理事長は「ひとごと」ではない。経験者が語るタワマン管理のリアル

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電通に35年間勤めた竹中信勝さんは、ある日「くじ引き」でタワーマンションの理事長に就任することに。マンション管理に無関心だった竹中さんですが、いざ引き受けると、想像以上の“現実”が待っていました。著書『タワマン理事長-ある電通マンの記録-』(ワニブックス)が話題の竹中さんに、理事長として見えたタワマン管理のリアルを伺いました。

――理事長就任前は、マンション管理についてどの程度ご存じでしたか?

 

竹中信勝(以下、竹中):全く知りませんでした。前職は広告代理店の電通に35年勤めており、朝早く家を出て、夜遅く帰る生活。日中に何が起きているかにも関心がなかったんです。
だから、理事長になった時はそれほど心配していなかったんです。だって、管理人さんがいるわけですし、大規模なタワマンならしっかりと管理をしてくれているものだと思っていたんです。でも、それが大間違いでした。

竹中信勝さんプロフィール

▲プロデューサー・作家 竹中信勝さん。電通でTVメディア、地方自治体など多数の業種を担当。35年勤務後に電通を早期退職。タワマン購入後、管理組合の理事長に就任。noteに綴っていた理事長エピソードをまとめた「タワマン理事長-ある電通マンの記録-」がワニブックスから発売。note:タワマン理事長日記

――理事長になって最初に驚いたことは?

 

竹中:引き継ぎがほとんどなかったことです。理事長印と預金通帳だけ渡され、あとは何かトラブルがあるたびに手探り。これには面食らいましたね。

 

 

――想像していないような業務もたくさんあったそうですね。

 

竹中:特に印象的だったのが、屋上の草刈りです。管理人さんから「マンションの屋上に草が生えています。そのまま放っておくと、草がコンクリートにひび割れを起こして雨漏りがする可能性があるので、今のうちに処理した方がいい」と教えてくれたことがありました。

 

「それは、大変だ。じゃあ、草刈りお願いします」と言ったら、「それは契約外なのでできません」と断られてしまいました。でも、草刈りの業者さんに発注しようにも、もう今年度の予算はない。結局、私が自分で草刈りをすることになりました。

 

理事長の仕事って、そういうことなのかとガックリきましたね。

 

管理会社もビジネスなので、当然ですが、理事長になるまでそんな基本さえ理解していませんでした。

竹中さん

▲「マンション管理のデジタル化」に着手した竹中さん。インターネット業者の無料サービスを活用し、議事録のアーカイブ化と住民への情報公開を同時に実現した

――理事長として最初に取り組まれたことは何でしょうか?

 

竹中:マンション管理士との契約です。お金がかかることなので、「管理人がいるのに、なぜ」と反対もありましたが、他のマンションの知見を持つ専門家の助言は有益でした。実際に修繕見積りが「相場より3割高い」と教えられたこともあります。何の経験もない手探りでやっている中で、そうした助言はとても役に立ちました。

 

 

 

――書籍を読むとかなりアクティブに活動しているように見えます。

 

竹中:電通時代に多くの人へ取材した経験が役立ちました。だから、分からないことはすぐに誰かに聞くことに抵抗がなかったのは大きかったです。

 

そんな感じで、隣のタワマンの理事会にも連絡して情報交換できるようになりました。その結果、修繕時期が半年しか違わないのに、費用が1億円近くも違ったと知った時は、ちょっとショックでした。私が就任する前のことなので、もうどうしようもなかったんですが、やはりもっと調査しなければいけないと思いましたね。

 

 もう一つ取り組んだのが管理のデジタル化です。管理組合は資料を紙で保管し、回覧板を回していました。そうすると全体に回覧し終えるのに1ヵ月もかかる。そこで議事録をWebで共有する仕組みに変え、情報伝達を大幅に効率化しました。

 

 

――それ以外にも多くの困難がありましたね。

 

竹中:理事長在任中に新型コロナが拡大し、共用施設を「閉鎖すべき」という意見と「子どもが遊べる場を残してほしい」という意見で真っ二つに割れました。理事会でも賛否が分かれ、最終判断は私に委ねられました。

 

結果、緊急事態宣言までは制限付き利用を認め、宣言後は全面閉鎖を決定。何百世帯もの生活に関わることを一任されるとは想像もしていませんでしたから、凄く悩んだことを覚えています。

 

 

――修繕積立金を3倍にした経緯は?

 

竹中:私が理事長になったのは大規模修繕が終わった直後で、積立金はほぼゼロでした。大規模修繕実施時に契約していたコンサルタントからは「6年後に赤字」との試算もあり、臨時総会で3倍への値上げを決断しましたが、高齢の住民の方を中心に強い反発がありました。私が思うにマンションの新築時は販売しやすくするためでしょうか、修繕積立金が低く設定されがちです。そして、歴代理事長も値上げを避けてきたため、結果的に一気に3倍にせざるを得なかったのです。本来なら少しずつ引き上げていればここまでの負担増は必要なかったでしょう。

 

とはいえ、私の代でしっかり上げておけば、今後30年間は値上げせずに済むとの試算もあり、資産価値を守るためには必要な判断でした。総会ではギリギリの賛成多数で可決できましたが、こうした重要な決断が頻発するとは、就任当初は想像もしていませんでした。

 

 

 

――管理会社との関係についてはいかがでしょうか?

 

竹中:管理会社も人件費高騰で厳しい状況でした。私のマンションでも5%の値上げ要請がありましたが、住民の反発が強いため値上げせず、契約内容を見直しました。たとえば窓拭きを年3回から2回に減らすなど、サービス調整で“実質的に値上げ”という形で対応しました。

住民の皆さんは、何かあると「管理会社を変えればいいじゃないか」とおっしゃいます。けれど、そんな簡単な話じゃないんです。管理会社を変更するのには大変な労力がかかる。

 

実際に隣のタワマンでは、大手の管理会社が撤退しました。理由は管理費の値上げも、サービスの削減ものんでもらえなかったからだそうです。その後に、新しい管理会社の選定のために見積りを取ったら、現況より2〜6割高い管理費が提示され、頭を抱えたそうです。こうした事例を見ると、パートナーとして管理会社とはうまくやっていくということが必要だと思います。

竹中さん

▲タワマンのメリットは人によって違うが、主には眺望の良さ、駅や商業施設へのアクセスが容易で、通勤や買い物もしやすいことなどがあげられる。加えて、マンション内にコンシェルジュサービスがあったり、セキュリティ体制、災害への対策も整備されていることなど多岐にわたる。それを最大限に享受するためには、住民皆が当事者となって維持管理に興味を持つことが大切だと竹中さんは語る

――マンションでの生活を快適にしていくために、住民目線で必要なものとは何でしょうか?

 

竹中:理事長の経験から、コミュニケーション不足が一番の課題だと感じます。近隣への騒音やペットの苦情も多いですが、エレベーターホールで「おはようございます」「お子さん大きくなりましたね」と声をかけるだけで、相手への理解が深まり、ストレスはかなり軽減されます。だから、あいさつなどのコミュニケーションがとても大事だと思います。

 

大規模マンションでは災害時、住民はマンション内で避難することが推奨されています。だから、何かが起きた時は、皆で助け合っていかないといけないわけです。日頃のコミュニケーションがあれば、「一緒に逃げましょう」とか、助け合えると思います。

 

 

――これからタワマンの理事長を務める人へのアドバイスは? 

 

竹中:マンション内で起きることをひとごとではなく自分事化することです。管理会社がやってくれるだろうとか、誰かがやってくれるという人任せの考えを捨てましょう。長く住んでいれば、いつかは理事とか理事長の役目が回ってくる。だから、日頃から自分が理事や理事長になったと仮定して考えないといけません。

竹中さんの著書「タワマン理事長−ある電通マンの記録−」(ワニブックス)

▲竹中さんの著書「タワマン理事長−ある電通マンの記録−」(ワニブックス)は、理事長としてのリアルな経験がぎっしり詰まった1冊。ブログを始めた背景には、電通時代から習慣としていたインターネット時代の消費者行動「サーチ・アンド・シェア(調べて共有する)」という習慣から

――最後に、この本を通じて読者に伝えたいことはありますか?

竹中:管理組合で困った時、インターネットを検索しても解決法はなかなか出てきませんでした。特にタワマンに関する情報はほとんどないのが現状です。

 

私が理事長として経験した苦労や学びを本にまとめたのは、同じ立場になった方の参考になればと思ったからです。

 

全国でタワマンが増えていく中で、この本が少しでも助けになるとうれしいです。

 

 

取材・文:小野悠史 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.思わず笑ってしまったエピソードは?
A.竹中:チラシ投函は禁止なのに、ある日ガスコンロのチラシが入っていました。「こちらのマンションでも購入いただきました」と書いてあったのですが、うちのマンションはオール電化なんです(笑)。電話で投函禁止を伝え、内容の間違いも指摘すると、素直に謝罪がありました。もうこれで大丈夫だろうと思っていたら、翌日「すいませんでした」のチラシが再び入っていて、思わず笑ってしまいました。