本連載「佐藤健寿の奇になる住まい」ではこれまで、マンションプラスで扱ってきた集合住宅から少し視点を広げ、世界各地のユニークな住宅やその土地独自の“住まい”を紹介してきました。今回は、台湾の離島・蘭嶼(らんゆう)へタオ族を訪ねます。
▲佐藤健寿(さとうけんじ):写真家。『奇界遺産』(エクスナレッジ)シリーズは写真集として異例のベストセラーに。他著書に『奇界/世界』『PYRAMIDEN』『CARGO CULT』(朝日新聞出版)など。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国を巡回し13万人を動員。TBS系「クレイジージャーニー」他出演多数。
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台湾の離島・蘭嶼へ向かう
写真家、佐藤健寿さんが世界の不思議な住居をめぐる特集、『佐藤健寿の奇になる住まい』。今回佐藤さんが向かったのは台湾島の南東に位置する離島・蘭嶼。ここでは台湾原住民族タオ族が代々暮らしてきた。
蘭嶼へは、台湾島の南端、後壁湖漁港からフェリーで向かう。前回の取材先『老七佳石板屋集落』から移動し、港近くの宿に宿泊し翌朝港に向かう。早朝にもかかわらず船着場は既に蘭嶼行きの便に乗る観光客で賑わっていた。
▲後壁湖漁港の船着場。沢山の観光客で賑わう
「蘭嶼には、台湾先住民のタオ族住居の撮影に行きたいと思います。家がすっぽり地面の下にある『地下屋』という住居があるんです。以前から気になっていたのですが、蘭嶼自体がアクセスがよくないので、これまでなかなか行く機会がありませんでした。台湾島南端部か台東からフェリーで2時間ほどかかります。しかも外洋を航行するので、天気次第ではかなり揺れるそうです。苦手だったら酔い止めを飲んでおいた方がいいかもしれないですね」
と佐藤さん。
出航後しばらくは揺れをそれほど感じなかったが、台湾島沿岸を離れ外洋に入ると船の揺れはかなり激しくなった。ビニール袋片手にずっと机に突っ伏している乗客も何人かいた。
▲まだ波が激しくなる前の船窓からの景色。台湾島沿岸を望む
そんな航路を2時間ほど進むと、紺碧の海にポツンと、緑に覆われた島が見えてきた。地元の観光客が多く向かっていることから、リゾートを想像していた。しかし近づいても白浜のビーチは見当たらず、代わりに礫浜がぐるりと島を囲っているように見える。海岸線からそれほど距離がないところから急斜面で山がそびえている。
「最近、沖縄で写真展をやっている関係で沖縄によく行くんですが、台湾の旅行者がとても多いんです。沖縄と環境的に似てるのになぜ、と思って台湾の方に聞いてみたら、台湾には沖縄みたいな白浜のビーチがあまりないらしいんですね。台湾の東側は地形的にユーラシアプレートとフィリピン海プレートがぶつかってできた険しい岩礁が多いそうです。あとは1987年の戒厳令解除まで、政府が軍事的な理由で海岸への立ち入りを制限していたという事情もあり、海水浴文化が発達しなかった。だから蘭嶼に来る観光客も、リゾートを楽しむというよりは、シュノーケルとか釣りをしにくる方が多いそうですね」
と佐藤さん。
▲観光シーズンには月2万人前後の観光客が訪れる蘭嶼
船着場では、台湾島へ戻る観光客の列が長く伸びていた。
▲蘭嶼の玄関口、開元港の背後に迫る山々
港から道ひとつ挟んでそびえる山を見上げながら、なかなか現れないガイドの周さんを待つ。
タオ族の宗教と文化、蘭嶼の自然
ガイドの周さんは約束の時間に1時間ほど遅れて現れた。褐色の肌、筋肉質の中年男性周さんは、全く悪びれる様子もなく、私たちの荷物を車に詰め込むと、おもむろに親指を突き上げ「Let’s GO!」と微笑んだ。
▲熱帯に属する蘭嶼。島を巡る道の両側には草木が繁茂する
「蘭嶼は、もともと海底火山の噴火でできた火山島なんですが、台湾本島の先住民と同様、ルーツは大陸ではなく、太平洋、インド洋に広く散らばる海洋民族だったといわれているようです。実際蘭嶼に住むタオ族はフィリピン北部の人々と文化、言語的に近い関係をもっているらしい。あと台湾本島は道教や仏教の方が多いですが、この島はクリスチャンが多く、それが元々のアニミズム(精霊信仰)と混ざり合って独特の光景を作っているみたいなので、ついでにそんな場所も見て行きましょう」
と佐藤さん。
それからほどなく、沿道を歩く沢山の観光客が目に止まる。その先には海岸沿いの山崖が避けたように大きな口を開けた洞窟が見える。その暗闇の先に十字架が見える。
▲波の浸食によって形成された「五孔洞」
▲洞内に立てられた十字架。キリスト教の広まりとともに、祈祷の場として使われるようになった
▲五孔洞の内部。かつてタオ族にとって忌避される場所だった
周さんによると、古来タオ族は独自のアニミズムを信仰しており、この五孔洞と呼ばれる海蝕洞(かいしょくどう。※波の侵食によって海岸に形成された洞窟)は、タオ族にとっては忌避される場所であったらしい。しかし第二次世界大戦後に、キリスト教が布教され島内に広がる中で、洞内に十字架が立てられ、祈りや礼拝の場として利用されるようになったそうだ。
現在においては大半の島民はキリスト教徒であり、各集落に教会が建っているとのこと。
しかし島民は、キリスト教徒となった現在も、伝統的な独自の信仰を捨てたわけではなく、アニミズム的な霊的存在への畏れや忌避も残っており、タオ族固有の伝統文化であるトビウオ漁にまつわる儀礼や慣習なども存在している。
▲タオ族の伝統的な木造船「拼板舟(ぴんばんじょう)」
▲トビウオ漁解禁期間に女性が船や漁具に触れることは禁忌とされている
周囲約38.5kmの小さな島・蘭嶼では、海岸線に沿って島を一周する環島道路が、島民の暮らしを支える主要な道路となっている。
▲環島道路の風景。島の地形や、集落と海の距離感などが分かる
▲美しい蘭嶼の海に突如現れる錆びついた座礁船
タオ族の地下屋
島の東側、東清湾に面した野銀集落に着き、車を降りるとそこには奇妙な景色が広がっていた。家が埋もれ、屋根だけが地表にのぞいている。地面を深く掘り下げ、その窪地に家が建てられているのだ。
▲地面を掘り下げた窪地に建つタオ族の伝統的な主屋
▲地表からは三角屋根の上部だけが見える
周さんによると、タオ族の伝統的な住居は、この半地下式の「主屋」だけで完結しているわけではない。ひとつの住居は、海に向かって建つ主屋、日中の作業に使う工作房、風通しの良い高床式の涼台という3つの建物で構成されているとのこと。
その後、周さんの生家に案内され、内部を見せてもらった。地表から地下屋入り口までは狭い階段を2mほど下り、低い入り口をかがみ込むようにして主屋に入る。外から見た以上に内部は複雑であり天井も低いため、四つん這いでないと移動できないほどであった。床には段差があり、食事や団らん、睡眠、調理など、それぞれの役割をもった空間が奥へと連なっている。
▲前廊と呼ばれる最初の部屋。主に食事や団らんに使われる
▲前室と呼ばれる2つ目の部屋。寝室として利用される。光がほとんど入らず、地面より低い位置にあるため外気の影響を受けにくく、夏の暑さや強風を和らげる
▲前室内の生活空間。伝統的な地下屋では、食事や睡眠、調理など用途に応じて場所が細かく分けられている
▲タオ族の伝統的な藤帽。藤を編んで作られる
▲後室と呼ばれる3つ目の部屋は、主に炊事に使われる
空から見る地下屋
野銀集落を上空から見ると、集落全体の構造がよく見える。半地下式の主屋が一定の間隔を空けて並び、その周囲を石垣や通路が縫うように延びている。屋根は三角屋根の上部が地表にのぞく程度で、集落全体が地面に沈み込んでいるようにも見える。
▲海岸と山に挟まれた限られた土地に、地下屋がまとまって残る野銀集落
▲主屋の屋根の周囲には石垣や通路が巡っている
▲上空から見た一戸の伝統家屋
地下屋がなぜこのような形になったのか、周さんが教えてくれた。
「蘭嶼は台風が多く、海からも山からもとても強い風が吹きます。普通に地上に家を建てると、その風をまともに受けてしまう。だから昔の人たちは地面を深く掘って、その中に家を建てました。屋根だけを地上に出すことで風の影響を少なくしているんです」
佐藤さんも、この地下屋の造りには思い当たるところがあるという。
「こういう住居は、いわゆるヴァナキュラー建築と呼ばれるんですが、要はその土地の独特の気候とか風土に適応するために工夫された建物のことです。自分が見てきた中だとたとえば中国の洞窟村なんかがその際たるものです。平地が少なく、雨が多いために洞窟の中に丸ごと集落を収めている。あとはブルキナファソのティエベレという集落では、外敵や動物の侵入を防ぐために入り口が極端に狭く、かがまないと家の中に入れないようになっています。一見すると奇妙な住居も、その環境を知るとすごく合理的なんですよね。蘭嶼の地下屋もまさにそうで、この島の地形や台風のことを知ると、なぜこの形になったのかがよく分かりますね」
蘭嶼も今はコンクリート造の近代的な家々が立ち並び、地下屋が並ぶこの独特の光景も消え去りつつある。周さんの子ども世代はすでに島を離れたが、周さんや地下家の主たちは、次の世代にこの島の文化を残すため、いまも家を管理し、守り続けている、
▲地面に沈み込むように並ぶ地下屋の周囲には、現代的な住宅も建つ
佐藤健寿の寄り道「蘭嶼ガイドの個性的な面々」
今回、蘭嶼の取材でお世話になったガイド周さんだが、かなり個性的な方であった。アーティストとしても活動しており、客に対してサックス演奏を行ってくれる。ライブは突然始まった。しかもわりと長尺の演奏であり、かなりのハイテンションである。この時のオーディエンスは佐藤さんのみであり、なんとも言えない空気に包まれていた。周りの住人には見慣れた景色のようで、微笑みながら素通りしていく。ちなみにライブ演奏は地下屋訪問の前であったが、これが正しい順番だったのかは、最後までよく分からなかった。
▲周さんの活動を紹介する看板。ストリートパフォーマーとしても活動する
▲周さん渾身のサックスライブ。この日の観客は佐藤さん一人
▲かなりのハイテンションでサックスを吹き続ける周さん
周さんだけが変わり者ガイドなのかと思ったが、他ガイドの看板も見かけたところ、どうやら蘭嶼のガイドは、それぞれにかなり個性が強いらしい。
▲集落で見かけた別のガイドの看板
「はじめガイドのパンフレットを見た時、サックスを吹いている姿だったので意味が分からなかったんです。多分趣味なのかなと。そして島に行ってみたらまさか写真のまま、伝統衣装であるふんどしにサックス姿で現れたので、度肝を抜かれましたね。地下屋を訪れる前にまずリズムマシンを使ったサックスライブがはじまって、終わると真顔で地下屋に案内されました。サックスがチラついて、しばらく地下屋の説明が頭に入らなかったですが、いい思い出になりました」
と佐藤さん。
周さんのグルーブ感:★★★★★(5/5)
撮影・取材:佐藤健寿 文:松田恒一
PHOTOGRAPHER
写真家。『奇界遺産』(エクスナレッジ)シリーズは写真集として異例のベストセラーに。他著書に『奇界/世界』『PYRAMIDEN』『CARGO CULT』(朝日新聞出版)など。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国を巡回し13万人を動員。TBS系「クレイジージャーニー」他出演多数。
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WRITER
旅行と建築が好きなフリーライター。各地を訪ねながら、その土地ならではの住まいや暮らしの文化を取材している。現在マンションについて勉強中。趣味はランニングと筋トレ。
おまけのQ&A
- Q.今回の蘭嶼で、地下屋以外に一番印象に残ったものは何ですか?
- A.台湾南部というと、日本人旅行者が行くのはせいぜい高雄あたりまでですが、この屏東地域から蘭嶼まではまた台湾の原風景みたいな光景で、また別の国に来ている感覚でした。キリスト教とアニミズムの習合具合も独特で、興味深い景色がいろいろありましたね。
床下にご先祖様!? 佐藤健寿の奇になる住まい「台湾パイワン族の石板屋」