地震によって同じような被害を受けたマンションでも、生活を取り戻すまでの時間には差が生まれることがあります。その違いを生むのは、建物の強さだけではありません。被災後に必要な情報をどう集め、誰が何を判断するのか。災害後も暮らしを維持し、いち早く日常を取り戻す「レジリエンス」の視点から、マンション防災について芝浦工業大学教授の増田幸宏さんに聞きました。
※この記事の取材は、2026年7月28日の「令和8年熊本地震」発生前に行ったものです。このたびの「令和8年熊本地震」によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
命の次に、マンションでの生活を守る
――先生は長年、「レジリエンス」をテーマに研究されています。「回復力」とも訳されるレジリエンスとは、どのような意味を持つ言葉なのでしょうか。
増田幸宏さん(以下、増田):レジリエンスとは、厳しい状況や環境変化を乗り越える「能力」のことです。日本語にするなら「災害に強い」ではなく「災害に負けない」がしっくりきます。
自然災害に見舞われれば、被害を受けることは避けられません。だからこそ、レジリエンスという分野では、被害を受けることを前提に、命や生活といった大事なものは守りきることが大切だと考えています。
――「負けない」という言葉は、一般的な防災のイメージとは異なる響きがありますね。
増田:私がこの分野を学び始めたのは1995年に発生した阪神・淡路大震災のころで、当時は多くの方が建物の倒壊や家具の転倒で亡くなりました。「建物の中にさえいなければ助かったのに」という言葉を耳にしたことは、建築を志していた私にとって、大変重いものでした。
その後、耐震化を促す制度や施策が進められるとともに、耐震技術の向上や、制振、免震などの、技術の普及も進みました。もちろん、建物の倒壊リスクがなくなったわけではありませんが、建物の構造的な安全性は着実に向上してきました。建物という「箱」の、構造的な安全性が一定のレベルまで高まってきたからこそ、次の議論ができるようになってきたのです。
▲増田幸宏(ますだ・ゆきひろ)さん。芝浦工業大学 システム理工学部 (建築・環境課程) 教授。環境基盤研究室を主宰し、都市・建築のレジリエンス、災害時の生活継続を支える建物管理システムなどを研究。2017年にジャパン・レジリエンス・アワード(強靱化大賞)最優秀レジリエンス賞を共同受賞。※所属先・肩書きは取材当時のもの
――次の議論とは、どのようなものでしょうか。
増田:たとえば、病院は災害時こそ機能を守りきり、医療を提供し続けることが求められます。マンションも同じで、住まいの場である以上、災害時にも「生活が続けられる」かどうかが重要になってきます。
都市部では多くの方が集合住宅に住み、マンションはもはや都市のインフラですから、マンション防災は、防災の「一丁目一番地」と言っても過言ではありません。命を守った後の生活をいち早く復旧し、守っていく能力が求められているのです。
――マンション単位での防災が、地域にも影響するということでしょうか。
増田:マンションでの生活継続が難しくなれば、多くの方が避難所に押し寄せることにもつながります。そうなると、地域に大きな負荷を与えかねません。
反対に、マンション単位できちんと防災に取り組んでいれば、外部支援への依存を減らし、住民は支援を必要とする側ではなく自律的に動ける側になり、地域の安定にもつながるでしょう。住まいと生活が守られれば、働き手は自分の仕事に戻りやすくなりますから、社会機能の維持にも貢献できます。つまり、マンションのレジリエンスが高まることは、地域全体にも良い影響をもたらしてくれるのです。
▲レジリエンスカーブ。平常時からの機能の落ち込みを時間とともに積み重ねた面積(斜線部)が被害の大きさを表す。レジリエントな建築・都市は斜線部の面積が小さくなる。
画像提供:増田幸宏教授
参考文献:Michel Bruneau, et al. :A Framework to Quantitatively Assess and Enhance the Seismic Resilience of Communities, Earthquake Spectra, Volume 19, No. 4, pp.733-752, 2003.11
大地震が起きたとき、マンション住民はどうすべきか
――マンションで大地震に見舞われた場合、まず意識すべきことは何でしょうか。
増田:津波や火災など命にかかわる危険が迫っている場合や、建物自体に倒壊などの危険がある場合を除けば、マンションでは原則として「とどまる」ことを考えます。耐震性が確保され、建物自体や室内の被害、周囲の状況に大きな危険がなければ、自宅にとどまる「在宅避難」が選択肢となります。混乱した屋外にあえて出ていくことで、新たな危険に遭遇したり、戻れなくなったりするリスクもあるでしょう。
防災教育の中では、「避難」というとその場から逃げることをイメージする方も多いかもしれません。「避難」とは文字どおり「難を避ける」ことですが、その方法は必ずしもその場から離れることだけではありません。災害の種類や周囲の状況によっては、あえてその場にとどまることが適切な場合もあります。学校や職場で避難訓練は行われますが、「とどまる訓練」はあまり経験する機会がないのではないでしょうか。
――なぜ、とどまれないのでしょう。
増田:課題の一つは、建物の損傷や安全性について、住民の受け止め方と、専門家の評価との間にギャップが生じやすいことです。地震の映像などを見ていると、壁のひび割れやクロスの裂けを目にしただけで、「建物が危ない」と感じる人は少なくありません。しかし実際には、目に見える損傷が、必ずしも建物本体の重大な損傷を意味するとは限りません。
たとえば、間仕切り壁などの非構造部材や、建物の動きに追従するエキスパンションジョイント(建物の接合部などで、それぞれが独立して動けるように設けられる部分)などでは、大きな揺れによって損傷が生じても、それが直ちに柱や梁などの主要な構造部分の安全性に問題が生じていることを意味するわけではありません。また、部位によっては、地震時に生じる動きに追従することを想定して設計されているものや、大きな揺れによって一定の損傷が生じる場合があるものもあります。
ただ、ものが動いたり壊れたりする際には、専門家でも驚くほど大きな音がする場合があり、強い恐怖を感じるのは無理もありません。そのような経験をすれば、たとえ建物の構造的な安全性に大きな問題がなくても、そこにとどまることに強い不安を感じることもあるでしょう。
もちろん、損傷が見られる場合には、その状況を慎重に確認し、安全性を適切に判断することが重要です。こうしたことを平時から学び、理解しておくことで、災害時の過度な不安を和らげ、より冷静な判断につなげることができるでしょう。
▲耐震性が確保され、建物や周囲に大きな危険がなければ「在宅避難」が選択肢となる
不安を解消するのは「情報」。平時から建物と向き合うことが第一歩
――建物にとどまった後、生活を続ける上で何が課題になりますか。
増田:重要なのは「情報」です。断水やエレベーター停止も、原因や復旧の見通しが分かれば、多少なりとも不安は和らぎます。反対に、何も分からない状態が不安を大きくします。
考えてみると、建物はこれだけ身近にありながら、停電して真っ暗になっても「何が起きたか」知るすべがあまりありません。人間と建物をつなぐコミュニケーションが少なすぎるのです。
最近はセンサーで揺れを計測し、建物の健全性や被害の可能性を迅速に評価するモニタリングシステムも実用化されており、マンションに導入された事例もあります。こうした仕組みを活用することで、建物にとどまることができるのかを判断するための情報を、より早く得ることができます。今後は、こうした仕組みが普及していくことも重要になるでしょう。
――建物に関する情報を知るために、住民にできることはありますか。
増田:まず、自分たちのマンションの構造や設備を知っておくことです。建物ごとに設備は異なるので、平時から把握しておくことが大切です。機械室や屋上を見学するなどして、水や電気がどのような設備を通じて各住戸まで供給されているのかなど、日々の生活を支える建物の仕組みを知っておけば、災害時にも落ち着いて状況を判断しやすくなります。
▲「日頃から、自分たちの暮らす建物に関心を持ち、理解しておくことが震災時にも役立つ」と増田さんは語る
大雨への備えも重要に
――近年は、大雨による災害にも備えておくべきだと感じさせられます。線状降水帯による大雨に対しては、マンションはどんなリスクを想定しておくべきでしょうか。
増田:浸水するとすれば、建物のどこから、どのような経路で水が入ってくるのか、そして、どの設備や空間にどのような影響が及ぶのかを、開口部などを実際に確認しながら考え、日頃から議論しておくことが重要です。
さらに、その影響によって、日常生活にどのような支障が生じ、生活の継続にどのような制約が生じるのかまで具体的に考えておく必要があります。事前の浸水防止対策によって防げる被害であっても、ひとたび浸水してしまうと、復旧に多くの時間と費用を要する場合があります。
――最近の豪雨被害から学ぶべき点はありますか。
増田:近年発生している豪雨から得られる教訓の一つは、実際の豪雨が私たちの想像以上に激しいものになり得るということです。「バケツをひっくり返したように降る」「滝のように降る」という表現がありますが、実際には視界が悪くなるほどの雨が降ったり、激しい風雨や雷の音に見舞われたりすることもあります。
気象庁の解説でも、「猛烈な雨」(1時間雨量80mm以上)の際に人が受けるイメージとして、「息苦しくなるような圧迫感がある。恐怖を感ずる」(※)と表現されています。直接的な被害がなくても、夜間であれば、激しい雨や風、雷の音で眠れないこともあるでしょう。豪雨が発生しているさなかに、どのような状況になり得るのかを事前にイメージしておくことで、いざというときの冷静な行動につながります。地震時の大きな揺れについても同じことが言えますが、災害が発生している最中から、その直後、さらに時間の経過とともに状況がどのように変化していくのかまで、あらかじめイメージしておくことが大切です。
※出典:気象庁「雨の強さと降り方」
――ほかにも「大雨への備え」として有効なものはあるのでしょうか。
増田:“バックヤードツアー”のようなかたちで、マンションの共用部や設備について学ぶことは、防災上も有効です。たとえば子どもたちも参加できるイベントとして、防災訓練などの機会にあわせて実施するのもよいでしょう。実際にマンションを支えている仕組みや設備を見ることは、長期修繕などを検討する際にも役に立ちます。
皆さんで地域を歩き、周辺の高低差や水が溜まりやすい場所などを確認することも有意義です。こうした街歩きを通じて、地域をよく観察し、その地形や歴史を災害の観点からも学ぶことは、住んでいる地域への愛着を育み、コミュニティの形成にもつながります。災害という厳しい危機事象に向き合い、そこから得られた教訓を次に生かしながら、より強靱なマンションや地域、社会を目指していきたいものです。
復旧の差を生むのは、事前に決めたルールと役割分担
――同じような被害を受けても、マンションごとに復旧の差が出てくることがあると思います。その違いは、どんなところにあるのでしょうか。
増田:大きいのは、「災害時の意思決定をどれだけ早くできるか」です。たとえば、排水管の損傷を確認しないままトイレを流せば、下の階に汚水があふれる恐れなどがあります。こうしたことが被害を拡大させ、復旧を大幅に遅らせる要因になりかねません。発災後に何をすべきなのか、何をしてはいけないのか。そして何を確認し、どの条件を満たせば使用を再開できるのか。そうしたルールは、発災後に議論を始めるのでは遅く、日頃から住民全体で共有できていることが大切です。
また、災害時は理事会を開いて一つひとつ判断することも難しくなります。管理組合内で誰がどこまで判断できるのか、また管理会社や現場担当者が契約上、実務上どこまで対応できるのか、あらかじめ役割分担や意思決定のルールを決めておくことも欠かせません。
たとえば非常用発電機についても、エレベーターやポンプ、照明などの設備の仕様や必要な機能を踏まえながら、どの設備を、どの時間帯に、どのように動かすのかによって、燃料をどれだけの期間有効に使えるかが変わってきます。
こうした判断を迅速に下せるかどうかが、マンション全体の復旧スピードを左右します。設備や被害の状況が似通っていても、意思決定が円滑なマンションは早く立ち直り、判断が滞れば復旧は長引きます。その差を生むのは、日頃からの備えなのです。
▲増田さんは「臨時運用のルールは事前に決めておきたい」と話す
――管理会社との関係はどう考えればいいですか。
増田:管理委託契約では、緊急時の対応が定められている場合もありますが、災害時にどこまで、どのような支援を受けられるのかは契約内容やマンションの状況によって異なります。住民が期待する支援と、契約上、管理会社が担う業務の範囲との間にギャップが生じることもあります。すべてを明確に定めることは難しく、やむを得ない側面もありますが、管理会社自身も被災するため、平時と同じ支援は受けられない前提で、あらかじめ役割分担を決めておくことが大切です。
住民ができることは自ら担い、本当に依頼したい仕事を管理会社にお願いする。そうした優先順位を付けた考え方も必要です。理事の役割として「防災担当理事」を置くことも有効でしょう。防災は片手間で担える仕事ではありません。住民の中に防災について継続的に考え、主体的に動く役割が必要です。
防災訓練も、ただ集まって避難して終わりではなく、たとえば「30分以内に各階の被害状況を確認し本部に報告する」「1時間以内に備蓄品の配布体制を整える」といった目標を設けると、実際の対応力を確かめる機会になるでしょう。
防災への取り組みがマンションの価値を高める
――日頃の防災への備えは、マンションの価値を向上させることにもつながるのでしょうか。
増田:間違いなくつながると思います。たとえば、災害時の対応がマニュアルや規約に定められていることは、単なる安心材料になるだけではありません。防災について住民同士で議論し、合意形成できる土壌が整っていることの表れでもあります。そのようなマンションであれば、長期修繕などの難しい局面や、今後別の課題が生じたときにも、適切に意思決定できる可能性が高いと考えられます。
実際、住宅を購入する際に管理の質や災害への備えを重視する人が増えていると感じています。防災への取り組みが単なるコストではなく、マンションの価値として評価され、資産価値の維持・向上にもつながっていくことが期待されます。防災について日頃から議論し、必要な意思決定と備えができていることは、そのマンションの合意形成や管理・運営の質を示す一つの要素ともいえるでしょう。
――具体的に、平時から備えておくべきことにはどのようなものがありますか。
増田:たとえば、災害時のトイレ対策です。大地震の後などは、排水設備に損傷が生じている可能性があるため、緊急点検を終えるまでは排水を控え、携帯トイレなどを使用することが重要です。私は過去、災害時にどのようなルールでトイレを使うべきか、マンション管理組合がマニュアルを作成するための手引き(集合住宅の「災害時のトイレ使用マニュアル」作成手引き/公益社団法人空気調和・衛生工学会・集合住宅の在宅避難のためのトイレ使用方法検討小委員会)の作成に携わったことがあります。こうした資料も参考にしながら、平時からマンションとしての使用ルールを決めておくことが大切です。
また東京都では、災害時でも自宅での生活を継続しやすいマンションを「東京とどまるマンション」として登録・公開する制度を設けています。 登録マンションには、防災備蓄資器材や非常用電源、電源を浸水から守る設備、給排水管の点検調査、エレベーター閉じ込め防止対策などに関する支援もあります。こうした制度を活用しながら、自分たちのマンションで何ができていて、何が足りないのかを確認しておくことも、災害後の生活を守る備えになるでしょう。
▲規約やマニュアルの整備は、「合意形成できるコミュニティである」ことの証しにもなる
さらに、日常生活の中で、普段何気なく行っている一つ一つの行動について、「これが災害時だったらどうなるか」と少し考えるだけでも、建物への理解は深まり、災害への備えにもつながります。防災月間などをきっかけに、住民同士でぜひ、考えてみてほしいですね。
取材・文:小野悠史 撮影:石原麻里絵(fort)
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.便利に暮らせる時代だからこそ、防災の面で意識しておきたいことはありますか。
- A.増田:今は、スマートホームなど家電や照明などが連動する便利な家が増えています。天気を把握するにも、空を見るのではなくスマホを見がちです。自分自身の感覚で周囲の状況を捉えたり、生活を支えている仕組みを意識したりする機会は少なくなっています。しかし、情報が自動的にどんどん届き、利便性が増すほど人間の五感は鈍くなりがちで、それが一気に表面化するのが災害時ともいえます。ですから、便利さを享受しつつもそれを当たり前と思わず、たとえば「この水はどこを通って来ているのか」「電気が止まったら室内はどうなるのか」といったことを意識する心掛けが大切かもしれません。人間本来の感覚を引き出すことこそ、本当の意味でスマートな住まい方かもしれませんね。
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