睡眠の質を上げる家づくり。プロが語り合う快眠マンションの未来

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長谷工コーポレーションと「脳と睡眠を科学するソリューションカンパニー」が共同で取り組む、快眠のための空間設計。その実証実験の場となったマンション「サステナブランシェ本行徳」で、このプロジェクトに携わったお二人からお話を伺いました。

長谷工コーポレーションの小島智枝子氏とブレインスリープの松井大樹氏が快眠と住まいを語る対談

▲(右から)小島 智枝子(こじま・ちえこ)長谷工コーポレーション都市開発部門 不動産投資事業部 事業開発部 部長。/ 松井 大樹(まつい・だいき)ブレインスリープ取締役・COO。※所属・肩書きは取材当時のもの

――「快眠」をテーマにした住宅づくりに挑戦しているそうですね。睡眠をめぐる現状に、課題意識をお持ちだったのでしょうか?

 

小島 智枝子さん(以下、小島):はい、やはり睡眠不足に悩む人は多いですよね。私自身も眠れない時期があって、そこから真剣に考えるようになりました。寝具やパジャマも大事ですが、実は空間そのものが眠りに大きく影響する。マンションをつくり続けてきた長谷工グループとしてできることがあるのではと感じたことがきっかけになりました。

 

 

――日本人の睡眠は深刻な状況といわれていますが、その実態は?

 

松井 大樹さん(以下、松井):OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、日本の平均睡眠時間は最下位。しかも「自分の睡眠に満足していない」と答える方も世界で最も多いんです。また、ブレインスリープが1万人を対象とした調査で、定時後の行動の優先順位を聞いてみたところ、理想としては「睡眠」を最も優先したいと答えた人が最も多い一方、実際には仕事や家事、育児を優先されているということがデータでも明らかになっています。このギャップこそ、現代人の課題だと思います。

 

 

――そこでつくられたのが、「快眠のための家」だと。具体的にはどんな工夫を取り入れたのでしょうか。

 

小島:まず考えたのは、「眠りを軸に家全体をどう設計するか」でした。体内時計のリズムに合わせた照明計画をはじめ、ブレインスリープさんと議論を重ねて“ぐっすり眠れる家”のかたちを探っていきました。

 

松井:理想的な睡眠環境をつくるには、温湿度や照明、音、色、香りといった五感の要素を整えることが大切です。たとえば、寝る前は光を抑えて体を休ませ、朝は日光を浴びて体内リズムを整える――。そうした仕組みを住宅の設計にも取り入れようと考えました。

 

小島:結果として、室内の温湿度を一定に保つ全館空調を導入し、内装は木質化率45%に。木の香りや色みでリラックスできる空間をつくりました。壁・天井・床の3面に木質クロスや無垢フローリングを採用しています。さらに時間帯に応じて、生体リズムに合わせて最適な明るさや色温度に変化する「サーカディアンリズム照明」も取り入れました。

サステナブランシェ本行徳内の一室

▲サステナブランシェ本行徳内の一室。木質クロスや無垢フローリングを用いることによる視覚的なリラックス効果でも快眠を支える

松井:それだけでなく、NTT東日本グループと開発した専用アプリとIoT機器を連携させています。睡眠ステージに合わせて照明やカーテンが自動で動く。たとえば朝は、目覚まし時計で強制的に起こされるのではなくて、起きやすいタイミングでカーテンを開けて太陽光で起こしてくれる。快眠のための「部屋」じゃなくて、快眠のための「家」なんです。寝室だけでなく、リビングの照明も夜になると自動的に照度を落としていく。家全体で睡眠を支える設計ですね。

 

 

――寝室だけでなく、家全体で環境を整えたんですね。

 

小島:そうです。寝室だけでなく、リビングやダイニングでも自然と体が休息モードに入るように、照明や温湿度、素材などのバランスを整えたところがポイントですね。睡眠は、翌日のパフォーマンスを支える基盤です。その考え方から家づくりを逆算していくという新しい試みでした。

 

 

――さまざまな快眠のための工夫が施された「家」ということですが、具体的にはどのような実験だったのでしょうか。

 

小島:2024年1月から3月にかけて、当社グループの社員など8名に参加してもらいました。「快眠のための家」と一般住戸、それぞれで1週間ずつ生活していただいて、睡眠の質にどんな違いが出るかを比較したのです。睡眠中はお顔に脳波計、胸部に心電計を装着して、客観的なデータを取得しました。

 

松井:特に重視したのが「黄金の90分」と呼ばれる、睡眠の第一周期です。人間の睡眠は約90分周期でノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返しますが、最初の90分間が一晩の中で最も深く眠っている時間帯。ここでどれだけ深く眠れるかが、睡眠の質を左右するんです。

ブレインスリープの松井大樹氏がサステナブランシェでの実験について語る

▲睡眠はあらゆる分野と掛け算できる可能性を秘めていると話す松井さん。住まいとの掛け算による今回の実験では、被験者の睡眠における第一周期の質が向上する確かな手応えがあったという

――結果はどうだったんでしょうか。

 

小島:「快眠のための家」の方が、一般住戸と比較して、睡眠の第一周期における最も深い睡眠ステージ(S3)の割合が27.6%から35.0%に上昇しました。また、熟睡度を表すデルタ波の量も、約1.4倍に増加したんです。

 

松井:今回の8名のうち、普段の睡眠に課題を感じている6名を対象にさらに深く分析したんですが、環境を整えることで明確に睡眠の質が向上することが科学的に証明できました。これは非常に画期的な結果だと思います。

 

小島:1日のうちで最も長く過ごすのは家です。その中で最も時間を使うのが睡眠かもしれません。近年になって、長谷工を含め住宅供給者のあいだで「住宅と睡眠」というテーマが意識され始めた気がします。もっと早くから睡眠を追求する住まいが注目されていてもよかったかもしれませんね。

 

 

――今回の取り組みを経て、今後の展開はどう見ていますか。

 

小島:実証実験の反響が非常に大きく、「サステナブランシェ本行徳」では、後から4戸を追加で「快眠のための家」に改修しました。今後も別の物件で同様の設計を取り入れていく予定です。

 

 

――入居者の反応はいかがでしたか。

 

小島:睡眠を意識して選ぶ方もいれば、「木の温もりが心地いい」とデザイン面を評価する方もいます。結果的に、よく眠れる空間という付加価値が、住まいの魅力として伝わっていると感じますね。

長谷工コーポレーションの小島智枝子氏が「快眠のための家」について語る

▲住宅価格高騰下では「価格の納得感のためにも“睡眠”という価値を重視している」と語る小島さん

――付加価値の付け方はマンション業界全体が取り組んでいますね。

 

小島:今は土地も建築費も上がり、付加価値がないと納得していただけない時代です。だからこそ、「快眠のための家」といった明確な価値が必要になるはずです。

 

松井:コスト削減には限界がありますからね。むしろ、睡眠や健康のようなウェルネス価値を加えることで、住まいの機能や意味が広がってほしいですね。

 

小島:「快眠のための家」の先に、「頭が冴える家」「若返る家」といった発想も面白いのではないかと思っています。空間から健康や幸福感を育んでいく。その中心にあるのは、やっぱり睡眠なんですよ。

 

 

――今後、「住宅と睡眠」の関係はどう変わっていくと考えますか。

 

小島: コロナ禍以降、働き方や暮らし方が変わり、家で過ごす時間は確実に増えました。住宅という場所の役割も変わりつつあります。これからは「よく眠れる家」が、暮らしの質を決める時代になっていくと思います。

 

松井:年齢を重ねるほど、深い睡眠は減っていきます。夜中に目が覚めやすくなるのもそのためです。高齢になるほど環境の影響は大きくなる。高齢社会が進むにつれ、睡眠を「意識して整える」という考え方自体が、今後さらに広がっていくはずです。

 

小島:少子高齢化の中で健康への関心はますます高まっていますからね。長く生きるなら、長く健康で生きたい、その思いは誰にでもあります。睡眠は、健康にも幸福にも直結するテーマですから、もっといろいろなアイデアに挑戦したいですね。

長谷工コーポレーションの小島智枝子氏とブレインスリープの松井大樹氏が快眠と住まいを語る対談

▲共に日本人の睡眠の質の低さや短さに課題感を持っていたというお二人。眠りを支える空間設計や今後の展望についてじっくり語り合う対談となった

取材・文:小野悠史 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.設備を変えずに、今の家でできる睡眠の工夫はありますか?
A.松井:まずは「光」と「温度」を整えることから始めましょう。寝る30分前にはスマートフォンやテレビの画面を閉じ、部屋の明かりを少し落とすだけで、自然に眠気が訪れやすくなります。 また冬場は、暖房を弱めにしてつけっぱなしにしておくのがおすすめ。部屋が冷えると布団の中との温度差が生まれ、寝つきが悪くなりがちです。理想は22~24℃、湿度50%前後。毎日のちょっとした習慣で、眠りの質を上げることができます。
Q.良い睡眠はお風呂から、ともいわれますが、快眠のために入浴で意識したいポイントは。
A.松井:良い眠りのためには、寝る直前の入浴は避け、できれば就寝の1.5〜2時間前までに済ませておくのがおすすめです。入浴によって一時的に深部体温が上がり、その後下がっていく過程で眠気が訪れます。体の内側と外側の温度差が縮まることで、自然と「眠る準備」が整っていくんです。