集まって住むことⅡ

〜境界を溶かす試み 空間の使われ方〜

2026年06月30日 / 『CRI』2026年7月号掲載

CRI REPORT

目次

住宅、店舗、福祉施設、学校、オフィスといったように、私たちの身の回りにある多くの空間は、用途や利用者ごとに分けて計画されている。こうした区分は、安全性や管理の面では合理的である一方で、使い方や過ごし方を予め限定しやすい側面も持っている。

近年では、孤独や孤立、地域との関わりの希薄化などが社会課題として語られる中で、家や職場以外にも、人が立ち止まり、過ごし、緩やかに関わることのできる場所への関心が高まっている。都市政策においても、「ウォーカブル」や「居場所づくり」といった考え方が広がり、単一用途ではなく、複数の活動が重なり合う空間のあり方が模索されつつある。

一方で、現実の空間では、制度や管理、安全性の観点から、用途や利用者を分ける考え方が現在も強く残っている。そのため、異なる人や活動が同じ場所を共有する試みは、空間設計だけでなく、運営や制度との調整を行い、折り合いのつけられたものしか成立しない。

本稿では、こうした状況を踏まえながら「境界を溶かす」という視点から、既存の空間や建物の使い方を変える試みを取り上げる。エリア、ブロック、スペースという異なるスケールの事例を通して、人や用途を分けていた境界がどのように緩められ、新たな使われ方や関わり方が生まれているのかを考察する。

※集まって住むこと:CRI 2026年3月号では「集まって住むこと 〜都市居住の「機能」と「意味」のバランスとは〜」と題して都市居住の再定義の必要性を記載した。この3月号では『集まって住むこと』とは、広義では「都市・まち」を指し、狭義では「集合住宅」を指している。今回本稿での『集まって住むこと』とは、集合住宅の意味合いではなく、都市の中で多くの人が集まって住んでいるという状態を指している。

1. 背景

近年、社会環境や価値観の変化に伴い、人びとの意識や関係性のあり方も変化している。内閣府が実施した「社会意識に関する世論調査※2」(2025)では、社会に対して「あまり満足していない」「満足していない」と回答した人は合わせて4割強にのぼる。今回の調査対象者全員に、社会において満足していない点を複数回答可として尋ねた調査結果では、際立って多い「経済的なゆとりと見通しが持てない」62.9%を除くと、「子育てしにくい」27.7%、「若者が社会での自立を目指しにくい」27.6%、「高齢者が社会と関わりにくい」21.4%といった人との交流と間接的にまつわる項目で2割を超えている(図表1)

※2 社会意識に関する世論調査:内閣府「社会意識に関する世論調査(令和7年10月調査)」

また、「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査※3」では、約4割の人が何らかの孤独感を抱えていることが示されており、個人の生活環境や人間関係において、充足感が得られていない状況がうかがえる。これらは、個人の問題にとどまらず、人と人の関係や居場所を支える環境のあり方とも関係していると思われる。

※3 孤独・孤立の実態把握に関する全国調査:内閣府孤独・孤立対策推進室「人々のつながりに関する基礎調査(令和7年)調査報告書」

また国土交通省では、都市空間のあり方について、車中心から人中心へと転換し、にぎわいあるウォーカブルな空間の形成を目指している。これまでのように、移動のために通過するだけの場所ではなく、偶然そこで立ち止まり、会話や飲食を行うといった複数のことが同時に起こる可能性のある空間と言い換えることができる。つまり、空間は1つの用途に限定されず、複数の使い方を許容できるものとして捉え直されつつある。これらの異なる行為が同じ場所で同時に起こる可能性のある空間の広がりは、孤独・孤立の緩和に多少なりとも寄与できるかもしれない。

しかし、実際の空間の多くは、用途ごとに分けて計画されている。住宅は住むための場所、店舗は消費のための場所、福祉施設や高齢者に関する施設は支援を受けるための場所というように、使い方と利用者が予め明確に決められている。このような区分は、管理や安全の面では有利であるが、異なる立場の人が同じ空間に居合わせる機会を減らしやすい。その結果、日常生活の中で偶然に会話が生まれたり、関係が広がったりする場面は限定されやすくなってしまう。

人びとの側では、他愛もない日常的な関わりの機会が不足している現状があり、空間側では複数の使われ方を許容できる空間設計が求められている。

こうした状況を鑑みながら、次章ではスケールの異なる3つの具体的な事例を取り上げる。

2. 境界を溶かす試み

本稿における「境界を溶かす」とは、制度や物理的に容易な変更ができない境界を、それらを前提としながらも空間の設えや利用方法、運用の仕方によって利用者の認識が変化し、心理的な障壁を低減させる試みのことを指している。それは、境界の再設計とも読み替えることができ、本章ではスケールや成立時期、地域の異なる事例を取り上げる。

エリア、ブロック、スペースと対象の大きさは異なるが、いずれも人の動きや使い方を制限していた境界を緩めることで、新たな使われ方を生み出している点に着目し選定した。

エリア:まち全体 からほり れん(大阪市中央区) 点在する建物が一体の場として機能

2005年前後、大阪市中央区の空堀界隈※4では、戦火を免れた長屋や蔵、屋敷をコンバージョンし、点在する既存建物を活用した複合施設「れん len」「惣 そう」「萌 ho」などが立ち上げられた。各施設は数百メートル離れて点在しているが、これら名前の付いた複合コンバージョン施設以外にも、長屋すとっくばんくねっとわーく企業組合※5のサポートする長屋物件が周辺にある。木造密集地にある老朽化した長屋を改修し、まちに開くことで、新たな人の流入と回遊性が生まれ、その結果、敷地境界を越えて地域全体へと関係性が広がった。20年以上が経った今も、これらの施設や空堀商店街を含む周辺には、長屋や古民家を利用した施設が多く残っており、人の流れや滞在空間ができている。また「れん len」は、2012年に母屋、蔵、表門が「小森家住宅」として国の登録有形文化財に登録されている。

境界の対象 : 敷地/建物(屋敷や蔵、長屋とまち)
構成・操作 : 点在する名もない歴史建築の再生と、それらの連鎖的活用
利用のあらわれ : 拠点間を回遊する人の流れの創出と敷地を越えた面的な広がり
キーワード : 広がる、にじみ・エリア的連続性

※4 空堀界隈:大坂城南側の外堀跡に形成された市街地で、堀の埋立や瓦土採取に由来する起伏ある地形が残る。江戸期には瓦土の採取地と武家地が混在し、採取跡の窪地に借家や長屋が建設され、職人や労働者の居住地として密集市街地が形成された。隣接する松屋町では人形・玩具の製造・卸売が発展し、戦災を免れたことで近代の町家や路地が残り、現在も住宅と商店が並存する。
※5 長屋すとっくばんくねっとわーく企業組合:まちづくりの視点から空堀地域の人々と協力を行いながら、戦火を免れたまちなみの魅力や空長屋の活用を行っている。また、さまざまな専門家集団でもあるため、不動産募集等の紹介や建物改修、物件のサブリースによる運営管理等も行っている。

れん len 蔵と表門。(筆者撮影)

れん len 母屋入口。(筆者撮影)

惣 そうの外観。(筆者撮影)

ブロック:敷地群 ニシイケバレイ(豊島区西池袋) 私道を開くことで、通過の場が滞留や人を呼び込む場へと変化

ニシイケバレイは、池袋駅からも要町駅からも徒歩数分の距離にあり、商業地と住宅地の境目のような場所である。この地で代々土地を受け継いできた地主が所有する街区で、年代の異なる木造住宅、木造アパート、集合住宅、私道を横断的に使っている。木造住宅だった平屋は、チャノマ(カフェ)へ改修され、木造アパートには飲食店やワークスペースが導入されるなど、本来の用途とは異なる、用途を固定しない使われ方が行われている。また、敷地境界にあった塀をなくして、私道との境界を曖昧にし、その私道を地域に開放することで、通り抜けるだけの道に、みんなで育てる「みんなのほんだな」や腰掛けなど、滞在や交流が生まれる仕掛けが施されている。建物単体ではなく、道を含めた一街区全体を1つの場として取り扱うことで新たな人の流れと滞留が生まれている。

境界の対象 : 私道/敷地/ 建物用途(商業と住宅)
構成・操作 : 私道を開放的な共用動線と位置づけ、それに面する建物の用途変更と1階の開放化の組み合わせ
利用のあらわれ : 私道に通過・滞在が生まれ、建物内外を横断する人の流れとそこでの活動
キーワード : 接続、媒介、滞留の発生

チャノマと奥に続く私道。(筆者撮影)

塀をなくした私道。右側チャノマの庭にある木には鳥の巣箱がある。(筆者撮影)

新築の複合住宅1Fピロティ。(筆者撮影)

スペース:単一空間 駒川てっと(大阪市東住吉区) 1つの空間の中で、異なる目的の人が同時に存在

駒川てっとは、大阪の三大商店街といわれている駒川商店街からほど近い駒川中野駅すぐの住宅地に位置する。1つの空間の中で、子どもの居場所、就労継続支援事業※6(以下、就労支援)、カフェが運営されている。子ども、障害のある人、高齢者、地域住民が同じ場所を共有し、遊ぶ・勉強する・食べる・働く・作業する・休むといった異なる行為が同時に行われている。一般的には分けて運用されることの多い福祉や地域活動、飲食を重ね合わせることで、利用者の属性や用途による空間的・心理的な境界を固定しない場が試みられている。なお、こうした試みは単に用途を重ねるだけでは成立せず、利用者の心理や空間の使われ方に応じた調整が求められる。インタビューページでは、その具体的な実践と課題が示されている。

境界の対象 : 用途(居場所、就労、飲食) / 利用者属性(商業と住宅)
構成・操作 : 単一空間内に複数機能を重ね、明確な区分けを行わず同時利用を前提とした設計
利用のあらわれ : 異なる活動が同一空間で起こることによる、相乗効果と衝突
キーワード : 重なり、混在、干渉

※6 就労継続支援事業:障害があり、企業などに就労することが困難な人に対して生産活動の機会を提供するサービス。A型とB型があり、B型は雇用契約を結ばず、「利用者」として支援を受けながら働き、工賃を得る。B型のサービスを通じ、生産活動や就労に必要な知識や能力が高まった人についてA型や一般就労への移行を目指す。

駒川てっと入口。対面販売用の小窓もある。(筆者撮影)

調理スペース前のカウンター。(筆者撮影)

緩くカーテンで仕切られた事務スペースと小上がりスペース。(筆者撮影)

3. 法制度という見えない境界

このような「境界を溶かす」試みは、空間設計者や運営者の意志だけで自由に実現できるわけではない。現実には、建築基準法や消防法が、空間の使われ方に強い影響を及ぼしている。 

これらの法制度は、人命や安全を守るために整備されてきたものであり、不特定多数の人が利用する場合の避難経路の確保や防火区画、用途ごとの衛生・採光条件等を定めることで、建築物の安全性を担保している。そのため、現在のように、空間の多義的な利用や運用の柔軟性としばしば衝突することになる。新築であればまだしも、既存建築物となればそのハードルは一層高くなる。

例えば、住宅を地域に開いた小規模な居場所として運用しようとすると、不特定多数の人が出入りする建物用途とみなされ、避難や内装制限に関する条件が厳しくなる場合がある。

また、駒川てっとのような異なる機能を1つの空間に重ねた場合、その内容によっては、それぞれ異なる法的基準への対応が求められ、結果として空間を物理的に区切らざるを得なくなることも少なくない。「混ざること」を前提とした場を計画しようとしても、制度上「分けること」を求められるという矛盾が発生するのである。

さらに、制度運用の現場では、明文化された基準だけでなく、行政協議や管理責任上の判断(ローカルルール)によって、より保守的な対応が選択される傾向もある。特に既存建築物を活用する場合には、現行法との不整合や用途変更の扱いが障壁になり、制度対応の負担から既存建築物の活用を見送ることも少なくない。また、小規模になればなるほど、その負担が相対的に大きくなりやすい。

その結果、本来であれば既存建築物をコンバージョンし、再び利用できるかもしれなかった空間が、法的リスクや運営負担を理由に、これまでの閉じた運用へと戻ってしまうのである。重要なことは、用途や利用者を固定的に分離することで安全を確保するという発想だけでなく、運営方法や段階的な公開、利用人数の調整など、実際の使われ方に応じて安全を担保する視点である。制度自体は用意されていても、それらを検証するための労力がかかりすぎるようでは、ないのと同じである。

特に、既存小規模建築物であればあるほど、法制度との調整が難しく、事業として成立しないことが少なくない。

4. まとめ

本稿では、「境界を溶かす」という視点から、エリア、ブロック、スペースという異なるスケールの事例を考察してきた。いずれの事例にも共通することは、単に新しい空間を作るのではなく、既存の建物や場所の使い方を調整することで、人の関わり方や居合わせ方を変化させている点である。そこでは、住宅が店舗になる、私道が滞在の場所になる、福祉と飲食が同じ空間に存在するといったように、本来分けられていた用途や利用者が、緩やかに重なり直されていた。

こうした実践を見ていると、今後の設計者や企画者に求められる役割は、空間そのものを設計するだけでなく、人がどのような行動をそこで起こし・起こるのかといった「行動」を設計する視点がより重要になるだろう。

一方で、こうした使い方は、現行の法制度の中では必ずしも実現しやすいものとはいえない。既存建築物を活用しながら用途変更や複数の用途を重ねて地域に開いた使い方を行うには、特に建築基準法や消防法への対応が大きな負担となる場面も多い。2026年3月に閣議決定された住生活基本計画(全国計画)では住宅ストックの価値最大化が叫ばれているが、同時に現行の法制度の考え方も変化していかなければ、結果として進まないということも考えられるだろう。

また、「集まって住むこと 境界を溶かす」ということは、物理的な障壁や心理的な障壁を取り除くことだけでも、ただそこに大勢の人が集まっているだけというのとも異なる。その状態で、何かしら人との関わりが生まれて、はじめて境界を溶かすといえるのではないか。自動詞「溶ける」ではなく、「溶かす」という他動詞を使っている理由はそこにある。それは、人が介在し、その介在を継続することでしか達成できないものだ。

さまざまな境界を完全になくすことはできなくても、その境界をどのように緩め、調整し、人が関われる余地をつくるのか。その方法を考え、実践し続けることが、これからの「集まって住むこと」に求められていることだろう。(豊田可奈子)

[インタビュー]ごちゃまぜ空間の実践 ーー境界を溶かす場の構成とその運用

本インタビューは、本文で扱った「境界を溶かす」試みの一例として、異なる用途や人びとが共存する空間運用の中で生じる課題や調整のプロセスを補足的に示すものである。制度的には分断された機能を1つの空間に重ねることで、どのように境界が曖昧化されるのか、またその際に生じる運用上・空間上の課題について、具体的な実践を通じて明らかにする。

支援が目的ではない関わりを「無責任なケア」と銘打ち、特定の人だけの居場所ではない居場所「駒川てっと(以下、てっと)」を運営されている社会福祉法人浪速松楓会理事長 鯉谷雅至氏、てっと施設長 西岡美香氏(以下、敬称略)にお話をお聞きしました。制度的支援が限界を迎えつつある中で、専門職の責任の持ち方や、経済活動と福祉の接続、異なる人びとが混在する空間の可能性について、思想と実践、そしてその困難までも語っていただきました。

「無責任なケア」という言葉に込めた問題意識

豊田:はじめに、「無責任なケア」という言葉についてお聞かせいただけますか。

鯉谷:この言葉は、現状のケアの基盤が厳しくなってきているところからきています。高齢・障害・児童支援、どれを取ってもヒト・モノ・カネが立ち行かなくなりつつある。そういう状況の中で、専門職が担う範囲を少し縮小することは、人手や財源の助けにもなります。また、人には生命体と生活体※7があると思っています。命を守る部分と、どう生きるか・どう暮らしたいかという部分です。
現状のように、介護職や支援職が生活体のところにまで深く関わると、結果的に利用者の生活満足度は下がってしまう。だから、専門職は生活体には関わらない方がよいと思っています。

※7 生命体と生活体:介護・福祉・看護の専門領域において重要視されている哲学的な考え。生命体とは、人間を生物学的・医学的な存在と捉え、命を守ること、身体の安全を確保すること等を目的とし、生かすためのケアである。一方で、生活体とは、その人らしい暮らしや尊厳・歴史を持った存在であると捉える。そのため、その人が自分らしく生きること、生活の質(QOL)を高めることを目的とし、豊かに生きるためのケアを意味する。

豊田:それは、どういう意味でしょうか。

鯉谷:自分の人生の尊厳や幸せに対して責任を持てるのは、本人だけです。専門職が「もし何かあったらどうするの?」という責任問題を恐れて、その人が本当に望んでいることを奪ってもよいのか。専門職が背負い込みすぎることは、構造として毒親※8と同じではないかと思っています。
例えば、糖尿病の人が「病気になってもチョコを食べたい」と言ったときに、その“食べる権利”を誰が奪えるのか。本人のためと言いながら、責任が怖くて管理してしまう。このような状況が、この業界では普通に起こっています。
生活体に関わる部分は、ある一定の部分からは責任範囲を縮小して、専門職でなく、地域に開放していくこと、この緩い関わり合いのことを敢えて強い言葉で「無責任なケア」と呼んでいます。

※8 毒親:「あなたのため」と言いながら、親の考えを子どもに押し付ける。また、子どもを自分とは別の人間だと認めず、親の感情や都合を押し付けて、子どもの精神的なプライバシーを侵食したり、子どもの気持ちよりも親である自分のメンツや感情を優先し、子どもの自己肯定感を著しく削り取るといった子どもの成長に悪影響を及ぼす親のこと。

支援が前面に出ないごちゃまぜの居場所

豊田 : では、てっとを始めるに至った経緯は何でしょうか。

鯉谷 : 日本財団の「子ども第三の居場所(以下、子どもの居場所)」という公益事業を目にして、やってみたいと思っていました。しかし、お金を稼がない事業を継続していくことはかなり難しいとも感じていました。これまで取り組んでいなかった障害福祉の分野で就労支援としてカフェを運営し、その売り上げを子どもの居場所事業に回すことができれば、継続的に運営ができるのではないかと考え、始動しました。常に「稼ぐと支援」はセットだと考えています。

豊田 : 実際に、てっとはどのような場所なのでしょうか。

西岡 : てっとは、子どもの居場所※9、就労支援、カフェが1つの空間にある、いろんな人が混在する居場所です。

※9 子どもの居場所:てっとでの子どもの居場所には、次の機能がある。子ども食堂(週3日)、子どもがいつでも利用できる場所の開放(週6日)、課題のある子どもの早期発見、保護者の相談支援、多機関連携など。一般的な子どもの居場所として行われている子ども食堂は、月に1回程度の開催である。

鯉谷 : 世の中にある子どもの居場所は、ボランティアや寄付で成立しているため、運営が不安定で、縮小や終了するケースを目にしてきました。だから、就労支援で稼いだ利益の一部を子どもの居場所の運営に回す仕組みで、持続可能性を担保しています。子どもの居場所の存続には、就労支援で工賃原資を生み出すために、カフェを回す。そうすると地域の大人が来る。結果的に地域の人びとと子どもたちが同じ空間にいることになり、交流が生まれます。この中心にあるものが、おいしいコーヒーや飲食であり、食を軸にぐるぐる回しています。

豊田 : 子ども支援や就労支援が1つの空間で行われていますが、管轄する行政や建物所有者からの制約等、事業を始めるにあたっての障壁はありましたか。

鯉谷 : 今回は制度事業が就労支援だけだったので、手続き自体はそこまで複雑ではありません。事前協議等を関係各部と行い、申請をするという流れです。場所についても、別会社ではありますが自社所有であるため、空間の使い方に制限を受けることもありませんでした。

(左から)⻄岡さん、鯉⾕さん(筆者撮影)

運用上の課題(空間利用と利用者の心理)

豊田 : スタートから1年半程が経ち、困ったことなどはありますか。

鯉谷 : 複数の機能を分けない「ごちゃまぜ」を目指して取り組んできましたが、やはり問題も出てきました。
例えば、就労支援の作業を行うときはカフェの客席を使用します。そうすると本来、収益を生み出す客席が使用できなくなり、収益が下がる。一方で、客席が使用できないと、作業ができなくなります。また平日の夕方には、放課後集まった子どもたちに占拠され、地域の人がコーヒーを飲める環境ではなくなることもあります。
就労支援や子どもの居場所としては良いことでも、工賃の原資であるカフェが回らなければ全てが成立しなくなります。これが、今の「ごちゃまぜ」の理想と現実です。
それから、就労支援の利用者さん側の問題もあります。ここを「開かれすぎていて・キラキラしすぎている」と感じている方もいることがわかりました。多くのB型作業所※10では、壁に囲われた空間で内職をするというのが一般的です。僕らは、その環境自体も差別化の一種だと捉えて、このような形にしましたが、利用者さんの中には、かなりハードルの高い・勇気のいる場所になっていることがわかりました。現在では、近隣にもう少し閉じた、落ち着いて作業ができる空間も準備中です。

西岡 : 福祉的な内容に関しては、開設当初から一貫していますが、ビジネス(カフェ)に関しては試行錯誤しながら日々変化させています。

※10 B型作業所(就労継続支援B型):通常の会社に雇用されることが困難な就労経験のある障害のある人に対し、生産活動等の機会の提供、知識や能力向上のために必要な訓練等を行うサービス。このサービスを通じて、生産活動や就労に必要な知識や能力が高まった人は、就労継続支援A型や一般就労への移行を目指す。(出典:独立行政法人福祉医療機構WAM NET

それでも「ごちゃまぜ」を続ける理由

豊田 : それでも、ごちゃまぜを進める理由は何でしょうか。

鯉谷 : 本来、同質的な集まりの方が楽だと思います。しかし、同質的な集まりは、相手が理解してくれて当然という空気が生まれて、逆にピリピリする。比較も起き、理解されないと不満が出やすくなる。一方で、前提が違う人同士だと、理解し合うことへの要求水準が下がり、結果的にコミュニケーションコストが低くなると思っています。また、人との関わり方を自分でコントロールできる点やひとりで居たいときに居られる点、劣等感を覚えにくい点もプラスの側面だと考えています。あとは、自分でも知らなかった「自分の役割」を見つけやすくもなります。
例えば、子どもっぽい大人が子どもと一緒にいると、子どもと遊ぶのが得意な人に変わります。実際に、ここでもそのようなことが起き始めています。

経済活動を一緒に行う場でしか生まれないケア

豊田 : これまでの話の中で、「稼ぐ」という言葉が出てきますが、それはなぜでしょうか。

鯉谷 : 僕たちが、「稼ぐ」ことを大切にしている理由は、無責任なケアを生み出す中心には、経済活動があると考えているからです。ただお金を稼ぐだけでもなく、おいしいや楽しいなどといった来る動機のある居場所でないと、無責任なケアは生まれないと思っています。それは、支援の場ではなく、一緒に経済活動をする場でしか生まれない関係がある。また、経済活動を一緒に行うことは、案外ごちゃまぜでもうまくいきやすいと感じています。
僕は不動産投資会社も経営しているので、お金で動く会社こそ福祉に接続しているべきだと思っています。てっとでは、コーヒー販売をして稼ぐプロセスにまで携わり、それを福祉に還元できる流れを構築中です。儲かるビジネスがほんの少し福祉に還元するだけで、社会はもっとよくなると思います。

豊田 : 今後の境界を溶かす取り組みや構想はありますか。

鯉谷 : まだ構想段階ですが、介護保険に頼らない高齢者の住まいを作りたいと考えています。そこに、てっとのような居場所を組み込んでいきたい。今回は、認知症高齢者グループホーム※11の1階で実験的に始めましたが、高齢者施設や住まいにも広げていければと考えています。
なぜなら共生は、分断された境界を溶かしていくことから始まると思っているからです。

※11 認知症高齢者グループホーム(認知症対応型共同生活介護):認知症の高齢者が共同で生活する住居において、入浴、排泄、食事等の介護、その他の日常生活上の世話、機能訓練を行う。少人数の家庭的な雰囲気の中で、症状の進行を遅らせて、できる限り自立した生活が送れるようになることを目指す。(出典:独立行政法人福祉医療機構WAM NET

カフェスペースであそぶ子ども(筆者撮影)

駄菓子スペース(筆者撮影)

Interviewee Profile

理事長 鯉谷 雅至(こいたに まさし) 氏

新卒で、大手不動産デベロッパーに就職し、大規模住宅開発等に従事。その後、高齢者福祉事業を主軸とする家業の社会福祉法人に入職。現在は、不動産投資会社の経営も行う。
高齢者が施設に閉じこもるのではなく、地域に居場所や役割を見出せるような事業を目指している。

写真提供:社会福祉法人浪速松楓会

社会福祉法人浪速松楓会は、大阪市東住吉区の社会福祉法人。
現在、生野区・東住吉区にて、特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホーム、訪問介護事業、居宅介護支援事業所、企業主導型保育園、就労継続支援B型、子どもの居場所、カフェを運営している。
「一人ひとりの居場所が生まれる毎日へ」をミッションに、利用者の方々だけでなく、家族の方や職員、地域の方々も自分の居場所を感じられる毎日を目指している。

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