移動の価値/意味の再考から導くより濃い生活の再定義

〜滞在を軸に新たな視座とフレームの提示〜

2025年10月31日 / 『CRI』2025年11月号掲載

CRI REPORT

目次

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
未だにかくも有名な平家物語の冒頭で謡われてきた生成と消尽を繰り返す人と社会への真理は、今日においても色褪せない。
変化は人間の本性であり、その最も古い表現が移動である。
移動は単なる位置の変更ではない。
食を探し、危険を避け、見知らぬものとの出会いを介し、知識と文化を堆積させてきた人間の根源的な営みである。 ゆえに、人が作った住まいと都市はもっと変化を前提に設計されてもいいのではないだろうか。
本稿は、滞在を居住の上位概念に据え、可変性・自己表現・時間価値の三要素で居住と都市を再設計する一つの道筋を示すことを目的とする。
※本稿は概念・設計フレームの提示に限る。市場推計・KPI実装・法規制は別稿予定

● 1. 移動の価値と意味の再考

 事実として、人々は移動することで食料を探しながら、安全な土地を探し、自ら生きていく場所を探してきた。生きるために移動という行為を行い、環境に適応または変化を受け入れてきたのである。
人間にとって「移動」とはどんな価値を持ってきたか、を再考していきたい。

1-1. 生物としての移動

移動は「位置を移り変わる、移り動かすこと」と言葉として定義されている。
生物としての移動とは位置の転移であると同時に、生物が本能的に用いてきた生存戦略である。食資源の探索、危険回避、繁殖の機会獲得――いずれも移動なくして成立しない。
そのため人間にとっての移動は、単なる運動行為ではなく環境選好の更新であり、外界の変動に対する適応の手続きなのである。点Aから点Bへ動くとき、人間は空間だけでなく、時間・社会・感情の文脈を横断し、自己物語を書き換える。
要するに移動は、外界の変動に対する適応のプロセスと説明できるのである。

1-2. 歴史から見る移動

次に歴史のスケールで眺めると、移動は様々な側面で評価できる。
まず衛生の観点では、都市や交易路への人口集中が疫病拡散のリスクを高める一方で、検疫・隔離・上水道整備など公衆衛生の制度化を促す効果もあった。
次に統治の観点では、関所・旅券・査証等の仕組みが移動を統御し、治安や徴税を担保した一方、越境の困難さは越境のコストを引き上げ、人・モノ・知の流動性を抑制してきた。
しかし移動の歴史を最も豊かに彩ってきたのは、文化と知の生成である。
交易・巡礼・移住の往来は、言語や技術、習俗を媒介しながら地域をつなぎ、人々の学びを累積させてきた。かの宰相、田中角栄は、「道路は文化、文化は道路」という言葉を何度も繰り返しており、移動が文化を形成する役割を担ってきたことは間違いない。
そして現代では、移動の価値に休息・好奇心・共体験・自己実現という心理的効用が加わり、移動の意味と価値が拡大したのである。
このように歴史的に見ると移動は感染と統治の問題に留ままらず、文化の更新装置であり、個人の変容の装置として役割を果たしてきたと評価できるのである。

1-3. 心理的な側面から見る移動

心理的な側面から考察すると移動とは、単純にポジティブな体験だけをもたらすわけではない。移動を通して、新しい見識や出会いは約束されず、不安や疲労、孤立感を伴うこともある。歴史的に見れば、移動は自発的選択だけでなく、災害・戦争・飢饉など社会的変化に求められた事象から受動的移動に過ぎない側面もある。
それでも人々が移動を望むのは、移動という行為は、旅、移動を体験して自ら生きる世界を変える可能性を秘めていることにある。
未知の環境に身を置き、時間をかけて現実に触れることで、日常の前提は揺さぶられ、認知の枠組みは拡張される。
そこで得られるのは、発見の喜びだけではない。比較の視点を手に入れることで、複数の価値や正しさに耐える寛容が育つ。結果として、惰性や同調圧力から距離を取り、「環境の更新=自己の更新」する回路が身につく。
同時に、変化の乏しい生活は心理的な消耗を招きやすい。移動を通じた新しい出会い・知識・経験は、将来への見通しを開き、ストレスの緩和や気分のリセットをもたらす。現代の旅の動機が休息・好奇心・共体験・自己実現へと収斂しているのは、結局のところ「自己の境界を押し広げたい」という欲求に行き着くのである。

1-4. 哲学的な側面から見る移動

移動や歩行と思考の結びつきは、古代ギリシアから繰り返し語られてきた。
移動は単なる移動ではなく、見る・聞く・触れるという身体の働きを通じて世界を捉え直す実践的な認識である。
現象学的観点では、移動は世界と自己の関係を再構成する営みであり、流動する世界の中で自己の連続性を確かめる手段でもある。
移動は空間の横断に見えて、初めて出会う制度や慣習、人々のふるまいに触れることで、周囲との関係性を編み替え、周囲と自分の新たな違いに気づかせる。要するに移動は自己理解を深掘りする運動であり、新しい関係を創造しながら自己の輪郭を描き直す過程なのである。

1-5. 小結

これまで移動の価値を再考する上で、生物的、歴史的、心理的、哲学的な側面から移動という行為が何を意味してきたかを考察してきた。
様々な側面から見ると、移動という行為は、下記の価値を体現してきたのである。

① 適応するための仕組み
② 新しい知識や文化を形成する仕組み
③ 自己を理解する仕組み

● 2. 消費者の価値観の変化

有史以来人間の生活に物が足りている時期があったことはほぼない。
しかし、産業革命から、資本主義の拡大により、人々の生活は底上げされ、多くの人々が物を手にするようになってきた。
その結果、当たり前に物がある世界で育った現代の人々にとって、特に若い世代は、物を所有することに価値/意味を置かず、物質的なものに限らず、財・サービスの消費または体験を重視するように価値観が変化してきた。
(株)野村総合研究所が1997年から調査している「生活者1万人アンケート調査」(図表1)にも、消費スタイルの大きな変化が表れている。

2000年では安さを重視した消費者行動が大きな割合を占めていたが、2024年では、約半分まで割合を減らしている。一方で人々は利便性とプレミアム感を求め、利便性と自分に合う消費者行動に変更してきたことが示されている。

2-1. モノ余りの時代における価値尺度

前述した通り、消費者行動は大きく変化した。
それは、モノ不足からモノ余りになった社会とITサービス化の進展により、価値を「売り切り」から「利用」へ、さらに体験の密度、そして自己の変容へと価値軸を押し上げた。
現代では若い世代ほど「フィット感/利便性/自由度」を重視し、シェア・サブスクリプション型サービスを選ぶ。
これは消費者の嗜好変化に留まらず、供給側が既存サービスの変化を促した結果でもある。

2-2. 住宅業界に留まる消費者像

一方で消費者の価値観や嗜好が変化したのにかかわらず、住宅業界では「持ち家=一生」「賃貸=仮住まい」という昔ながらの価値観が未だ根強い。
これまでは、購入する住居は一生の住まいであり、または「マイホームは一生に一回の一番大きな買い物」で、質も高く、こだわるものだという固定観念が強くあった。一方賃貸では賃貸住居は短期的な住まいであり、住居を購入するまでの仮住まいに過ぎず、ハードの質は求めず、住めればいい、というような価値観を消費者も企業も暗黙裡に保持してきたといえる。
例えば「令和5年住生活総合調査」(図表2)で、現在の住まい(持ち家・借家)から今後の住み替え意向がある世帯では、「借家への住み替え」意向が過去最大になり、特に現在借家に住んでいる世帯では、ほぼ50%が次の住まいも借家への意向を示している。

(図表2)のように、近年では消費者は賃貸継続層が増え続け、同時にライフステージごと(短中期)の住み替え、コリビング等の職住融合への選択肢を取る人々が増加しつづけ、国も既存住宅の中古流通や住み替えを後押しし始めた。要するに、消費者は価値観変化に伴うことで、住まい/滞在する場所として 住居を所有することの価値と意味が変化していることをここでも示唆されている。
一方供給側の現行の住宅商品、特にマンションでは、標準化された間取りと長期前提の契約形態に依存し、消費者側の選択肢の少なさは、可動性を志向する人々の意欲を阻み、自己表現の余白を削いで、消費者の居住ニーズとの乖離を生んでいる。
法制度・規制等は、場合によって実務上の制約になる一方で、多様化する消費者ニーズに供給側が法規制を含めて適応できていないことが主要なボトルネックなのである。

2-3. 小結

現代の消費者は、過去に比べて不動産においても自分に合った選択肢をしたいという欲求を強めている。 
前述の通り、少なくとも一部の層にとって既存の住宅供給は「新しさに乏しく、人生の好奇心を抑制する」商品として映りかねない。彼らは「ライフプランに合う居住空間」を選び取りつつ、環境・役割・関係の変化に合わせて変わり続けられる暮らしを志向し、その消費者層は緩やかに拡大していると推測する。   
そのため、より多くの消費者を満足させるためには、住宅が「不動の資産」から可動的で、自己表現できる生活へ、供給思想ごと再定義されるべき段階にきている。

● 3. 滞在を軸に現在の居住を考え直す

これまで移動の価値と意味、消費者行動の変化を考察してきた。
移動の歴史から考えると、人々は移動の結果としてある場所に留まることを選び、より心地よく過ごすために場を整え、滞在場所に居住空間を構築してきた。すなわち居住とは、本来、移動の連続上に生まれた滞在の高度化である。
ところが近年、技術の進展と社会の多様化(家族形態、働き方、学び方、コミュニティ形成等)が加速する中で、従来の持ち家か賃貸に還元されがちだった居住観は、人々の生活のあり方を捉えきれなくなっている。
そこで本稿では、「滞在」を居住の上位概念に定義する。その結果、居住は滞在の一部という前提に立ち、滞在価値から生活空間を捉え直すことで、供給の硬直をほどき、居住の多様な選択肢を消費者に提供する可能性を広げることができる。

3-1. 滞在を期間・用途・関係性の三軸でデザイン

前述した通り、人は移動の末に、とある場所に滞在し始めた。「滞在」は期間(どれくらい)・用途(何のため)・関係性(誰と)の三軸で設計でき、居住はその一部に過ぎない。
マーケティングの大家であるT.レビットが「人はドリルでなく穴を買う」と諭すように、人々が求めているのは住宅そのものではなく、滞在できる/住まいの空間だけである。
この観点に立てば、消費者が住まいに求める「箱の選択」から「自分に合う滞在」というニーズの変化に応え、人々に選択肢を提供するために、住宅=箱から滞在体験のプラットフォームへ――という視座 を一段上げる意識転換が必要なのである((図表3)にて既存理論との比較)。

3-2. 顕在化する間領域

現代のビジネスを滞在体験のプラットフォームとして設計し、再考してみると、下記のような市場の間(はざま)があるように見える。(図表4)

間① 期間の間(余白、時間的選択権)
 例えば数週〜数ヵ月の中期滞在は、ホテルでは高コスト+頻繁な手続き負担、賃貸では契約の硬直と初期費用が壁となり、試住・移住前探索・プロジェクト型の職住融合等が取りこぼされている。
間② 関係性の間(交流、開放性、共同)
 単身と家族の延長にある緩やかな共同体(友人・同僚・学び合い等)には、シェアの普及で一定の改善はあるが、既存の供給状況では空間設計、偶発的学びや互助を生む自己表現を含む交流の場が限定的である。
間③ 用途の間(用途変更、利用自由度)
 住/働/学・それ以外が交差するハイブリッド生活では、最小で日/週単位の切り替えがいるが、現行商品は「住む部屋/働く部屋」等で用途(計画・法規・設備・運用)が固定され、可変余地が乏しい。

3-3. 滞在価値のコア指標

本稿は、上記で記載した捉えきれていない消費者ニーズを滞在体験のプラットフォーム化という視点から滞在価値を可変性・自己表現・時間価値の三要素で捉える枠組みを提案する。
①可変性
 期間・用途・空間等を当事者がどれだけ自由に変更できるか、という点を評価する。
②自己表現
 滞在場所を自分らしさの表現の場として、内装・機能・眺望等に自分らしさを表現または投影できる余地の幅と深さを評価する。
③時間価値
 限られた滞在時間の中に、どれだけ意味のある体験が凝縮されているかを評価する。
時間価値の尺度の評価方法は下記のように表現できる。
時間価値(密度)=(学び+交流+感性刺激+回復)/ 滞在時間

3-4. 新たな価値評価軸

滞在価値を価格に計算するにあたり、従来の居住計算方法の基礎となる「面積×立地×設備仕様」に、上記の三要素に基づくプレミアムを積み上げる発想へ転換する。
・可変性プレミアム:契約・用途・空間を自由に切り替えできる運用設計
・自己表現プレミアム:選択可能な内装・機能・眺望等による満足の上積みを設計
・時間プレミアム:時間密度の高さ(学び・交流・感性刺激・回復の充実)を設計
例えば現在のホテル・民泊・シェアオフィスは暗黙裡に時間密度の概念を導入することで、短い滞在で高い時間密度を提供し、顧客満足を上げながら客単価を上げている。
従来の計算方法では短期滞在という理由だけで単価は高くなるが、時間プレミアムと可変性プレミアム、自己表現プレミアムを高めることで、対価への納得度が整う。
結果として、評価は長く住むほど得という単層ロジックから、どれだけ濃い時間を、どれだけ自分らしく、どれだけ自在に過ごせるかという多層ロジックへ移行することが大事なのである。

3-5. 小結

ここまでの議論は、既存の供給形式を否定するものではない。消費者の変化が先行した結果、従来の枠では捉えきれない消費者ニーズが顕在化したことを確認したに過ぎない。
ゆえに必要なのは、供給の射程を住宅=箱から滞在体験のプラットフォームへと引き上げる発想の転換である。「滞在」を上位概念に据えることで、期間・用途・関係性をまたぐ連続的な選択肢を編成でき、 供給の硬直をほどくことで、多様な生活を提供する余地が生まれる。
同時に評価・価格づけの論理も更新され、面積・立地・設備仕様に加え、時間密度(学び・交流・感性刺激・回復)、自己表現(いじれる余白)、可変性(期間・用途・空間の編集権)を束ねて提示できれば、高付加価値への価格転嫁は人々にとって納得可能なロジックとなる。
そのため判断基準は「長く住むほど得」という単層ロジックから、「濃く住むほど得」という多層ロジックへ転換することが滞在価値を具現化する軸になるのである。

● 4. 提言:消費者ニーズに合うサービスをどのようにつくっていくか

これまで確認してきた通り、不動産における消費者行動は既に「箱の選択」から「自分に合う滞在の選択」へと重心を移している。移動がもたらす価値を入れた視点で滞在価値として組み込み直すとき、求められるのは住宅=箱の供給ではなく、滞在体験プラットフォームの設計である。

4-1. 消費者が本当に求めているもの

消費者が望む滞在空間を設計するには、まず需要の芯を正確に捉える必要がある。近年の消費者の声を要約すると、次の四点に収斂する。
①「広くて安い住宅」への希求
 不動産価格高騰の中でも、十分な広さ×負担可能な価格を実現したいという欲求が強い。
② ライフプランごとの適合性
 住居は「一生に一度」ではなく、人生段階ごとの住み替え前提。リセール/再賃貸の容易さが評価軸になる。
③ 選択の自由度
 所有/賃貸の二択を超え、金額面よりも期間・用途・関係性を自分で切り替え可能であることが価値になる。
④ 自己表現
 不変性よりも、内装・設備・配置・眺望活用等の自己表現要素に魅力を感じる。

4-2. 消費者ニーズに向けた取り組み

上記から具体策は、次のように整理できる。
① 長期居住可能な分譲並み賃貸の実現
 分譲同等の断熱・遮音・設備や更新等の簡便性を整え、賃貸でありながら長期居住者向け商品の提供。
② リセール前提の所有住宅の設計
 間仕切り・配線・給排水のモジュール化で柔軟に間取り変更可能な住宅の設計。改装履歴・点検記録・周辺データを標準台帳で公開し、情報の非対称と売買摩擦を低減。
③ サブスクリプション型住居の提供
 全国多拠点または特定圏域で短中期の滞在自由な仕組みを実装。契約・保証・初期費用の手間をパッケージ化して期間の可変性を実現。
④ 内装変更のサブスクの導入
 キッチン・収納・ワークブース等を定額で入れ替え可能に。短時間施工・原状回復の容易性を条件に、自己表現のコスト平準化を実現。
⑤ マンションの注文住宅化
建築時から居住空間の設計に参加し、消費者自身が自分らしさを体現できる住宅を供給側と共に作成。

4-3. 共創型マーケティングによる商品開発の可能性

不動産業界は今もなお、企画→設計→施工→引渡しという供給者主導の直線型プロセスが慣習化している。
今日、ゲーム・食品・医療業界の多くは利用者と並走しながら開発し、需要を検証しつつ設計を更新している。不動産も同様に、計画段階から生活者を共創者として巻き込むことはできないだろうか。
具体的には、不動産業界で大規模マンション開発や街づくりにおいて、計画段階から市民を共創者として巻き込み、PLATEAU等の3D可視化基盤で同じ地図・同じ将来像を共有し、要件定義→プロトタイプ→実証→評価を反復する。これにより、住まい方・共用部プログラム・運用ルールを数値と体験で確かめながら磨き込める。(画像1)

さらに、クラウドファンディング型の開発を併用すれば、初期からファン形成と需要の予測が可能となり、供給者と消費者の認識の非対称性を縮められる。結果として、「上から目線」の企画を避けつつ、販売前の受注確度と購買後の消費者の満足を同時に高められる。

4-4. 技術進歩による変化

長期的には、技術進歩が価格構造と設計前提を刷新し、滞在価値(可変性・自己表現・時間価値)を大きく変化させる可能性がある。
① 3Dプリンタ住宅/高性能プレハブ
既にビジネス化が進んでいる3Dプリンタ技術による単価の非連続低下・工期短縮が実現する可能性が高い。この技術による、すぐ作って壊せる/組み替えられる建物への既成概念の転換は、可変性と自己表現を同時に押し上げることで、住宅の一部を「可動」資産として扱うような可能性すらある。
② スマートシティ
移動コストの低減は、立地価値の再評価を促す。郊外でも「広さ×手頃さ×アクセシビリティ」が成立し、空間用途の最適化が現実味を帯びる。
具体的に現在トヨタグループが行うWoven cityでは、近未来のモビリティを中心に街づくりの実証実験を行い、生活の価値観、生活方法の可能性を追求し始め、今後の街づくりの方向性を大きく変化させる要素を秘めている。

4-5. 小結

本節では、消費者ニーズの実像を起点に、企業が取りうる具体的な取り組みと、長期的な視点で技術・社会構造の変化を整理した。 
ここで提案した方策が唯一の解であるとは思わない。例えば、高齢化に伴う相続発生が一定の土地・建物の流動化を促す可能性もある。 
しかし、消費者ニーズに応えることは、いずれの事業主体にとっても不可避である。とりわけ、滞在価値(可変性・自己表現・時間価値)を軸に体験を豊かにする試みは、個人の満足度を高めるだけでなく、地域の関係資本を増やし、社会全体の厚みを育てる。結果として、消費者はより多様で連続的な選択肢を手にし、供給側は在庫発想から体験発想へと転換することで、差別化と持続的収益の新しい基盤を築けるのである。

● 5. 都市を「時間を編集する舞台」へ

これまで居住空間を滞在体験プラットフォームへ転換する可能性を検討してきた。ここからは視野を広げ、観光・都市・住まい全体を対象に、滞在の定義が社会にもたらすインパクトを考察する。

物語としての都市――「滞在体験のプラットフォーム」を編む

都市に滞在体験のプラットフォームという見立てを導入すると、都市は「機能を束ねた場所」から、「時間を編集する舞台」へと変貌する。
都市は巨大な物語装置である。
インフラや建築は枠組み、商店や公園は章立て、そして人と人の出会いが物語の点として理解できる。
編集する舞台の対象は平面図ではなく、経験の配列である。
どの季節に、どの時間帯に、誰と何を共有するかにより、滞在価値が決まる。
その意味で、都市とはイベントの多さではなく、時間の質の編集に向かう。例えば朝の静かな水面、夕暮れの路地の色や温度、祭礼の準備という裏方の時間……そうした希少な時間資源を住民と来訪者が共有できるように設計すると、都市は「人々の物語を紡ぐ場所」として再設計されるのである。
さらに観光の側面から都市を考えると、都市の滞在体験プラットフォーム化により、観光はモノ消費から関係資本の蓄積へと再定義でき、現在の居住空間の滞在時間密度を増幅する機能として都市に組み込める。
本稿が提示した滞在価値(可変性・自己表現・時間価値)を都市スケールへ拡張すると、都市は機能の寄せ集めではなく、「時間の質を編集する舞台」として再定義される。すなわち、都市計画・不動産開発・観光振興・コミュニティ運営は、個別最適化から、いつ・どこで・誰と・何を共有するかという体験型の配列へと主軸を移すのである。

● おわりに

移動は、世界と自己の関係を更新する営みである。
ならば移動の延長にある滞在もまた、変化を内蔵した器であるべきである。
同じ時間は二度と来ない。
その希少な時間を刻むために、私たちは所有/賃貸の二分法を越え、期間・用途・関係性を横断して滞在体験をデザインする。それがこれからの都市と住まいの競争力を形づくる。
滞在を上位概念に据え、可変性と自己表現、時間価値を高める枠組みへ踏み出す。評価軸は「長く住むほど得」から「濃く住むほど得」へ。この読み替えが、消費者の選択と供給側の発想を同時に解き放つ。 世界が大きく変化している今、人が持つ可能性を信じ、より良い未来を創造することは現代に生きている人の責務である。
未来を最も予測しやすい方法は、先人たちが喝破した金言の通り、未来を自ら創造することである。変化を内包する空間の創造、それが一つのキーだと信じている。(島村和也)