理組合へのヒアリング調査や居住者へのアンケート調査の結果を報告する。
(吉野裕之)Hiroyuki_Yoshino@haseko.co.jp
















