マンション建替えはなぜ難しい?高い賛成率で実現した合意形成の舞台裏

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築年数を重ねた団地をどう再生させるのか。建替えは地権者の“未来の暮らし”を左右する大きな決断であり、同時に複雑な合意形成を伴います。長谷工コーポレーションで建替え事業を担当する小関淳さんに、団地建替えの成功事例や、地権者と向き合う姿勢などについて話を伺いました。

――築40年を超える高経年マンションが全国で増加しています。国土交通省によると、日本のマンションストックは約713万戸(2024年末時点)に達し、築40年、50年超の物件は今後さらに増えていく見通しです。

 

小関淳さん(以下、小関):高経年マンションは大きく2つの問題があります。ひとつは建物の問題です。給排水管の更新が物理的に難しかったり、修繕に莫大な費用がかかったりするケースが多い。

 

もうひとつは地権者の課題です。高齢化によって理事会の担い手が不足し、コミュニティも希薄化している。専門知識がなく、誰に相談すればいいか分からない状態になっていることも少なくありません。

 

 

――建替えはどのような流れで検討されるのでしょうか。

 

小関:まずは「修繕」と「建替え」を並行して検討します。コンサルタントやデベロッパー、ゼネコンなどの協力者が入り、修繕を続けた場合と、建て替えた場合の費用や条件を比較しながら選択肢を整理していきます。老朽化が進み、修繕が現実的でないと判断されると、建替えが本格的に検討されます。

 

そうなった時、最大の壁は合意形成です。現状では区分所有者の5分の4以上の賛成が必要で、高齢化が進む中、「もうこのままでいい」と感じてしまう方も当然、たくさんいらっしゃいます。加えて費用負担の問題も大きい。一昔前は無償で新築を取得できた団地もありましたが、いまの建物を大きく建て替えられないことや、建築費高騰などの要因から、国土交通省の公表データによると、直近は1世帯あたり平均で約2,000万近い負担額が必要とされており、さらに年々増加傾向にあります。この不安が、建替えをためらう理由のひとつになっています。

小関淳さんプロフィール

▲小関淳さん。長谷工コーポレーション 都市開発部門 マンション再生3部 部長。2001年入社。入社当時から建替えや再開発、耐震化の分野を担当。2012年から建替事業部に本格的に従事し、以降、多摩川住宅、府中日鋼団地など数多くの大規模建替えプロジェクトで地権者との合意形成を支援してきた。※所属・肩書きは取材当時のもの

――建て替えることへの不安材料に対する解決策にはどのようなものがありますか?

 

小関:大きく3つあります。ひとつ目は法改正です。2026年4月から区分所有法が改正され、建替えの決議要件が5分の4から一定の要件を満たすと4分の3に緩和されます。建替えだけでなく、売却や一棟リノベーションなども選択しやすくなりました。

 

2つ目は支援体制です。住宅金融支援機構には、60歳以上を対象とした建替え専用融資があります。低金利で、生前は利息のみ返済し、亡くなった後に元本を清算する仕組みです。

 

3つ目は資産価値です。じつは建替えによって新築を原価で取得でき、中古で売却するよりも高い評価を得られるケースも多くあります。

 

こうした点を説明すると、「もっと早く知っていればよかった」と言われることが少なくありません。情報を知った上で判断すると、「このままでいい」と考えていた方が、家族や将来を見据えて建替えに前向きになっていただけることもあります。

 

 

――長谷工グループでは、これまでに52件の建替えを手掛けてこられたとのことですが、具体的な成功事例について教えていただけますか。

 

小関:代表的なものとして、「多摩川住宅」と「小川住宅」の2事例をご紹介します。両事例に共通しているのは、規制緩和によって容積率が大きく改善して地権者の負担を軽減できたことと、地権者と共に進めた取り組みが実を結んだということです。

 

多摩川住宅ニ棟団地は522戸の団地で、2008年、築40年を迎えた頃から建替えの検討が始まりました。しかし当初は、都市計画上の容積率が低く抑えられており、建物を大きく建て替えることができませんでした。

 

地権者のみなさんと行政が協力しながら、より良い住まいづくりを進めていくなかで大きな障害となっていたのが、昔の制度である「一団地の住宅施設」というルールです。このルールによって建てられる建物の大きさに厳しい制限がかかり、建替えが思うように進められませんでした。

 

そこで、団地の将来像をまとめた「地区計画」を新しくつくり、行政と何度も協議を重ねた結果、この計画が正式に都市計画として採用されました。

 

これにより、これまでの厳しい制限が見直され、容積率は60~70%から170~180%へと大きく引き上げられました。また、建物の高さや配置についても、地域の環境に合った新しいルールが設定されました。

 

この緩和によって、必要な床面積をしっかり確保できるようになり、地権者のみなさんの負担を抑えながら、実現可能な建替え計画を大きく前に進めることができました。

 

新しいマンションに建て変わる前の多摩川住宅

▲多摩川住宅のうち、左のホ号棟は建て替え済、右のニ棟は工事中、それら以外は従来からの団地が併存している。

     ホ号棟建て替え後の建物は、2025年10月に完成した

▲ホ号棟建て替え後の建物は、2025年10月に完成した

二棟は2027年6月に建て変わる予定だ

▲二棟は2027年6月に建て変わる予定だ

多摩川住宅では、建替え検討中も餅つき大会が継続されたという

▲多摩川住宅では、建替え検討中も餅つき大会が継続されたという

多摩川住宅の竣工記念の住民交流会では、新旧の住民が交わり活気が生まれていた

▲ホ号棟の建替え記念の住民交流会では、新旧の住民が交わり活気が生まれていた

――規制緩和だけでなく、地権者との協働も重要だったとのことですが、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。

 

小関:どんなに事業者が計画を練っても、地権者の合意と理解がなければ進みません。多摩川住宅では説明会やアンケート、個別面談、グループディスカッションを重ね、不足する情報については勉強会も開きました。団地内には、いつでも相談できる相談室も設置しています。仮住まいから建替え後の新しい暮らしまでを見据え、コンサルタント、事業者、設計・施工が一体となって対応してきたことも大きな力となりました。こうした継続的な取り組みを通じて、信頼関係を築き上げられたことが、建替え実現の大きな原動力になったと考えています。 多摩川住宅二棟では、「議論すべきときはきちんと議論する」という姿勢を大切にし、ときには意見がぶつかる場面もありました。しかし、最終的な決定に至った後は、皆で協力し合い、前に進むという文化が根づいていました。この協力姿勢こそが、建替え事業を成功へと導いた大きな要因でした。

 

小川住宅も同様です。規制緩和による容積率の改善だけでなく、地権者に寄り添い、理解を得ながら進めた点が、両事例に共通しています。

 

1971年5月に竣工した小川住宅。現在、容積率は70%から180%へと緩和され、2027年10月に新マンションが竣工予定だ

▲1971年5月に竣工した小川住宅。現在、容積率は70%から180%へと緩和され、2027年10月に新マンションが竣工予定だ

小川住宅では、2002年に建替えも含めた団地の将来を考える検討会設立され、2027年に新マンションが竣工予定となる

▲小川住宅では、2004年に建替えも含めた団地の将来を考える検討会が設立され、2027年に新マンションが竣工予定となる

――説明会は、どのくらいの頻度で行われるのでしょうか。

 

小関:事業の重要な節目ごとに説明会を開催し、年3~4回の全体説明会を、平日と休日の双方で複数日程を設定して実施しています。地権者が参加しやすい環境づくりを心掛けています。また、全体の説明だけでなく、個別の事情について直接相談したい方も多いので、常駐の相談室を設けていつでも気軽に相談できる体制を整えました。そこで丁寧に情報をお伝えし、不安や疑問に耳を傾け、解決に向けて寄り添いながらサポートを続けてきたことが、安心感につながったようです。

 

 

――続いて、「府中日鋼団地」の事例についてお聞かせください。長い時間をかけて建替えの検討が重ねられてきたと伺っていますが、これまでの検討の歩みを簡単に教えていただけますか?

 

小関:府中日鋼団地は702戸の大規模団地で、建替えの検討は2000年代から始まり、20年以上にわたって続いてきました。2014年に一度、建替え決議が不成立になりましたが、検討自体は継続してきて、我々にお声がかかった形です。

 

2014年の決議では賛成率が法定で必要な8割に届きませんでしたが、2025年3月の建替え決議では84%の賛成を得て、長年の念願が叶ってようやく成立しました。

 

1966年竣工の府中日鋼団地。広々とした敷地には住民専用の公園や集会所などを備える

▲1966年竣工の府中日鋼団地。広々とした敷地には住民専用の公園や集会所などを備える

府中日鋼団地は全32棟からなるマンモス団地だ

▲府中日鋼団地は全32棟からなるマンモス団地だ

――建替えが決まった際は、新聞でも報じられるなど大きく注目されました。賛成率が大きく伸びた要因は何だったのでしょうか。

 

小関:最大のポイントは、「住みながら建替えができる」スキームを実現できたことです。南側の建物を先行して建て替え、北側を仮住まいとして活用することで、希望する全戸が団地内で仮住まいできる計画を組みました。

 

新築完成後は順次引っ越し、仮住まいとして利用していた団地の敷地は保留地として売却します。これにより、地権者の生活負担を抑えつつ、分譲時期を分けることで事業者側のリスクも軽減できました。

 

 

――全戸が団地内で仮住まいできるのは、珍しい取り組みだそうですね。

 

小関:過去に一部の棟だけ仮住まいを行った例はありますが、希望者全員が仮住まいできる大々的な事例は初めてと認識しております。国土交通省からも先導的なモデル事業として補助を受けながら進めています。

 

 

――このスキームはどのように生まれたのでしょうか。

 

小関:前回の決議が不成立になった時に、団地内に居住するご高齢の方の反対が多かったというのがひとつのきっかけでした。そこで「住民の負担をいかに減らすか」をテーマに、住民の皆さんで改めて検討を重ねたそうです。負担を減らすためには団地中で仮住まいができること、そしてできる限り建替えにかかる期間をできる限り短くすることが重要だという結論に至りました。団地内であれば、通院先や地域のコミュニティなど、これまでの生活圏を変えずに建替えの竣工を待つことができます。

 

2015年から2019年にかけて住民の皆さんで協議を重ねた結果、南側を先行して建て替え、その間は北側を仮住まいにするという方針が決まりました。同時に、事業全体のコーディネートを長谷工に委ねることも決まりました。我々はそこから計画に加わって、現在は団地内での仮住まいを実現できるルールづくりを協力しながら検討しているところです。

 

府中日鋼団地。敷地の南側を建て替え、北側を仮住まいに

▲府中日鋼団地。敷地の南側を建て替え、北側を仮住まいに

極力、住民の負担を抑えながら、府中日鋼団地の建替え計画は進む

▲極力、住民の負担を抑えながら、府中日鋼団地の建替え計画は進む

 

府中日鋼団地の室内。給水管が押入れの裏を通り、修繕工事が難しい状況だった

▲府中日鋼団地の室内。給水管が押入れの裏を通り、修繕工事が難しい状況だった

エレベーターが設置されていない府中日鋼団地。体調悪化をきっかけに住み続けられなくなったケースもあり、建替えのスピードは切実な課題だ

▲エレベーターが設置されていない府中日鋼団地。体調悪化をきっかけに住み続けられなくなったケースもあり、建替えのスピードは切実な課題だ

――合意形成を進める上で、特に苦労されたことはありますか。

 

小関:規模の大きさですね。700世帯以上の個別面談を行うと、それだけで3〜4ヵ月かかります。それを複数回重ね、全体説明会や、参加できない方向けの小規模説明会も何度も行いました。さらに、やはりここでも団地内に常駐して、個別の事情に一つひとつ対応してきました。

 

 

――成立後はどうなったのでしょうか。

 

小関:反対されていた方も含め、全員が事業への参加を選ばれ、売渡請求(建替え決議に反対する区分所有者に対して、建替え組合などが区分所有権と敷地利用権を時価で買い取れる)は1件もありませんでした。これだけの規模では、かなり珍しいケースです。府中には東芝ブレイブルーパス東京というラグビーチームが本拠地を置いていて、ラグビーの街として長らく知られています。ノーサイドの精神が発揮されたのだと思っています。

融資制度や建替え後の資産価値などを丁寧に説明すれば、「建替えへの見方は変わる」と語る小関さん

▲融資制度や建替え後の資産価値などを丁寧に説明すれば、「建替えへの見方は変わる」と語る小関さん

建替え決議が成立した総会では、多くのご高齢の方が涙を流しながら拍手をしていました。20年越しの悲願だったと思います。決議後に「悩んだけれど、賛成して本当によかった」と言っていただけたことも印象に残っています。私たちは賛成を迫る立場ではなく、地権者の視点に立って情報を提供する役割です。その結果として、そう言ってもらえたのは本当にうれしかったですね。

 

 

――住宅価格の高騰や高経年マンションの増加で、建替えのハードルは依然として高いともいわれます。こうした状況下での建替えについて小関さんはどう捉えていますか。

 

小関:建替えは、「今の暮らしの安心」と「未来の価値づくり」を同時に実現できる選択肢だと考えています。修繕で延命するだけでなく、建替えによって暮らしと資産の両方をアップデートできることが、最大の価値です。

 

老朽化や修繕積立金の増大、新しい暮らしへのニーズなど、課題は積み重なっています。建替えは「いつかは決断が必要」と分かっていても、どうしてもハードルが高く見られがちです。ただ、制度の進化や支援体制の拡充によって、建替えは以前よりも現実的で、安心して選べる選択肢になってきています。

 

 

――最後に、「建替えを検討しているけれど不安」という読者の方へ、メッセージをお願いします。

 

小関:建替えがうまく進んだケースに共通しているのは、「いきなり建替えを決めない」ことです。情報を集め、仲間をつくり、現状を正しく把握する。その準備に時間をかけています。

 

費用についても「1,000万、2,000万円かかるから無理だ」と思い込み、相談に来られなかった方が、融資や資産価値の話を知って「もっと早く知っていれば反対しなかった」と言われることは少なくありません。法改正で合意形成がしやすくなり、専門家の支援や融資制度も整ってきた現状をより多くの方に知っていただきたいですね。

 

そのために必要なのは、対話を重ねること。その積み重ねが、地権者にとっても、私たちにとっても、一番大切だと感じています。

府中日鋼団地は2031年に新マンションとして生まれ変わる

▲府中日鋼団地は2031年に新マンションとして生まれ変わる

 

 

取材・文:小野 悠史 撮影:石原麻里絵(fort)

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.府中日鋼団地ではさまざまな検討を経て住民のみなさんの理解が深まり、最終的に建替え決議が可決されましたが、その過程で住民の理解を得るために工夫された点があれば教えてください。
A.小関:団地の老朽化を、できるだけ具体的に理解していただくことを重視しました。そのため、実際に団地の1室を使い、配管の構造や配置を目の当たりにできる機会を設けたのです。床や壁をはがし、配管の付け替えがいかに大がかりで難しい作業になるのかを、目で見て実感していただきました。府中日鋼団地は1966年、高度経済成長期に建設された団地です。当時は、人口増加に対応することが優先で、将来のメンテナンスや更新を十分に想定しないまま造られた側面がありました。そうした背景を丁寧に説明し、建物の現状を理解していただくことで、建替えの必要性について納得していただけたのではないかと考えています。