なぜ今「社宅」が必要か? 不動産エコノミストが語る「持つ経営」と「一等地の価値」

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これまで廃止や未保有の傾向にあった社宅や寮。住宅費や物価が高騰する中で福利厚生を重視する傾向が強まり、優秀な人材の確保という観点からもその価値が見直されつつあります。不動産エコノミストの吉崎誠二さんに、社宅や社員寮の現在地と今後について聞きました。

――1993年には200万戸以上あった社宅や社員寮(給与住宅)が2018年まで減少し続けた理由は?

 

吉崎誠二さん(以下、吉崎):90年代後半頃から「持たざる経営」がトレンドになったということが大きいと思います。「持たざる経営」とは、企業が生産するモノやサービスに直接的に関わらない不動産などのものは保有しないほうがいいという考え方で、2000年前後には実際に多くの企業が社宅や寮、保養所やそれに類するものなどを手放すようになりました。

 

ちょうどこの頃は分譲マンションの供給量が最も多かった時期ですが、企業が手放した社宅や寮などの跡地がマンション用地として活用されたという背景もあります。また90年代後半頃からは、過度に自らを犠牲にする働き方を疑問視する風潮から、住まいまで会社に依存することを否定するような向きもあったのだと思います。

1993年には205万1千戸あった給与住宅(社宅や社員寮)は、2018年には110万戸まで減少。しかし、2023年には130万2千戸と増加に転じた

▲1993年には205万1千戸あった給与住宅(社宅や社員寮)は、2018年には110万戸まで減少。しかし、2023年には130万2千戸と増加に転じた

出典:総務省「平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計 結果の概要」および「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」を基に編集部作成

――給与住宅の戸数は、2023年の調査でプラスに。2018年以降にプラスになっている理由として考えられるのは?

 

吉崎:大きく四つの理由があると思います。最も大きいのは企業の業績が好転したことでしょう。社宅や寮は資金がなければ整備できませんからね。二つ目は、企業の保有不動産戦略が見直されたこと。つまり、「持たざる経営」から「持つことを否定しない経営」への転換です。三つ目は、社宅や社員寮そのものが再評価され始めていることです。昨今はシェアハウスという住まい方も広がっていますし、以前と比べて帰属意識の高まりや共同生活に対する抵抗感も薄れてきているのでしょう。

 

そして四つ目は、家賃の高騰です。賃料は近年、都市部を中心に顕著に上昇しており、特に若年層にとって住居費の負担は深刻な問題になっています。こうした背景から、人材の採用や定着を目的のひとつとして社宅や社員寮を整備・拡充する企業も増えてきています。現在、大手企業に人的資本に関する情報開示が義務づけられていますが、社宅や寮の整備は非常に分かりやすい「人的資本経営」のひとつです。

 

――Z世代の就活生は企業の「福利厚生」を重視する向きが高まっているそうです。「価値観の変化」というのは大きそうですね。

 

吉崎:労働時間もかなり短くなっていますからね。AI化も進み、一昔前と比べて休日も増え、多くの人が余暇をどう過ごすか考えるようになっているのだと思います。社宅や社員寮に入居すれば、同期や同僚と時間を共有できる機会も増えます。

 

物価上昇が続き、同時に「時間の価値」も高まる中で、価値観も大きく変わりました。色々と理由を挙げましたが、企業側からすればお金もあるし、人的資本に投資する分かりやすい指標にもなる。社員からすれば、コスパ・タイパが良く、人とのつながりも生まれる。企業と社員、双方の利益が一致したことが、社宅や社員寮復権の最大の要因なのではないでしょうか。

吉崎誠二さんプロフィール

▲吉崎誠二さん。不動産エコノミスト、不動産関連企業コンサルタント。船井総合研究所上席コンサルタント、(株)ディー・サイン不動産研究所所長などを務めた後、2016年に社団法人住宅・不動産総合研究所理事長に就任。不動産・住宅などに関するデータ分析やコンサルティング事業のほか、執筆・講演活動なども精力的に行う。著書に「間違いだらけの住まい選び」、「『不動産サイクル理論』で読み解く 不動産投資のプロフェッショナル戦術」などがある

――バブル期やそれ以前に建てられた社宅や社員寮も多いと思いますが、有効活用に必要なのは?

 

吉崎:給与住宅が最も多く建てられたのは、1960年代から70年代です。当時は日本の産業構造が大きく変化した時代で、地方から都市部へと移り住む人が急増したため、その受け皿として社宅や社員寮が整備されていきました。次の大きな波がバブル期です。高度経済成長期に建てられた社宅・寮の多くはその後、改修や売却といった形で手が加えられてきましたが、バブル期に建てられたものはそのまま手つかずになっているケースも少なくありません。

「バブル崩壊以降は、不動産などを持たないオフバランス経営に移行した」と吉崎さんは言う

▲「バブル崩壊以降は、不動産などを持たないオフバランス経営に移行した」と吉崎さんは言う

企業が所有する遊休地や未利用地は近年、活用され減少傾向にありますが、社宅や寮を含め、十分に活用しきれていない低利用地は依然として多く存在しています。その代表的なもののひとつが、老朽化した社宅や社員寮です。

 

こうした資産の有効活用という観点で注目されているのが「一部賃貸化」です。改修や建て替えにかかった費用を賃料収入で回収できるため、コスト面でも合理的。敷地に余裕があれば、1棟を2棟としたり、上層階と低層階で用途を分けたりとやり方はさまざまで、社宅・寮としての機能を維持しながら収益も得られるハイブリッドな活用法として関心を集めています。

 

 

――老朽化した社宅や社員寮を社宅・寮以外にコンバージョンする事例もあるのでしょうか?

 

吉崎:そうですね。使い道が、必ずしも社宅や寮である必要はありません。たとえば、長谷工さんが手がけた敷地面積約7,200㎡の広大な敷地に立つJR東日本の旧社宅・寮をファミリー向け賃貸住宅やシェア型賃貸住宅などからなる複合住宅にリノベーションした「リエットガーデン三鷹」は、今どきで非常に良い事例だと思いますね。

東日本旅客鉄道株式会社の敷地面積約7,200㎡の広大な敷地に旧社宅及び旧寮をリノベーションにより利活用したシェア型賃貸住宅「シェアプレイス三鷹」、ファミリー向け賃貸住宅「アールリエット三鷹」などの大型リノベーション複合開発。長谷工リフォームがリノベーション工事を手がけた

▲東日本旅客鉄道株式会社の敷地面積約7,200㎡の広大な敷地に旧社宅及び旧寮をリノベーションにより利活用したシェア型賃貸住宅「シェアプレイス三鷹」、ファミリー向け賃貸住宅「アールリエット三鷹」などの大型リノベーション複合開発。長谷工リフォームがリノベーション工事を手がけた

画像出典:長谷工リフォーム

――近年、CRE(企業不動産)戦略が注目されていますが、社宅や社員寮の有効活用がこうした戦略の一環となることもあるのでしょうか?

 

吉崎:「持たざる経営」と「持つ経営」のどちらがいいのかという議論になってきますが、近年、法人が保有する不動産は増加傾向にあります。借り上げ社宅や住宅手当というのは支出でしかない一方で、社宅や社員寮は企業の資産になります。個人も企業も、本来的な資産価値というのは土地にあるのではないかという考えから「持つ経営」へとシフトしてきているわけです。社宅・社員寮の再整備や有効活用は、「無駄なものを抱え込まない」から「有用なものを持つ」という、時代の潮流に合った取り組みといえるのではないでしょうか。

法人が保有する賃貸住宅などは増加傾向にある

▲法人が保有する賃貸住宅などは増加傾向にある

出典:e-Stat「法人土地・建物基本調査」、および国土交通省「令和5年法人土地・建物基本調査 結果の概要」を基に編集部作成

――「持つ経営」へのシフトが見られ始めたのはいつ頃からでしょうか?

 

吉崎:コロナ禍前から兆しはあり、昨今になって加速しているように感じます。融資環境が良好な上に、最近はインフレで不動産の価値も上昇していますからね。もっとも、「持たざる経営」が取り沙汰される前は「持つ経営」が主流でした。

 

一般的に富裕層は「オールドリッチ」と「ニューリッチ」に大別されます。オールドリッチは、主に一等地の土地などを代々引き継いできたような層で、ニューリッチは起業や投資などによって資産を築き上げた層を指しますが、本当の意味で強いのはオールドリッチなんですよね。

 

マンション価格も昨今、著しく高騰していますが、長期的には下がる可能性もある資産です。バブルが弾けたことでいわゆる土地神話は崩壊しましたが、一等地の土地は今、バブル期を上回る価格で取引されています。多少の変動はあれど、古くから一等地を所有してきた層が富裕層の上位であり続けているのは世界共通です。社宅や社員寮が再評価されている動きは、ある意味で土地の価値の見直しを示しているといえるかもしれません。

 

 

――「時代は巡る」といいますが、持つ経営から持たざる経営が主流となり、今また持つ経営がトレンドになりつつあるということですね。今後も、持つ経営のトレンドとともに、社宅や社員寮の価値が見直されるような動きは継続するのでしょうか?

 

吉崎:未来のことを予測することは難しいですが、長期的に一等立地が強いというのは普遍的なものなのではないでしょうか。また、社宅や社員寮の整備をBCP(事業継続計画)の一環としている企業もあります。

 

たとえば大きな地震が起こったとき、しっかりと防災機能を備えた社宅や社員寮は社員を守り、場合によっては災害対策本部のような働きを担うこともできます。不動産価格や賃料の上昇、そして人材不足はしばらく続くでしょうから、社宅や寮の価値が見直される動きも一定程度続くのではないでしょうか。

「バブル崩壊以降続いてきた、不動産を保有することがリスクであるという感覚から、すでに変わってきているのでは」と吉崎さん

▲「バブル崩壊以降続いてきた、不動産を保有することがリスクであるという感覚から、すでに変わってきているのでは」と吉崎さん

――既存社宅・社員寮の有効活用、あるいは新築などを検討している企業へのご助言はありますか。

 

吉崎:新規取得にしてもリノベーションにしても、早めに検討すべきということでしょうか。不動産価格に加え、建築費も日に日に上昇していますからね。また、古い建物を改修するなら、ただきれいにするだけでなく、省エネ性能や耐震性能、設備、間取りなどを含めて現代の水準やトレンドに合わせることが大切になってくると思います。立地や広さ、容積率などによっては、一部を社宅や社員寮以外の用途として活用するハイブリッドな選択肢も視野に入ってくるでしょう。コストだけを優先して判断するのではなく、長期的な資産価値と従業員満足度の両面から検討することをおすすめします。

 

 

取材・文:亀梨奈美 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.「住宅手当」と社宅や社員寮にはどのような違いがあるのでしょうか?
A.吉崎:まず、社宅や社員寮のほうが税制メリットが大きいということが挙げられます。また、今の価値観からしても、気心の知れた者同士で共用スペースを使えるという点も社宅や寮の魅力のひとつだと思います。寮であれば、朝食を用意してくれるところまであります。社宅・寮が増えてきた背景に「価値観の変化」があるとすれば、住宅手当のような単なる金銭的な補助では生み出せない「人と人とのつながり」や「生活の豊かさ」を育めることこそが、社宅や社員寮の最大のメリットといえるのではないでしょうか。