日影規制とは?日照確保のための仕組みと設計への影響

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影のかかったマンションの外観

日影規制とは、冬至の日の太陽の高度を基準に、建物の影が周囲の土地に一定時間以上かからないようにするための制度です。特に住宅地において、周辺住民の健康的で快適な暮らしを守ることを目的としています。 一級建築施工管理技士の山本悠太さんに、日影規制の背景や適用対象、基準となるルール、そして設計や建築計画への影響について詳しく解説いただきました。都市部と郊外における運用の違いや、よくある誤解、今後の変化についても触れていますので、ぜひ参考にしてください。

山本悠太さん
 

【プロフィール情報】

 

山本悠太(一級建築施工管理技士)
2013年に新卒で大手ゼネコンに技術職(施工管理)として入社。9年間勤務し、大型研修施設、高層マンション、大規模倉庫を担当。2022年よりリフォーム会社へ転職。現在も、店舗内装など小規模物件の施工管理に従事する。

――日影規制とはどのような制度なのか教えてください。

 

山本悠太(以下、山本):日影規制とは、太陽の高度が低い冬至の日を基準とし、建物の影が周囲の土地に一定時間以上かからないようにするための制度です。特に住宅地において、新たな建物を建てる際に周囲の日照を確保し、周辺の住民が健康的かつ快適に暮らせるようにすることを目的としています。

 

 

――そもそも、なぜこうした規制が必要になったのでしょうか。

 

山本:1950年代~70年代の高度経済成長期に高層建築物が都市部に急増したことが背景にあります。建物が大きくなることで、近隣の住宅に日が当たらない、生活環境が悪化するといった問題が顕在化し、訴訟が多く発生しました。その結果、1976年の建築基準法改正によって日影規制が導入されたのです。

 

 

――建物の高さ制限とは何が違うのですか。

 

山本:高さ制限が単に建築物の高さを制限することであるのに対し、「日影規制」は建築物によって生じる影により周囲の土地に日が当たらなくなる時間を規制するものです。高さ制限には具体的に「絶対高さ制限※1」「道路斜線制限※2」「隣地斜線制限※3」「北側斜線制限※4」などがあり、高さ以外の部分においても細かくルールが定められています。

 

 

※1絶対高さ制限
第一種・第二種低層住居専用地域、田園住居地域における建物の高さを制限する規制。

※2道路斜線制限
道路に面した建物の高さを制限する規制。

※3隣地斜線制限
隣地の日照や通風などを確保するために建物の高さを制限する規制。

※4北側斜線制限
北側の土地の日照を確保するために建物の高さを制限する規制。

 

 

高層マンションのイメージ

 

――日影規制はどのような建物が対象になるのでしょうか。

 

山本:日影規制の対象は、たとえば第一種・第二種低層住居専用地域においては軒の高さが7mを超える建築物または地上3階以上の建築物(地階を除く)が対象です。ただし、地域によっては階数に関係なく高さが10mを超える建築物が対象となる場合もあります。つまり、木造2階建てのような一般的な低層住宅はほとんどが対象外となりますが、3階建てや高層の建物は規制されることになります。

 

 

――エリアによって規制の強さは違うのでしょうか。

 

山本:用途地域によって規制の厳しさは大きく異なります。先ほどお話ししたように、第一種・第二種低層住居専用地域などの住宅地は最も厳しく設定されています。一方で商業地域や工業地域では、日影規制が対象外とされていることが多い傾向です。しかし、高さ10mを超える建築物が日影規制の対象地域に日影を落とす場合は対象となります。

 

 

――公共施設や学校などにも適用されるのでしょうか。

 

山本:はい。学校や病院、福祉施設なども対象になります。用途にかかわらず、建物規模と地域の組み合わせで自動的に判断される仕組みです。

 

 

――日影規制は時間や高さなどが定められているかと思いますが、まず「時間」の基準はどのように決められているのでしょうか。

 

山本:日影規制は、冬至の日の午前8時から午後4時までの8時間が規制時間(北海道は午前9時から午後3時まで)となります。この時間帯において、建物が隣地に落とす影の時間が「何時間まで許されるか」が用途地域ごとに決められているんです。たとえば、第一種低層住居専用地域なら敷地境界線から5~10mの範囲においては3時間、10mを超える場所では2時間まで、のようになっています。

 

 

――「高さ」についての基準もあるのでしょうか。

 

山本:日影規制においては、建物の高さを制限する基準はなく、あくまでも建物によって周囲の土地に日影が生じる時間の規制となります。高さについて規制があるのは「絶対高さ制限」「道路斜線制限」「隣地斜線制限」「北側斜線制限」です。

 

 

――日影規制において時間以外にも基準はありますか。

 

山本:基本的に日影時間のみの規制ですが、用途地域によって影の測定位置が変わることに注意が必要です。たとえば、第一種低層住居専用地域では高さ1.5mの位置で日影時間を測定しますが、第一種住居地域では測定位置が4mまたは6.5mと高い位置で設定されています。

 

 

日が差し込むマンション

 

――日影規制は設計や建築計画にはどのような影響がありますか。

 

山本:一番大きいのは、やはり建物の形状と配置です。特に北側隣地への影を抑えるために、設計時に建物の上層階を下の階よりも後退させるなどの工夫が必要となる場合があります。敷地のどこに建物を配置するかによっても影の落ち方が変わるので、配置計画から慎重に検討しなければなりません。

 

 

――容積率いっぱいに建てられないこともありそうですね。

 

山本:十分ありますね。法律上の容積率(敷地面積に対する建物の延床面積の割合)は満たせても、日影規制などによって建物のボリュームが制限され、結果として容積率を使い切れないケースは珍しくありません。特に狭小地や密集地ではその影響が顕著です。

 

 

――形状についてはどのような工夫が必要でしょうか。

 

山本:先ほどもお話ししたように建物の上層階を下の階よりも後退させたり、建物を敷地の南側に寄せたりする場合もあります。状況に応じて緩和措置があるため、うまく利用しながら設計を行うことが重要になるでしょう。

 

 

――どのような状況の時に緩和されるのでしょうか。

 

山本:敷地の周囲に道路や河川などがあったり、敷地の地盤面が隣地より低かったりする場合には条件が緩和されます。このようなケースでは、設計や建築計画に有利に働きます。

 

 

――都市部と郊外で日影規制の考え方は変わるのでしょうか。

 

山本:大きく変わります。まず都市部の商業地域や工業地域では、基本的に日影規制が緩和されているか、そもそも適用されないことが多い傾向です。都市部は建物が密集する前提で作られているため、住環境よりも土地の有効活用や経済性が優先されるからだと思います。

 

 

――反対に郊外の住宅地はいかがでしょう。

 

山本:郊外の第一種・第二種低層住居専用地域などでは、非常に厳しく適用されます。特に住環境の保護が重視されるため、日照を確保するための時間や影の長さの基準が都市部よりもかなり厳しくなっているのが現状です。

 

 

――具体的にどれくらい違うのでしょうか。

 

山本:たとえば、商業地域や準工業地域では日影規制がかからないケースが多いのですが、第一種低層住居専用地域では敷地境界線からの距離により「日影を生じさせる時間は2~3時間以内」といった厳格な規制が設けられています。たった数mの距離でも、用途地域が変わるだけで建てられる建物のボリュームがまったく異なるのが実情です。住宅街で高い建物を見かけることはそう多くはありませんが、日影規制などが影響していることが多いからだと思います。

 

 

パソコンに写る建物の図面

 

――実際にどのような影響があったのか教えてください。

 

山本:基本的に日影規制やその他の制限に従って設計を行うため、急遽計画変更になったという事例はありません。ただ、検討段階において高さ変更を行うケースはあり、たとえば高層マンションの場合に建物の高さに制限があるために階高を低くして戸数を確保した、という事例はありました。

 

 

――商業施設などでも計画が変更となることはありますか。

 

山本:はい。商業施設でも、周囲が住居系地域だと日影規制の影響は避けられません。たとえば、建設予定地である商業地域の周囲が第一種低層住居専用地域で日影が届いてしまう場合は日影規制の基準が適用されるため、建物の形状を考慮する必要があります。

 

 

――建物を建築する場所に応じて検討を行い、必要に応じて設計上の工夫が必要ということですね。

 

山本:はい。たとえば建物を南側に寄せて北側に空地を設けたり、屋根の形状を工夫して影がかかる範囲を減らしたりなどの工夫が重要です。ただし、敷地が狭い場合はできることに限りがあるため難しくなりますね。

 

 

――日影規制について、誤解されやすいことなどはあるでしょうか。

 

山本:日影規制というと「北側だけの規制」といったイメージを持つ方もいますが、じつは違います。日影規制は敷地の境界線より外側すべてが対象です。確かに北側は太陽の動きの関係で影が長くなりやすいのですが、東・西・南の方角も含めて確認する必要があります。

 

 

――「冬至の日だけ影を見れば良い」という声もありますがどうなのでしょうか。

 

山本:そうですね。実際、太陽が最も低くなり影の影響が大きくなるといわれる冬至の日の影の長さが、日影規制の基準になっています。冬至の日を基準に考えることで、最も厳しい条件下でも日照が確保され、年間を通じて影の問題は起きにくい、という考え方ですね。

 

 

――他にも誤解されがちなポイントはありますか。

 

山本:建設計画の際は日影規制がクローズアップされることが多いものの、その他の規制も考慮しなければなりません。先ほども説明した「絶対高さ制限」「道路斜線制限」「隣地斜線制限」「北側斜線制限」や容積率など、さまざまな制限を検討する必要があります。

 

 

――今後、日影規制は緩和されていくのでしょうか。

 

山本:都市の高密度化が進む中で、商業地域や一部の都市エリアでは緩和の議論が進む可能性はあります。ただし住宅地では、逆により厳格化される動きもあるのではないでしょうか。特に人口密度が高まるエリアほど、より厳格化されるかもしれません。

 

 

――今後、日影規制はどのように変化していくのでしょうか。

 

山本:時代に合わせた柔軟な運用が求められると感じます。昔は高層ビルの乱立による日照の問題だけが重視されていましたが、今は断熱、通風、緑化、再生可能エネルギーの活用など、暮らしを取り巻く要素が多様化している状況です。日影規制も、単に「影を落とす・落とさない」だけの議論ではなく、街作り全体のバランスを見ながら、地域ごとに適切に見直されていくことが理想ではないでしょうか。