テクノロジーが住まいを変える! 長谷工のデジタル戦略拠点が始動

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2025年4月、東京都内に誕生した「長谷工デジタルテクノロジーラボ(H/DTL)」は、マンション業界に変革をもたらすような革新的な施設です。長谷工のBIMデータを活用した「リアルとバーチャルを融合した新しい販売手法」を具現化した新拠点を取材しました。

──長谷工デジタルテクノロジーラボとは、どのような施設なのでしょうか。

 

中野達也さん(以下、中野):コンセプトは進化し続けるデジタル技術と蓄積されたデータノウハウを駆使したクリエイティブ拠点です。

 

長谷工では首都圏でつくられるマンションの約4割のシェアを持ち、13年前から設計手法を2次元から3次元のBIM(ビルディング‧インフォメーション‧モデリング)に転換してきました。マンションの戸数で数えると10万戸のデータが蓄積されており、これだけの実績は日本中でどこも持っていません。この圧倒的なデータ資産と技術を活用して、業界に新しい価値を創造し発信する施設、それがデジタルテクノロジーラボです。

 

 

──なぜ今、このタイミングでデジタルテクノロジーラボをオープンされたのでしょうか。

 

山田仁さん(以下、山田):私の個人的な思いもありますが、マンション業界が抱える複数の課題を同時に解決する必要性を強く感じていたらからです。たとえば、SDGs的な観点でいえば、立派なモデルルームを作っては壊すという行為を、何の疑問も持たずに続けてよいのかという問題であったり、販売員に気を使わず、自分のペースで情報収集や比較検討を行いたいというニーズにデジタル技術を活用して課題を解決し、業界全体の変革をリードしたいという思いが、このラボ設立の根底にあります。

プロフィール画像

▲(左)長谷工システムズ デジタルソリューション部門 営業部 部長 山田仁さん。(右)長谷工コーポレーション エンジニアリング事業部 DX推進室 室長 技術推進部門 デジタルテクノロジーラボ 室長(兼務)中野達也さん。※所属・肩書は取材当時のもの

──長谷工ならではの強みはどのように活かされているのでしょうか。

 

山田:長谷工の最大の強みは、設計から建設、管理、販売まで一貫体制で手がけていることです。このラボでは、その各段階でBIM データを活用し、シームレスに連携させることを目指しています。

 

まだ構想中ですが、たとえば、設計段階で作成したBIM データをそのまま販売に活用し、さらに管理会社の長谷工コミュニティがBIM データを引き継いで管理していく。将来的にはリフォーム会社や仲介会社も含め、マンションのライフサイクル全体でBIM を使っていけるようなエコシステムの構築も考えています。

🔳H/DTLの4つのゾーン

1)没入感で魅せる「曲面型VRシアター」

曲面型VRシアター

横8m、高さ2.7mの曲面LEDモニターを備えたVRシアター。日照や影までをリアルタイムでシミュレーションし再現できる。風にゆれる植栽、時間軸に沿った光の変化、夜景の反射まで表現される

曲面型VRシアターのディスプレイ

サンプルチップだけでは伝わりにくかった空間の雰囲気を実物大で再現することで、感覚的に比較・検討しやすいシミュレーションを実現。色合いや質感の違いも表現できる高精細ディスプレイを採用

2)装着して体感! 「バーチャルラボ」

バーチャルラボ

最新のヘッドマウントディスプレイを用いたXR体験。ドールハウスのような1/5サイズのモデルルームをのぞき込むように見ることも、視点を1/1スケールに切り替えて仮想住宅を体感することも可能

3)リアル×デジタルの融合「次世代モデルルーム」

次世代モデルルーム

実際のモデルルームにMR体験を組み合わせた「次世代モデルルーム」ゾーン。現実のモデルルーム内に実寸サイズのCGコンテンツが重ねて表示され、現実空間と仮想空間が融合した体験を提供する

提案型モデルルームAR

提案型モデルルームARでは、来場者がiPadを持って実際の物件内を歩きながら、梁の高さや新商品の特徴などの詳細情報をその場で確認できる。3次元空間認識技術により、位置に応じた適切な情報が自動で表示される

4)デザインの発想を広げる「フィジカルラボ」

フィジカルラボ

3Dプリンターやレーザーカッターを常設したフィジカルラボ。技術系社員が新しいアイデアを具現化できる、クリエイティブな拠点として機能している

最新のデジタル工作機械を活用し、建築部材の試作品制作や新しい構造システムの検証を行うフィジカルラボ。椅子に座ったときの目線の高さなどを棚で再現し、アイデアに活かせるよう工夫している

最新のデジタル工作機械を活用し、建築部材の試作品制作や新しい構造システムの検証を行うフィジカルラボ。椅子に座ったときの目線の高さなどを棚で再現し、アイデアに活かせるよう工夫している

デジタル設計からフィジカルな試作品制作まで、一貫したものづくりプロセスを支援する設備を完備

デジタル設計からフィジカルな試作品制作まで、一貫したものづくりプロセスを支援する設備を完備

 

──オープンしてからの反応はいかがでしょうか。

 

山田:デベロッパーは特にモデルルームなしでの販売を含めた新たな販売手法という目線で非常に興味を持たれている印象です。やはり、VR技術を活用した1/5の俯瞰から1/1の体験への行き来ができる仕組み、そしてアバターが歩いて暮らし方を示すようなデジタル技術を使った演出に注目されているようです。

 

従来であれば実際にモデルルームを作って家具配置を変えるということはできませんでしたが、これをバーチャルで短時間に複数のバリエーションを見せることで、エコノミーにも環境にも優しいソリューションとして評価されているのではないでしょうか。

 

 

──デジタルラボは、これからどのような活用を想定されているのでしょうか。

 

山田:施設の利用支援として5つの分野を想定しています。最大のテーマは「デジタルが自然に使われること」です。どこの会社でもDXといわれていますが、実態を見ると、詳しい人が取りまとめ役になって、すごく少ない人が動いているだけということが多いんです。デジタルラボでは逆に、多くの人が広くデジタルに触れる場所として、どんどん使ってもらって、知らないうちにデジタルの知識が増えてくるようになってほしいとイメージしています。

 

具体的には、1つ目が「商品開発提案」。これまではモックアップという実物の試作品を作って商品開発をしていましたが、デジタル技術を活用することでもっと効率的な開発が可能になります。

 

2つ目が「B2B販売手法の発信」。デジタルを使って今まで以上の情報をお客様に提供し、より民主的に情報を共有しながら検討していただける手法を目指しています。

 

中野:3つ目は「設計プレゼン」、4つ目は「ものづくりの拠点」、5つ目が「対外発表の拠点」です。基本的には長谷工グループ社員だけでなく、デベロッパーなどのステークホルダーの皆さんにも利用していただく予定です。

 

──技術的な特徴について教えてください。

 

中野:最大の特徴は、すべてのコンテンツがBIMデータを基に作られていることです。他の設計会社は平面図から立体を起こしてコンテンツを作りますが、長谷工の場合はオリジナルのBIMデータを活用できるため、細部まで忠実に再現することができます。

 

施設は3つのゾーンで構成され、中央の「VRシアター」では横8m、高さ2.7mの曲面したモニターで1/1体感を実現しています。LEDの画素密度は現在世界最先端クラスで、湾曲していることで圧倒的な没入感の中で説明ができる環境を整えています。

 

山田:BIMではマンションの外構にある植栽も3Dで作られており、ソフトを使えば簡単に風のゆらぎまで表現できます。時間軸で太陽を動かすことができ、植栽の影や素材の反射もリアルタイムで表現できます。VRシアターの大きな画面で、季節による太陽の位置変化や夜のシーンまで、あらゆる時間帯での建物の表情を確認することができます。

 

これをゼロからCGで起こしていたら、かなりの費用と時間がかかりますが、長谷工のBIMデータを使えばほとんど瞬間的に使えます。デジタルラボで体験してもらうことで、お客様へのプレゼンだけでなく、これからもっと新しい使い方に発展していくと思います。

 

 

──他業界との連携についてはいかがでしょうか。

 

山田:プレス発表時には、住宅系メディアだけでなくエンタメ系のメディアにも声をかけました。実は、ゲームやアニメといった3Dの世界と建築のCGは、技術的にどんどん近づいてきています。私たちが使っているものもゲーム用に開発されたエンジンで、グラフィック技術においてはゲーム業界の方が先を行っています。そういった先端技術をどれだけ建築分野に取り入れられるかが今後のカギになりますし、今後もこうした分野との連携はさらに進むと思います。

 

中野:また、東京大学の隈研吾研究室にいらした平野利樹先生にデジタルテクノロジーラボのアドバイザー及びデザイン監修をお願いしています。学生を招いたイベントや共同研究も計画中です。じつはデジタルテクノロジーラボという組織自体は2020年に創設されましたが、そのきっかけとなったのは、2019年に隈先生と共同で制作したパビリオン「URO-CO(ウロコ)」のプロジェクトです。産業界だけでなく、学術界との連携も強めていく構想です。

東京大学隈研究室と長谷工谷工コーポレーションがコラボしたURO-CO。合板にレーザーカッターで切り込みを入れることで生まれる柔軟性に着目した仕組み

▲東京大学隈研究室と長谷工谷工コーポレーションがコラボしたURO-CO。合板をレーザーカットすることで生まれる柔軟性に着目した仕組み

──デジタルラボで生まれたものは、今後どんな風にマンション業界を変えるのでしょうか。

 

中野:個人的にですが、ゆくゆくは、デジタルラボと同じような施設を都心のターミナル駅近くに作り、そこで1つの物件を売り終わったら次の物件という形で、拠点としてのバーチャル販売「デジタルマンションギャラリー」のような運営もできるんじゃないかなと考えています。

 

山田:今後は管理や販売にもBIMを活用し、管理会社がBIMデータを引き継いで管理していく、さらにはリフォーム会社や仲介会社などステージでBIMを使っていけるようになることを目指しています。工事現場の方々への講習にも活用できる可能性があります。VRで足場の危険箇所を体感していただく研修などは、実際の現場で危険な状況を作るよりもはるかに安全で効果的ですから。

 

 

――この施設をひとことで表現するとしたら、どんな言葉がふさわしいでしょうか。

 

中野:「デジタルが自然に使われる場所」でしょうか。多くの人が広く、デジタルに触れる場所になってほしいです。触ってみて自分たちがデジタルを使うことで楽になったり効率的になったりすることを実感してもらう。そして、さらにその先でデジタル技術やものづくりを楽しんでもらいたい。このラボを通じてマンション業界全体のデジタル化を推進し、お客様により良い価値を提供していきたいと考えています。理想は、「みんなのデジタルテクノロジーラボ」ですね。

大画面でのプレゼンテーション風景。複数の関係者が同時に映像を共有し、リアルタイムで注釈を入れながら議論できるため、より効果的な合意形成が可能

▲大画面でのプレゼンテーション風景。複数の関係者が同時に映像を共有し、リアルタイムで注釈を入れながら議論できるため、より効果的な合意形成が可能

デベロッパーや管理会社などのステークホルダーとの打ち合わせにも。従来の図面ベースの説明から、体感型の提案へと進化したコミュニケーションが実現されている

▲デベロッパーや管理会社などのステークホルダーとの打ち合わせにも。従来の図面ベースの説明から、体感型の提案へと進化したコミュニケーションが実現されている

 

 

取材・文:小野悠史 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.巨大なLEDを用いた「VRシアター」は圧巻ですね。
A.山田:この規模の湾曲LEDは、日本国内でも導入事例がほとんどありません。複数人での大規模プレゼンテーションから実物大のリアルカタログと、このサイズだからこそ可能となる表現が数多くあると考えています。新しい発想を生み出すきっかけになると思い、社内での様々な調整を経て導入しました。このLEDだけではなく、このラボへの投資は、長谷工グループとして将来的な方向性を探るうえでも意義のある取り組みだと捉えています。マンション業界全体のデジタル化を牽引し、持続可能な事業モデルを構築するための先行投資となれば良いなと考えています。