“世界の奇妙”を撮り続ける奇界遺産フォトグラファー・佐藤健寿さんが、“住まい”をテーマに国内外を取材し、人々の暮らしのかたちを見つめる本連載。今回は、ベトナム・ハノイに立ち並ぶ細長い住宅──チューブハウスを訪ねます。

▲佐藤健寿(さとうけんじ):写真家。TV番組「クレイジージャーニー」でも知られるほか、『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。写真展は松任谷由実さんとの企画写真展「写真展 能登 20240101」ほか、過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国6ヵ所を巡回し13万人を動員。 2025年5月15日より品川キヤノンギャラリー Sにて写真展「U.F.O. - Unknown / Forgotten / Overlooked」の開催を予定
チューブハウスに出会った夜
夜便でベトナム・ハノイのノイバイ国際空港に到着した私たちは、宿のあるハノイ旧市街へ向かうべく、タクシーを手配した。旧市街まではおよそ25km、30分程度のドライブだ。
「疲れていませんか?今回取材する“住まい”の夜の雰囲気を感じたいので、少し寄り道してもいいですか?」
と、佐藤さんが私に尋ねた。
そして旧市街まで残りわずかのところで車を降りた。
車が行き交う賑やかな通りから、横に延びる池沿いの道を進んでいく。街灯は少なくなり道を照らす光は弱くなる。その代わりに池の対岸に並ぶ建物から漏れる光が、キラキラと明るく凪の水面を照らしている。対岸には細長い建物がズラリと並んでいる。
「あれがハノイのチューブハウスです」
三脚を構えながら、佐藤さんがポツリとつぶやいた。

▲素早く構図を決めて長時間露光を行う佐藤さん

▲隙間なく並ぶベトナム・ハノイのチューブハウス

▲池を取り囲むように連なる細長いチューブハウス
幅3メートル、でも4階建て──チューブハウスの秘密?
翌日、ガイドのグエンさんと合流し、再び池沿いのチューブハウスへ。昼間の明るさの中で、昨夜は気づかなかったディテールが見えてくる。
「この独特の細長い姿がチューブみたいに見えることから、チューブハウスと呼ばれるようになったそうです。まるでテトリスみたいですよね」と佐藤さん。

▲チューブハウスは高さも幅も不揃い。隣家との隙間もほとんどない

▲自由に建てられたのだろうと想像できる外観
私たちは、チューブハウスで鳥かごの修理店を営むタン・ソンさん宅を訪ねた。昨夜、暗い中遠くから眺めていた時は分からなかったが、近くに来てみるとやはり建物の入口はかなり狭い。横幅は3m程度しかないように見える

▲鳥かご修理職人のタン・ソンさん。妻、娘、犬2匹とともに4階建てチューブハウスで暮らしている

▲1階天井には修理された鳥かごが吊り下げられている
ガイドのグエンさんから建物について教えてもらう。
「この建物はいわゆる伝統的なチューブハウスではなく、ネオチューブハウスと呼ばれるものです。1980年代以降、ベトナムの経済成長による人口増加に対応するため、郊外の土地を分割して売り、間口(建物の幅)が狭く奥行きが深い土地形状に、この建物のような3〜6階建ての細長い高層住宅が一気に広がりました」

▲1階が商売スペースとなり、螺旋階段から上る上階が生活スペースとなっている。中央に堂々と鎮座するのは、オンディアと呼ばれる家や土地を守る神様

▲階段は狭く急な造りになっている

▲螺旋階段が建物中央にあり左右に部屋があるという構造。2階の南側にあるキッチンスペースは、幅2mほど、奥行きは5mほどあった。きれいに整理されている
「伝統的なチューブハウスとの明確な違いはあるんですか」と佐藤さんがグエンさんに尋ねた。
「伝統的なチューブハウスは木造2階建てが多く、中庭があるものが多かったです。建物の横幅は3〜5m程度と狭く、奥行きは数十メートルから中には100mあるものもあったそうです。幅が狭く奥に長いという基本形状は現在のチューブハウスと変わりません。
間口が狭い理由は、昔の課税制度の名残によるものです。19世紀以前のベトナムでは、家屋の“間口の幅”に応じて土地税が決まる制度があったため、間口を狭く、奥に深い家を建てるようになったのです」とグエンさんの説明に佐藤さんがうなずく。
「なるほど、つまり間口さえ狭ければ、上に伸ばす分には法律に引っかからない。だから細いのに妙に高さがある不思議な形の住居が増えたということなんですね」

▲リビングスペースは、テレビと簡易チェアがあるシンプルな造り

▲池に面する南側ベランダは園芸スペースとなっている
チューブハウスは通りに面した1階で商売が営まれ、上階は生活の場として使われていることが多い。それは今回取材した池のほとりに並ぶチューブハウスにおいても例外ではなく、立ち並ぶチューブハウスの間口に目を向けると、服飾、雑貨、PC関連、バイク店など、さまざまな業態の店が軒を連ねている。

▲屋上から見た隣家のベランダ。家々は密接しているため、生活の距離感がとても近い
このような建物の使い方は、ハノイ旧市街の成り立ちと深く関係があるようだ。

▲祭壇には仏陀の肖像画とともに祖父の写真も飾られている。ベトナムでは、家ごとに祖先祭壇を設け、子孫が日常的に祈ることが根付いている

▲外を眺めながら写真に写る祖父について語るタンさん

▲取材中、家の中をずっとついてきたかわいいチワワ
ハノイ旧市街 千年の街
タンさん宅を後にした私たちは、ハノイ旧市街に向かった。

▲ハノイ旧市街は、このホアンキエム湖から北に広がるエリアになる
ハノイ旧市街は、大小さまざまな路地が入り交じり、通りに面したカフェの軒先には低く小さなチェアが並ぶ。欧米人観光客たちは窮屈そうに肩を寄せあいながら小さなチェアに座り、濃くて甘いベトナムコーヒーをすすっている。
そんな飲食店や食品販売店からのさまざまな香りと匂い、人々の話し声、車のクラクションが入り交じった街角は、初めて来たにもかかわらず、思い描いていたアジアの街という感じがしてどこか懐かしい。

▲大通りに面したチューブハウス。5階建てのような家も珍しくない

▲ホテルもチューブハウスの間口にあわせて不思議な形で建築されている

▲裏通りにはクラシックな雰囲気のチューブハウスがまだ残っている
ファサードの造りも高さも色も素材もすべてがバラバラの建物が連なるハノイの旧市街。ツタのように絡まる電線、上階の窓、ベランダにぶら下がる植木、鳥かご、洗濯物などが装飾のように建物や街並みを彩る。
一期一会のチューブハウスを見て回るだけであっという間に時間が過ぎる。

▲上階の生活空間ではベランダ園芸をする家が多く、街が緑豊かな印象となっていた

▲増改築が繰り返されてきたことが分かるハノイ旧市街の街並み
グエンさんが街の成り立ちを話してくれた。
ハノイ旧市街は、かつてギルドと呼ばれる同じ職人や商人で集まって作る自治会があり、ギルドごとに通りに店を構えたことで、同じ職業のお店が並ぶようになった。
その名残で今も旧市街は通りによってお店の種類が違う。通りごとに専門店街があり、ここは竹製品の通り、ここは仏像の通り、ここはクリスマスオーナメントの通り、という風に通りによって商品ジャンルが分かれている。
そんな通りが70以上、複雑に編まれたように広がってできた街だということ。

▲市内にあるお寺もチューブハウスサイズ
「有名な通りの一つに“ハンバック通り(Hàng Bạc)”という通りがあります。“Hàng” は『商品・商品を売る店』という意味、“Bạc”は『銀』という意味があり、その名の通り銀細工専門店が並ぶ通りになります。そんな感じで通りの名前がそのまま商品ジャンルになっています」
グエンさんの説明はさらに続く。
「ハノイ旧市街とギルド制職人街は、11世紀、李朝(りちょう)の時代から始まっているんです」
その後、19世紀末からのフランス領インドシナ時代を経て、1954年に北ベトナムとして社会主義国となったことで、土地は国有化され、住宅の新築は禁止となった。ハノイ旧市街の職人街はそのまま残された。そのため、1954年までのチューブハウスを伝統的チューブハウスとする説もあるとのこと。
ベトナム戦争を経て1976年に南北統一された後も、経済成長は停滞し住宅不足が深刻化していたため、チューブハウスの増改築は原則禁止だが、自力での増改築は黙認されていた。
「その後、1986年の経済改革によって個人の土地使用や商売がまた認められるようになったのです。それで、またチューブハウスを建てて、1階で店を開く暮らしが復活した。今の形ですね」とグエンさん。
「ハノイは過去にも何度か来ていて、前からなんでこんなぎっしり詰まってるんだろうと不思議でしたが、今回の取材でやっと理由がわかりました。カンボジアの水上集落では、自然と政治が住居の形を決めていた。ここではまた政治がその形を決めているけですけど、単に制度の結果ではなくて、ベトナムが辿ってきた複雑な歴史がそのまま家々の姿に影響していることが面白いですね。あと京都の町屋とも似ていますね。町屋も間口が狭くて奥に深いので、よくうなぎの寝床とかいわれますけど。町屋も戦国時代の間口による課税制度でこういう構造になったという話を聞いたことがありますが、現在では諸説あるそうです。」
グエンさんの説明に、佐藤さんはつぶやきながらカメラを構えた。

▲ハノイの街並みを撮りにまたゆっくり訪れたいという佐藤さん
佐藤健寿の寄り道「ハノイのラジカセ愛好家」

▲ハノイ随一のラジカセ修理技術者のトゥアンさん
今回の寄り道は、ハノイのラジカセ愛好家のコミュニティについて。
取材した鳥かご修理職人のタンさん宅チューブハウスのご近所に、目を引くお店があったので足を止めた。ここもまたチューブハウスだが、細い間口の両側には天井まで伸びる棚にビッシリとヴィンテージラジカセが並んでいる。
この店のオーナー、ハノイ随一のラジカセ修理技術者として活動するトゥアンさんに話を聞いた。ベトナム全土ではヴィンテージラジカセ愛好家が2万人おり、Facebookグループなどで頻繁に情報交換され、オフ会なども定期的に開かれているとのことだ。愛好家コミュニティの会長(屈指のコレクター)は日本からもラジカセを送ってもらうこともあるらしい。
「ハノイはなぜか一部で異様にラジカセシーンが盛り上がっていて、熱狂的なマニアの方が結構いるそうです。話を聞いたところでは、80~90年代の子どもの時に、みんなラジカセに憧れていて、そのノスタルジーがあるらしい。かつて日本はラジカセ大国の一つだったので、ベトナムのマニアが買い付けに来たり、日本のマニアとの交流もあったりするそうです。このお店もチューブハウスとラジカセの過剰な凝縮感が妙にマッチしていて素晴らしいですね」
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▲1980〜90年代に日本で使われていた見覚えのある機種もチラホラ
お土産プレゼントキャンペーン

佐藤さんが旅先で選んだお土産をマンションプラス読者の皆様へプレゼントします。
今回はハノイ近郊の伝統的な焼き物「バッチャン焼きの豆皿」。
「豆皿に描かれている奇怪な絵が気になりました。アメリカの音楽家ダニエル・ジョンストンの描くイラストも彷彿とさせるゆるさですね。インスパイア系か偶然この作風にたどり着いたのかは分かりませんが、ご自宅の食卓にぜひ」
豆皿3枚と、佐藤さんのサイン入りポストカードをセットで1名様にプレゼントします。

▲台湾のユニークな神様のポストカードです
【応募方法】
1.マンションプラスXアカウントを「フォロー」@mansion_plus
2. キャンペーン投稿を「いいね」&「リポスト」または「引用リポスト」
※キャンペーン投稿はアカウントプロフィールページに固定します
3. 応募完了
※コメントや引用リポストいただけると嬉しいです!
※既にフォローされている方は「いいね」&「リポスト」で応募完了です。
ぜひご友人やご家族と一緒にキャンペーンへご参加ください!
【応募期間】
2025年5月14日(水) 23:59まで。
【プレゼント内容】
ベトナム土産のバッチャン焼きの豆皿3枚
佐藤さんのサイン入りポストカード1枚
【ご当選者】
1名様
【ご当選について】
当選者の方には Xアカウント @mansion_plus から、5月下旬頃までにDMにてご連絡いたします。
【注意事項】
※ご応募前に、必ず応募規約.pdf を確認し、同意の上で応募してください。
応募規約.pdf
※日本国内にお住まいの成人の方のみご応募いただけます。
※非公開アカウントの方は対象外となります。
※当選のご連絡は当アカウントからのみ行いますので、偽アカウントにご注意ください。
※当選の際に、カード情報の入力を求めたり、外部サイトのリンクをお送りすることは一切ございません。
※当選者の発表は、当選された方へのご連絡をもって代えさせていただきます。落選された方へのご連絡は行いませんので、ご了承ください。また、当選状況に関するお問い合わせには対応できかねます。
※当選後、DMにてご連絡いたしますが、指定の期限内にご返信がない場合は無効となります。
※本キャンペーンはお土産プレゼント企画のため、当選者の方には、お土産を受け取った後にご自身のアカウントで感想を投稿していただくことが条件となります。
※天災や不可抗力の事由により、キャンペーン内容が変更となる可能性がございます。あらかじめご了承ください。
撮影・取材:佐藤健寿 文:山忠
PHOTOGRAPHER
写真家。TV番組「クレイジージャーニー」でも知られるほか、『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国6ヵ所を巡回し13万人を動員。
https://kikai.org Instagram @x51 X @x51
WRITER
マンションについて勉強中の旅好きライター。ランニング、和菓子が好き。
おまけのQ&A
- Q.佐藤さんがおすすめのベトナムのスポットは?
- A.ベトナムといえば、私が出版した「奇界遺産」シリーズの最初の表紙になっているスイ・ティエン公園がありますね。ホーチミンの郊外にある奇妙なテーマパークです。伝説上の国王を模った巨大なウォータースライダーが目玉で、広大な園内には一般的な遊園地の遊具だけでなく、ワニ釣り(!)できるスポットや、お寺まで完備されていて、何となく訪れるとうっかり1日中過ごすことができてしまいます。またそのすべてが絶妙にユルい作りで、某魔法学校風のお化け屋敷があったり、某千葉県のテーマパーク風のキャラがいたりとめちゃくちゃで、個人的にもとても好きな場所です。ベトナムはいまも社会主義国ですが、そこに仏教テイストがあいまって、タイやカンボジアなんかとも違う独特のカルチャーがありますが、そのすべてが炸裂したような面白空間になっています。