長谷工グループが10年にわたって開発を続ける「UGOCLO(ウゴクロ)」は、従来のウォークインクローゼットでは実現できなかった「間取りが変わる収納」です。マンション業界の常識を変えたこの技術革新について、長谷工コーポレーションの倉持美香統括室長、青山勝専任室長、長谷工ファニシングの髙木康裕執行役員に話を聞きました。
動く収納が変える住空間の常識。ウゴクロとは何か
――近年、ウォークインクローゼットは分譲マンション購入時の必須条件となりつつありますが、長谷工コーポレーションが開発された「UGOCLO」は従来のウォークインクローゼットとは全く異なる商品だと伺いました。まず、どのような商品なのか教えてください。
倉持美香(以下、倉持):「UGOCLO」は、2つの収納ユニットが平行に移動することで、居室と収納の広さのバランスを自由に変えられるシステムです。たとえば、夫婦2人の時は寝室とホビールームに分けて使い、お子さんが生まれたらベビーベッドを置くために寝室を広げる。お子さんが2人になったら、ユニットを動かして別々の子ども部屋を作ることもできます。
▲2つのウゴクロ間のスペースにオプションで棚・ハンガーパイプ・作業台を設置可能。住まい手の好みの空間にアレンジすることができる
――間取り自体が変わるということですか?
青山勝(以下、青山):そうです。従来の収納は一度設置したら動かせませんが、「UGOCLO」は生活の変化に合わせて空間の使い方を変えられるんです。
――「UGOCLO」には複数の商品ラインナップがあるそうですね。
青山:3つのバリエーションがあります。「UGOCLO Plus」は2台のユニットで最大限の可変性を実現、「UGOCLO Half」は1台のユニットで居室とキッチン間の通り抜けもできる収納プランに対応、「UGOCLO-s」はよりコンパクトな間取りに対応しています。
――従来のウォークインクローゼットと比較した場合の特徴は?
青山:ウォークインクローゼットは人気がある一方で、人が動き回るスペースが必要なため、意外にデッドスペースが多いんです。面積効率はそれほど良くありません。「UGOCLO」の場合、収納としても部屋としても使える可変性があります。今は収納、子どもが生まれ育ってきたら遊び場に、あるいはテレワークスペースに、という使い分けができる。これが一般的な収納との最大の違いですね。
▲(左から)髙木 康裕(たかぎ・やすひろ)長谷工ファニシング 執行役員。一級建築士、応急危険度判定士。
/倉持 美香(くらもち・みか)長谷工コーポレーション 統括室長。設計部門 エンジニアリング事業部に所属。/青山 勝(あおやま・まさる)長谷工コーポレーション 専任室長。技術推進部門 技術企画室に所属。技術士(建設部門)、一級建築士。※所属・肩書は取材当時のもの
「壁を動かす発想」から始まった、開発への道
――「UGOCLO」の開発はいつ頃から始まったのでしょうか?
青山: 2015年のことでした。当時、エンジニアリング事業部のトップだった上司が最初にアイデアを出したんです。描かれた一枚のスケッチには「動く壁」というコンセプトが殴り書きされていました。マンションはライフステージの変化で住み替える時代から、終の棲家、すなわち可変性が求められる時代に変わった事が開発の後押しになりましたね。
▲2015年当時、プロジェクト始動時期のイメージ図。この当時から現在の仕様にかなり近いものが発案されていたことが分かる貴重なスケッチ
――最初は「動く壁」だったんですね。
高木康裕(以下、高木)::そうです。最初は壁を動かせと言われたんですけど、なかなか壁だけ動かすっていうのが難しかった。壁は自立しないので、天井にレールが必要になるんです。レールがあるということは結局そこにしか動かないということになってしまう。「それなら、箱だったら動かせるかもしれない」ということで、今の形の基になったんです。
――社内の反応はいかがでしたか?
倉持:当初は難色を示されました。この大きい物体が平行移動するだけでは、1〜2mの動きでは地味だと言われました。もっとダイナミックにあちこちに動く収納を考えようとも言われました。
――それをどう説得されたのですか?
倉持:手軽に間取りを変えられる点を強調しましたね。生活の変化に合わせて、スケルトンでフルリフォームするとコストがかかります。当社のお客様の多くは、お子様もいる中で、お金をかけず、手間をかけずに可変ができることを望んでいる。だからこの設備は、地味かもしれないけれど重要な意味があると説明して突破しました。
――10年という長期プロジェクトになったのはなぜでしょうか?
倉持:当初の設計では大きな間取りでないと入らない商品であったところから、営業担当の社員に「この間取りには入らないのか」と言われて、もう一度コンパクトなプランでも対応できるよう考え直すなど、ブラッシュアップを重ねました。ニーズに合わせた改変を経て、現在まで続けて育ててきました。
「誰でも一人で15分以内、工具なし」の移動を可能に
――開発で最も苦労されたのはどの部分でしょうか?
青山:当初は6個の収納ユニットが別々に動くことを想定していたんですが、それだと動かすのも大変になります。それで3つを連結しようという話になりました。そうすると平行移動のみになりますが、2つ繋げると両側の部屋と真ん中の部屋で3つの空間バリエーションが作れることが分かったんです。
――軽量化にもかなりこだわられたそうですね。
髙木:「DIYが苦手でも、老若男女誰でも15分以内、工具なしで移動できる」ことを絶対条件にしたので、軽量化は必須でした。そのために何十種類もの素材を検証しましたね。コストを抑えようとすると重たくなって、今のように軽く動かせないのです。このバランスを実現するために、材料選択から何度も見直しました。
キャスターの大きさ選びも相当試しました。大きすぎると邪魔、小さすぎると負荷がかかる。フローリングに傷をつけない素材選びも重要でした。一方で、地震の時には動かないようにするため、耐震性についても検討を重ねました。振動台実験で、阪神淡路大震災や東日本大震災の揺れを再現して、ウゴクロが動いたり倒れたりしないような工夫もしています。
▲「こうだったらいいのに」を妥協せず、コストとのバランスを検討しながら何をどう実現していけるのかを検討し続けたと語る倉持統括室長
――音と光漏れが最大の課題だったそうですね。
倉持:そうです。最大の敵が音漏れと光漏れでした。この点については、開発当時に可動間仕切りを使った他社のモデルルームを見に行き、販売員の方から「可変性を求められるお客様はきちんと説明すればご納得いただける」という話をいただき方向性に問題はないと判断しました。そして実際にテレビの音を流して、隣室にどれだけ聞こえるかを測定しました。結果、間仕切りと同等の遮音レベルを確認できたので実用化に進めました。
髙木:光漏れについては、リビングが真っ暗で寝室だけ電気をつけている状況なら気にならないレベルです。ただし、「UGOCLO」と壁の間にはどうしても隙間ができてしまうので、そこからわずかに光は漏れる。非常に神経質な方には向かない。そういう方は壁で仕切られた部屋を選んでもらうという判断をしました。
――コロナ禍で新たな用途も生まれたとか。
青山:リモートワーク需要ですね。2つの「UGOCLO」の中間の空間をワークスペースとして活用される方が増えました。以前から棚板をテーブルの高さに設置できる機能はあったんですが、正式にECサイトで内部に設置できる「作業台」としても販売しています。コロナ禍で在宅勤務が推奨されるようになって、注目されました。
倉持:お子様にとっては秘密基地みたいで楽しいスペースですが、コロナ禍になってから仕事場として活用される方が増えました。時代のニーズに合った進化だったと思います。
“マンションのプロ”ならではの総合力で10年をかけ、進化を続ける
――開発チームはどのような体制だったのでしょうか?
倉持:エンジニアリング事業部のデザイン室、商品企画室、設備設計室、技術推進部門の技術開発室(当時)、長谷工ファニシング(当時フォリス)、更に途中から設計部門など総勢14名ほどが各部から集結しました。
――なぜそれほど多岐にわたるメンバーが必要だったのでしょうか?
青山:間取りが可変するということは便利なだけではなく、法的な側面も含めさまざまな角度での検討が必要だったからです。たとえば、火災感知器の大きさやダウンライトの設置位置など、意匠設計だけでは解決できない問題が山積していました。長谷工グループが設計から施工までを手がける“マンションのプロフェッショナル“だからこその総合力で実現できたプロジェクトだと思います。2021年9月には、ウゴクロそのものに関する項目と、ウォークインクローゼットにもウォークスルークローゼットにもなるウゴクロの使用方法についての項目での特許も取得しました。
髙木:収納メーカーがこの発想を具現化しようとするなら、実際の設計プランと一緒には考えることができないためなかなか難しいのではないかと思います。企画段階から販売・管理まですべてのプロセスでマンションを見つめているからこそ、法規制をクリアし、技術的な検討を重ね、居住者の声に耳を傾けながら商品開発ができたと思います。
▲「コロナ禍を機に変化したニーズにも柔軟に対応してきた結果、ウゴクロの進化が進んだ」と語る髙木執行役員
――実験はどのような環境で行われたのですか?
倉持:長谷工技術研究所に実際のマンション形状をした実験用のコンクリートの部屋が何部屋もあるんです。遮音などさまざまな機能をすべて確認するには、仮設の部屋では難しい。そこでいくつもの試作品を作って、実際のマンションと同じスケールで実際に動かしながら検証していきました。
――細部の改良も相当こだわられたそうですね。
倉持:当初はキャスターがむき出しでしたが、「見た目が良くない」という指摘を受けて、箱の長さを調整してキャスターを隠すようにしました。また、最初は「動く」だけでしたが、「動く」と「動く」の間に棚板がつけられる機能をプラスして、単なる収納から多機能空間へと発展させました。
――コンパクトな物件への対応はどう実現したのですか?
青山:実際にお客様と接する営業担当者から「この間取りでは入らないのか」とリクエストを受けて、コンパクトな間取りにも導入できるプランを何パターンも検討し、シミュレートしました。
経営陣からも「もっとバリエーションがあった方がいい」とのアドバイスを受けました。最初はなかなかの難題だと思いましたが(笑)、結果的に「UGOCLO Plus」「UGOCLO Half」「UGOCLO-s」の3バリエーション展開により、様々な間取りに対応できるように。「UGOCLO Plus」は、2017年にグッドデザイン賞も受賞しました。さらにリフォームにも対応できるように梁欠きタイプも開発するなど、商品としての幅も広がりました。
固定概念を覆す住まい方に挑戦する長谷工の取り組み
――現在の導入状況はいかがですか?
青山:現在は長谷工グループの物件を中心に展開しています。一つの物件で同じ間取りの住戸すべてに採用するなど、スケールメリットを活かした導入を行っています。
――今後の住まい方にどのような変化をもたらすと考えていますか?
髙木:ウォークインクローゼットは一度設置したら変更できませんが、私たちの商品は生活の変化に合わせて空間を変えられる。単なる収納の進化ではなく、住まい方そのものを変える提案と言えそうです。
――10年にわたるプロジェクトの集大成として、今後の展望は?
倉持:同じメンバーで一つのプロジェクトを10年続けたのは異例のケースです。でも、そろそろ次世代のチームに引き継いでもらいたいかな(笑)。私たちが築いた基盤の上で、さらに新しいアイデアが生まれることを期待しています。
髙木:長谷工の総合力で、技術研究所での迅速な試作、販売現場からの生の声の収集、調査能力のある長谷工アーベストでの実運用にかかる情報など、他社にはない開発環境がありました。この強みを活かして、動く収納の可能性をさらに広げていきたいですね。
青山:住まい方の多様化はこれからも続きます。固定観念にとらわれない、本当に生活者のためになる空間づくりを追求していきたいと思います。
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取材・文:小野悠史 撮影: 石原麻里絵
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.なぜ「工具なしで、誰でも15分で移動」にこだわったのですか?
- A.誰もが自分ひとりで動かせることが大切だと考えたからです。加えて高齢化社会という背景も考慮し、60~70代でも無理なく扱えることを前提条件としました。
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