持続可能な集住を考える 第2回

コミュニティの観点から

2024年04月26日 / 『CRI』2024年5月号掲載

CRI REPORT

目次

 前号では、住人・住民が主体となって「自助・共助」を最大限に生かしながらマンション運営をおこなっている分譲マンション
の「防災・防犯」の取組みを事例として取り上げた。そのマンションの管理組合や自治会は、建築等の知識を持った専門家住人の
強い先導力で統制がとられており、有事の際に住人一人ひとりがどのような行動をすればよいか、訓練を通して繰り返し
シミュレーションが行われている。

 この事例からは、「近年急速に変化する人びとのライフスタイルや家族の形を考慮すると属人的なマンション運営しか選択肢が
ないのでは、今後立ち行かなくなるのではないか」という気づきであった。少子高齢化という問題だけでなく、2拠点・多拠点生活
が可能な社会となっている現在では、マンションコミュニティにおいても、これまでの形を問い直す必要が出てきたのではないか。

 本稿では、再び前回の住人・住民が主体となってマンション運営を行っている分譲マンションを事例に、防災・防犯以外での
地域等との連携の仕組みを考察するとともに、今後のあり方について考察する。

居住者が主体的にマンション運営を進める事例から考える 集まって住むこと │ コミュニティの観点から

●前号の要約

 ソフィアステイシア(以下、ステイシア)は、2003年に竣工した横須賀市の大規模マンションで、東京湾に面した埋立地に位置
している。この地域は津波や高潮リスク、地震動の増幅、液状化、地盤沈下などのリスクを抱えている。ステイシアでは、入居開始後、
自転車・バイクの盗難などの犯罪が多発し、これをきっかけに防犯委員会と防災委員会が設置され、また立地に伴う自然災害リスク
を勘案して、実践的な総合防災訓練が毎年行われている。防災に関しては、特に災害発生前の備えと対策が重視されている。

 ステイシア自治会では、「命より大事な個人情報などない」という理念の下、全世帯の96%の居住者台帳を管理している。
これにより独居高齢者や災害時要援護者を自主防災会が把握し、避難支援者を複数人指名している。

 2008年時点で感染症に対する備えも行われており、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生時には、感染症対策
チームが結成され、感染者とその家族の生活支援が行われた。

●地域連携の必要性

 ステイシア周辺には、同時期に開発された大規模マンションが他に6物件ある。また、よこすか海辺ニュータウン地区には、
大規模マンション群だけでなく、大学や大型商業施設等が集積しており、昼間人口と夜間人口との差が著しく大きいエリアである。
もし地震等の災害が昼間に発生した場合には、津波や液状化・地盤沈下等さまざまな要因で、このエリアに多数の被災者が出る
ことが予想されている。そこで、ステイシアが周辺大規模マンションに声掛けを行い、よこすか海辺ニュータウン連合自治会
(以下、連合自治会)を設立した。

 その後、連合自治会を含む海辺ニュータウン地区に進出した大学、公的機関、企業・団体等31会員で構成する、よこすか海辺
ニュータウンまちづくり協議会(以下、まちづくり協議会)が設立された。この設立の背景には、埋立地特有の大規模災害リスク等
による被害軽減を目指すためには、広域連携が必須であるという強い思いがあった。

 次に、入居から10年以上の月日が経ち、このエリア内に高齢者を含む社会的弱者が増加したことを契機に、連合自治会加盟の
7マンション自治会を正会員とする、よこすか海辺ニュータウン地区社会福祉協議会が立ち上げられた。まちづくり協議会加盟の
企業や団体、協同組合は賛助会員として参画している。その後、民生委員・児童委員協議会、PTA連絡協議会が整備され、
横須賀市条例に基づいて、よこすか海辺ニュータウン地域運営協議会が設立され、この地区における広域連携体制が整えられた
(図1)

 ソフィアステイシア管理組合は、管理組合発足初年度より、マンション内の管理業務を一括契約ではなく、業務ごとに
管理組合が、その事業者と直接契約に切り替えていた経緯もあり、管理組合を法人化している。どこのマンションの管理組合でも
法人化をしているわけではない。

●地区社会福祉協議会とは

 社会福祉協議会とは、社会福祉法に基づき設置されている民間の社会福祉活動を推進することを目的とした非営利の民間組織で
ある。都道府県社会福祉協議会の連合会として全国社会福祉協議会が設置されており、都道府県社会福祉協議会では、それぞれの
県域での地域福祉の充実を目指した活動が行われている。

 ステイシアが発起人となった「よこすか海辺ニュータウン地区社会福祉協議会」は、地域住民が自ら自分たちの生活する地域の
福祉ニーズや生活課題等を主体的に捉え、自発的に問題解決に向けて活動する住民組織である。現在、横須賀市内には18の地区
社会福祉協議会が組織されている(*1)

*1 社会福祉法人横須賀市社会福祉協議会 公式ホームページより引用
https://www.yokosuka-shakyo.or.jp/shakyo/chikushakyo/

●地域とのつながり

 築年数が経ったマンションでは、建物と共に住人も高齢化し、それら諸問題をマンション内だけで解決することが難しくなる
ケースも少なくない。ステイシアでは、前号(第1回、防犯・防災の観点から)で紹介した、ステイシア自主防災会で災害時に
予め高齢者や災害弱者等に対する支援等が決められているが、日常的な生活支援を全て住人同士で行うことは難しい。

 日常的に地域内で起こっている問題の解決には、地区社会福祉協議会や地域包括支援センター等と連携し、その地域ならではの
ネットワークを形成することが必要となる。また、これは高齢者だけに限ったことではなく、障害者(児)、児童・学生、外国人、
ひとり親等、支援が必要な人に必要なサポートが届くようにするためのネットワークでもある。この重層的なネットワークの原点
には、マンションの管理組合や自治会が十分に機能していることも前提となるだろう。

●楽しみとしての地域とのつながり

 ステイシアでは、防犯・防災といった住人たちの危機感からスタートしたコミュニティだけでなく、住人たちが楽しむために
集う場もある。入居間もない頃は、小さな子どもがいる世帯も多かったため、クリスマスイベントや子供会主催のラジオ体操、
いちご狩り、キャンプ等も行われていた。また、海辺ニュータウン地区では新型コロナウイルス感染症(COVIT-19)流行前までは、
連合自治会主催の運動会が行われていた。

 2015年から新たに、よこすか海岸通りの賑わいと交流を目指し、よこすか海辺ニュータウン地域運営協議会主催の「うみかぜ
ストリートカフェ」が開催されている。COVIT-19 流行時には取りやめていたが、昨年4年ぶりに横須賀市の「よこすかコースト
パフォーマンス」と同時開催を行った。うみかぜ公園周辺の、よこすか海岸通り沿いにある歩道や商業施設が会場となり、
市内高校の吹奏楽部の演奏やダンス、ステイシア自治会のフラダンス等、その他自治会のメンバーや団体の人々の音楽演奏や
パフォーマンスが繰り広げられた。

参考文献
 ソフィアステイシア20年史編集委員会(2023)
『よこすか海辺ニュータウン ソフィアステイシア20年史』

ソフィアステイシア  物件概要
●所在地:神奈川県横須賀市平成町1-5-3
●最寄駅:京浜急行電鉄本線「県立大学駅」より徒歩8分
●構造規模:RC造、地上14階建、免震構造
●総戸数:309戸
●専有面積:71.73㎡~105.47㎡
●竣工:2003年2月

今回インタビューした方
株式会社日本LCM総合研究所
代表取締役(防災士)
安部 俊一 氏
一般社団法人マンション防災協会副理事長
よこすか海辺ニュータウン地域運営協議会会長
「ソフィアステイシア」管理組合第1期、第2期理事長
「ソフィアステイシア」自治会第1~4期会長
元よこすか海辺ニュータウン連合自治会会長

VUCA時代(*2)におけるコミュニティの再定義とナッジ理論の活⽤

 2号にわたり、思いや行動力のある住人主体のコミュニティ形成・運営の事例を見てきた。価値観の異なるさまざまな世代が
集まって住む集合住宅において、コミュニティという内容は切っても切り離せない。

 働き方・生活スタイル・家族の形態や価値観は、半世紀前とは大きく異なり多様化している。しかし、社会のさまざまなルールや
仕組み・慣習は、未だにその時代に形成されたものが継続され、実情とは合わなくなっているものも少なくない。

 私たちは、新型コロナウイルス感染症(COVIT-19)を経験し、必ずしも対面でなければならないというわけではないということを
学んだ。また、場所に捕らわれずにリモートワークやオンラインコミュニケーションを利用した働き方が行える職業も少なくない。

 常に1つの場所に定住することが当たり前であった時代から2拠点・多拠点生活が可能な時代に移行しつつある。そのような中で、
集合住宅においても区分所有者が物理的には離れていても、そのコミュニティとはつながりを継続できるような環境の整備が必要
ではないか。これまでの慣習で、顔を合わせて集まることが当然だと思われてきたことも、「真の目的」に立ち返ると、手段は
変えられるかもしれない。

 例えば現状だと、分譲マンションを投機的に扱い賃貸に出している区分所有者は、そこに住んでいないという理由から理事会役員
の輪番制から除外し、理事会役員に就かずに済んでいる場合が少なくない。ここに、多拠点生活を行う区分所有者が増加すれば、
特に都心部のマンションでは理事会役員のなり手が減少し、立ち行かなくなる可能性も出てくるだろう。これまで危惧されてきた
区分所有者の高齢化による理事会役員のなり手不足という問題だけではないのではないか。

 現在でも、多くの区分所有者の世帯主の年齢は50歳代以上であり、高年齢を理由に理事会役員をやらなくてもよいのであれば、
近い将来誰もなり手がなくなってしまうだろう。

 マンションは、立地や築年数、戸数規模等の与条件によって、問題となる点が大きく異なる。不都合なことを若い世代に
押し付けるというマインドをリセットし、今置かれている現状と向き合いながら、できないことに目を向けるのではなく、
早急に「できるやり方」を模索する必要があるのではないか。

 VUCA時代において、慣習的に行われてきたことや過去の経験が、必ずしも未来でも通用するとは限らず、新しい視点や
アプローチが求められる。また、過去に捕らわれすぎていると「真の目的」を見失うことになりかねない。

 私たちはどんなに適切な行動を認知していても、必ずしもその適切な行動を選択できるとは限らない。事例で取り上げた
マンションのように、率先して地域連携や有事を意識しての防災・防犯活動を長期にわたって継続できる人びとばかりではない。
そして、その他のマンションの人びとが地域連携や防災・防犯等の重要性を知らないわけでもない。

 このように、重要な情報を得ていても適切な選択が行えないコミュニティ活動等においても、行動経済学やナッジ理論は、
有効な手段として活用できるだろう。そこには、ファシリテーター役としてのマンション開発事業者や管理会社の介入が不可欠で
ある。

 また、内閣府の調査(*3)では、「時間の余裕がない」と感じている人びとの割合が徐々に増加している。自らの自由な時間の
確保も難しいと感じている人びとに、他者のために率先して行動することを期待すること自体が難しいのではないか。

 マンション運営に管理組合の理事会役員等で関わる場合、その拘束時間は短くない。また理事会開催は週末に行われることも多く
貴重なプライベートの時間を犠牲にすることになる。

 そのため、比較的新しいマンションの多くでは、管理組合の役員任期は1~2年の輪番制を採用し、区分所有者の時間的負担や
心理的負担、不公平感が出づらいようにしている。

 今後、マンションコミュニティにおいても、自分たちで行わず、全て外部化することが主流になる未来がやってくるかもしれない。
その時、マンションの所有形態である分譲や賃貸といった枠組みも所有権等のちがったものに置き換わっていくということもある
だろう。

 2024年3月、国土交通省の外部専門家等のあり方に関するワーキンググループで「外部専門家の活用ガイドライン」の改訂案
(*4)の取りまとめが行われた。外部専門家の活用が進むことで、区分所有者のこれまでのマンション管理に関わる時間的・心理的
負担が軽減されることになれば、多少なりともゆとりが生まれ、新しい緩いコミュニティ創出のきっかけになるかもしれない。

 近年、大手不動産デベロッパーの一部の分譲マンションシリーズでは、入居当初からマンション管理を外部専門家に委託する
第三者管理方式を採ることを明示し、新築販売しているものがある。購入者・区分所有者全員から販売時に、第三者管理方式の
採用の了承を取った上で販売を行っている。

 この他には、第三者管理方式をベースにし、デジタルディバイスを活用して区分所有者全員がオンラインで参加できる仕組みを
提案している大手管理会社もある。

 多様化する社会や価値観の中で、コミュニティの持続可能な仕組みの1つとして、またこの方法以外にも選択肢が増えることを
期待し、より一層この分野は進化する可能性があるだろう。

本稿は、特に日付のことわりがない限り、2024年3月15日現在の状況に基づき記述したものである。

*2 VUCAとは、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字を取った言葉で、
これらの要素が高まる現代社会の特徴を表している。

*3 内閣府「国民生活に関する世論調査(令和5年11月調査)」報告概略版(令和6年3月8日掲載)。

*4 第5回(令和6年3月26日)で「外部専門家の活用ガイドライン」改訂案のとりまとめが行われた。
最終案でガイドライン名称は、「マンションにおける外部管理者方式等に関するガイドライン」に変更された。
また、第三者管理方式という表記も外部管理者方式という表記に統一された。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000141.html 

〈コラム〉関わりたくなる⽅法を考える 〜⾏動経済学〜

 これまでの経済学では、「人は合理的な行動を行う」という前提で考えられてきた。人は利益を最大化するために、適切な行動と
判断を行い、合理的に行動するものだと考えられてきた。
 しかし、私たちは実際にはそうではなく、直感や感情によって必ずしも適切な行動を行うとは限らない。この点を考慮した学問が、
経済学と心理学を融合させた「行動経済学」である。

 行動経済学は、心理学者ダニエル・カーネマン、エイモス・トベルスキー、経済学者リチャード・セイラーらによって創設され、
その基本は「人の行動は、限定的合理性」であるということである。人の意思決定には、直感的・感情的で素早い『システム1』:
ファストと、論理的・理性的でゆっくりである『システム2』:スローがあるという。そして、日々のさまざまな行動や意思決定は、
たいてい『システム1』で行われている。そのため、本来なら『システム2』を使用し、じっくり思考するべき事象が目の前で
起こっても、とっさの判断や過去の経験等から思考をショートカットしてしまいその結果、合理的ではない結果を導き出してしまう
のである。このことを行動経済学では、ヒューリスティックやプロスペクト理論と呼んでいる。

さまざまな場⾯で活⽤されているナッジ理論
 リチャード・セイラーが提唱した「ナッジ理論」は、人に強制・強要を強いるのではなく、人びとが自発的によりよい選択を
行えるようにする方法を生み出すための理論である。ナッジ(nudge)の意味は、注意を促すために人を「そっと肘でつつく」と
いう意味があり、人びとが知らず、知らずのうちに望ましい行動を選択できるように誘導するシグナルやその仕組み・戦略のこと
である。
 厚生労働省の作成している検診受診率向上施策等のハンドブック(*5)にもこの理論が活用されている。

参考文献
  リチャード・セイラー(著)、篠原勝(翻訳)(2007)
『セイラー教授の行動経済学入門』、ダイヤモンド社
  リチャード・セイラー(著)、キャス・サンスティーン(著)、近藤真美(翻訳)(2022)
『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』、日経BP

*5 厚生労働省 「受診率向上施策ハンドブック 明日から使えるナッジ理論」
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf

公的データから読みとる 「マンション区分所有者の高齢化と永住意識」と「時間に対する意識」について

●区分所有者の高年齢化と永住希望

 国土交通省が5年に1度行っているアンケート調査の中に「マンション総合調査(*6)」がある。調査対象としては、管理組合向けと
区分所有者向けの調査に分かれている。

*6 2024年3月15日時点で公開されているものは、「平成30年度マンション総合調査(平成31年4月)」である。本稿で取り扱う
数値については、この調査結果をもとにする。

世帯主の年齢

 2018年度調査の世帯主の年齢を確認すると、60歳代の割合が1番多く、次いで50歳代、70歳代と続く(図2)
 1999年度から2018年度の変化を資料で確認すると、70歳代以上の割合は毎回増加しており、世帯主が50歳代以上の割合は
全体の7割を超えている。

居住者の永住意識

 居住者の永住意識は年を追うごとに高まっており、直近の2018年度では6割を超える区分所有者が「永住するつもり」だと回答
している(図3)

居住者の年齢別永住意識

 年代別に確認すると、若年層はn値が少ないこともあり正確さに欠けるが、世帯主の年齢が上がるにつれて「永住するつもり」と
回答している割合が高くなっている(図4)

●時間にゆとりがないと感じている人びとと自由時間

 内閣府では、現在の生活や今後の生活についての意識、家族・家庭についての意識など、国民の生活に関する意識調査(*3)
定期的に行っている。その調査項目の「時間」に関する部分では、直近3回の調査結果(2021年9月/2022年10月/2023年11月)の
数値を確認すると、「時間のゆとりがない」という項目を選択した人の割合が年々微増傾向にある(図5)

 自由時間の過ごし方を調査した項目結果では、「睡眠・休養」「TVやDVD、CDの視聴」「趣味・娯楽(映画鑑賞、コンサート、
スポーツ観戦、園芸等)」が上位を占めている。しかし、22年と23年の結果を見比べると、共に「睡眠・休養」や「TV等の視聴」
は高い割合を示しているが、これらのポイントは僅かではあるが前年より減少している(図6)

 また、「自由時間が増えた場合に行いたいこと」で選択されている割合の高い項目は、「旅行」「趣味・娯楽(映画鑑賞、
コンサート、スポーツ観戦、園芸等)」「睡眠・休養」「スポーツ(体操、運動、自分で行う各種スポーツ等)」であり、
「社会参加(PTA、地域行事、ボランティア活動等)」を選択した人は7%弱である(図7)

 人びとは、自由な時間を生み出すことが出来れば、自分の楽しみに時間を費やしたいと考えているが、実際には睡眠や休息
といった日頃の疲れを癒すことに時間を費やしている現実がうかがえる。

(豊田可奈子)Kanako_Toyoda@haseko.co.jp

資料:「平成30年度マンション総合調査(平成31年4月)」をもとに長谷工総合研究所作成(図2~図7)。