住まいへのニーズが多様化する今、三菱地所レジデンスは「浴槽レス」の賃貸物件を開発しました。間取りの常識に一石を投じる提案に込めた想いとは。開発担当者を取材しました。
「風呂キャンセル界隈」とは異なる発想で生まれた浴槽レスの住まい
──最近、「疲れやストレスでお風呂に入る気力がわかない」「シャワーだけで十分」といった声を背景に生まれた“風呂キャンセル界隈”という言葉がSNSで注目を集めていますが、御社が手掛がけた浴槽レスの賃貸物件は、そうした流れと関係があるのでしょうか?
近藤都さん(以下、近藤):私たちが「浴槽レス」の住まいの開発に着手したのは、実はその言葉が注目されるより前。2021年のコロナ禍の頃です。
ただ、「浴槽を省くこと」を前提に考えたわけではなく、別の観点から発想しています。出発点は、「ワンルームという限られたスペースをどう活用するか」という課題意識です。その過程の中で、暮らしの実態に照らして、従来“当たり前”とされてきた住宅設備をゼロベースで見直し、住まいをどう再構築できるかを模索する中で、自然と「浴槽レス」という発想にたどり着いたんです。
──それが、住宅設備を再定義する空間創出プロジェクト「Roomot(ルーモット)」につながったのですね。
近藤:はい、プロジェクトを通して導き出した結論が、「浴槽は必ずしも必要ではない」ということでした。ただし、私たちが目指したのは、「ただなくす」のではなく、間取りそのものを再設計し、より自由な暮らし方を提案することでした。
ちなみに、Roomotから最初に誕生したのは、キッチンと洗面台を一体化させた水回り住設機器「Roomot MIXINK(ミキシンク)」という商品です。「浴槽レス」のシャワーユニット「Roomot Luxwer(ラグジャー)」は第2弾の商品で、浴槽をあまり使わない生活スタイルの方向けに開発しました。
▲三菱地所レジデンス 建築マネジメント部 賃貸・投資アセットグループ 統括 近藤都さん。※肩書きは取材当時のもの
「あえて外す」という決断。ミニマルで豊かな、空間デザインへの挑戦
──「Roomot Luxwer」は、顧客の要望から生まれたのでしょうか?
近藤:いわゆるマーケットイン(=ニーズ起点)の発想で生まれたものではありません。開発当初、「浴槽はいらない」という声が多数寄せられていたわけでもなく、明確なニーズ調査をもとに着手したプロジェクトでもありませんでした。三菱地所レジデンスからの「暮らし方の提案」に近い発想から生まれた企画です。
私たちは、今まで「あるのが当たり前」とされてきた設備を見直すことで、新しい暮らしの選択肢を提案したいと考えました。やや踏み込んだ取り組みではありましたが、「時代の一歩先の暮らしを見据えて提案する」──そんな文化が三菱地所レジデンスには根づいています。だからこそ、こうした新しい試みにも前向きに取り組むことができました。
背景には、コロナ禍によって在宅時間が増え、暮らしの優先順位が見直されたこともあります。「そもそも毎日浴槽につかる必要ある?」「浴槽をなくして家具を自由に置ける間取りにした方が快適じゃないか?」といった仮説が社内で自然と生まれてきたんです。
結果として、「あって当然」とされてきた設備を、暮らしの実態に照らして見直し、本当に必要なものを見極めていく。そんな住まいのあり方を模索する中で、「浴槽レス」という選択肢が見えてきた、というのが正確なところですね。
──実際に「浴槽がなくてもいい」と考える方は増えてきているのでしょうか?
近藤:数年前に比べたら増えていると思います。ただ、正確には「浴槽が不要」というよりも、「浴槽がなくなった分のスペースをもっと自由に使いたい」と考える方が増えている、という感じでしょうか。
たとえば、コロナ禍以降、在宅勤務が定着したことで、ローテーブルで仕事をして腰を痛めたという話を、若い単身の方からよく聞くようになりました。「仕事用のデスクを置く場所がない」という切実な声が多かったんです。
そうした方にとっては、使っていない浴槽に賃料を払うくらいなら、自分に必要な機能だけを残し、その分のスペースを有効活用したい、という発想が自然に出てくるんじゃないかと思います。
▲ホテルのような贅沢なバスタイムが叶う「Roomot Luxwer」。内装は全面タイル張りで、オーバーヘッドシャワーを設置。頭上から降り注ぐ柔らかなお湯が、一日の疲れを癒やしてくれる
──どのような方が、「浴槽レス」の住まいを選ばれているのでしょうか?
近藤:ライフスタイルに合わせて、「必要なもの」と「そうでないもの」を自分なりに判断できる方が多い印象です。
たとえば、ジムや銭湯、サウナを日常的に利用していて、家ではシャワーだけで十分だと考える方。また、在宅ワーク中心で、デスクスペースや趣味の棚を確保したいという方などです。
そうした暮らしを求める方は、浴槽よりも居室の広さや家具の配置のしやすさを優先する傾向があります。限られたスペースの中で、自分にとって本当に必要なものを選び取る。そうした価値観を持つ方には、自然な選択肢なのだと思います。
──たしかに、浴槽のある暮らしにこだわらない方がいても、当然かもしれません。
近藤:もちろん、「浴槽レス」がすべての人に合うわけではありません。「普段は湯船に浸からなくても、早く家に帰れた日や週末だけは湯船に浸かりたい」ということもあると思います。
そこで、私たちは、バスタブと洗い場を兼用した「Roomot BathMor(バスモル)」を開発しました。浴槽の有無も含めて、暮らしに合わせて住まいを選べるようにしたかったのです。
▲バスタブと洗い場を一体化させることで、スペースを最大限に活用した「Roomot BathMor」。湯船に浸かる選択肢を残しつつ、水回りの省スペース化を実現
▲(左)「浴槽レス」よりも先に開発された「Roomot MIXINK」。バスルームの再定義より前に、すでに水回り機能を見直すアプローチは始まっていた。(右)収納棚にデスク機能を追加し、ワークスペースを確保できる「Roomot desko(デスコ)」
▲通常の間取りと、「Roomot MIXINK」「Roomot Luxwer」を導入した間取りを比較すると、居室スペースは約33%拡大したそう
──「Roomot Luxwer」と「Roomot BathMor」は、空間全体に上質さやスタイリッシュさが感じられる印象を受けました。
近藤:そう言っていただけてうれしいです。実は、デザインや質感にはかなりこだわっています。「Roomot Luxwer」では内装全面タイル張り、やオーバーヘッドシャワーを採用し、「Roomot BathMor」に至っては一般的なユニットバスの倍以上のコストをかけています。
──一般的な浴槽あり物件のものよりもコストアップしてるんですね。
近藤:そうなんです(笑)。“浴槽がない”と聞くと、「コスト削減のためかな?」って思われがちですが、実は、その逆で空間の質やデザイン性を高めるために、コストをかけています。
むしろ、浴槽を設けないことで得られる空間の自由度を活かしながら、上質な素材や設備を採用し、浴槽がなくても気分が上がる。そんな豊かな暮らしのかたちを提案したいと考えました。
──とはいえ、浴槽を外すという決断には、慎重な検討が必要だったのでは?
近藤:もちろんです。「浴槽はあって当たり前」という価値観は根強くあると思いますし、私たちも浴槽のない物件がこれから主流になるとは考えていません。
だからこそ、物件ごとに、周辺環境やターゲットとなる方のライフスタイルを丁寧に分析した上で、「あえて外す」という選択をしています。
たとえば、近くにジムや銭湯が充実しているエリアなど「浴槽がなくても成り立つ」と判断できる場合に「Roomot Luxwer」や「Roomot BathMor」を導入しています。
妥協ではなく納得。「選んで良かった」の声が証明する、浴槽レスの価値
──「Roomot Luxwer」や「Roomot BathMor」を選ばれた方は、どんな価値を見出しているのでしょうか?
近藤:まずは、Roomotを採用したことにより生み出された部屋の広さ、また、家具の配置のしやすさや、生活動線のスムーズさに価値を感じていらっしゃるようです。実際に住まわれた方からは、「賃料が数千円高くても、ここを選んで良かった」「仕事道具を広げても圧迫感がない」といった声をいただいています。
──「風呂キャンセル界隈」や「浴槽レス」という言葉には、仕方なく入浴や浴槽を諦めたような響きやイメージがありますよね。でも、「Roomot Luxwer」や「Roomot BathMor」は、諦めではなく、別の価値を優先する暮らし方の提案に近いのかなと感じました。
近藤:おっしゃるとおりです。この「Roomotシリーズ」の「浴槽レス」では、居室の広さを得ること目指しているのであり、「家賃が高いから」「面倒でシャワーだけでいいから浴槽は不要だから」といった消去法で住まいを選ぶことではありません。「この物件が自分に合っている」と、納得して選び取る。浴槽レスは妥協でなく、暮らしの自由度を広げるための新しい選択肢です。自分の価値観に合わせて、前向きに選ぶ──そんな積極的な住まいの選び方を提示したいと思っています。
▲「時代の潮流や、まだ顕在化していないニーズをいち早く捉えること。そして、開発チーム内で徹底的に議論を重ねること。この2つを大切にしながら、声になる前の『あったらいいな』を、かたちにしていくのが私たちの使命です」
──浴槽レスのように、暮らしを見直す発想から、今後新たな「〇〇レス」の提案も考えているのでしょうか?
近藤:「◯◯レス」ではないのですが、最近ではハード面での提案だけでなく、「所有の再定義」にもとづいたソフト面でのアプローチを実施しました。
具体的には、物を持たない住まい方を実現することで生活空間の有効活用を図る「Roomot Sotomo(ソトモ)」です。これは、シェアリングサービスやサブスクリプションと連携し、キャンプ用品やスーツケースといった「たまにしか使わない物」を外部サービスから借りたり、シェアしたりできる仕組みです。
──たしかに、普段は使わないけれど、持っておきたい物って意外と多いですよね。「所有の再定義」によって暮らし方はどう変わると思われますか?
近藤:自宅で物を保管する必要がなくなれば、収納棚そのものが不要になるので、床面積は変わらなくても、「実感として部屋が広くなる」という体験が生まれます。
単に間取りを工夫するだけではなく、住まいの選び方や物の持ち方、暮らしそのものの設計までトータルで提案していくこと。それがこれからの住環境の作り手に求められる大事な役割だと感じています。
取材・文:末吉陽子 撮影:石原麻里絵
WRITER
編集者・ライター。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けている。
おまけのQ&A
- Q.「Roomot」を始めた原点には、どのような想いがあったのでしょうか?
- A.近藤:賃貸を選ぶ基準は「家賃」と「駅近」が定番です。けれど本当は、自分の暮らし方に合った間取りを選べたら一番素敵だと思うんです。寝るだけの場所ではなく、多様なライフスタイルに寄り添う住まいを提案したい。そんな想いで始めたのが「Roomot」です。
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