「人が輝くまち」とは何か~住まいと暮らしの未来像~

独立行政法人都市再生機構石田理事⻑×長谷工コーポレーション熊野社長が語る

2025年12月26日 / 『CRI』2026年1月号掲載

CRI REPORT

目次

2026年新春号では、「安心・安全で心地よい」「多様なライフスタイルをもつ人々が自分らしく生き生きと暮らせる」まちづくりと住まいづくりをテーマとし、独立行政法人都市再生機構(以下UR)石田優理事⻑と株式会社⻑⾕⼯コーポレーション熊野聡代表取締役社⻑との対談を特集致しました。
「少子高齢化」「甚大化・頻発化する自然災害」「地域コミュニティの希薄化」など変わりゆく時代の中で人々の安全で心地よい暮らしの実現に向けての取り組みについて意見を交わしました。

UR賃貸住宅の役割と付加価値の創出

熊野 : 当社は1968年にマンション事業に参入しこれまでに、首都圏・近畿圏で約73万⼾の分譲マンションを建設してきました。URさんは三大都市圏を中心に約70万⼾の賃貸住宅を管理されていますが、賃貸住宅のストックの役割や再生についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。

石田 : URは「UR賃貸住宅ストック活用・再生ビジョン」というものを過去に作っています。⼈⼝が減っていく中で、⼾数を増やすというよりは⼾数を減らしつつ、現在・将来のニーズに応じたかたちでどのように再編していくのかということが、我々の立つべき場所だと思っています。ご存じの通り1955年に設立した頃は、首都圏で人口が30万人ずつ、豊島区一つ分の人口が増えていくような時代だったので、まずは⼾数の確保が最優先でした。今、我々は⼾数を求められているのではなくて、居住者の生活をどう支えるか。高齢化や少子化の中、もしくは外国人増加の中で多様な方々の受け皿となれるような賃貸住宅を、継続的にどのように供給していくのかというのが役割だと思っています。

熊野 : ⼾数の確保から質の確保、多様化するニーズに応えるということでしょうか。

石田 : 当然ながら建て替えるときはバリアフリー化や子育てを想定し、最近のニーズを取り入れながら建て替えています。一方で、我々がメインストックと言っている築40、50年のエレベーターがなく、階段室がある5階建の団地が、まだまだ山のようにあるのですが、そういったところの内外の補修、リノベを含めてどのように活用するのかが大きな課題となっています。間取りも今の時代に合わせ洋風にしたり、なるべく段差をなくしたり、「MUJI×UR」と言っていますが、無印良品と組んで今の若い方の好みに合わせるというハード面での改修も行っています。
また、築40、50年の団地を資産として活用することは我々の使命ですが、これらを使って何をやっていくのか。ハード面の改修と共に、 高齢者対応や子育て支援などの政策をどのように実現するのか。またそれがURの付加価値に繋がっていくようにと、ソフト面と空間を大事にしていこうと考えています。

熊野 : 私は子供の頃、公団の賃貸住宅に住んでいました。その中の集会所で行っていた書道教室に参加していたのですが、まだ小学生で真面目な生徒でなかったので、書道というか、落書きをして楽しんでいました(笑)。みんなでワイワイしていたなぁということを思い出します。

石田 : 昔の団地は豊かな緑の空間を真ん中に抱えていて、そこで子供が遊びまわっていましたが、ここを団地にこだわらず地域に開放して、人の交流の場として活用してもらう。集会所のようなものもリニューアルして共用部を活力と交流の場とすることで、高齢者にとって安心であり、子供にとっても遊び場であり子育てをする人同士にとっても交流の場である空間にしていく。昔から地域医療福祉拠点化というのを進めてきましたが、公共団体の社会福祉・医療関係などと連携しながらそういった繋がりを団地の中に拠点として作るなど、高齢者が安心でき、相談できる場を作ってきています。
最近は「こどもつながるUR」という子育て世帯向けの施策を今度の住生活基本計画の見直しの中で位置づけてもらう方向です。 子供にとって安心できる、また子育て世帯にとって住み易い人間関係・環境を作っていく。箱だけではなくむしろコミュニティに力を入れていこうと考えています。
今回UR設立70年を機会に、佐藤可士和さんに協力してもらい「ゆるやかに、くらしつながる。」という事業メッセージを作りました。

「集って住む」ことの意味

熊野 : 大阪・関⻄万博で、ロボット工学の第一人者である大阪大学大学院教授の⽯⿊浩先⽣がプロデュースした「いのちの未来」というシグネチャーパビリオンに協賛させていただきました。⽯⿊先⽣と3年間、一緒に議論したことをまとめた本を出したのですが、その中で「集って住む」意味はなんだろうという議論がありました。
10年近く前になるのですが、東京の北区王子に分譲マンション・賃貸マンション・高齢者マンションを組み合わせた複合施設を作りました。分譲マンションの横には保育所があり、賃貸マンションの共⽤部では、⺠間企業に学童保育を委託したり、高齢者住宅に自立して住んでいる方々に、そこでボランティアをしてもらうという仕掛けをしました。子供を預ける親も安心だし、高齢者もやりがいがある。そういったことが昔は自然に団地で行われていましたね。人口が減ってきている今、そのようなコミュニティが形成しにくいところをURさんがどのように仕掛けていかれるのかが期待されますね。

石田 : 大昔は団地には自治会があって、半ば強制ではありませんが「掃除に出てきて」とか昭和の時代にはありましたよね。最近はそれもあくまで任意となり、「一緒に住んでいるのだから」という理由だけでは、最近は動いてもらえないので「目的」「どういう活動なのか」「自分にとってどういう関心があるのか」ということをちゃんと周知して来ていただくようにしています。
ここ何十年もそういった活動をしてきた団地もあるので、どこの団地で上手くいっていて、どこの団地が発展的になっていかないのか。何が違うのか、我々もいろいろと試行錯誤しているところです。
そんな中で、団地の人であろうと営利企業の人であろうと、「地元のキーマン」の存在の有無がとても大きいと思っているのですが、ではキーマンの発掘はどうするのかという難しさもあります。それぞれ個別でやってきたことの知識・経験を共有化できないかなと、整理をしているところです。

熊野 : 先ほどの王子とは別のプロジェクトで、北区赤羽に、企業の社宅と学生と一般の賃貸マンションを組み合わせた多様な人たちで居住する賃貸住宅を作りました。異業種の企業に勤めている人たちを集めたら、そこに若い人たちの交流が生まれて、その中で得たヒントを会社に持ち帰ったりすることもあったり、面白い化学反応が起こりました。学生の方はというと、就職が気になるので身近でそういったことを感じられるのが評価されていて、入居率が高いのです。ハード・ソフトで生み出せるようなものも、いろんなことが仕掛けられるなと思います。

石田 : 団地によっては大学と連携をして学生に入居していただき、代わりに団地内の活動を支えてもらうということをやっているところもあります。高齢者から見ると若い人が住んでくれて一緒に動いてくれる安心感がありますし、大学生から見るとある意味、学習的な意味もありゼミの研究課題になったりもする。そういうかたちの取り組みを我々もやっていきたいですし、強制でない緩やかで無理強いではないことが肝要だろうなと思います。

時代と共に変わる課題に向けたまちづくり

熊野 : 先日、大阪のうめきたを見てきました。大阪は緑の少ない都市と言われていますが、安藤忠雄先生の設計監修で大阪の真ん中に緑の大きな空間が広がり、潤いを感じました。東京でも新橋・⻁ノ⾨や品川・高輪エリアなどの再開発が進んでいますが、URさんのまちづくりについてお聞かせ下さい。

石田 : 大都市と地方都市の2つに分けてお話しさせてもらうと、大都市については国際競争力の強化と魅力の向上と考えていますが、その基準は時代と共にどんどん変わっていっています。国際競争力を高めるためには必要なことなのですが、それだけでは競争力・魅力は向上しないと思っています。その中に人が集い交流し、そこから様々な発想が生まれる。そんなかたちのイノベーションを創出できる場所であるということが魅力に繋がると考えています。
今回うめきたの開発では、緑は交流の場所であり、そばにインキュベーション的なたくさんの交流施設を配置することで「グリーンとイノベーションパーク」となっている、というのが一つの特徴だと考えています。同じような話をどこかにコピーしても、場所ごとにその特色をどうやって打ち出していくのか、そこに求められているものに合わせて作っていかなければ意味がない。緑だけでなく、そこにどのように人が集うのか、総合的なタウンマネジメントが肝要だと考えています。
⻁ノ⾨の再開発でも新橋との間のエリアでは、それぞれのエリアの価値をどのようにして高めていけばいいのか、⻁ノ⾨の超⾼層オフィス街とどうマッチング・リンクしていくのかがそのまちの価値だと思っています。⻁ノ⾨の再開発では、新橋との間のエリアの活動を支援するという取り組みをしています。
一方地方都市では、昔は駅前にタワーマンションを建てて収益を上げ、コンパクトシティ化をするというのが一つのはやりだったこともあるのですが、今はどちらかというとハード整備というよりは元にあるものをどのように活かしていくか、元の風景、元の景観を活かしつつ活性化すること。交流人口を拡大する、一ヵ所だけではなくてまちの回遊性を広げる、そういう取り組みが大事だと考えています。
回遊性を広げるのは全部公共でやるのは無理なので、様々な人に活動に参加してもらい、それをどのようにサポートして一つの輪にするかということが必要です。一番肝要なのは実はハードの整備よりも人の関係づくりだと考えていますが、地方都市の場合はそういった活力を継続していくということが難しい。そこは我々も学習しているところです。

熊野 : 地方都市におけるコンパクトシティ化は、少子高齢化が進行する中で今後もニーズがあるだろうと考えており、当社はそれに応えるかたちで地方の中核都市でマンションを作っています。各地で自然災害が激甚化していますが、集合住宅は防災機能に優れているし、防災拠点としての役割もあるのではないかと考えています。この防災拠点の機能を高めるためには、建物の堅固さだけでなく災害時に助け合える普段からのコミュニティが必要不可欠だと考えています。URさんでは防災・減災対策についてどのように考えておられますか。

より安全・安⼼な⽣活の実現への取り組み

石田 : 防災・減災について、一つは大都市の密集の話があります。阪神淡路大震災をきっかけに大規模災害からの復旧・復興がURの大きな仕事の一つになりました。特に東京、大阪は木造密集地区が多いので、バラバラの土地を少しずつ買って建替えをするときにタネ地にする、公共団体が道路整備をするときに使ってもらったりという支援をしています。もう一つは東日本大震災以降、水害対策として堤防整備を国交省を中心にやっていますが、住む場所の集団移転をするのかどうか。住⺠の意志の形成と実際の適地を確保するのがとても大変なのですが、URは茨城県大洗町の事業で得た知見を活かし、水平展開できないかと考えています。

熊野 : 最近は大雨の頻度が変わってきたように感じているのですが、私共が管理しているマンションの駐車場の止水板などの確認をしました。災害の激甚化というのは想定以上になっていますよね。

石田 : 100年に一回といっても、過去のデータの100年に一回なので、「『100年』の期間の捉え方を変える」と頻度が変わるのですよね。日本は人口が増加してきた中で、本当は防災上から言うと、必ずしも安全とは言い難い場所に宅地が増えています。我々は公共団体の要請を頂いて動く格好になるので、まずは防災意識を公共団体に高めていただくことが最初の入り口としては大事だと考えています。

カーボンニュートラルの実現に向けて

熊野 : 先ほどの自然災害の要因ともなる地球温暖化対策として、脱炭素社会やカーボンニュートラルへの関心も高く、当社なりに脱炭素の実現に向けて様々なかたちで推進しています。

石田 : 我々は2005年から環境配慮方針を定め、2024年春に世の中の動向を踏まえ環境基本方針を改定しました。保有資産は賃貸住宅がメインですが、まずは自分たちのオフィスであったり、賃貸住宅の共用部分などを対象に2030年までに2013年比でCO2排出量70%削減という数値目標をおいています。またメインストックが築40、50年のものが多いので、建替えするときにZEH化などするとともに既存住宅の専用使用部分では複層ガラスにしたり、潜熱回収型の給湯器にする等をしていますが、なかなかゼロエミッションというところまでにはいっていません。できるところからということでライフサイクルカーボンの計算を先陣きってやろうと検討しています。数字を出すこと自体が、ライフサイクルカーボンの今後の進展のための一つの試行だと思っています。

熊野 : それと環境負荷の低減と居住環境の質的向上を同時に実現する重要な施策として、マンションの木造化および木質化の推進にも注力しています。その取り組みの一つとして木造とRC造のハイブリッド集合住宅を作っています。浦安市では最上階の一層を木造化した賃貸マンションが2023年に竣工しましたが、2025年春に竣⼯した⽬⿊区の賃貸マンションでは4〜7階の四層を木造・RC造のハイブリッド構造としました。現在、木造だけである程度大きな賃貸集合住宅ができないかと研究中です。また、大型のマンションの共用棟を木造で建築したりしています。

石田 : 当社も、集会所など共用施設の一部を木造で作ったりしています。また、建替えをするときに5階建にこだわらずに木造の低層棟に変えるようなものがあってもいいのではないかと検討しています。70年間ずっとRCでやってきたので、UR内に木造のノウハウがないものですから、現在勉強しているところです。

熊野 : 日本は地震や火災などの対応でなかなかハードルが高いですね。⽯⿊先⽣との議論の中でも、今後の住宅は日本的な和の方向に少し回帰していくのではないかというお話がありました。⻑屋とは⾔わないけれど、障⼦とか襖とか人の気配を少し感じるものが集合住宅においても必要じゃないかというお話が先生からあり、ハッとしました。

石田 : 当然ながら木造の良さはたくさんあると思いますが、一方で木造の中層・高層になると維持管理の技術ノウハウが完全に確立されていないところがあります。昔は縁側というのがありましたがURの空間(中庭)というのは縁側みたいなもので、人がふらっと出て行って人と会話するという感じの空間としています。

熊野 : 戦後人口が増えて、住宅が足りないからどんどん増やすときには、多分RCのほうが効率的だったのだと思います。しかしながら時代が変わってきて求められている住宅というのも少し変わってきたのかなと思ったりします。話は変わりますが、笑い話でいうと、マンションの中で鍵がかかる部屋があったりするのですが、「あれが引きこもりを生んでいるんじゃないか、鍵なんかいるか?」と言って、まわりからは総スカンをくらっています(笑)。

石田 : 今は強盗も入ってきたりする時代ですから。そういう備えが必要なこともありますね。

熊野 : 先日「住まいの木造木質化における建築物木材利用促進協定」※を農林水産省と締結しました。建築物⽊材利⽤促進構想では、マンションから⼾建てまで様々な規模の住まいの建設における木材利用や環境等に配慮した木材の調達を通じ、2050年カーボンニュートラルの達成、循環型森林利用システムの構築、住まい手のウェルビーイングの実現等への貢献が掲げられています。
7⽉には東海エリアにて林業から⼾建て建築・販売までを⼀貫して⾏う株式会社ウッドフレンズを子会社化し、今後より多くのプロジェクトへの木造化・木質化を進めていきます。⽯⽥理事⻑の「⽊」への思いをご一緒できたらなと思います。
※ https://www.haseko.co.jp/hc/information/press/20251104_1.html

石田 : 日本の地方の活力を考えると、木を切り出し加工し最後に使わないと経済が回らない。需要は都会の方が多いのだから、都会で木材を使ってもらうことなしに、経済は循環しない。中層以上の建築物を木質化していかないとニーズの拡大はないのですが、中層以上での木材利用の建築基準法が当時はまだ整備されていませんでしたね。最近では木造の7、8階建オフィスビルなど段々増えてきていますが、中小ビルの建替えをするときに基礎をそのままにして上を木造にして軽量化することで、6階建を10階建にするようなこともできますし、今後木造オフィスが増えていくかもしれませんね。

「人生100年」時代の住まいのあり方

熊野 : 今は「人生100年」と言われる時代になりました。当社では、シニア事業として、自立期から要介護までライフステージに合わせた住まいと暮らしを一貫してサポートしていますが、URさんの高齢化を見据えた取り組みについて教えて下さい。

石田 : 一つは、建て替えるときにバリアフリーにしています。また高齢者の専用的な住宅を若干補助も頂いて家賃を少し低くし入居してもらうということもしているのですが、要介護度が高くなるとそのまま住宅に住み続けるというのは現実的に難しくなるのは仕方ありません。
そうなると社会福祉施設との連携が必要だし、地域医療福祉拠点化という流れの中でUR自身が賃貸住宅を経営しながら社会福祉系と繋がりをもってやっています。住戸はなるべくバリアフリー化できるところはバリアフリーにして、団地再生するときに、社会福祉施設を団地内に作るなども進めています。
賃貸か分譲かは別にして人生100年時代になると自分の家で終の棲家で自分のベッドで最後を迎えるというのはなかなか厳しい状態になってきているので、住み替えという意味とは少し違うかもしれませんが、住む場所が変わっていくというのが必須になっていくのだろうなと思います。

熊野 : 大きく住環境を変えずに住み替える方法として、全ての機能を持つ一つの大きなまちの中で、住む場所が変わる、住み替えるというのが理想的だと思います。

石田 : 生活環境があまり変わらないかたちで必要なところに移れるのは理想的ですね。一つの区画の中で住み替えができればトータルで面倒を見ることができていいのですが、実際にはなかなか難しい。公共団体がまちづくりとして、どれくらいのニーズに対してどこにどのように福祉施設を設けるのかということが中核になっていくのでしょうか。そのまちづくりの計画にURとして都市再生の面でも各団地の再生をするときも土地の利用転換の面でもご協力させていただいて、なるべく一緒に推進していくというのが我々の立場かなと考えています。

熊野 : 公共団体とURさんとの協力に⺠間の⼒も組み合わせて、今お話しになられたようなところにたどり着けばいいですね。非常に前向きなお話で明るい未来が感じられます。

石田 : 分譲マンションの場合、同じような属性の人たちが集中して⼊ることで、エリアとして同質化が進みすぎるのは良くないと考えています。そこに賃貸や⼾建てなどいろいろな住まいがあったり、収入も家庭の構成も子育て世帯も独身もいるなど、いろいろな世界を作った方がいいのだとすれば、それを実現できる設計をしなければいけないですね。

熊野 : 私は2025年4⽉に社⻑に就任しましたが、久しぶりに会う人に「昔と比べてマンションは高いね」と言われます。昔と比べたら価格が上がっているのは間違いないですが、住宅ローンの金利・税制の問題、子供が少なくなって贈与があったり共働きでペアローンを組んだりすると、若い人たちがそんなに無理をしてマンションを買っているとは思いません。郊外部を含めていろいろな住まいがあるので、一概に「マンションは高嶺の花」というのは言い過ぎだと思うのですが、建築費・商品を含めて今後どうしていったらいいのか。分譲だけではなく賃貸でしっかりしたものを、ある程度リーズナブルに供給するなど、分譲との兼ね合いを含めて考えていきたいと思っているところです。

石田 : 戦後からの住宅政策は資産形成と裏表。住宅は半分貯金的な意味合いだったのが、今は人によっては投資になっています。「住む」という目的だけを考えれば、持ち家か賃貸かという選択はあるとしても、今後の持ち家=資産形成するのが当たり前という世界が変わってくるかもしれません。その一方で、投機的な動きが市場を牽引しているのだとすると、「住まい」として果たしてそれでいいのか、という根本論的な議論はあります。日本は戦後ずっと持ち家志向でやってきたので、賃貸住宅に対してのテコ入れが諸外国と比べると手薄です。
行政改革の時に、URには相当赤字があり、我々の経営はそういう中に何をどこまでやるのかということを判断しながらということになりますが、⺠間企業に一部土地を引き取っていただくなど、いろいろなかたちでご協力を賜りたいと考えています。今後も幅広くお力添えいただければと思います。

熊野 : 本日はとてもURさんの事業への理解が進みました。何かお手伝いできることは一生懸命していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

石田 優 いしだ まさる
京都府出身
1986年 東京大学法学部卒業、同年建設省入省
2018年 国⼟交通省住宅局⻑
2019年 復興庁統括官
2020年 国⼟交通省総合政策局⻑
2021年 国土交通省国土交通審議官
2022年 復興庁事務次官
2024年 独立行政法人都市再生機構理事⻑


熊野 聡 くまの さとし
奈良県出身
1985年 神⼾⼤学経済学部卒業、
同年⻑⾕川⼯務店(現⻑⾕⼯コーポレーション)⼊社
2013年 ⻑⾕⼯コーポレーション執⾏役員 営業部門担当
2016年 執行役員経営管理部門担当
2023年 取締役専務執行役員 営業管掌
2024年 代表取締役専務執行役員 営業管掌