いつ起きてもおかしくない首都直下地震。マンションの地震対策とは?

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自治体で防災対策の最前線を指揮した鍵屋一教授にマンション住民が知っておくべき地震対策を取材。大きな揺れによる家具の倒壊など、特有のリスクを聞きました。(以下、鍵屋教授談)

マンションに対する地震対策では風水害と同じく「ハード」「ソフト」「ハート」の3つの要素が大切になります。前回の風水害対策記事(「頻発・大型化する台風。高層階でも安心できない、マンションならではの風水害対策」)から繰り返しますが、「ハード」とは建物が丈夫であること、「ソフト」とは備蓄や家具の転倒防止など個人で対応すべきこと、「ハート」とは住民同士の協力や助け合うことです。現在のマンションは建物が倒壊するなどの重大な事態は起きにくい。「ハード」対策としては、木造戸建てなどに比べてとても強いと思います。マンションは揺れるけど、壊れにくく、倒壊しにくいので、そこそこ大きな地震であっても住み続けることができる。これはマンションの利点でしょうね。

▲鍵屋 一さん。京都大学博士(情報学)。跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授。一般社団法人マンション防災協会副理事長。内閣府地域活性化伝道師。板橋区福祉部長・危機管理担当部長(兼務)、議会事務局長などを経て2015年3月退職。専門は地域防災・福祉防災。内閣府、国土交通省、厚生労働省、経済産業省、自治体防災関係委員会の座長、委員などを務める。公式サイト:一般社団法人マンション防災協会
※所属先・肩書きは取材当時のもの。

免震住宅や制振住宅なども増えてきていますが、大きな地震で全く揺れないわけではありません。むしろ高層建築は揺れが大きくなるものです。その点で「ソフト」の地震対策として、家具の転倒防止が重要です。阪神・淡路大震災では死因の約8割が窒息や圧死と言われ、建物倒壊や家具の転倒が原因とされています(注1)。特に高層階は揺れが大きくなる可能性があります。例えば、震度6弱でも、マンションの5階以上になると震度6強に感じる場合もあります。震度6強は1m以上の家具が倒れる震度で、下敷きになるリスクも高まります。

(注1)出典:内閣府防災情報のページ

具体的な家具の転倒対策としては突っ張り棒を使用したり、壁へ固定したりすることが有効です。もし大きな揺れに耐えられず家具が倒れても、これらの対策があれば逃げられるだけの時間を稼ぐことができます。また、日頃から食器棚の上部には重い物を載せずに転倒したときの被害を最小限にする努力も必要です。倒れても大丈夫な場所に家具を移動させることや、不要な家具は思い切って捨てることも大切です。古い服などが入った洋服ダンスなどどちらの家庭にもありますよね。いつか着るかもしれないと思いがちですが、5年間着ない服はもう着ませんね。断捨離®という言葉もありますが、処分した方が住居の中もすっきりしますし、災害対策にもなる。また、使わない部屋があれば、その部屋に食器棚以外の家具を移しておくのもいいでしょう。せめて、過ごす時間が長い、居間と寝室だけでも物を極力少なくすることで安全に過ごせる場所にして欲しいですね。

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※ご紹介した情報は取材当時のものです。 変更の可能性がございますのでご了承ください

もっとも注意すべきは、キッチンです。スペースが狭いので、しゃがんでも落下物を避けるための逃げ場がありません。冷蔵庫も背の高いタイプが多くなっていて、転倒すると危ないですね。転倒防止用のマットを敷きましょう。また、上部には突っ張り棒を使う、段ボール紙や発泡スチロールなどの軽いもので、天井と食器棚、冷蔵庫の間のスペースを埋めるなどの転倒対策が有効です。

こうした対策ができている世帯は私の感覚ではだいたい2割くらいしかないと思います。明日にでもできることですから、取り組んで欲しいですね。また、「ハート」の対策にも関わってきますが、高齢世帯の場合は自力で家具を動かすのは大変です。管理組合などでサポートをしていくことは大事だと思います。

 

地震が発生したら、まず寝室や居間など、部屋の中でも安全だと思える場所に逃げましょう。または、丈夫なテーブルの下で身を守る姿勢を取りましょう。ダンゴムシのように丸まって、テーブルの脚を掴んだら、目をつぶって耐えましょう。揺れ始めてから倒れそうな家具を支えようとする人もいますが、これは絶対にやめましょう。タワーマンションなどは長周期地震動によって家具や物が部屋の中を動き回ります。私の考えとしては、揺れの強い高層階の場合、倒れてくるものが何もない共有部の廊下が比較的安全です。小さい揺れの地震であっても日常的に逃げる練習をしておくといいと思います。

 

 

最初の揺れが収まった後は、余震に備えます。ヘルメットを被り、非常用の持ち出し袋を準備してください。揺れの次に怖いのは火災ですから、火の元を確認した上でブレーカーを落としましょう。最小限の物を持って地上に降りて耐える、移動が難しい高層階の場合は廊下で踏ん張りましょう。エレベーターが動いている場合でも、余震が頻発している状況では次の揺れで止まるリスクが高い。大きな地震発生時には、エレベーターは絶対に乗ってはいけません。

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※ご紹介した情報は取材当時のものです。 変更の可能性がございますのでご了承ください

冒頭でお話ししたように地震災害発生時は、マンションに住む方は建物内にとどまることになるでしょう。過去の災害を考慮すると、避難所は混雑しますし、誰にとっても最適な環境とは限りません。住んでいるマンション自体が頑丈な構造であれば、やはり在宅避難がいいでしょうね。避難所に行けば行政からの支援があると思うかもしれませんが。小学校で600人くらい、中学校では1000人くらいで満杯になることもある。東京都内のすべての避難所を合わせても受け入れ可能な人数は約320万人で、都内全人口の半分も受け入れることはできません(注2)。行政も倒壊リスクが少ないマンションの住民は可能な限り自宅内にいてもらうことを想定しています。そもそも避難所は決して快適な場所ではありません。特に、プライベート空間が全くなく、すぐ隣には知らない人が寝ている状況です。このような環境で生活することは、非常にストレスがあることも、知っておいて欲しいですね。

(注2)出典:東京防災ホームページ

 

 

安全が確保されれば、「ソフト」対策である備蓄が大切になってきます。大都市では1週間分、大都市以外は3日分は必要です。都市部は被災者も多く、支援の手が回ってくるまで時間がかかるので備蓄がとても重要です。そして、この1週間をしのげれば次の行動を考える時間ができると考えてください。備蓄の中でも重要な水は一人当たり1日3リットルが必要です。高層階はエレベーターが止まってしまうと、移動が難しくなります。家族の分も含めて、たくさんの水や食品を持って高層階まで階段で上がるのは大変です。やはり1週間分以上の備蓄は必須と思ってください。

 

 

もうひとつ大切なのは簡易トイレです。地震による断水で、自宅のトイレが使用できなくなれば、行政が用意するマンホールトイレや仮設トイレ、避難所のトイレを使うことになります。これらは、いずれも地上につくられるので、高層階に住む人はトイレの度に地上まで移動することになります。そうなるとトイレに行かないよう水分補給を控えて、体調を悪化させる人も出てくる。やはり、必要な分の簡易トイレを備えるべきでしょう。しかし、調査によると簡易トイレを備蓄している家庭はわずか1割から2割程度しかないといわれています(注3)。水を備蓄している家庭は4割から6割程度あるのに、水に比べてもトイレの備蓄はとても少ないわけですね。簡易トイレは1個当たり約150〜200円くらいで、1日で5回くらい使うとなれば、4人家族で7日分用意する費用は2万円以上になります。安くはないですが、それでも、災害時の安全と快適性を考慮すると、簡易トイレの備蓄は必要です。

(注3)出典:日本トイレ協会「201806災害用トイレの備蓄に関する調査報告書(概要編)」

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※ご紹介した情報は取材当時のものです。 変更の可能性がございますのでご了承ください

2016年の熊本地震では、県内のマンションのうち93%が何らかの被害を受けたそうです(注4)。共用部の故障などを修理するには、総会か理事会の開催が必要です。しかし、災害時には理事の連絡先が分からない、または過半数の賛成が得られない可能性があります。地震後には膨大な依頼が殺到しますので、意志決定が遅くなれば工事業者は見つからず復旧は遅れます。災害対策として、事前に連絡先の確認や緊急時の手続きについても考慮が必要です。

(注4)出典:マンション管理業協会 九州地方会員受託マンションの被災状況概要について(第2報)

 

 

地震対策のうち、マンションの最大の弱点は「ハート」の部分でしょう。マンションはプライバシーが確保されているため、人付き合いが少なく、助け合いの精神が育ちにくい。こうした弱点に対応するために、子ども会や高齢者のお茶会などのイベントを通じて住民同士のつながりを強化する動きも出てきています。良い事例をもっと広く知って欲しいですね。住民が災害時にどう振る舞うべきかを周知しておくことも大切です。

特に注意が必要なのは給排水管の被害があった時です。給排水管が破損すると、トイレや水道が使えなくなり、無理に使えば、下の階に水漏れが起きる可能性もあります。そのため、災害時には水を流さないよう、普段から理事会で周知を徹底しておく必要があります。

住民についても高齢者、障害者、小中学生などの要配慮者については、管理組合が主導して安全な場所で待機できるようにする必要があります。親が出勤しているタイミングで地震が発生すると、小さな子どもたちは不安なまま孤立することもある。マンション内の集会室を要配慮者が孤立しないための場所として活用するなど工夫して欲しいですね。

 

取材を終えて

東京都内の避難所をすべて合わせても都内全人口の半分も受け入れてもらえず、そもそも行政も倒壊リスクが少ないマンション住民は可能な限り自宅内にいてもらうことを想定していると伺い驚きました。プライベートな空間が全くなくなる、避難所は決して快適な場所ではないとの言葉も重く心に残り、いつ起こりうるか分からない災害がいざ来た時に少しでも困らないように再度防災用品や災害時の食料品等を備えておくべきだと強く感じました。(編集部・小川)

取材・文/小野悠史 撮影/ホリバトシタカ(鍵屋教授ポートレート)

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。

X:@kenpitz