近年、豪雨による水害が各地で繰り返し発生しています。たとえ水害に強いといわれるマンションであったとしても、50cm程度の冠水によって電気設備などが被災し、生活に必要な機能が止まる可能性があります。被害の大きさだけでなく、豪雨が「頻発化」していることにも目を向け、マンションの水害対策を考えることが大切です。都市計画を専門とする長谷工総合研究所の青木伊知郎主席研究員に、マンションの水害リスクと対策を聞きました。
この記事は、長谷工総合研究所が発行する「CRI」2026年9月号の記事「都市とマンションの防災・減災~気候変動で頻発化する豪雨災害と住宅の浸水対策〜」の内容をもとに、新たなインタビューを加えて作成しています。
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家屋被害の発生件数は減少傾向。それでも頻発化する豪雨への警戒は必要
――近年は短時間に激しい雨が降ることが増えていますね。
青木伊知郎さん(以下、青木):はい、災害の「激甚化」と「頻発化」という言葉が使われますが、豪雨災害については、特に近年、「頻発化」していると感じます。気候変動によって雨の降り方は明らかに変わっています。日降水量200mm以上のような大雨だけでなく、1時間降水量50mm以上という短時間の激しい雨も、40年間(※)で約1.5倍に増えているのです。
※1976年から1985年と、2016年から2025年の10年間平均を比較
▲豪雨の発生頻度の長期的傾向
画像出典:長谷工総合研究所「CRI」2026年9月号
原データ:気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」
▲短時間に大雨が降る頻度も増えていることが分かる
画像出典:長谷工総合研究所「CRI」2026年9月号
原データ:気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」
――一方、国土交通省の水害統計調査を見ると、水害による被災家屋棟数は長期的に減少しているそうですね。雨は増えているのに、被災家屋棟数が増えていない理由は何でしょうか。
青木:河川や下水道の整備が進んできたからではないかと考えています。特に三大都市圏での被災家屋棟数は減少傾向となっています。東京でも、かつて頻繁に氾濫した目黒川や神田川に地下調節池などが整備され、溢れにくくなっています。
ただし、公共事業による治水には限界があります。どんな雨が降っても絶対に氾濫させないという対策は現実的ではありませんので、常に注意は必要です。
――都市部で現実的に警戒すべき水害は何でしょうか。
青木:まず、水害は起こりやすい場所が決まっています。浸水被害にしても、土砂災害にしても、どこで発生するおそれがあるかを確認することが重要です。災害レッドゾーンと言われる災害危険区域、土砂災書特別警戒区域などは、住宅ローン減税も2028年から原則対象外(※)になるので居住を避けることが望ましいですが、その他にも、水害のリスクがある場所は広くあり、ハザードマップで確認することができます。
※2028年以降に入居する、災害レッドゾーン内の新築住宅は適用対象外(建替え・既存住宅・リフォームは適用対象)
▲青木伊知郎さん。長谷工総合研究所 主席研究員。2015年長谷工コーポレーション入社。博士(工学)、一級建築士、技術士(建設部門)。また、公益社団法人日本建築士会連合会 まちづくり委員会 副委員長を務める。※所属先・肩書きは取材当時のもの
ハザードマップなどから読み取れる浸水リスクとは
――ハザードマップを見れば、自宅ではどの程度の浸水リスクがあるか、わかるものでしょうか。
青木:水害で浸水した時にどれぐらいの浸水深(しんすいしん:浸水した場合の地面から水面までの高さを表す)になるのかを知ることができます。ただ、多くのハザードマップに示されている「想定最大規模」とはどういうものなのか、また、「自宅が3m浸水する」と知っても、浸水対策として何をすればよいかは分かりづらい点があるように感じます。
一方、国土交通省の「水害リスクマップ」では、河川ごとに、浸水がどのくらいの頻度で起こるかが示されています。たとえば荒川の洪水によって3m以上の浸水深となるのは、江戸川区の場合「想定最大規模」つまり1000年に1回あるかどうかという水準です。しかし、50cmの浸水はそれよりも高い頻度で起こることが想定され、地域によってはさらに高頻度で発生することが想定されています。
▲荒川流域で浸水深50cm以上が発生する頻度。「中高頻度」や「中頻度」を表す、紫や赤色の部分も多い
画像出典:長谷工総合研究所「CRI」2026年9月号
原データ:国土交通省「水害リスクマップ及び多段階の浸水想定図一覧」
▲荒川流域で「浸水深3m以上」が発生する頻度は、「低頻度」の黄色や、それより低い「想定最大規模」で示されている範囲が多い
画像出典:長谷工総合研究所「CRI」2026年9月号
原データ:国土交通省「水害リスクマップ及び多段階の浸水想定図一覧」
また、1時間に80mm、100mmといった短時間の豪雨の場合は、大きな河川が氾濫しなくても、中小河川の氾濫や「内水(ないすい)氾濫」が発生する可能性が高くなります。
大河川における氾濫のような「3m以上の浸水」はめったに起きなくても、50cm程度の浸水は、地域や降雨の条件によっては比較的高い頻度で起こり得ます。気候変動によってさらにその頻度が上がっている可能性も考えられます。
「水が住戸に入るか」だけでは測れない、マンションの水害リスク
――大規模な浸水でなくても、マンションでは被害が生じるのでしょうか。
青木: マンションによっては地下の電気設備や、地下に掘った空間に車を収納するピット式駐車場があります。50cm程度の浸水であっても地下に水が流れ込めば車は水没し、電気設備は被災します。
また、令和元年の台風19号で被害を受けた武蔵小杉のタワーマンションのように、停電によって電気やエレベーターが使えなくなり、生活そのものが困難となる場合もあるのです。
――浸水リスクは、同じ地域の中でも差があるのでしょうか。
青木:平らに見えるような同じ地域内でも、1m程度の高低差があることは珍しくありません。1m違えば、浸水のリスクは大きく異なります。
また、大きな差が表れやすいのが、市街化区域と市街化調整区域の境目です。市街化区域は、多くの人が住むことを前提に、下水道や河川などのインフラが優先的に整備されている他、市街化区域を設定する際の基準として、溢水(いっすい)、湛水(たんすい)などによる災害の発生のおそれのある区域は原則含まない(※)こととされています。土地区画整理事業に伴って、土地の嵩上げが行われている場所もあります。
※既に市街地を形成している区域を除く
一方、建物の建築を原則として認めていない市街化調整区域では、こうした浸水対策を市街化区域のように行うことはできません。実際、令和元年の台風19号による被災状況を確認した際、市街化区域では浸水しても比較的浅いレベルにとどまったのに対し、隣接する市街化調整区域では3m以上浸水したと見られる場所がありました。
――マンションの多くは市街化区域に建っています。市街化区域であれば、水害リスクについて過度に心配する必要はないのでしょうか。
青木:「3m以上の浸水」のような深刻な浸水が起こる頻度は、市街化調整区域に比べれば低い傾向にあるでしょう。だからといって水害のリスクがなくなるわけではなく、市街化区域でも浸水は起こり得ることを前提に対策することが求められます。
▲「50cm程度の浸水でも、ライフラインに関わる電気設備などがダメージを受ける場合がある」と青木さんは話す
水害でライフラインを止めないために
――今後建設されるマンションにおいて、どのような対策がなされるべきとお考えでしょうか。
青木: 現在の新築マンションでは、ハザードマップをもとに冠水想定レベルを設定し、住戸やポンプ室・電気室などをそれより高い場所に設置することが原則となっています。冠水想定レベルが高い場合は、躯体手摺などで囲む「止水ライン」を設け、開口部には浸水対策を施しています。
――既存マンションでも行える対策はありますか。
青木:開口部に止水板を設置することや、下水管や排水管からの逆流対策などが考えられます。頻度が高い浸水には、浸水対策工事を実施する効果が高いと考えられます。
日頃の防災意識の醸成や良好なコミュニティの形成など、ソフト面での防災対策も重要だと思います。
――対策には管理組合の合意も必要ですね。
青木:区分所有建物であるマンションでは、浸水対策工事を行うにも合意形成をしなければなりません。CRIでインタビューをさせていただいた木内望先生らの研究を紹介すると、マンションの立地による浸水の深さや発生頻度と、浸水対策工事の費用を比較して、マンションの浸水対策工事の費用対効果を算出しています。このような情報を参考にされると、管理組合内での合意形成に役立つと思います。
▲木内望・中野卓(2023)「建築物の浸水対策案の試設計に基づくその費用対効果に関する研究」建築研究報告(153)、pp.1-234
「流域治水」の時代にマンションが果たす役割
――「流域治水」という言葉もよく耳にします。先ほど50cm程度の浸水に備えておく重要性についても伺いましたが、個々のマンションにおける対策だけでなく、今後はますます、地域全体で浸水被害を抑えていくことが欠かせなくなりそうですね。
青木:流域治水関連法ができたのは2021年ですが、考え方自体は、1968年にできた(新)都市計画法や、1970年代にスタートした「総合治水」と共通するものがあります。1968年の(新)都市計画法で導入された市街化区域と市街化調整区域の区域区分(線引き制度)は、先ほども触れた通り、災害のリスクが高いエリアの土地利用規制という意味でも効果を果たしてきたように思います。
一方、総合治水では、急激な市街化によってアスファルトが増え、雨水が一気に川へ流れ込んでしまうことに対応して、河川だけでなく、市街地も含めた流域全体で水を受け止める対策が実施されました。
その先駆けとなった鶴見川は、上流から下流まで都市化が進んだ典型的な都市河川で、昭和50年代には水害が頻発していましたが、雨水貯留浸透施設の設置など、降った雨を一時的に貯留し、川へゆっくり流す対策が進められました。こうした取り組みの積み重ねが、流域全体の水害リスクを抑えてきたように思います。新横浜駅の近くには鶴見川多目的遊水地が整備されました。サッカーの試合などで使われる日産スタジアム周辺も、普段は公園や駐車場として使われていますが、増水時には水を溜められる構造になっています。
――マンションは、水害リスクを抑える上でも一役買っているということでしょうか。
青木:マンションは、建物自体が水害で壊れる可能性は低く、浸水対策も比較的行いやすいので、全体的に見れば、水害のリスクが低いものが多いとは思います。安全性が高いマンションの場合は、台風などの災害時にも基本的に自宅にとどまる「在宅避難」が推奨されています。
災害時に周辺地域との連携・協力ができるマンションであれば、地域全体の防災力向上にも貢献できることになります。たとえば「よこはま防災力向上マンション認定制度」では、防災対策を実施しているマンションや地域との連携が図られているマンションを横浜市が認定しています。
――最後に、マンションの住民が、水害に備えて明日からできることを教えてください。
青木:マンションで在宅避難を行うために必要な備蓄や、停電に備えた対策は必要だと思います。
その上で、まずは自宅とその周辺のハザードマップを見て、水害のリスクを「理解する」ことも大切でしょう。実際にはハザードマップを見たことがない、見方が分からないという人も少なくないのではないでしょうか。
加えて、国土地理院の「地理院地図」では、標高を細かく確認できます。マンションが安全だとしても、自宅周辺で浸水のリスクがある場合は、どこが特に低い場所なのか、どの道を通れば安全だと考えられるかを事前に把握しておくことをおすすめします。
▲青木さんは「平時から自宅周辺の地図や標高を把握しておくとよい」と話す
取材・文:小野悠史 撮影:石原麻里絵(fort)
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.なぜ日本では、これほど水害が多いのでしょうか?
- A.青木:日本は、梅雨や台風など雨が降りやすい気候です。また、山地が多く、河川が短くて勾配も急なため、大雨が降ると氾濫や土砂災害が起こりやすい地形です。しかも、都市や住宅地が広がる平野の多くは、もともと川の氾濫によって土砂が堆積してできた土地なので、水害が起こりやすい条件が重なっています。だからといって、平野に住んではいけないわけではありません。すべての水害を防ぐことは難しいからこそ、土地のリスクを理解し、流域全体で水を受け止めながら、リスクに応じた住まい方を考えることが大切です。
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