みずほ信託銀行系の不動産専門シンクタンク、都市未来総合研究所の丸山直樹さんと佐藤悠生さんに、コロナ禍以降の、住宅需要の変遷と今後の市場を読み解くポイントを聞きました。
ニーズに追いつかない価格帯となった都心部――広がる住宅需要の外縁化
――ここ数年の住宅市場を振り返ると、どのような社会環境の変化があったと捉えていますか。
丸山直樹さん(以下、丸山):コロナ禍による働き方の変化は、非常に大きなインパクトでした。リモートワークの普及により、通勤利便性だけでなく、広さやワークスペース、住環境などが重視されるようになり、郊外居住への関心が高まりました。
その後、コロナ禍の収束に伴い出社回帰が進みましたが、今度は住宅価格が高騰したことが、住宅需要にも変化を与えています。実需層、特に広い間取りが必要な子育て世帯などを中心に、都心やその周辺エリアでの住宅購入のハードルが高まっており、比較的価格が手頃な郊外などへと住宅需要が広がっているものと見られます。
▲丸山直樹さん。都市未来総合研究所 主任研究員。国土交通省所管のシンクタンク、J-REITの資産運用会社を経て現職(2013年入社)。主に住宅市場やJ-REIT市場の分析を担当。現職中に出向した信託銀行では不動産コンサルティング業務に幅広く従事。※所属会社・役職は取材当時のもの
――具体的に、どのように都心から郊外へと需要が広がっていったのでしょうか。
佐藤悠生さん(以下、佐藤):総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」で転出入数の推移を見ると、コロナ禍の前後ともに首都圏への流入は続いているものの、都心からの距離別に見ていくとコロナ禍前後でやや様相が異なります。
東京大都市圏の市区町村を、旧東京都庁(現:東京国際フォーラム)を中心に10kmごとの同心円状に区分し、転出入の内訳を見ていくと、おおよそ荒川や環七の内側にあたる10km圏内(下図、水色線)では、国内からの転入超過数がコロナ禍前に戻らないうちに減少傾向に転じています。2025年の転入超過数は2019年の4%にも満たない状況であり、転居したくてもできないエリアになりつつあります。
▲国内の転入超過数の推移を見ると住宅需要の外縁化が見て取れる
画像提供:都市未来総合研究所
▲旧東京都庁から10km圏内はおおよそ都心13区。10〜20km圏内には、都心部を除く23区に加え、川口市・市川市・川崎市なども含まれる
画像提供:都市未来総合研究所
佐藤:10〜20km圏(上図、青線)については、10km圏内ほどではないものの、国内からの転入数はコロナ禍前に届く前に横ばいになりつつあります。20〜30km圏(上図、オレンジ線)はコロナ禍前後で大きく傾向は変わっていません。20km圏内と対照的なのが、30〜40km圏(上図、濃紫線)です。30〜40km圏はおおよそ国道16号線付近にあたりますが、このエリアはコロナ禍前から続く転入超過の増加傾向がコロナ禍後に押し上げられました。2022〜2024年は反動でペースを落としたものの、2025年は千葉市中央区や町田市などが牽引し、再度転入超過が増加する兆しが見えています。
コロナ禍前、転入超過の多いエリアは上位から①10〜20km圏、②20〜30km圏、③10km圏内でしたが、直近のデータでは10km圏内に代わって30〜40km圏が三番手につけています。
▲佐藤悠生さん。都市未来総合研究所 研究員。不動産デベロッパー、データ分析コンサルティング会社を経て現職(2025年入社)。オフィスビルのプロパティマネジメント業務や大規模複合施設の商品企画、データ分析基盤の構築、データ可視化業務に従事。現職では主に住宅市場の調査・分析を担当する。※所属会社・役職は取材当時のもの
――住宅需要の外縁化の主な要因は、やはり住宅価格の高騰なのでしょうか。
佐藤:そうですね。地価や建築費は近年、顕著に上昇しており、都心部の住宅はニーズが追いつかない価格帯になってきているのではないでしょうか。加えて10km圏内の分譲マンションは、適地不足やホテル用途としての需要との競合などの要因もあって、事業を成立させる難易度が高まっているため供給が絞られています。
価格が高騰し、供給数も減っている都心部の受け皿として、20〜30km圏や30〜40km圏が機能し始めているものと見ています。
都心のマンション着工は2割未満に。供給から見る市場の変化
――マンションの供給は近年、どのように変わってきたのでしょうか。
佐藤:10km圏内は分譲マンションの着工戸数(下図、青線)の減少傾向が続いていましたが、コロナ禍以降は減少のペースが加速しており、2025年度には住宅着工戸数全体の20%を下回っています。代わってコロナ禍以降は賃貸マンションの着工戸数(下図、緑線)が伸びていきましたが、2024年度以降は減少傾向にあります。近年は地価や建築費の上昇を補えるだけの高い家賃設定が見込めるものに絞り込まれているのではないかと考えられます。
10km圏内ほどではないものの、10〜20km圏内も同様です。着工数全体を見ると、10km圏内は軒並み着工減で、10〜20km圏も増加は木造アパートなどが含まれる「その他貸家(下図、緑破線)」のみです。新築マンションに限らず、開発のハードルが上がっているものと推測されます。
▲10km圏内における分譲マンションの着工数は、顕著に減少。また、賃貸マンションの着工数も10〜20km圏内に先駆けて減少傾向に
画像提供:都市未来総合研究所
▲10〜20km圏内でも同様に、コロナ禍以降で分譲マンションの着工数が減少している
画像提供:都市未来総合研究所
――20km圏内は分譲マンション・賃貸マンションともに着工数が減少しているとのこと。これは中古住宅や戸建て住宅へのシフトが進んでいることの現れなのでしょうか。
佐藤:戸建て住宅はグラフの「その他持家・分譲住宅(上図、青破線)」に分類されますが、基本的には10km圏内では低水準かつ横ばい、10~20km圏では減少傾向にあります。したがって、住宅着工戸数からは顕著な戸建てシフトは見られていません。ただ、中古住宅は着工戸数には含まれませんので、中古シフトが進んでいる可能性はありますね。
丸山:近年はリフォームや買取再販市場が活況です。新築住宅では採算が取りにくいという事業者の事情もあって、中古住宅にシフトしている流れはあると思います。
――外縁部についてはいかがですか。
佐藤:20〜30km圏および30〜40km圏については、コロナ禍を契機に賃貸・分譲両マンションの着工戸数が増加する方向に動きましたが、直近では勢いに陰りが見られます。同じ時期に「その他持家・分譲住宅(下図、青破線)」も減少しており、増加を続けているのは「その他貸家(下図、緑破線)」のみです。この距離圏でも、開発のハードルが低いというわけではないのでしょう。
供給戸数の減少は、それ単体では需給を引き締めて契約率を上げる要因となります。しかし実際には、新築分譲マンションの主な供給エリアである40km圏内の初月契約率は低下傾向にあります。契約率下落の中心はいわゆるファミリータイプで、従来からの主な実需層の購買力が追いついておらず、事業者も値下げを避けてじっくりと販売していく戦略にシフトしている様子がうかがえます。
20〜30km圏については、2025年度に分譲マンションの着工戸数がやや増加していますが、これは工場や社宅跡地の開発、団地の建替事業などが重なったためと見られます。大規模な案件が動くとやはり多少のブレはありますね。
▲20〜30km圏内で、分譲マンションの着工数の増加は見られない。近年は、アパートなどを含む「その他貸家」のみ増加傾向にある
画像提供:都市未来総合研究所
▲同様に、30〜40km圏内でも分譲マンションの着工数の増加は見られず、アパートなどを含む「その他貸家」のみ増加傾向にある
画像提供:都市未来総合研究所
注目すべき動向やデータは? 今後の住宅市場を考える
――今後の市況を考えるにあたって、どのようなデータや社会動向に注目していますか。
佐藤:新築住宅は建築コストと用地コストという調達価格を前提とした価格になりますが、これらを見るに、価格高騰を止める可能性の高い要因は現状見当たりません。
また、建築コストはさらに労務費と建設資材価格に分けて考えられます。労務費に関しては構造的な労働力不足が背景にあることから、建築費を引き下げる方向には当面進まないと考えられます。建設資材価格に関しては、国際情勢の緊迫化による原材料価格の高騰やサプライチェーンの混乱、さらに円安による資材や燃料価格の調達コスト増加が上昇圧力となっています。
これらの動向は、新築住宅市場における価格動向の先行指標として役立つと考えています。新築分譲マンションの価格上昇が続く場合、住宅需要はやはり中古や賃貸に流れると考えられますので、その動向にも注目しています。
画像提供:都市未来総合研究所
▲建設資材価格、労務費ともに下がる兆しは見られない
画像提供:都市未来総合研究所
丸山:マンションを中心とした住宅価格高騰については、国や自治体、業界団体が投機的取引抑制に関する調査や対策に乗り出しており、これらの取組みが住宅価格に与える影響に注目しています。
なお、住宅価格の上昇は購入層の賃金上昇を伴うことが望ましいと考えられますので、賃金の動向も注目されます。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」などを見ますと、2026年に入り、賃金上昇率は比較的堅調に推移しているようです。ただし、投機的取引抑制や賃金上昇が進む場合には、都心やその周辺での住宅購入のハードルを押し下げ、住宅需要の外縁化を弱める方向への影響があるかもしれません。
▲今後の市況を考えるにあたり、複数の動向を包括的に追っていく視点が欠かせない
丸山:外縁化の動向を見極める上では、企業のテレワークへの取組み動向も注目されます。テレワークを導入している企業の割合はコロナ禍で大きく上昇した後、出社回帰の流れに伴って低下傾向にありますが、総務省「通信利用動向調査」の最新データでは下げ止まりの兆しも見られます。引き続き出社回帰を推し進める企業の例は見られますが、仮に今後、出社回帰の流れが一段落する場合には、住宅需要の外縁化を強める方向への影響があると考えられます。
取材・文:亀梨奈美 撮影:ホリバトシタカ
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.住宅価格に加え賃料も高騰している今、どのように住宅を選べばいいとお考えですか?
- A.佐藤:新築にしても中古にしても、できる限り早く購入したほうがいいのだろうと個人的には思います。一方で、東京都が推進する「アフォーダブル住宅」など、子育て世帯や新婚世帯を支援する政策にも注目しています。こうした政策が拡大していけば、住まいの選択肢がより多様化していくのではないでしょうか。
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