既築マンションの低炭素化について
2024年02月29日 / 『CRI』2024年3月号掲載
目次
地球温暖化問題は、国際社会が1990年代から一貫して取り組んでいる課題である。近年は、パリ協定の発効や菅義偉政権の
「カーボンニュートラル2050宣言」等により対策は進展している。新築分譲マンション分野においても、主要デベロッパーから
低炭素仕様の物件が供給されるなどの動きがある。
一方で、我が国には膨大な既築マンションのストックが存在し、それらは省エネ仕様も設備機器の効率等も新築物件に比べると
見劣りする。またマンション管理組合、区分所有者も「住まい手」というステークホルダーとして地球温暖化対策への関与が
求められている。
本稿では、その背景と分譲マンションの特徴等を示しながら、既築マンションの低炭素化手法について述べてみたい。
1 マンションにおけるカーボンニュートラル
国際社会において温室効果ガス排出量削減の議論は、1995年より毎年開催され国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)で
行われてきた。その21回目の会議である「COP21」(2015年)では2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな
国際枠組みとしてパリ協定を採択、2016年に発効した。パリ協定は「世界共通の長期目標として2℃目標の設定。1.5℃に抑える努力を
追求すること」を掲げた。それを受けて菅義偉政権は「カーボンニュートラル2050宣言」(2020年10月)、すなわち国内の温暖化ガスの
排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明した。
建物の省エネについても進展があった。2022年6月の建築物省エネ法改正により、原則全ての建築物について省エネ基準への
適合が義務付けられた(図表1)。これは2017年度以降住宅を除く建築用途に対する基準適合義務の適用範囲を徐々に拡大し、
2025年に住宅を含む全ての建築物に対し適合義務化という流れである。これにより現在適合義務化されていない戸建住宅・
マンションについても、2025年4月の工事着手分からその対象となる。しかし、それに先んじて新築マンション業界では、
主要マンションデベロッパーが中心となり、省エネ基準を上回る低炭素仕様のZEH-M(※1)等の物件供給を進めている。
分譲マンションは対象外だった「住宅トップランナー制度(※2)」も変わった。2026年度からは「分譲マンションを年間1,000戸
以上供給する事業者」にも適用されることとなった。
このように住宅分野の低炭素化・省エネ化の流れはいっそう強まるだろう。
その一方で、既築マンションの低炭素化について考えてみる。まずその膨大な戸数である。現在の新築マンション供給は年間数万戸
規模だが、2022年末時点のマンションストック数は約694.3万戸と二桁多い。また、建物の断熱性能に着目すると、我が国の総住宅
ストック数5,000万戸超(2017年時点)の内、現行の省エネ基準に適合しているものは全体の1割に過ぎず9割は不適合である。
これをそのまま当てはめると数百万戸の断熱性能不足マンションが存在することになる(図表2)。
※1 【ZEH-M】Net Zero Energy House Mansion(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス・マンション)の略称で、マンションタイプの
ZEH住宅のこと。基準としては住棟全体で20%以上の省エネを実現することであり、創エネの導入は条件外である。
※2 【住宅トップランナー制度】一年間に一定戸数以上の住宅を供給する事業者に対して、国が、目標年次と省エネ基準を超える
水準の基準(トップランナー基準)を定め、新たに供給する住宅について平均的に満たすことを努力義務として課す制度。
2 分譲マンションの特徴から低炭素化を考える
分譲マンションの低炭素化を考える前に、分譲マンションとそれ以外の住宅との違いを整理してみる。
大きくは二つあり、一つはその形態である。多くのマンションは「コンクリート造で同仕様の住戸が上下左右に積層されている」。
もう一つは分譲マンションが区分所有建物であり「一つの建物を複数の所有者(区分所有者)が共有している」ことである。
マンションは、住戸ユニットが上下左右に積層しているため、戸当り外皮面積(住戸の境界壁が外気に接している面積)が
戸建住宅に比べ小さい。板状マンションの中住戸であれば6面中4面を他住戸と接しているため、断熱性、気密性に有利となる。
また、マンションはコンクリートのシンプルな箱なので、木造戸建に比べてディテールが単純であり改修しやすいといえる。
また、同仕様の住戸が上下左右に積層されているため「一度に改修を実施すると効率的」である。例えば開口部や外断熱改修を
建物全体で実施すれば一度に数十戸単位での改善が行われる。これは戸建にはない効率の良さである(図表3)。逆に、マンションの
一住戸当たりの屋上面積は戸建の数~10数分の1であり、屋上に創エネ設備を設置する太陽光発電、太陽熱利用では得られる
エネルギーも少なくなる。こちらは戸建に比べ不利となる。
区分所有建物は、一つの住棟を専有部分、共用部分に区分し複数の区分所有者で共有する。住戸内である「専有部分」は
内装リノベーションなどもマンション管理規約等の範囲内では、区分所有者判断で行えるが、共用部分の改修は管理組合の
総会決議が必要となる。また総会は年一回開催であり意思決定の機会自体が少ない。また、ほとんどのマンションでは
区分所有者から徴収した修繕積立金で、いわゆる大規模修繕工事を行っている。これは管理組合ごとに長期修繕計画を策定、
それにのっとり計画的に実施している。本来は、新築時の建物性能を維持するための「修繕」に加えて、性能向上を図る
「バリューアップ」を行うべきところであるが、高経年マンションにおいては、屋根防水、給排水管、エレベーター等の更新といった
大規模工事が待ち構えているため、それらに先んじて性能向上工事を提案するには相当の説得力が必要である。
以上を前提として、既築マンションの低炭素化の手法について考えてみる。
3 既築マンション低炭素化の手法
既築マンションの低炭素化には複数の手法が考えられる。具体的には①外皮性能(断熱性能)の向上、②熱源機器の効率向上、
③エネルギー自体の低炭素化(創エネ)の三つである。それらを工法に分けると、①は開口部(窓・玄関ドア)改修、断熱改修
(内断熱、外断熱)、②はガス給湯器や電気温水器の更新、③は太陽光発電や太陽熱(温水)の利用である(図表4)。
1) 外皮性能(断熱性能)の向上
窓・玄関ドアを断熱性能、気密性能の高い仕様に改修する「開口部改修」と、建物躯体の断熱性能を向上させる「躯体の断熱改修」
がある。
① 開口部改修
高経年マンションの開口部仕様は窓が単板ガラスのアルミサッシ、玄関ドアは鉄板のプレスドア等であり、現行のそれに比べ
断熱性、気密性ともに劣っていた。またサッシの老朽化により気密性が低下、すきま風が起きるほか、戸車が傷み開閉が困難に
なることもあり、改修の要望は多い。
玄関ドアでは既存ドア枠の上から枠を新設するカバー工法が中心であるが、窓は①外窓交換(はつり工法)、②外窓交換
(カバー工法)、③ガラス交換、④内窓設置の4通りの工法がある(図表5)。
窓枠交換は躯体に固定されている既存窓枠を躯体から撤去し新しい窓枠を固定する。カバー工法は、既存窓枠をそのまま活かし
その上から窓枠を被せて固定する。これらはサッシ全体が新品となる。ガラス交換は、既存窓サッシの単板ガラスをサッシに入る
厚さの複層ガラスに交換する。サッシ枠は既存のままだがガラス自体の断熱性能が向上する。内窓設置は樹脂製の内窓を外窓の
内側に取り付けて全体として二重サッシとする。既存窓の性能はそのままだが、新設窓との間に空気層ができ断熱性能が向上する。
これらを専有、共用という区分で考えてみると、窓枠交換、カバー工法、ガラス交換は窓、ガラス、躯体を改修するため共用部分の
工事である。一方、それらに着手せず専有部分から施工する内窓設置は専有部分の工事である。また、管理組合によってはガラス
交換等を区分所有者が行えるようマンション管理規約、使用細則・リフォーム細則で定めている場合もある(図表6)。
② 躯体の断熱改修
開口部以外の建物躯体である壁、屋上等を断熱する工法である。断熱改修には、躯体の室内側、専有部分内から施工する内断熱
改修と、躯体の外側(屋外側)から断熱施工を行う外断熱改修の2通りがある。
内断熱改修は専有部分から躯体に断熱材を貼付し壁(最上階であれば屋上スラブも)の断熱を行う。内断熱改修は専有部分の
工事であり、マンション管理規約等の範囲内であれば区分所有者の判断で実施できる。ただし、内装解体を伴うほか、改修の部位や
規模によっては施工期間中仮住まいを必要とする。
外断熱改修は、内断熱が住戸内部から断熱するのに対し、既存躯体の上から断熱層を形成し断熱性能を向上させる。マンションで
一般的な湿式工法では、断熱材を直接躯体に貼付し、上からメッシュシートと左官材料で仕上げる。躯体の外側に断熱材を置くため
躯体温度は外気に左右されにくくなり、躯体保護効果があるため将来の長寿命化が期待できる。また住戸内への立入が不要で
「住みながら改修」が可能であるなどマンションにメリットの多い工法といえる。しかし、費用も高額となるので管理組合内での
合意形成の努力が必要となる。
2)熱源機器の効率向上
ガス給湯器、電気給湯器を高効率機器へ更新する。ガス給湯器ならエコジョーズ(※3)へ、電気温水器ならエコキュート(※4)
である。住宅は給湯等の熱利用が多いため、実施すれば低炭素・省エネにつながる。
※3 【エコジョーズ】「潜熱回収型ガス給湯器」。給湯器の排気ガス中の熱を二次熱交換機で再利用し給水を予熱し燃費の改善や
ランニングコストの低減など様々なメリットがある。
※4 【エコキュート】「自然冷媒ヒートポンプ給湯機」。ヒートポンプ技術を使い、空気の熱でお湯を沸かす家庭用給湯システム。
① ガス給湯器の効率化
普通給湯器とエコジョーズは同じ形状であり交換は容易である。ただしエコジョーズから「ドレン排水」と呼ばれる水が
1日1ℓ程度発生するので、排水ルート確保が必要となる。これは専有部分・共用部分両方の手法がある。
② 電気温水器の効率化
電気温水器からエコキュートへの交換では貯湯タンクとヒートポンプユニットをベランダに設置する。したがってベランダに
そのスペースが確保できる物件に限定されるのと、設置時に住戸の内装工事(いわゆる道連れ工事)が発生する。
3)エネルギー自体の低炭素化(創エネ)
太陽光発電と太陽熱利用の二つが考えられる。前者は太陽光パネルを屋上面に設置し発電した電気を自家利用するか売電し、
後者は集熱器を屋上に設置、熱媒を建物に循環させ各住戸で温水を利用する。マンションの場合は太陽光パネルもしくは集熱器の
設置場所はほぼ屋上であり、戸当たり面積も限られることから太陽光発電では共用部分の利用が現実的であろう。
〈コラム〉断熱改修の連鎖が起きた団地
本稿では、既築分譲マンションにおける共用部分の改修への様々なハードルについて述べてきたが、大規模なバリューアップで
ある外断熱改修工事を約3年で4件の管理組合が実施した希有な事例を紹介する。
竹山団地(横浜市緑区)はJR鴨居駅からバスで約10分、東西約700m南北約1,200mの敷地に25の管理組合、約2,200戸を擁する
巨大団地である(図表7)。同団地は35年の割賦販売による分譲方式であり、入居から35年目までは賃貸物件のように管理会社が
管理していたが、36年目からは管理組合を一から組成して団地管理を住民自らの手で行うこととなった。各管理組合は維持管理や
改修をどうしようと悩んでいた。そんな中、竹山16-2団地管理組合法人では当時の理事長が中心となり今後何をすべきかを検討し
始めた。横浜市「マンションアドバイザー派遣制度」を利用し派遣された一級建築士を交え議論を進めた。そして「今、この団地で
実施すべきは『外断熱改修工事』である」と結論づけ総会決議を経て外断熱改修工事を実施、2011年に竣工した。
その結果、温熱環境は改善し冬暖かくなり、結露やカビも減り、住民の方々に非常に好評であった。
特筆すべきは、他の管理組合に向けて工事見学会やお披露目会を開催したほか、外断熱改修に興味を持った他の管理組合に
基本的な知識や工事見積もり等、様々な情報の周知に努めた点である。
また、16-2団地では集会室(みんなの部屋)を他の管理組合に貸し出したが、その結果「自分の団地と同じ仕様で、断熱改修により
温熱環境が改善された空間」を体感した人が増えたであろう。また、近所の方が断熱改修済み団地に遊びに行くことも多かったで
あろう。「この部屋暖かいわね、どうしたの?」「建物の外側から断熱する工事をしたの」といったやり取りが行われたと想像される。
そして約3年で計4団地が外断熱改修を実施した。外断熱改修の「連鎖」が起きたのである。
関東圏の分譲マンション・団地での外断熱改修事例は20数件(長谷工総合研究所調べ)と推察されることからも本事例は稀有で
ある。そして大きなハードルとなる合意形成は「(4件目では皆もう良さをわかっていて)外断熱改修の是非は議論にもならなかった」
(竹山28団地関係者ヒアリングより)とのことであった。
4 まとめ
以上述べたように、既築マンションにおいても低炭素化に向けた取り組みの必要性が高まっているが、その促進のためには、
区分所有者や管理組合の意識がカギを握ることになる。
特に区分所有者の共有財産である「共用部分」の性能を向上するためには低炭素化という社会的な意義だけでなく、そのメリット
をわかりやすく説明し多くの区分所有者が納得するプロセスが欠かせない。
今回紹介した低炭素化手法のうち、比較的管理組合・区分所有者が取り組みやすく効果が高いと見込まれるメニューは「外皮
性能の向上」と「ガス給湯器の効率向上」であろう。前者は、省エネ効果で光熱費削減も期待できるだけでなく、施工後ほどなく
温熱環境が改善し「冬は暖かく、夏は涼しく」等快適性が向上する。良好な温熱環境が血圧の改善等健康にも影響するという研究報告
もあり、実施した団地・マンションでは、概ね好評である。後者は、熱効率の良いエコジョーズに替えることで光熱費削減が期待
できる。基本的には普通給湯器からエコジョーズへの更新なので、大規模な追加工事は不要である。
図表4に示したとおり、既築マンションの低炭素化手法には共用部分、専有部分それぞれのアプローチがある。たとえば、躯体の
断熱性能向上では、前者が外断熱改修で後者が内断熱である。これは「どちらからもできる」ということでもあるが、マンションの特性
「住戸が上下左右に積層していること」を活かせるよう共用部分の工事として実施できるかという検討もあり得る。つまり、複数の
選択肢がある中「何がマンションや区分所有者にとってベストなのかを管理組合内で話し合って進めるべき」と思われる。
そのためには、議論を牽引する理事会はもちろん、管理組合を構成する区分所有者自らが知識と見識を持つことが求められよう。
今後は、既築マンションも仕様や環境性能等のラベリングが行われ評価されることとなるであろう。それを先取りして環境性能を
あげ、将来の資産価値向上を見据えるのはいかがだろうか。
(高橋 徹) Toru_Takahashi@haseko.co.jp











