千代田区が要請した新築マンションの「転売規制」は、外国からの投機目的のマンション購入や過度な価格高騰の抑止力となるでしょうか。マンションデータの専門家である福嶋真司さんに聞きました。
転売規制の背景は? 都心マンション市場の現状
――千代田区では、外国からの投機的な取引も含め、市場環境の変化など複数の要因が重なりマンション価格や賃料が上昇しています。結果として危惧されているのが、居住目的の方がマンションを購入しづらくなっている現状です。こうした状況を受け、同区は不動産協会に対して一部の新築マンションに引き渡しから5年間の転売を禁止する特約の導入を求めています。まず、都心マンション価格の推移や背景についてお聞かせください。
福嶋真司さん(以下、福嶋):東京23区のマンション価格はここ数年、急激に高騰しており、千代田区を含む都心3区(ほか中央区、港区)の価格上昇率は、23区の水準を凌駕しています。2025年に入ってからは、5億を超えるハイエンドクラスの中古マンションの成約件数の増加も目立ちます。高価格帯のマンションの成約が平均価格を押し上げているのでしょう。
▲都心3区のマンション価格高騰は、2023年頃から一段と加速している
▲2024年までほぼ見られなかった5億円以上の中古マンションの成約件数は、2025年以降、顕著に増加
――高価格帯のマンションの購入層は、主に投機目的ということになりますか?
福嶋:そうですね。東京都23区のマンション価格高騰率と世帯増加率の相関をグラフに表すと、高騰率が高い千代田区と港区の世帯増加率は23区の中でも下位です。流通量が多いために価格が上がっているわけですが、世帯数の増加が伴っていないのは、居住目的ではなく投機目的によるマンション購入が多いことの表れです。
千代田区も港区も現在、坪単価でいうと900万円ほどがボリュームゾーンとなっています。40㎡で1億円強、70㎡だと2億円近い価格となりますから、一般的な収入の世帯にはなかなか手が届きません。
▲マンションリサーチ データ事業開発室 データ分析責任者 福嶋真司さん。※所属先・肩書きは取材当時のもの
一方、中央区は価格も上がり、世帯数も増えている状況です。中央区も湾岸エリアは坪単価700万円を超える物件が中心ですが、内陸部の日本橋はまだ600万円台でも購入できるため、実需層が購入できる余地があるのでしょう。
▲千代田区、港区は価格高騰率が高い一方、世帯増加率は23区の中でもとりわけ低い
――実際に新築マンションの「短期転売」も増えているのでしょうか?
福嶋:2024年、2025年の都心3区における新築マンションの短期転売の割合は、2018年の3倍以上です。投機対象となるマンションは限られますが、短期転売の増加は周辺相場を引き上げる要因にもなっています。相場の上昇は円を描くように周辺エリアに波及し、神奈川・埼玉・千葉まで広がっています。
▲2024年、2025年の都心3区における新築マンション短期転売の割合は20%以上
「異常」なまでのマンション価格高騰は抑制すべきなのか
――ここまでの価格高騰をどのようにご覧になっていますか。
福嶋:まさに「異常」であり、個人的には抑制すべきだと考えています。マンション価格の高騰は高い経済効果をもたらすという見方もあるものの、ここまで価格が高騰してしまうと購入できる人は限られますから、1件1件の単価は高くても数は限定的です。実需が伴っていて、同時に所得も上がった上でのマンション価格高騰であれば健全だと思いますが、現在は二極化が進んでいるだけ。市場の一部分だけが動くより、動くマネーの量が変わらなかったとしても、関連人口が多いほど経済効果は高くなるはずです。
▲現在のマンション価格高騰は、健全とは言えない状況だと話す福嶋さん
――実需が伴っていないということもお話しいただきましたが、投機目的のマンション購入の増加による「管理」への影響についてはいかがでしょうか。
福嶋:管理上も厳しいと言わざるを得ません。居住しているといないとでは管理に対する意識も異なるでしょうし、健全なコミュニティー形成に支障をきたすこともあると思います。
千代田区のマンション転売規制は効果的な施策となる?
――都心マンション市場の実態をお聞かせいただきました。こうした状況を受けての千代田区マンション転売規制は、過度な価格高騰を抑制する効果的な施策となるでしょうか。
福嶋:先ほど申し上げたとおり都心のマンション市場は「異常」ですから、それを抑制する施策を講じることについては賛成です。転売規制についても概ね賛成ですが、千代田区の発表によれば、5年間の転売規制を求めているのは「再開発事業等において販売するマンション」に限られます。新築マンションの供給数は減少しており、現在は中古でも資産価値が高いものは転売の対象になっていて、実際に流通量も増えています。したがって、この条件下における転売規制は、一定の抑止力にはなっても効果が大きいものではないと考えます。
――マンションの著しい価格高騰、あるいは外国人投資家を含む投機目的による購入をより効果的に抑制するためにはどのような施策が効果的だと考えますか。
福嶋:ひとつは、より広域で転売を規制するということになると思います。ただ、この場合の重要なポイントは「さじ加減」です。流通量が多く価格が高騰しているエリアばかりではありませんから、たとえば東京全域で転売を規制するとすれば、マンションの価値が著しく低減してしまう地域が出てくるでしょう。
また、規制対象を中古マンションまで広げることでも効果は高まるはずです。しかし、この場合も同様に、さじ加減が難しいところです。転売を規制すべきは資産価値が高い中古マンションということになりますが、その評価をどうするのか。こうした規制は基本的にシンプルでなければ運用できませんから、築年帯で指定するのが現実的だと思いますが、築年帯だけでは価値を測れませんからね。
▲転売を抑える施策はシンプルでなければ運用できない
――千代田区では、国や都に対し、短期譲渡所得税率の引き上げなども求めていきたいとしています。「税による規制」による効果は?
福嶋:現在、所有期間5年以内の短期譲渡所得に課される税率は39.63%。5年以上所有してから売る場合と比べて税率は2倍近くになりますが、それも厭わないほど価格の上昇率が高いというのが現状です。分譲後、わずかな期間で分譲価格の2倍を超える金額で取引されるマンションもありますからね。加えて、都心の高級マンションは利回りが2%を切っている物件も見られるため、利益の4割近い税金を納めなければならなかったとしても、短期転売のうまみは強いはずです。したがって、このうまみをなくす程度まで税率を引き上げるという施策は、一定の効果が見込めるのではないでしょうか。
――他に考え得る施策はあるでしょうか。
福嶋:私としては、定期借地権の付いたマンションは「そのエリアや物件に住みたい」という実需層を支える仕組みだと思います。借地権の残存期間が短くなるにつれて価値が下がるため、投機目的の購入には向かないからです。
日本はもともと海外と比べて不動産を購入しやすい国であり、その分、国外を含む投機的な取引も起きやすいのが現状です。その中で、定期借地権付きマンションは、実需を満たしつつ投機を抑える効果が期待できる。
たとえば、2009年に分譲された「パークコート神宮前」は、表参道駅徒歩15分、明治神宮駅徒歩6分という好立地で、グレード的にも投機対象になり得るマンションです。ただ定期借地権が付いていることから、表参道駅周辺の相場と比べて価格上昇は抑えられています。
▲定期借地権付きのパークコート神宮前は、周辺マンションと比べて価格上昇が緩やか
“居住目的で買いたい人”の実践的な都心マンション購入戦略
――千代田区のマンション転売規制が始まったとしても、すぐに価格が下がるわけではない、効果も限定的かもしれないという中、居住目的の方が都心にマンションを持つにはどうすればいいでしょうか。
福嶋:マンション価格高騰を背景に、近年、築古マンションの成約率が高まっています。築古というとあまり購入に前向きになれないかもしれませんが、じつは緩やかに資産価値が向上している物件も少なくありません。
築古でも価値が上がっているマンションに共通しているのが、管理状態の良さです。建物さえしっかり維持・管理されていれば、専有部はリフォーム・リノベーションで自在にカスタマイズできます。新築や築浅と比べて坪単価も抑えられるため、広さや居住性を確保しやすく、資産価値が大きく下がるリスクも低いです。
――「築古」というと、具体的にはどの程度の築年数が良いのでしょうか?
福嶋:一定の耐震性が担保されていることが分かりやすいのは、新耐震基準で建築されたマンションです。つまり、築30〜40年程度のマンションが狙い目になってきますが、耐震診断・耐震補強等がされていれば旧耐震物件も選択肢に入ってくると思います。
▲居住目的なら、築30〜40年ほどの中古マンションは価格を抑えながら広さも確保しやすい
――「管理状態が良い」というのは、具体的にどのようなマンションですか?
福嶋:簡単なところでは、管理状態が良いマンションは総じてエントランスや駐輪場、外壁などの共用部がきれいに整っています。あとは、これまで適切なタイミングで修繕工事が行われてきて、今後の修繕計画もしっかりしていて、修繕費がしっかり積み立てられていることも大切です。2022年にスタートした「管理計画認定制度」や「マンション管理適性評価制度」も分かりやすい指標だと思います。
取材・文:亀梨 奈美 撮影:石原麻里絵
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.こうした政策が他の自治体等に波及していく可能性は?
- A.福嶋:実現可能性や効果はさておき「転売規制を要請した」ということ自体が異例です。これまで行政が個人の資産であるマンション流通に直接的に介入することはほとんどありませんでしたからね。今回の千代田区の動きが先例となれば、他の自治体で検討が進む可能性は十分にあるのではないでしょうか。
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