40年以上決着しなかった論点に、最高裁が初の判断を下し、その内容はマンション管理の実務にも大きな論点を投げかけました。管理組合側の代理人・香川希理弁護士らが登壇したシンポジウムから、判決の意味合いと課題を辿ります。
漏水事件の判決が突きつけた、マンション管理「4つの問い」
2026年8月7日、東京・霞が関の弁護士会館でシンポジウム「区分所有法理論の本質に迫る~令和8年1月22日に出された2つの最高裁判決を契機として~」が開かれました。
そこで議論されたのは、判決そのもの以上に、マンション管理の根本に関わる4つの問いでした。「管理組合は責任主体となり得るのか」「修繕積立金と賠償金が同じ財布から捻出されることが、果たして正しいのか」「事故発生後に入居した区分所有者までもが賠償金を払う必要があるのか」そしてそもそも「管理組合の目的とは何なのか」――。
高経年マンションが増えていく中、修繕費の値上げや管理の担い手といった問題が拡大している時代。マンションという共同体を誰が何のために管理し、その費用と責任は誰が引き受けるのか――今回の判決は、その根本を問い直しています。
ここからは、シンポジウムで語られた議論を追いながら、この4つの問いをひとつずつ考えていきます。
シンポジウムに登壇したのは、区分所有法研究を長く牽引してきた丸山英氣・千葉大学名誉教授、戎正晴弁護士、花房博文・創価大学教授、藤巻梓・国士舘大学教授、そしてふたつの事件で管理組合側の代理人を務めた香川希理弁護士です。判決から半年あまり、報道が一巡したあとに、あえて区分所有法の理論そのものに立ち返る意味合いがありました。
香川弁護士は判決を評して、「区分所有法理論の『パンドラの箱』を開けた」と説明しています。本稿は、この日の議論をもとに、その箱の中に何があったのかを辿ります。
2026年1月22日、最高裁判所第1小法廷は、マンションの共用部分から生じた漏水の賠償責任をめぐるふたつの訴訟について、同じ日に判決を言い渡しました。裁判官5人全員一致の意見です。
示された規範は、どちらの事件でも同じでした。
「区分所有者の団体(管理組合)は、特段の事情がない限り、区分所有建物の共用部分について、民法717条1項本文にいう『占有者』に当たるというべきである」
民法717条1項本文は、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があって他人に損害が生じたとき、その工作物の「占有者」が賠償責任を負うと定めています。マンションの外壁や廊下といった共用部分について、その「占有者」は誰なのか。昭和58年の区分所有法改正から40年以上、学説も裁判例も割れたままだったこの論点に、最高裁が初めて答えを出しました。
最高裁は、どちらの二審判決も破棄し、審理を東京高等裁判所に差し戻しました。ただし、差し戻しの中身が違います。
第一事件について最高裁は、「本件において特段の事情はうかがわれない」と踏み込んで当てはめを行い、管理組合は占有者に当たると判断した上で、損害額等についてさらに審理させるため差し戻しました。
一方の第二事件では、「特段の事情」について何も述べていません。審理の範囲も限定していません。つまり第二事件の差し戻し審では、管理組合が占有者に当たるのかどうかも含めて、改めて争われることになります。
同じ日に、同じ規範で、当てはめだけを分けた。この差が何を意味するのかは、あとで見ていきます。
ここで押さえておきたいのは、この判決は「共用部分に瑕疵があれば管理組合が必ず責任を負う」と言ったわけではない、という点です。最高裁は『特段の事情』がある場合には管理組合は占有者に当たらないとも述べています。ただし、その具体的な内容については判決では示されておらず、今後の裁判例の蓄積が待たれます。また、占有者に当たるとされた場合でも、民法717条1項但書により、損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは責任を免れます。差し戻し審では、この「必要な注意」の中身も争点になりそうです。
なお、ふたつの事件とも漏水そのものは止まっています。請求されている金額の大部分は、部屋の評価の下落分や、賃貸に出せていれば得られたはずの収益であって、「管理」や「修繕」とは直接関係のない費用です。
▲2026年8月7日、弁護士会館で開かれたシンポジウム
写真提供:香川総合法律事務所
区分所有法に「管理組合」という言葉はない
意外に知られていないのですが、区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)の条文には、「管理組合」という言葉が一度も出てきません。「理事会」も「理事長」も、そして「マンション」も同じです。では、何が書いてあるのか。3条前段はこう定めます。
「区分所有者は、全員で、建物、ならびにその敷地及び附属施設の管理を行うための団体を構成し……」
この「団体」が、法律上の呼び名としての3条団体です。私たちが「管理組合」と呼んでいるものの正体はこれに当たるわけです。マンションを買えば自動的に構成員になり、売れば地位は買主に引き継がれます。
問題は、この団体に何ができて、何ができないのか、です。
昭和58年改正の立案担当者である濱崎恭生氏は、3条前段について「本法の定める建物の管理の仕組みの基本構造を確認的に宣言した規定であって、この規定自体によって区分所有者の権利義務が創設されるわけではない」と書いています(『建物区分所有法の改正』法曹会、1989年)。3条は団体という新しい器を定義したものではなく、もともとある共有関係の管理の仕方を確認しただけだ、ということです。
同じ改正の立法責任者で、当時法務大臣官房審議官だった橘勝治氏は、判決を受けて発表した論考で、さらに踏み込んでいます。
「『集会』には、関係者が参集する会であること以上の意味はない。法は、集会を運営するシステムにはまったく触れていない。すなわち、集会には運営のための執行機関が存在しないのである」(橘勝治「マンションの事故に関する損害賠償責任(令和8年1月22日付二つの最高裁判決について」)
会社であれば、株主総会という意思決定機関があり、代表取締役という執行機関があります。だから会社は法人として、自ら権利義務の主体になれます。ところが区分所有法には、集会はあっても執行機関がありません。置くことができるのは管理者ですが、管理者は「代表」ではなく「代理」です。
| 意思決定機関 | 外部への役割を担う者 | 性質 | 責任の帰属先 | |
|---|---|---|---|---|
| 会社法 | 株主総会(295条) | 代表取締役(349条) | 代表 | 法人(会社)自身(350条) |
| 一般法人法 | 社員総会(35条) | 代表理事(77条) | 代表 | 法人(社団)自身(78条) |
| 区分所有法 | 集会(18条等) | 管理者(26条) | 代理 | 区分所有者全員(29条) |
▲法律が定める、意思決定機関と責任の帰属先
代理人が結んだ契約の効果は、本人に帰属します。だから管理者の行為の責任も、区分所有者全員が引き受ける。これが区分所有法の設計です。
標準管理規約38条1項は「理事長は、管理組合を代表し」と定め、同2項は「理事長は、区分所有法に定める管理者とする」と定めています。同じ人物が、規約上は管理組合の「代表者」であり、法律上は区分所有者全員の「代理人」である。理事長のある行為がどちらの立場に基づくものなのか、実務では混同されがちだそうです。
▲管理組合の理事長は二つの顔を持つ(両面性)
出典:香川総合法律事務所の資料をもとに編集部で作成
そしてもう一点、注意すべきは、エントランス・外壁・廊下などの共用部は、管理組合の所有物ではないということです。これらは区分所有者全員の共有財産です。管理組合が権利能力なき社団の実体を備えている一方、社団の総有になるのは預金などの財産だけで、共用部分は区分所有者全員の共有のままなのです。
▲共用部分と組合財産をめぐる管理主体の整理。最高裁の考え方については、丸山・香川両氏の分析による
出典:香川総合法律事務所の資料をもとに編集部で作成
この理解は、保険の話にもつながります。シンポジウムでは、管理組合が保険契約者だからといって、当然に法的責任の主体になるわけではないという指摘がありました。先述の濱崎氏は40年近く前にこう書いています。被保険利益、すなわち共用部分等の所有権は区分所有者の共有に属するのであって団体に帰属するものとはいえないから、その保険契約は他人のためにするものであり、保険金請求権は各区分所有者に帰属する、と。
保険で誰が支払いを受けるかという話と、法的な責任を誰が負うかという話は、別の問題です。管理組合の名義で保険に入っているから管理組合が責任主体なのだ、という説明は、立案担当者の考え方からすれば成り立たないようです。
▲区分所有法に「管理組合」という言葉は存在しない。法が定めるのは「区分所有者の団体」と、その代理人としての「管理者」だ
撮影:小野悠史
修繕積立金が賠償金に消えるとき
最高裁は、判決の中でこう述べています。
「区分所有者の団体は、区分所有者からその持分に応じて共用部分の管理のための費用を徴収しているのが通例であるところ(区分所有法19条参照)、共用部分の設置又は保存に瑕疵があることによって損害が生じた場合には、区分所有者の団体の財産からその賠償をすることが、区分所有者の通常の意思に沿い、損害を被った者の保護にも資するものといえる」
管理組合が払っても、区分所有者が按分して払っても、結局は同じ人たちの財布から出る金銭なのだから、管理組合の財布から払ったほうが便宜だし、被害者も助かる——。そういう発想です。
しかし、管理組合の財布と区分所有者全員の財布は、同じではありません。時間が経つからです。
たとえば、漏水が起きたのが2015年で、そのときの区分所有者がA、B、C、Dの4人だったとします。訴訟が提起され、賠償責任が認められたのが2025年。この10年のあいだにCとDは部屋を売り、代わりにEとFが入っていました。香川弁護士によると、この種の訴訟は長期化しやすく、提訴から認容まで5年以上かかることも珍しくありません。
本来、責任を負うべきなのは、漏水が起きた時点の区分所有者であるA、B、C、Dです。ところが賠償金を管理組合の財産から支払うと、こうなります。
| 最高裁判決ルート | 26条4項ルート | |
|---|---|---|
| 実質的な負担者 | 賠償が認められた時点の区分所有者 | 漏水が起きた時点の区分所有者 |
| 事故後に転入したE・F | 責任がないのに、 修繕積立金の負担を通じて実質的に負担する |
負担を負わない |
| 事故後に転出したC・D | 実質的に責任を免れる | 「区分所有者であった者」として 責任を問われる |
▲事故の後に専有部を購入した人が、自分とは無関係の賠償金を負担し、当時の所有者は逃げ切る。区分所有法26条4項を使って管理者を被告として訴えていれば、こうはならない
もうひとつ、より深刻な問題があります。
そもそも修繕積立金は、賠償金を払うために積み立てられたお金ではありません。標準管理規約は管理費の使途を27条に、修繕積立金の使途を28条に定めていますが、そのどちらにも外部への損害賠償金は挙げられていません。国土交通省の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」も「長期修繕計画作成ガイドライン」(いずれも令和6年6月改訂)も、積立金の額は長期修繕計画の工事費の総額をもとに算定するとしており、賠償金は最初から計算に入っていないのです。
▲管理組合財産と区分所有者財産は一致しない
出典:香川総合法律事務所の資料をもとに編集部で作成
花房博文・創価大学教授は、シンポジウムでこう指摘しました。管理組合が持つ財産は「管理のための財産」であって、「損害賠償のためにプールしているお金」ではない——。
にもかかわらず、賠償のために積立金を取り崩すとどうなるか。香川弁護士が最も強く懸念を示したのが、この点でした。
積立金が減れば、必要な修繕工事ができなくなります。工事ができなければ建物の劣化は進み、別の場所で漏水が起きる。すると、また賠償請求が来て、積立金が削られる。積立金を再度徴収しても、工事を実施する前にふたたび賠償に充てられれば、いつまで経っても工事はできません。
賠償と修繕が、同じ財布を取り合う。その結果として、必要な工事ができないまま「管理不全マンション」が放置されることになりかねない。資金に余裕のないマンションほど、この危険は現実的です。
▲賠償と修繕が同じ財布を取り合う「負のスパイラル」。積立金の枯渇は、次の事故を呼び込む
撮影:小野悠史
権利は個人に、義務は団体に
ここまで見てきた混乱は、じつは判決だけの問題ではありません。
判決が出るわずか前、令和7年の区分所有法改正の議論では、共用部分に関する損害賠償請求権をめぐって、ひとつの整理が前提とされていました。法制審議会の部会では、「共用部分に関する損害賠償請求権は、個々の区分所有者(共用部分の共有者)に帰属するのであって、3条団体に帰属しない」ことが所与とされていたのです。権利は個人のものだ、という整理です。
ところが今回の最高裁判決は、3条団体に責任主体性を認め、共用部分に関する損害賠償の義務は団体が負うとしました。
権利は個人に、義務は団体に。丸山=香川論考は、この逆立ちを指摘した上で、「仮に今回の最高裁の理論を前提とするならば、3条団体自体が共用部分に関する損害賠償請求の『権利』を有すると解する余地もあるのではないか」と問いかけています。
なぜ、こんな”ねじれ”が起きるのか。丸山英氣・千葉大学名誉教授が長年指摘してきたのが、「ふたつのマンション法」の並存という問題です。
ひとつは、昭和37年に制定され、昭和58年に大改正された区分所有法。管理者による管理を想定した、民法の共有の特則です。もうひとつは、昭和57年に建設省(現・国土交通省)が定めた中高層共同住宅標準管理規約。理事会を主体とする管理組合による管理を前提としています。
丸山名誉教授は著書で、標準管理規約が「事実上、法として機能することになる」と書いています(『区分所有法[第2版]』信山社、2023年)。法務省が所管する法律と、国土交通省が示す規約のモデル。思想の異なるふたつの体制が、40年以上ものあいだ調整されないまま併存してきました。
▲立法担当者と最高裁が想定する建物像の違い。
出典:香川総合法律事務所の資料をもとに編集部で作成
両氏は、立法担当者と最高裁では、前提として想定する建物像にも違いがあるとみています。区分所有法が対象とするのは、マンションだけでなく、倉庫やビル、二世帯住宅なども含む多様な建物です。一方、今回の判決は、規約を備え、管理費や修繕積立金を定期的に徴収する、一般的なマンションを念頭に置いているのではないか、という指摘です。
「権利能力なき社団の法理と管理者による管理の法理の二つの法理が対立したときどうなるか、わが区分所有法での最大のアポリアである」(同書395頁)
アポリアとは、解決の糸口が見えない難問のことです。今回の判決は、その難問がついに表面化した瞬間だった、と丸山=香川論考は位置づけています。
見落とされていたものもあります。被害者が管理組合そのものを訴えなくても、区分所有法26条4項を使えば、管理者を被告として訴えることができました。判決の効力は区分所有者全員に及び、しかも管理者個人の財産が差し押さえられるわけではありません。立案担当者が用意していたこのルートは、しかし実務ではほとんど使われてきませんでした。丸山=香川論考は、今回の判決を「実質的には『被害者救済』というより『法の不知の救済』ともいえよう」と評しています。
▲今回の最高裁は『被害者救済』というよりは『法の不知の救済』ではないか
出典:香川総合法律事務所の資料をもとに編集部で作成
もっとも、制度は動き始めています。令和7年改正では、管理者が「区分所有者であった者」についても代理できることが26条2項に明示されました。事故当時の区分所有者を相手どる道が、以前より使いやすくなったということです。そして改正法の附則11条は、施行後5年を経過したときに施行状況を検討し、必要があれば措置を講ずると定めています。
建物の老いと、住まい手の老い。高経年マンションが増え、理事の担い手が減り、修繕費が上がり続ける中で、「共用部分は誰のもので、誰が責任を負うのか」という40年来の宿題に、ようやく向き合わざるを得なくなりました。差し戻し控訴審の行方と、5年後の見直し。そのどちらも、私たちの住まいの足元につながっています。
▲二つの老いが進むなか、区分所有法の根本部分の整理が問われている
撮影:小野悠史
PROFILE
香川希理(かがわ・きり)さん。香川総合法律事務所 代表弁護士。
マンション管理に関する法務を専門とし、今回取り上げた2つの最高裁事件では管理組合側の代理人を務めた。丸山英氣・千葉大学名誉教授とともに『NBL』No.1314(商事法務)に共同論考「区分所有法理論の本質に迫る」を執筆。
※所属会社・役職は取材当時のもの
参考文献・出典
・最高裁判所第一小法廷判決 令和8年1月22日(令和6年(受)第385号/令和7年(受)第1129号)
・濱崎恭生『建物区分所有法の改正』(法曹会、1989年)
・丸山英氣『区分所有法[第2版]』(信山社、2023年)
・橘勝治「マンションの事故に関する損害賠償責任——令和8年1月22日付二つの最高裁判決について」『NBL』No.1314(商事法務、2026年)
・丸山英氣・香川希理「区分所有法理論の本質に迫る——令和8年1月22日に出された2つの最高裁判決を契機として」『NBL』No.1314(商事法務、2026年)
・国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(令和6年6月改訂)
・国土交通省「長期修繕計画標準様式・長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改訂)
・国土交通省「マンション標準管理規約」(令和7年10月17日改正)
取材・文:小野悠史
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.管理組合の目的として、曖昧なものの例として考えうることを教えてください。
- A.香川:修繕積立金の投資的運用(高リスク高リターン商品への投資は許されるのか)、管理組合法人による区分所有権の賃貸・転売、防災への取り組み(自主防災組織)、高齢者等の見守りなど、さまざまな課題への整理が必要だと感じています。
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