不動産業界を題材に、欲望渦巻く人間ドラマを描く、漫画『正直不動産』原案者の夏原武さんと、小説『地面師たち』著者の新庄耕さん。いずれも映像化され、『正直不動産』は待望の劇場版が公開、Netflixシリーズ『地面師たち』は世界的ヒットとなりました。人気作を生んだ二人の書き手が語る、不動産業界の奥深さとマンション購入前に知っておきたい視点とは。
創作のモチーフに「不動産業界」を選んだ理由
――そもそもお二人が「不動産業界」というテーマに惹かれた最初のきっかけは何だったのでしょうか。
夏原武さん(以下、夏原):『正直不動産』については、担当編集者と「お金の話はおもしろいよね」と話していたことが出発点でした。では、お金をテーマにするなら、何を描けばいいのか。
そこで思い浮かんだのが、不動産業界でした。賃貸にしても売買にしても、一生のうちに不動産とまったく関わらずに生きていく人はほとんどいません。住まいは誰にとっても身近なものですし、扱えるテーマの幅も非常に広い。読者にも伝わりやすい題材だと思いました。さらに、不動産は多くの生活者にとって、人生で最も大きなお金が動く場面でもあります。住宅ローンを組めば、人生最大の借金になることもある。判断を誤れば、生活そのものが大きく狂ってしまう可能性もあります。
だからこそ、不動産には必ず人間ドラマが生まれます。お金、家族、仕事、将来への不安や欲望が絡み合う。そこにエンターテインメントとしてのおもしろさがあると考えました。若い頃に、バブル景気に沸く不動産業界の空気を多少なりとも経験していたことも、この題材を選ぶ上で大きかったと思います。
▲夏原武さん。千葉県出身。漫画原作者。『クロサギ』『正直不動産』など多数の人気作を手掛ける。現在は「ビッグコミック」(小学館)で『正直不動産』、「サンデーGX」(小学館)で『任侠転生-異世界のヤクザ姫-』、「グランドジャンプ」(集英社)で『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』他連載中。2026年5月15日より映画『正直不動産』が公開中
――新庄先生のきっかけはいかがでしたか。
新庄耕さん(以下、新庄):『地面師たち』については、編集者から「こういうネタがあるんですが、やりませんか」と提案していただいたことが事のはじまりです。実はその担当編集と最初に手掛けたのが、過酷な住宅販売の現場営業を描いたデビュー作『狭小邸宅』でしたが、あの作品を描くきっかけとなったのは大学時代に一番仲の良かった友人だったんです。
彼は学生時代から「世界から貧困をなくしたい」という志を持っていて、国際機関への就職を目指していました。そのための海外留学費を稼ごうと不動産会社に入ったのですが、半年ほどで人が変わったようになってしまったんです。
――どんな風に変わったのですか。
新庄:もう、兵士のような目になっていました。疲れ果てて、ビールを飲んでいたら、途中で口を開けたまま寝てしまうような状態で。「これはやばいことが起きている」と思い話を聞くと、とんでもない労働環境だった。ただ、その一方で、大企業の社員から政治家、芸能人までを相手にして、とにかく家を売るという世界があり、そこにはさまざまな人生がある。そんな話を聞いたことが、不動産業界を題材として扱うきっかけになりました。
▲新庄耕さん。東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。2012年にデビュー作『狭小邸宅』が第36回すばる文学賞を受賞。著書に『ニューカルマ』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』などがある。『地面師たち』はNetflixで配信され、世界的な話題を呼んだ
――『狭小邸宅』はすばる文学賞を受賞したデビュー作ですが、当初の反応はいかがでしたか。
新庄:すばる文学賞には例年1000作以上の応募がありますが、純文学の賞なので、審査員の方々は「不動産営業の話とはなんだ」と、最初は戸惑われたようです。しかし、「一応残しましょう」と言ってくれた方がいて、運良く残ったという経緯がありました。
――発表後の反響はいかがでしたか。
新庄:発表した途端、不動産クラスタと呼ばれるSNSの方々がとても盛り上げてくれました。私はまったく意図していなかったのですが、巡り合わせとしか言いようがありません。「どうしてこんなに反響があるんだろう」と、知り得ないところで作品が広がっていきました。
夏原:鼻が利くんですよ、彼らは。やっぱりね。
不動産業界の現実を、どう物語に変換するか
――取材で得た情報を物語に落とし込む際、どのような苦労がありましたか。
夏原:私はもともとノンフィクションのライターだったので、フィクションとの違いにはかなり苦労しました。ノンフィクションは「実際にあったことだから」で押し切れる部分があります。でも、フィクションだとそうはいかない。読者が納得しなければ成立しないんです。「そんなの嘘だろう」と思われた瞬間に終わりですから。
――『正直不動産』では「嘘がつけない」という主人公の設定が独特ですが、あのアイデアはどこからきたのでしょうか?
夏原:半年ほど悩み抜いた上で決まりました。「嘘をつかない」ではダメなんです。それだと本人の意思でどうにでもできることになってしまう。だから「つけない」にしなければいけなかった。最終的に、呪いや祟りにしようと考えました。日本人なら、鳥居のマークがあるだけで本能的に躊躇するところがありますよね。そういう感覚に乗っかってしまおうと。
ある意味では、そこだけは「大嘘」にして、扱うネタは法令から現場の実態まで忠実にやると決めました。ギミックさえ決まれば、あとは取材を重ねていけばいいわけですから。
▲創作における苦労を語り合う夏原さんと新庄さん
――新庄先生はいかがでしょうか。
新庄:私は不動産については素人なので、基本的なことを勉強したあとは、ひたすら妄想ですね。自分がそのキャラクターになりきり、この状況ならどう感じるのかを繰り返し考えていく。
ただ、読者には不動産業界にあまりなじみのない方も多いですから、専門知識がなくとも感情移入しやすいラインは意識しています。ここまでならフィクションとして読んでもらえるんじゃないか。その塩梅を考えながら書いています。
――読者から「事実と違うのでは」といった指摘を受けることもありますか。
新庄:ありますね。ただ、すべての読者の方に受け入れていただくのは難しいので、そのあたりのバランスは意識しながら書いています。その点、夏原さんはノンフィクション出身なので、現場の手口から法令の細部まで本当に詳しい。私なんかは読んでいて「ああ、そうなんだ」と勉強させてもらうことが多いです。
なぜ不動産は人を翻弄しうるテーマなのか?
――『正直不動産』でも『地面師たち』でも、不動産をめぐって人間が極端な行動に出る場面が印象的です。なぜ不動産というテーマだと、人間の欲望や倫理の揺らぎがここまで出てくるのでしょうか。
夏原:やはり金額がとにかく大きいんです。冷静さを失ったら終わりです。住宅ローンは、みんな払えると思って組む。でもバブル期を振り返れば分かるように、突然仕事がなくなったり、収入が半分になったりすればすぐにパンクしてしまう。
ペアローンだって、離婚したらそれだけで厳しくなる。綱渡りのようなローンを組む人が多すぎる気がします。この先、景気が良くなる保証なんてどこにもない時代ですから、そこはもう少し慎重に考えた方がいいと思います。
――新庄先生はいかがですか。
新庄:金額が大きいから必死になる、というのはあると思います。その結果、誰かにリスクを押し付けてしまうのも、ある意味では自然な心理なのかもしれません。
身近なところでも、この前、友人が家を買うか買わないかで決定的な夫婦げんかになって、離婚するかもしれないという話になりました。住まいはそれだけ人生に直結するので、冷静ではいられなくなるのでしょうね。
▲不動産をめぐる人間の心理や現実を、冷静に見つめる姿勢が印象的だ
不動産やマンションを考えるとき、「正しさ」とどう向き合うか
――お二人の作品において、不動産の世界では「正しさ」と「利益」が両立しにくいと感じさせられる場面も多いですね。お二人はこの関係をどう捉えていますか。
夏原:不動産というのはそもそも、不動産事業者とお客さんが利益相反の関係になりがちです。売る人は高く売りたい、買う人は安く買いたい。どちらにも正しさがあり、ぶつかり合うことでお互い一歩も引かなくなる。ですから仲介営業の一番大切な仕事は、「双方に納得してもらえるんじゃないか」という落としどころを早めに見つけることだと思っています。誠実であることがすべてを解決するわけではありませんが、双方が納得できれば、それが良い。
――不動産業界に対しては、説明のあり方などをめぐって、不信感を持たれることもありますが。
夏原:それは誤解だと思っていて。日本の不動産仲介は、売り主と買い主の双方に関わるケースもあるので、そう思われてしまう側面があるのでしょう。しかし、実際には両方のことを考えている。高く売りたい人と安く買いたい人の間に立ち、落としどころを見つけて、成立させようとしているということだと思います。
――新庄先生はいかがでしょうか。
新庄:私は居住者の視点から、最終的には「自分が心地いいと思えるかどうか」を大切にすればいいと思います。外にある指標に答えを求めると、どうしても比較が続いてしまう。「損している」とか「高く買いすぎた」といった声も気になりがちですが、実際に住んでいる時間や生活の質のほうが、本当は大事なのではないでしょうか。
▲「夏原さんがあまりにきれいにまとめてくださったので、付け加えることはほとんどないのですが(笑)」と前置きしつつ、自分なりの価値基準の大切さを語った新庄さん
夏原:本当にそうですね。資産形成とか将来の値上がりだけを優先して、人生を不動産に全部費やすような考え方は、僕はあまりいいとは思わない。余裕のない人生はつまらないですから。自分が納得できる選択をして、あとは住む場所で丁寧に暮らす。それが一番じゃないかと思います。
これからマンションを買う人に知ってほしい視点とは?
――マンション購入を検討している方に向けて、お二人が作品を通じて感じた「これは知っておいた方がいい」という視点があれば教えてください。
夏原:私は、マンションは立地や価格以上に、まず管理で選ぶべきだと思っています。管理のいいマンションは共用部がきれいに保たれ、何かトラブルが起きても対応が早い。防災面でも動きが違いますよ。
一方で、管理に課題を抱えるマンションは住み始めると厳しい。一度荒れ始めると、劣化のスピードは想像以上に早いです。不動産のプロはエントランスを見れば状態が手に取るように分かると言いますが、これは本当で、玄関や廊下、掲示板の状態には管理水準が表れます。
――新庄先生はいかがでしょうか。
新庄:私もここ数年、都内のマンションに住んでいるのですが、住んでみて痛感するのは、管理組合が機能しているかどうかの大切さです。最近は、所有者が住んでいない部屋や、海外在住オーナーも増えていて、総会を開いても人が集まらないケースも珍しくありません。所有者だけでなく、実際に住んでいる人も関われる仕組みにしないと、管理組合そのものが形だけになってしまう危うさがあります。
夏原:管理組合が弱ると、妙な業者が入り込む余地も生まれます。資産性ばかりを追いかける必要はないにしても、マンションが大きな財産であることは間違いありません。だからこそ大切なのは、値上がりを期待することより、日々の暮らしやすさと建物の状態をきちんと保てる管理がされているかどうかです。
▲「安心して暮らすためにも、結果的に資産を守るためにも、購入前にマンションの管理状態を確認することが大切だ」と夏原さん
――作品を読んで、「自分たちのことを描いてくれてうれしい」と感じている業界関係者もいます。不動産業界で働く方へ、メッセージをお願いします。
夏原:不動産は、人の人生を左右するほど大きな商品です。ですから、そこに関わる方には、どうか誇りを持ってお金を稼いでほしいと思っています。講演でもよく話すのですが、衣食住という言葉があるように、人間の生活は「住」がなければ成り立ちません。その住まいを扱う仕事なのですから、もっと胸を張っていい。本当に人の人生を支えている仕事だと思います。
その誇りがあれば、自然と仕事にも誠実になるはずです。「私は不動産業に従事しています」と胸を張って言える。そういう気持ちでいてほしいですし、本来、不動産業はそうあるべき仕事だと思っています。
新庄:私は、不動産業界で働くことの厳しさを小説で描くことが多いのですが、自分自身も、仕事がまったくない時期を長く経験してきました。フリーランスは、依頼がなくなればそこで終わりです。だからこそ、今も書き続けられていることを本当にありがたく感じています。
不動産の現場で働いている方々も、きっとつらいことや理不尽なことも抱えながら、それでも続けているのではないでしょうか。夏原さんもおっしゃったように、不動産は多くの人生に直接関わる仕事です。それだけで、十分に誇れる仕事だと思いますね。
取材・文:小野悠史 撮影:小野正博(fort)
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WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.お二人の作品はいずれも映像化されていますが、その裏側を少し聞かせてください。
- A.夏原:じつは『正直不動産』には、さまざまな民放からオファーをいただいていました。ただ、内容やテーマの特性もあって、なかなか実現には至りませんでした。そうした中で、最も熱心に動いてくださったNHKでドラマ化されることに。結果的に、ドラマはNHKで放送され、映画版はテレパックとNHKエンタープライズが制作、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが配給する座組となり、今となっては、とても良い形になったと思っています。
▲山下智久さんが、嘘がつけない主人公の永瀬財地を演じる映画『正直不動産』は、2026年5月15日から大ヒット上映中。ドラマ版からさらにスケールアップした劇場版では、海外投資詐欺や謎の大規模開発計画などが描かれる ©大谷アキラ・夏原武・水野光博/小学館 ©2026 映画『正直不動産』製作委員会
新庄:『地面師たち』について最初にホテルのラウンジで担当編集と打ち合わせた際、「仮に映像化されたら主人公の辻本拓海は誰がやるかな」という話になりました。そのとき編集者が「綾野剛さんじゃないですか」なんて言っていたら、実際にその通りに(笑)。ハリソン山中は豊川悦司さんをイメージして書いたわけではありませんが、圧倒的な存在感で演じてくださり、今となっては「もう豊川さんしか考えられない」という感じです。
▲綾野剛さん、豊川悦司さん、北村一輝さんらが扮する地面師詐欺集団による前代未聞の巨額詐欺事件を描く Netflixシリーズ「地面師たち」(Netflixにて独占配信中)©新庄耕/集英社
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