マンション政策の動向について
2024年05月30日 / 『CRI』2024年6月号掲載
目次
国土交通省ではマンションと居住者の両方における高齢化に対応するため、法務省法制審議会と並行してマンションの施策に
ついて総合的に検討を行い、昨年8月に取りまとめを行ったところです。
その後の区分所有法制の見直しの動向も踏まえ、今月は最新の「マンション政策の動向」について、国土交通省住宅局参事官
下村哲也氏に寄稿して頂きました。
1994年に建設省(現国土交通省)入省。
これまでに、国土交通省(住宅局、都市局、総合政策局など)、内閣官房、京都市役所、経済協力開発機構(OECD)、
米国連邦住宅抵当公庫などにおいて、住宅、建築、都市関係の業務に従事。
2023年7月より現職。
1 マンションの現状と課題
我が国におけるマンションストックは約700万戸に上り、試算では約1,500万人すなわち1割を超える国民が居住するなど、都市部
を中心に主要な居住形態となっています。
一方で、このうち築40年以上のマンションが約125万戸となっており、20年後には3.5倍の約445万戸まで増加していくことが
見込まれています。加えて、築40年以上のマンションでは、世帯主の約半数が70歳以上となっているなど、建物と居住者の「2つの
老い」が進行しており、区分所有者の非居住化(賃貸化・空き室化)や所在等不明者の発生、管理組合役員の担い手不足、修繕積立金の
不足、マンション建替えに係る合意形成の困難化など様々な課題が顕在化しつつあります(図表1)。
こうした課題に対応するため、法務省の法制審議会区分所有法制部会(以下「法制審議会」という。)では、区分所有法制の
抜本的な見直しに向けた検討が行われ、令和6年2月に「区分所有法制の見直しに関する要綱(以下「要綱」という。)」が
とりまとめられ、法務大臣に答申されたところです。また、「2つの老い」が急速に進行する中、マンションの管理や再生の
円滑化を強力に進めていくためには、区分所有法制の見直しのみならず、マンション政策の観点からも、改正区分所有法の実効性の
確保や適切な管理水準への誘導、合意形成の促進、事業の安定性の確保などの施策を一体となって講じていくことが必要です。
このような考えから、国土交通省においても法制審議会と並行して、2022年10月に「今後のマンション政策のあり方に関する
検討会」(以下「検討会」という。)を設置し、マンションの管理・修繕、再生の幅広いテーマにおいて課題の整理及び今後の施策
の方向性を議論してまいりました。全9回の議論を踏まえ、2023年8月に、マンション政策全般に係る大綱としてとりまとめを
行っており、今後はとりまとめに示された方向性に沿って、施策の具体化に向けた検討を進めていくこととしています。
その端緒として、2023年10月に設置された「標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループ
(以下「管理規約WG」という。)」及び「外部専門家等の活用のあり方に関するワーキンググループ(以下「外部専門家WG」という。)」の
2つのWGを中心に、現在進行形のとりまとめを踏まえた検討を進めているところです。
2 区分所有法制の見直しの動向
「2つの老い」の進行に伴い増加が懸念される所在等不明区分所有者は、決議において反対者として扱われることから、
区分所有建物の管理不全化、再生の困難化に繋がることが想定されています。法制審議会では、区分所有建物の管理や再生の
円滑化等を図るため、所在等不明の区分所有者への対応を含む、区分所有法の抜本的な見直しに向けた議論が行われてきました。
① 区分所有建物の管理の円滑化
マンションの管理は、区分所有者で構成される管理組合において合意形成を図りながら進めていくことが必要となる一方、
集団で建物を管理するという性質上、責任の所在が曖昧となりやすい傾向にあります。今回示された要綱では、区分所有者
一人ひとりが適正にマンションを管理する責務があるということを示すため、区分所有法において、管理に関する区分所有者の
責務規定を設けることが提案されました。今後の見直しに伴い区分所有者の管理に関する意識が高まることが期待されます。
また、適正管理に関する責務の創設も踏まえ、所在等不明区分所有者をはじめとする賛否を明らかにしない区分所有者により、
円滑な管理が阻害されないよう、所在等不明区分所有者を決議の分母から除外する仕組みや出席者の多数決による決議を可能と
する仕組みの創設についても提案されています。
さらに、管理不全等の専有部分や共用部分に関する財産管理制度の創設や、共用部分の変更決議の多数決要件(四分の三)の
緩和(共用部分の設置・保存に瑕疵があることにより他人の権利を侵害するおそれがある場合等には三分の二に引下げ)についても
提案されています。
② 区分所有建物の再生の円滑化
現行の区分所有法における区分所有建物再生の仕組みは建替え決議のみであり、建物と敷地の一括売却や建物取壊し等を行う
ためには全員同意を行う必要がありました。一方、マンション建替えにおける区分所有者の負担額の増加や人口減少の進行等に
より、立地によっては売却や取壊しにより、区分所有建物を手放すケースも増えてくることが想定されます。今回示された要綱では、
建替え以外の区分所有建物の再生・解消の新たな仕組みとして、建物・敷地の一括売却や建物取壊し、建物更新等の新たな手法に
ついて、現行の建替え決議と同様五分の四の多数決で実施できる仕組みが提案されています。
中でも建物更新は一般に一棟リノベーションとも呼ばれるもので、新たなマンションの再生手法として注目を集めており、
こうした多様な手法を活用したマンションの再生等の推進が期待されます(図表2)。
また、建替え等の円滑化の観点から、建替え決議を行うための五分の四の多数決要件の緩和や建替え決議が行われた場合の
賃貸借等の扱いについても議論がありました。現行の区分所有法では、反対する区分所有者に対しては売渡請求を活用することで、
事業を進めることが可能となっている一方、賃借人に対しては建替決議の効力は及ばないため、賃借人が建替えに反対している
場合には、たとえ全区分所有者が建替えに賛成していたとしても建替え工事を行うことができない仕組みとなっています。
こうした状況を踏まえ、今回の要綱では、建替え決議等がされた場合に金銭補償により賃貸借等が終了する仕組みの創設と
共に、特に再生・解消を進める必要があると考えられる区分所有建物(耐震性の不足、火災に対する安全性の不足、外壁等の
剥落により周辺に危害を生ずるおそれがある等)について建替え決議の多数決要件を四分の三まで緩和することについて提案
されています。
要綱では、ここで述べた区分所有建物の管理・再生の円滑化以外にも団地再生の円滑化や被災した区分所有建物の再生等に
ついてもとりまとめられており、今後具体的に制度の見直しが行われる予定です(図表3)。
3 今後のマンション政策のあり方に関する検討会
こうした法務省における区分所有法制の見直しと並行して、国土交通省においてもマンション政策の見直しを図るため、
マンションの管理、修繕、再生に関する幅広いテーマについて議論を行い、令和5年8月にマンション政策の大綱として
今後の方向性をとりまとめたところです。
① マンションの管理・修繕に関する現状・課題、施策の方向性
マンションの管理・修繕に関する観点では、マンションの長寿命化を重要な柱として位置づけています。
建築後相当の年数を経たマンションでは、改修をするのか建替えをするのか、建替えを行うとしてもそれは何年後なのかなど、
区分所有者ごとに考えが大きく異なることが想定されます。
こうした考え方の相違により、合意形成等ができなくなると管理不全化、老朽化が進行し、長寿命化、再生のいずれも難しく
なっていくことになります。そのため、具体的にいつまでマンションを使うつもりで管理するのか、まずは区分所有者間で意思統一
を図り管理を進めていくことが重要となります。こうした観点から、検討会のとりまとめでは、区分所有者が意思決定しやすい
環境を整備するためマンションの寿命を見据えた、超長期の修繕計画のあり方について検討を進めていくこととしています。
また、長寿命化を進めていくためには、計画に基づく適時適切な修繕工事を行うことが重要となりますが、現状、工事に必要と
なる修繕積立金が十分に確保されているマンションは多くありません。さらに、修繕積立金の確保は、大きく「均等積立方式」と
「段階増額積立方式」のいずれかで行われていますが、近年分譲されるマンションのほとんどは段階増額積立方式を採用しています。
段階増額積立方式で、計画期間の後半に大幅な引き上げを予定している場合、実際に修繕積立金の引上げを行うことができず、
将来的に修繕積立金が不足する可能性も考えられます。そのため、適切な長期修繕計画の作成及びそれに基づく修繕積立金の確保を
進めると共に、段階増額積立方式における修繕積立金の確保方策について検討を進めていくこととしており、後述の「標準管理規約の
見直し及び管理計画認定のあり方に関するWG」にて具体的な検討を進め、令和6年3月にとりまとめを行ったところです。
② 建替え等に関する現状・課題、施策の方向性
マンションの長寿命化を進めることは重要ですが、築後相当の年数が経過し、老朽化の進行や居住ニーズの低下等により、寿命を
迎えたマンションにおいては、建替えや売却等により再生・解消を図っていくことが必要となります。区分所有法の見直しでは、
マンション等の再生・解消を円滑化するため、決議要件の引下げや賃貸借等の取扱いの見直し、新たな再生等の仕組みの創設等の
検討が進められており、こうした見直しも踏まえ、マンション政策の観点からも再生・解消の円滑化を図る必要があります(図表4)。
(1)区分所有建物の再生、区分所有関係の解消に関する事業手続きの整備
マンション建替円滑化法では、事業の安定性等を確保するため、建替え決議後の事業手続きを定めています。この事業手続きは、
近年実施されるほとんどの建替事業で活用されており、事業を安定的に進めるための重要な役割を担っています。区分所有法見直し
で創設が検討される「建物敷地売却」や「建物取壊し」、「建物更新」などの仕組みも活用し、多様な手法によるマンションの再生・解消
を進めていくためにも、事業手続きの創設を検討していくことが必要と考えられます。そのため、検討会のとりまとめにおいても、
区分所有法制の見直しにおいて検討されている新たな仕組みに対応した事業手続きの整備について検討を進めていくこととして
います(図表5)。
(2)社会情勢の変化に対応した最低住戸面積基準の検討
現在のマンション建替円滑化法に基づきマンション建替えを行う場合、再建後のマンションにおける各住戸の面積を原則50㎡
以上とすることが求められます。住戸面積基準は、マンション建替えによる良好な居住環境の確保を目的に、一定の世帯人数を
想定して定められています。しかし、マンションにおける平均世帯人数は減少傾向にあるなど法制定時から社会状況の変化が
みられると共に、本基準に適合させるために区分所有者の費用負担が著しく増加してしまうケースもあるなど、当該基準が建替事業
の推進にあたって隘路(物事を進める上で妨げとなるものや条件)となっているとの意見もあります。中には、建替え前のマンション
の住戸面積が50㎡に満たず、建替えにあたって本基準に適合させることが困難なことから、マンション敷地売却事業によって建替え
を実施するようなケースも出てきているところです。こうしたことから、住戸面積基準が現状に照らして適切な水準となっているか
検証を行った上で、適切な住戸面積基準のあり方について検討を進めていくこととしています。
(3)隣接地等を取り込む建替えの円滑化
マンション建替え事業では、事業性を向上させるため、より大きなマンションに建替え、多くの保留床を確保することが必要と
なります。一方、建替え前のマンションの大型化等による余剰容積率の減少や日影規制をはじめとする建築規制等の様々な要因に
より、保留床の確保ができず事業化の難しいマンションが多くあることが指摘されています。こうした状況への対応として、
隣接地を取得し敷地規模を拡大し建替えを行うことは有効な手法であると考えられます。しかし、現行のマンション建替円滑化法
では、マンションの隣接地の所有者等は、権利変換により、再建後のマンションの住戸を取得することができないため、建替えに
参加しにくい仕組みとなっているとの指摘もあります。こうしたことから、隣接地の所有者など区分所有者以外の者が建替え事業に
参画しやすくする仕組みについて検討を進めていくこととしています。
4 とりまとめを踏まえた具体的施策の検討状況
検討会のとりまとめにおいては、これまで述べたもの以外にも、制度的措置に関する検討を進めていくものから普及啓発等を
より強力に進めていくものまで幅広くとりまとめています。
その中でも、検討会において今後の方針を明らかにし、早期に検討を開始すべき事項については、令和5年10月より検討会の下に
設置した2つのワーキンググループにおいて議論を進め、令和6年3月にとりまとめを行ったところです。
① 標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するWGについて
(1)マンション標準管理規約の見直し
標準管理規約の見直しについては、所在等不明区分所有者対応をはじめとした、検討会での議論や社会情勢の変化を踏まえ、
早期に措置する必要があるとされた項目を中心とした見直しの検討を行い、令和6年6月中を目途に改正・公表予定です。
主な内容としては、区分所有者としての責務を果たすという観点から、所在等不明の区分所有者を発生させないための名簿の
作成及び更新の仕組みや、所在等が判明しない区分所有者の探索を行った場合に、その探索に要した費用を当該区分所有者に
請求できる規定の追加を行います。また、区分所有者及びマンションの購入予定者が修繕積立金等のマンションの管理に関する
情報を適切に把握できるよう、修繕積立金の変更予定等の情報開示についても位置づけを行います。さらに、EV用充電設備や
宅配ボックスを設置する際の決議要件の明確化等、社会情勢の変化を踏まえた改正も行います。
この他、区分所有法制の見直しに関する要綱を踏まえ、標準管理規約において見直すべき項目の案を第6回WG(令和6年3月)に
示したところであり、新制度に対応した標準管理規約についても引き続き検討を進めてまいります。
(2)今後の管理計画認定制度のあり方について
管理計画認定制度は、令和4年4月の制度開始以降、令和6年3月末までの認定実績は616件となっており、堅調に増加している
ところです。一方、検討会においては、特に修繕積立金の安定的な確保やマンションの防災対策の推進に関する観点から、今後の
認定基準の見直しも含めた検討も必要ではないかとの指摘もあったことから、管理規約WGでは、今後の認定基準の見直しの
方向性等に関して議論を行いました。
修繕積立金の安定的な確保の観点からは、これまで認定基準として定めていた長期修繕計画の計画期間全体での修繕積立金の
総額に関する基準に加えて、修繕積立金の積立方式に関する基準の検討を行いました。近年多く採用される段階増額積立方式では、
築年数の経過に応じて必要な修繕積立金が増加する一方、区分所有者の高齢化等により費用負担が困難化し、適切な積立が難しく
なることが懸念されます。こうしたことから、とりまとめにおいては早期に均等積立方式に誘導することを目的とし、段階増額積立
方式における適切な引き上げ幅の考え方を示しています(図表6・7)。
また、マンションの防災対策の推進の観点からは大規模な自然災害等が発生した場合に備え、平時から管理組合や区分所有者に
おいて取り組みを進めるべき防災対策の例として、「防災マニュアルの作成・周知」、「防災訓練の実施」、「防災情報の収集・周知」、
「防災用名簿の作成」、「防災物資等の備蓄」、「防災組織の結成」の6項目の取り組みを示しています。
今回、とりまとめた方向性については、広く周知を行うこととし、活用状況や実効性の把握を進めつつ、将来的に管理計画認定基準
への反映について検討を行うこととしています。
②外部専門家等の活用のあり方に関するWGについて
一般的に、分譲マンションでは、管理組合の業務を執行するために、区分所有者で構成される理事会が設置されていますが、
近年、理事会役員の担い手不足等を背景として、マンションの管理業務を受託している管理会社に、理事会の役割を担わせる
「外部管理者方式」もみられるようになっています。
外部管理者方式については、区分所有者の負担軽減につながるとの声がある一方で、管理者となった管理会社が、自社や関連会社に
修繕工事等を優先的に発注した結果、管理組合の費用負担が増大する、いわゆる利益相反の懸念があるとの指摘もあります。
そのため、国土交通省においては、適切な管理者権限のあり方や外部専門家である監事の設置・権限のあり方など、外部管理者
方式における留意事項を整理したガイドラインを策定することとし、令和5年10月より有識者検討会を開催し、令和6年6月中を
目途に策定・公表する予定です。
外部管理者方式の導入を検討される際などに、本ガイドラインを参考としていただき適正な業務運営を図っていただけるよう、
広く周知してまいります(図表8)。
5 おわりに
マンションを適切に管理する責任は、当然のことながら区分所有者から構成される管理組合にあります。一方でマンションの
規模や意思決定の特殊性から、管理組合による適切な管理を促していくためにも、地域におけるマンション政策を担う地方公共団体
とも連携し、マンション政策の厚みを増していくことが必要です。こうした中、およそ20年ぶりに区分所有法の見直しが行われる
など、マンションの管理や再生に係る基本ルールの見直しに伴い、管理適正化・再生円滑化のより一層の推進が期待されるところ
です。国土交通省では、引き続き、関係省庁、関係団体等と連携して、将来世代に優良なマンションストックを引き継いでいくことが
できるような政策を進めてまいります。







