マンションの持ち主がわからないケースが増えている? 「区分所有者不明住戸」の実態と予防法を解説

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齊藤広子教授

マンション専有部を所有する「区分所有者」が不明になると管理に支障をきたします。実態を考察するとともに、専門家に予防策を聞きました。

取材・文:末吉陽子(やじろべえ)撮影:高橋絵里奈

分譲マンションに住んでいると、自分以外の区分所有者を知らないことは珍しくありません。しかし、少なくとも管理組合では、全ての区分所有者を把握しておく必要があります。なぜなら、分譲マンションは「管理組合による住民の自治」を前提としており、管理組合を構成するメンバーはすべての区分所有者だからです。

 

区分所有者がわからなければ、管理費や修繕積立金を徴収することも困難です。すると、大規模修繕などにかかる費用が不足し、結果的に他の区分所有者の負担が増大してしまいます。また、大規模修繕工事の際に「(区分所有者不明住戸の)専有部に入っての作業ができない」「水漏れなどの緊急時の対応ができない」「排水管の清掃が行えない」などの問題も生じます。

 

さらに、マンション管理の運営にも支障をきたします。マンションの意思決定は、区分所有法により「集会の決議で決する」と定められており、重要な決議ほど「4分の3以上」「5分の4以上」など、高い賛成割合が求められます。そのため、区分所有者不明の住戸が増えてしまうと、マンションの規約の改正や建替えといった重大な局面で議決ができなくなるなど、他の区分所有者の足かせになってしまいます。

 

こうした区分所有者不明の住戸は、どれくらい存在するのでしょうか。それを推測する目安となるのが、2018年に国土交通省が実施した「マンション総合調査」です。調査結果によると、「空室のうち、所在不明・連絡先不通戸数」は平均4.7%。また、空き家のうち、区分所有者不明住戸の割合が20%を超えたマンションは、2.2%あることが判明しました。

 

所有者不明になる原因はさまざまです。例えば、「区分所有者が死亡した」「売却の際に管理組合に所有者変更の届け出をしない」「相続にともなう区分所有権の移転登記をしない」などが考えられます。

 

いずれにしても、所有者不明の場合は管理組合が「所有者を確定する作業」を担うことになります。例えば、弁護士などに依頼して相続調査をすることもそのひとつ。ただ、場合によっては、相続人全員が相続放棄をしている可能性もあります。このように「相続人がいない」状況は極めてやっかいです。
方法としては、利害関係人である管理組合が申し立てて、裁判所が相続財産管理人を選任し、住戸や管理費などを清算してもらうことも可能です。しかし、こうした手続きには時間も費用もかかり、管理組合の負担は途方もないものになってしまいます。

 

区分所有者不明の住戸が生じてしまう背景には、管理組合の機能不全が関連している可能性があります。区分所有者不明の住戸を出さないためには、どうすれば良いのでしょうか。横浜市立大学・齊藤広子教授のインタビューから明らかにします。

▲齊藤広子教授。横浜市立大学 国際教養学部教授。筑波大学第3学群社会工学類都市計画専攻卒業、不動産会社勤務を経て、大阪市立大学大学院生活科学研究科修了。博士(工学)・博士(学術)・博士(不動産学)。岐阜女子大学家政学部住居学科助教授、明海大学不動産学部教授、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、2015年4月より現職。専門は不動産学、不動産マネジメント論。魅力的なすまいやまちのマネジメント手法確立の研究と実践。

――区分所有者不明の住戸を発生させないための対策について教えてください。

 

齊藤さん(以下、敬称略):マンションの管理について関心を持ってもらえるように、わかりやすい説明をはじめ、「マンションコミュニティの一員である意識」や「管理組合への帰属意識」を高めることが重要です。そのためには、管理組合の日頃の運営が、とても大事になります。所有者や居住者の届け出については、マンションに住む、所有する者としての当然の責務として遵守してもらうことがポイントです。例えば、定期的に総会を開催するタイミングで、所有者不明住戸がないか早期発見をすることも手です。

 

あるいは、新しい入居者向けに動画を作成して、必ず守ってほしいことに「所有者変更の際の届け出」を盛り込むなど、わかりやすく伝える努力も必要でしょう。最近は外国人居住者や若年層の居住者が増えています。その場合は、多言語対応かつスマホからでも閲覧しやすいマンション居住者向けのWEBサイトを作成するのも良いかもしれません。

 

また、イベントでコミュニケーションをとるなどして日頃から連携しておくことで、居住者の実態を把握しやすくなります。相互扶助の意識をくらしのなかで当たり前に根付かせ、居住者の顔が見える環境づくりも効果的だと思います。

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――厳しいルールを設定するよりも、居住者の意識付けがポイントになるのですね。

 

齊藤:はい、そう考えています。ちなみに、マンション管理の適正化の推進に向けて、2022年4月から地方公共団体が認定する「マンション管理計画認定制度」がスタートしています。これは、マンションの管理計画が一定の基準を満たす場合、マンション管理組合が地方公共団体から“適切な管理計画を持つマンション”としての認定を受けることができる制度です。認定を受けた分譲マンションは、資産価値にも好影響が出てくると予想されています。

 

認定の基準のひとつに「区分所有者の名簿作成」が含まれることから、この制度をきっかけに区分所有者を正確に把握しようという動きが生まれてくる可能性もあります。その前提として、管理組合への信頼感や区分所有者同士の信頼関係の醸成が重要になります。信頼がないと、自分の個人情報を提出しても良いという気持ちにはならないからです。

 

――信頼関係を構築するためには、どのような取り組みが有効でしょうか?

 

齊藤:管理組合の活動の見える化、メンバーの顔の見える化があります。例えば、新しい入居者がいたらウェルカムイベントを実施したり、SNSを立ち上げてみたりと、リアルとバーチャルの両方からアプローチすると良いと思います。

まとめ

マンション暮らしは利便性が高い一方、一つの建物をさまざまな区分所有者で管理しているがゆえの課題もあります。その代表例ともいえる区分所有者不明問題。万が一の事態で苦労しないためにも、早い段階で予防策を講じることが重要。その第一歩として、まずはマンション管理に関心を持ってもらえるような、コミュニケーションを促す施策の検討から始めてみるのも良さそうです。

WRITER

末吉 陽子
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」所属。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けている。

おまけのQ&A

Q.不動産学とはどのような学問ですか?
A.あなたの住まい、会社、学校、商店など、これらすべてが不動産です。不動産は私たちの暮らしを支えています。個々の人生・生活だけでなく、社会、地域・都市に与える影響も大きいです。そこで、不動産を通じて豊かな暮らしが実現できるように、不動産を適正につくり、利用、売買・賃貸借、管理、消滅する方法を考え、実現するための社会システムを検討するのが不動産学です。