築100年でも現役。フランスの「アパルトマン」に学ぶマンション管理のあり方

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築100年を超えるマンションが今なお現役で使われているフランス。一方で、管理不全に陥り荒廃したマンションの増加が深刻な社会問題にもなりました。フランス政府はこうした事態に対し、司法や行政が介入する制度を整え、積極的に対策を進めてきたそうです。高齢化が進む日本のマンション管理にも示唆を与える取り組みについて、明治大学の吉井啓子先生に話を聞きました。

――フランスの住宅事情について教えてください。

 

吉井啓子先生(以下、吉井):まず知っておいていただきたいのは、フランスは集合住宅の比率が比較的高い国だということです。やや古いデータではありますが、2006年の大規模調査では、主たる住宅の約25%がマンション(現地ではアパルトマンと呼ばれています)でした。大都市の中心は古いマンションが現役で使われており、歴史的にも集合住宅が住まいの基盤として定着しているといえます。映画や写真で見るパリの街並みの通り、実際に築100年以上のマンションが数多く存在しているのが特徴ですね。

2023年8月に撮影した、パリ市内の古いマンション

▲2023年8月に撮影した、パリ市内の古いマンション

――パリ以外の大都市でも、似たような住宅事情でしょうか。

 

吉井:大都市の多くは同じ状況です。第二次世界大戦の戦火が激しく建て替えられた地域もありますが、それでも中心部には古い建物が数多く残っています。以前パリで調査を行った際に、現地の研究者の自宅を訪ねたことがありますが、そちらも1910年代に建てられたマンションでした。築100年以上が経過していても、非常にきれいに維持されていました。

 

 

――丁寧にメンテナンスされているんでしょうね。

 

吉井: そうですね。適切な維持管理を行いながら、時代に合わせて建物をアップデートしていると思います。たとえば屋根裏にはかつての召使い部屋が残っており、そこをリフォームして学生向けに貸している例もあります。日本のマンションではお目にかかれないほど、歴史を感じることが多々ありますね。

 

また、フランスの古い建物は建設当時の良質な建築資材が使われており、構造的に頑丈であることが多いです。日本ほど地震や高湿度の影響を受けないため、建物が傷みにくいという条件もあります。

 

ただ、エレベーターは後付けのため、2人乗るといっぱいになるような小さなものが多いです。専有部についても防音性や水回りに問題があるケースも少なくありません。日本の快適なマンション生活に慣れていると、旧式の鍵が扱いにくい、暖房の調整が容易でないなど、不便に感じる点は多いでしょう。それでも、そうした不便さを補って余りあるほど、建物や街の雰囲気の魅力は大きいと感じます。

吉井啓子先生プロフィール

▲吉井啓子(よしい・けいこ)先生。明治大学法学部教授。フランス法、民法(物権法)を専門とし、特にフランスと日本の区分所有法の比較研究に取り組む。同志社大学法学部卒業。リヨン第3大学高等研究学位(DEA)取得。國學院大學法学部教授を経て、2012年より現職。2013年、日本マンション学会研究奨励賞受賞。※所属先・肩書きは取材当時のもの

――古い建物は良好に管理されているのですか。

 

吉井:先ほど触れたようなパリ中心部の古いマンションの多くは、比較的良好に管理されています。一方で、管理不全が問題となってきたのは、主に1960〜70年代に建設された郊外のマンションです。

 

 

――なぜそうした問題が生じたのでしょうか。

 

吉井:背景には、都市構造や社会経済の変化があります。もともとは中間層のフランス人が暮らしていた地域でしたが、景気の悪化や都市の再編に伴って住民が流出しました。その後、住宅需給の偏りの中で、移民や貧困層など社会的に脆弱な立場に置かれやすい人々が多く住むようになった地域もあります。パリ北部など大都市周辺に形成されたこうした地区で、高層マンションの老朽化や管理の難しさが重なり、1990年代以降、社会問題として行政が本格的に対策に乗り出してきました。

 

 

――具体的にどのような問題が起きていたのでしょうか。

 

吉井:荒廃が進んだマンションの中には、パリ市内の相場と比べて大幅に低い価格で取得できるものもあります。そうした物件を「眠りの商人(マルシャン・ド・ソメイユ)」と呼ばれる業者が買い取り、正規の在留資格を持たない人々に貸し出してきたケースがありました。まさに眠るくらいしかできない部屋を売るということです。そこでは、1部屋に複数の家族が押し込まれるような状況も見られ、結果として治安の悪化や地域の不安定化につながるなど、深刻な社会問題として認識されてきました。

吉井啓子先生「現在、不動産価格の高騰が続いており、水準は今の東京と同等か、それ以上」

▲こうした貧しい地域が管理の問題を抱える一方で、比較的所得水準の高い住民が多いパリ市内には適切な管理が行き届いた物件が多い。そんなパリ市内について吉井先生は「現在、不動産価格の高騰が続いており、水準は今の東京と同等か、それ以上」と語る

――「眠りの商人」などによって管理不全に陥った荒廃マンションに、フランス社会はどのように対応しているのでしょうか。

 

吉井:「荒廃区分所有建物」に関する法制度があります。管理が行き届かなくなったマンションについては裁判所に申し立てを行い、「仮管理者」を選任します。管理組合が機能していない場合は会社更生や破産手続きにおける管財人に近い立場の人物を立て、管理組合の立て直しを図ります。

 

 

――具体的には、どのような対策を取るのですか。

 

吉井:フランスには、水道・ガス代を管理組合が一括して支払う仕組みのマンションがあるのですが、その場合、ガス会社などの債権者に対して支払い猶予を求めるなど、債務整理に近い対応を行います。あわせて管理費の見直しも進めますが、それでも自力での再生が難しい場合には「保護計画」を策定し、行政が本格的に介入していきます。

 

 

――行政が建物を買い取ることもあるのでしょうか。

 

吉井:状況によっては建物を取り壊したり、住民に退去してもらったりしたうえで行政が物件を買い取り、社会住宅や公営住宅へ転換することもあります。その場合、多額の税金が投入されるケースも少なくありません。

 

また、「荒廃前区分所有建物」という制度もあります。管理費の滞納が全体の15%を超えると、早い段階で裁判所が「特別代理人」を選任し、建物の実態調査を行います。そのレポートをもとに対策を検討し、荒廃に至る前に公的機関が介入しなくて済むように食い止める仕組みが整えられています。

 

 

――行政や司法がマンションにここまで深く踏み込める仕組みがあることに驚きますね。


 

吉井:それだけ問題が深刻で、放置すれば治安悪化を招き、テロや犯罪の温床にもなりかねないという認識が社会にあるからこそです。

吉井啓子先生「こうした1960年〜70年代に立てられた荒廃マンションの社会問題は1990年代頃から表面化した」

▲吉井先生は「こうした1960〜70年代に立てられた荒廃マンションの社会問題は1990年代頃から表面化した」と語る

――そもそも日仏ではマンション管理の仕組みも違いそうですね。

 

吉井: フランスでは「第三者管理」が基本で、管理業者が管理者(サンディック)になります。日本のように理事会が管理の中心になるのではなく、理事会は「管理業者を監督する役割」と位置づけられています。

 

 

――日本でも管理会社が実質的に提案を行うことは多いですが、そもそも基本的な制度が違うのですね。

 

吉井:そうです。フランスでは、専門の事業者が管理者として法的に明確に位置づけられており、第三者管理が定着しています。

 

また、日本では大手デベロッパー系の大規模な管理事業者が多いのに対し、フランスでは地域に根ざした家族経営の中小事業者が中心です。そのため、管理者と住民との関係性や、事業規模のイメージには大きな違いがあります。

 

 

――修繕積立金の制度はあるのでしょうか。

 

吉井:フランスでは、修繕積立金の制度はもともと存在せず、2014年にようやく義務化されました。それ以前は工事のたびに費用を集めていたため、資金負担が難しい住民の反対で工事が進まないケースもありました。こうした事情から、フランスの区分所有法では議決要件を緩和し、賛成者の割合が少なくても決議できる仕組みが整えられてきました。たとえばスロープ設置のような必要性の高い工事は、比較的簡単な要件で実施できるようになっています。

 

 

――行政による管理もあるのでしょうか。

 

吉井:フランスは荒廃マンション対策のために、全管理組合に登録義務を課しています。予算や決算なども登録させて、行政が常に状況を把握できるようにしています。これは、建物の公共性をより重視しているからです。特に古い建物や大規模な建物に関しては、住民よりも建物や都市への影響、安全を重視して、行政が介入する場面が多いと感じます。

吉井啓子先生「法的に行政が介入できる武器が一応はある状態だ」

▲フランスでは管理不全のマンションに対し、「法的に行政が介入できる武器が一応はある状態だ」と吉井先生は言う

――日本でも住民の高齢化に伴い管理組合の機能不全が問題になりつつあります。フランスの制度から学べるものはありますか。

 

吉井:第三者管理は日本でも増えていくと思います。その場合に監督の仕組みをもっと整備する必要があるでしょう。それに、組合理事の担い手不足対策として、フランスでは区分所有者の配偶者や子ども、パックス(パートナーシップ契約)の相手なども理事になれるように法改正しています。これから日本でも、このような拡充が検討されるかもしれませんね。

 

 

――管理費の滞納対策はどうでしょうか。

 

吉井:管理費の滞納に対しては、フランスには法定抵当権という非常に強力な担保制度があります。管理費を滞納すると、最終的には不動産が差し押さえられ、競売にかけられる仕組みが整えられています。この担保権は登記されるため、法的な実効性も高い制度です。実際に競売まで至るケースは多くありませんが、強い抑止力として機能しています。

 

 

――日本の制度とフランスの制度、どちらが良い悪いという話でもなさそうですね。

 

吉井:そうですね。現在の日本の状況は1990年代のフランスほど深刻ではないため、すぐに同様の制度を導入すべきとも言えません。しかし、将来的に高齢化や経済的要因により管理組合が機能不全に陥る場合がないとは言えず、その参考としてフランスの制度を知っておくことには意義があると考えます。

 

 

取材・文:小野 悠史 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q. 他にも、フランスの不動産に特有の点について教えてください。
A.吉井:はい、「ビアジェ」と呼ばれる伝統的な取引方法はユニークですよ。高齢者が自宅を売却した後も、亡くなるまで毎月一定額を受け取りながら終身的に居住権を持ち続けられる仕組みです。そのため、買主にとっては売主の寿命によって総支払額が大きく変わるという、いわばギャンブル的な側面もあります。実際に、90歳で契約した売主の女性が120歳を超えて生き、30歳以上も若い買主が月々の支払いを家族に託して先に亡くなってしまったという有名な事例もあります。