再開発はなぜ中止・見直しが相次ぐのか? 建設費高騰の裏側と50年先も持続する街づくりを野澤千絵教授が解説

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建設費高騰や人手不足を背景に、再開発の中止や見直しが相次ぐ今、「これまでと同じ再開発」は曲がり角を迎えています。これからの時代に求められる街づくりとは何か。都市政策の専門家で、明治大学教授の野澤千絵さんに聞きました。

――近年、中野サンプラザをはじめ、再開発事業の見直しや延期が相次いでいるように感じます。その背景には、どのような要因があるのでしょうか。

 

野澤千絵さん(以下、野澤):再開発そのものが、なかなか進められなくなっています。要因として、よく指摘されるのは「建築費の高騰」ですが、その背景には深刻な人手不足があります。建築業の人手不足は、私が学生だった30年以上前の頃から将来的な課題として長年、いわれ続けてきました。それが、いよいよ現実の制約として表面化してきたということだと思います。

 

特に深刻なのは、ゼネコンそのものというより、「サブコン」と呼ばれる専門工事会社の人手不足と受注能力です。近年はデータセンターや半導体工場の建設が相次いでおり、電気設備、エレベーター、給排水設備など、専門性の高い工事を担うサブコンのキャパシティが限界に達しています。

 

つまり、単に建築費が上がっているというよりも、人手が足りず、そもそも仕事が受けられない状況になっているのです。最近では、サブコンに依頼しても見積もりすら出てこない、という話もよく耳にします。正確な見積もりが出ないまま再開発を進めようとすると、計画段階では、過去の建設費の推移に少し上乗せした程度の数字を前提に、事業計画を組むことになります。

 

しかし、大規模な再開発ほど事業期間は長くなります。実際に事業を進めている間に、建設費が当初の想定を超えてどんどん上がってしまう。その結果、事業の採算性が大きく崩れてしまうのです。

 

 

――特に影響が大きいのは、どのような再開発でしょうか。

 

野澤:最も影響が大きいのは、駅周辺の鉄道インフラが絡む再開発です。地下に鉄道インフラを抱え、列車の運行を続けながらリニューアルや周辺の工事を同時に進めるという難工事は、ゼネコンにとって非常にリスクの高い仕事です。

 

加えて、鉄道インフラに関わる工事には、専門資格を持つ人材が不可欠であるにもかかわらず、その人材も十分とはいえません。駅周辺の再開発では、ゼネコンが受注に慎重になったり、尻込みしたりする状況が顕在化しています。

野澤先生プロフィール

▲野澤千絵(のざわ・ちえ)さん。明治大学政治経済学部政策学科教授。専門は都市政策・住宅政策。著書に『老いる家 崩れる街』『2030-2040年 日本の土地と住宅』『マンション高騰の真実—都市部の「非居住化」が街を壊す』など※所属先・肩書きは取材当時のもの

――再開発が進みにくくなっている背景には、計画そのものが複雑化している面もあるそうですね。

 

野澤:はい。もうひとつの問題として、再開発そのものが高層化・大規模化しているだけでなく、「複合化」している点があります。最近の再開発は、ラーメンで言えば「全部のせ」のような状態です。ホールも欲しい、役所機能や交流施設も必要、商業施設も入れたい。上層階にはタワーマンションを置き、さらにオフィスも入れる。そうやって、あれもこれも盛り込んでしまうわけです。

 

しかし、これは事業効率や管理の観点から見ると、じつはものすごく高コストです。一つの建物に用途が複雑に混在しながら高層化・大規模化すると、構造も設備も最も厳しい基準の方に合わせざるを得ません。施工も複雑になり、高度な技術も必要になります。

 

その結果、オフィスや商業施設の賃料を高く設定せざるを得なくなります。しかし、たとえばオフィス賃料が周辺相場の2倍にもなれば、借り手を見つけることにも限界があります。住宅についても同じです。坪単価が上がりすぎて、普通の人が買える水準をとうに超えてしまっているのです。今の再開発は、さまざまな面で限界に達していると感じます。

 

 

――なぜ、どこも同じような再開発になってしまうのでしょうか。

 

野澤:民間事業の場合、事業リスクを最小限にするべく合理的に考えていくと同じような開発になりがちですが、市街地再開発事業に対しては、公共貢献の度合いに応じて容積率が緩和されています。基本的に、行政があらかじめ提示した公共貢献の内容の中から事業者が選択するという「メニュー方式」となっています。

 

事業者側にはノウハウが蓄積されていますし、民間企業ですので当然、収益性の最大化を目指すことになるため、事業的に手堅く、かつ容積率のボーナスがもらえる公共貢献メニューを選ぶことが多くなります。

 

事業者側も「地域の個性や魅力をどう持続させていくか」も大切にしたいという担当者も多いはずです。しかし、事業者側がこれまでにない創意工夫をしようとしても、それが公共貢献として評価されないため、結局は「これまで通りのメニューを選んで容積率の緩和を得た方が事業採算として良いよね」という方向に流れてしまいがちです。

 

その結果、高層化・大規模化・複合化して複雑になりながら、出来上がるものはどれも似ていく、いわば「金太郎飴」のような再開発になっているというのが、私の見方です。

 

もともと、この仕組みは、2002年にできた都市再生特別措置法をきっかけに広がったものです。これには、バブル崩壊後、不良債権化した土地がなかなか動かない時代に、民間の創意工夫によって不動産を流動化させようという狙いがありました。しかし、それから20年以上が経過した現在では、その仕組みが形式化し、ひとつの「型」にはまってしまうようになったといえるでしょう。

 

都市再生特別措置法施行後に都市計画決定された市街地再開発事業の市町村別地区数

▲都市再生特別措置法施行後に都市計画決定された市街地再開発事業の市町村別地区数
画像提供 出典:野澤千絵先生

第1種市街地再開発事業の事業収支の構造

▲第1種市街地再開発事業の事業収支の構造 
画像提供:野澤千絵先生

野澤:学生を指導する立場から見ると、若い世代には、「経済的価値」だけでなく、地域の個性や魅力を生かすといった「公共的価値」を生み出す創意工夫をして新しいことにもチャレンジしたいという意欲を持つ人はたくさんいます。ところが、今の再開発の仕組みでは、その力を活かす場がないことに、私は大きな問題意識を持っています。

 

 

――再開発を評価する仕組み自体を見直していかないといけないわけですね。では、今後は、どのような再開発を優先的に評価したり支援したりすべきだと考えますか。

 

野澤:「地域に共感される個性や魅力をどう取り込んで持続可能にするか」という創意工夫に対して、行政側ももっと解像度を上げて評価し、支援すべきです。たとえば、街の個性を生み出してきた個店が、再開発による賃料高騰で出て行かざるを得なくなる問題があります。こうした個店を再開発ビルに取り込み、営業し続けてもらうための事業上の工夫を、もっと評価してあげるべきです。

 

今は「歩道をつくりました」「広場をつくりました」といったハード面の空間ばかりが公共貢献として評価されています。ですが実態を見れば、マンションのエントランスへの単なる通路だったり、一般の人がふらっと入りにくい場所に緑地があったりする。市民が求めている公共貢献はそこではありません。社会が本当に求めているのは、その地域固有の文化や魅力、昔から賑わってきたコンテクスト(文脈)をいかに取り込むかです。

 

特定の店舗だけ賃料を下げることは難しくても、設備の仕様を少しグレードダウンしたり、ビルの少し外れた場所に配置したりして賃料を抑える。そうした“頭をひねる創意工夫”こそが、社会から共感される再開発として、今まさに求められています。

 

再開発事業を「点」ではなく「面」で捉える視点が必要です。再開発区域の中だけで完結させるのではなく、周辺の街並みとのつながりを踏まえて、市街地再開発事業という手法がその街に相応しいのかについても考える必要があると思っています。

 

実際、安田不動産が手がける日本橋浜町では、再開発だけで街をつくるのではなく、既存の街並みを活かしながら、新しい開発と既存のエリアのリノベーションとのハイブリッドのまちづくりを展開されています。

1997年竣工の日本橋浜町Fタワーは、安田不動産が開発した複合高層ビル。浜町駅・水天宮前駅から徒歩5分という好立地

▲1997年竣工の日本橋浜町Fタワーは、安田不動産が開発した複合高層ビル。浜町駅・水天宮前駅から徒歩5分という好立地
画像:編集部撮影

▲日本橋浜町Fタワーの道路を挟んだ向かいには、トルナーレ日本橋浜町がある
画像:編集部撮影

日本橋浜町Fタワーの道路を挟んだ向かいには、トルナーレ日本橋浜町がある

▲日本橋浜町に2020年にオープンした「TOKYO MIDORI LABO.」は、都市における緑のあり方を発信する拠点となっている
画像:編集部撮影

古くなった建物を活かしながら再生した「HAMACHO FUTURE LAB」。ランニングステーションやサウナ、オフィスが入る複合施設として生まれ変わった

▲古くなった建物を活かしながら再生した「HAMACHO FUTURE LAB」。ランニングステーションやサウナ、オフィスが入る複合施設として生まれ変わった
画像:編集部撮影

HAMACHO FUTURE LAB内の「ととのい研究所(ととけん)」は、ランニングステーション&サウナを運営するだけでなく、日本橋浜町エリアマネジメントの活動にも参画し、地域活性化にも取り組んでいる

▲HAMACHO FUTURE LAB内の「ととのい研究所(ととけん)」は、ランニングステーション&サウナを運営するだけでなく、日本橋浜町エリアマネジメントの活動にも参画し、地域活性化にも取り組んでいる
画像:編集部撮影

野澤:また、神田錦町では、再開発しないエリアの既存建物をリノベーションし、銭湯・ギャラリー・オフィスなどを創出するなど、街の魅力を育てる取り組みが進められています。

 

こうした「再開発以外の手法も含めて街のリニューアルを考える」という発想は、これからの都市づくりの大きなヒントになるでしょう。

野澤さんは「地域固有の文化やコンテクストを再開発にどう取り込むかが問われている」と語る

▲野澤さんは「地域固有の文化やコンテクストを再開発にどう取り込むかが問われている」と語る

――住宅についてはどのような課題がありますか。

 

野澤:再開発も含めて、昨今、大量につくられているマンションは、実際にそこに住みたいという人たちの手に渡っているのだろうか?という問題意識を持っています。私が登記簿調査をした東京と大阪の都心部にある新築マンションでは、いずれも投資や資産保有目的の「住まない買い手」が約6割前後も占めていました。(※1)

 

また、同じエリア内の中古マンションについて、分譲時から所有者の変化を登記簿で追跡すると、調査した東京・大阪いずれのマンションでも、分譲当初は約7~8割の住戸が自ら住むために取得した人たちでしたが、年数が経つにつれ、自ら住んでいた住戸の多くが「住む人」よりも「住まない買い手」の方に売られていることがわかりました。(※2)

 

神戸市の調査(※2)でも、都心エリアにおけるマンションの約5戸に1戸が住民票のない住戸であることが判明しています。神戸市の都心でこのような状況なら、東京や大阪の都心一等地は、住民票のない住戸がかなり多いのではないかと考えています。

 

実際に、東京都中央区、大阪市西区・北区、福岡市博多区における住宅取得世代(30~40代)の2020~2025年の人口動態を分析すると、見かけ上は人口が増加しているものの、日本人は減少していました。一方で、その減少幅を大幅に上回る外国人の増加が見られました。

 

投資自体が悪いわけではありませんが、実際に住みたいという人たちの手に渡る住宅が極端に減れば、中古価格が跳ね上がり、家賃も引き上がるという悪循環に陥ります。

 

今後、都心や駅前・駅近といった拠点エリアでの再開発において、どのような人々を受け止め、どのような都市機能を担うべきなのか。都市政策としても重要な論点といえるでしょう。少なくとも、容積率緩和や補助金という公的な優遇を得て整備された再開発マンションについては、一定期間の転売禁止や実際の居住を原則化することも検討されるべきです。

 

 

※1 野澤千絵『マンション高騰の真実-都市部の「非居住化」が街を壊す』(中高新書ラクレ)

※2 神戸市「居住と税制のあり方に関する検討会」第5回資料(2026年4月15日)

 

 

――将来世代が更新しやすい住宅や街を実現するために、今の再開発で考えておくべきことを教えてください。

 

野澤:再開発には、将来の更新や変化に対応できる「3つの余白」を仕込んでおくことが不可欠です。一つ目は、居心地がよく、広がりのある公園をつくるなど物理的なスペースとしての「空間的な余白」。二つ目は、時代の変化やニーズに合わせて作り変えられるような可変性を持たせた建物や用途にするという「時間軸の余白」。三つ目は、地域の人々やエリアマネジメント団体などが街を育てる「かかわりしろ」を残すという「主体の余白」です。

 

昨今、高度経済成長期の再開発ビルが陳腐化し、再々開発の必要性が高まっています。ただ、それを進めるには非常に難しい状況になっていることを踏まえると、竣工した瞬間を価値のピークとするのではなく、その後も時代の変化に対応させながら時間軸を伸ばして価値を向上させていくことが重要です。そうした「余白」を評価する仕組みこそが、今、最も重要なのではないかと考えています。

野澤さんは「竣工の瞬間を価値のピークとしない仕組みが求められている」と話す

▲野澤さんは「竣工の瞬間を価値のピークとしない仕組みが求められている」と話す

 

 

取材・文:小野悠史 撮影:石原麻里絵(fort)

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おまけのQ&A

Q.団塊世代の退職によって将来的に人材が不足することは以前から指摘されていたにもかかわらず、建設業の人手不足は、なぜここまで深刻になってしまったと考えますか?
A.野澤:業界全体が目の前の業務に追われ、職場環境や待遇の改善、人材育成に向けて本格的な動き出しが遅れたのもあり、若い世代があまり施工現場を志望しなくなったことが大きいでしょう。「休日も少なく過酷」というイメージが強く伝わってしまい、ものづくりのおもしろさや、建物が形になっていく仕事の魅力を十分に伝えきれていなかった部分があると思います。繰り返しになりますが、特に深刻なのは、電気設備や給排水設備などを担う専門工事会社、いわゆるサブコンの人材が不足していることです。電気工学や機械工学を学んだ学生は、ロボットや半導体、ITなどさまざまな業界から引く手あまたで、建設業を選ぶ人が相対的に少なくなっています。一方で、AIが普及する時代だからこそ、現場でしかできない仕事の価値はむしろ高まってきています。教える立場としても、若い人たちに施工といったものづくり現場の魅力や社会的な意義を伝えていくことがますます重要になると感じています。