マンションのエレベーター更新工事の着工納期が長期化しています。現状と備えとは。マンション管理コンサルタントの土屋輝之さんに聞きました。
なぜ今、エレベーター更新工事が長期化しているのか
――まず現状をお聞かせください。
土屋輝之さん(以下、土屋):2024年頃までは管理組合が決議を取ってエレベーター会社に発注すれば、半年程度で更新までたどりつけました。それが今は、1年半前後かかるのが当たり前になっています。
エレベーターは多くの場合、新築から25年ほど経った頃にメーカーから部品の製造が中止されるという告知が届きます。数年分のストックはあるため、実際に更新へ動くのは築28〜29年頃というマンションが多いですね。ただ、この時期になると在庫も少なくなってきますから、故障してもすぐに直せなかったり、中古の部品で対応せざるを得なくなったりする可能性があります。重い腰を上げてようやく工事を決議したのに、そこから1年、下手をすれば2年待たされるとなると、その間の不具合に対応しきれない事態にもなりかねません。
特に注意したいのは、保守管理をメーカーではなく独立系の業者に委託しているケースです。独立系は特定のメーカーだけを扱っているわけではないので、メーカー系の保守管理業者に比べると部品のストックが少ない傾向があります。独立系でもメーカーに問い合わせて部品を取り寄せることはできますが、メーカー系に比べるとどうしても時間がかかります。
――なぜ着工納期がここまで長期化しているのでしょうか?
土屋:理由はいくつか考えられますが、まずエレベーターが受注生産にシフトしているからだと思います。これまで高層マンションに設置されるような特殊なものを除き、汎用性の高いエレベーターは半製品の状態でストックを持ち、受注が入った段階で最終仕様に合わせて出荷するという方式が採られていました。しかし、最近は受注生産のような形式に変わったという説明を受けている管理組合もあります。
受注生産にシフトしている要因としては、やはりコストの問題が大きいと思います。エレベーターは国内に膨大な数があり、タイプも幅広く、サイズも規格もまちまちです。しかも安全基準が変わることもありますから、規格が変われば作り置きしていた基板は使えなくなってしまいます。また、エレベーターの制御盤や操作パネル、安全装置などに使われている半導体も顕著に高騰しており、日進月歩で進化していますから、多くのストックを持っておくわけにはいかないはずです。すべての産業に共通することですが、人手不足の影響も大きいでしょうね。
▲土屋輝之さん。さくら事務所 マンション管理コンサルタント。不動産仲介営業から新築マンション販売センター長を経る間に、不動産売買及び運用コンサルティング、マンション管理組合の運営コンサルティングなど、不動産に関連したキャリアを長年にわたって築き、さくら事務所参画。※所属会社・役職は取材当時のもの
現場で実際に起きている課題と対策
――エレベーターの着工納期が長期化していることによる課題は?
土屋:管理組合がエレベーターの更新工事を発注する際には必ず見積もりを取りますが、今この見積もりの期限が非常に短くなっています。個人宅のエレベーターならすぐに発注することも可能ですが、マンションでは見積もりをもらってから理事会や修繕委員会で検討し、総会で決議し、場合によっては交渉して発注を決めます。発注までにかかる期間は、早くても4〜5ヵ月ほど。それにもかかわらず、見積もりの有効期限がわずか10日間という事例も実際にありました。これは極端な例ですが、1ヵ月程度が期限の見積もりは決して少なくありません。
見積もりの有効期限を過ぎたら、当然、価格が上がる可能性があります。さらに、現在は着工まで時間を要しますから、さらに価格が上がる余地が大きいといえるでしょう。ただ、メーカーも値上げしたくて費用を上げているわけではなく、こればかりはどうしようもないことです。管理組合としては、10〜15%程度のバッファーを予備費として見ておくしかないと思います。
――予備費が取れないことを避けるために、早めに対策しておく必要もありそうですね。
土屋:そうですね。新築から25年程度で部品がなくなると告知され、30年程度で更新しなければならないことが分かっているわけですから、計画的に進めていくしかないと思います。32年、33年程度までなら使用できるかもしれませんが、そこから1年、2年と待たされるようであれば、これは避けるべきです。遅くとも28年目あたりから本格的に更新の計画を立て、30年目には確実に交換できるよう計画しておくのが肝要です。
知っておきたい工法・工期・費用の基本
――エレベーター更新工事にはどのような工法があるのでしょうか。
土屋:全撤去リニューアル・準撤去リニューアル・制御リニューアルの3つに大別されます。全撤去リニューアルはエレベーターをまるごと入れ替える方式で、準撤去リニューアルは一部を残して入れ替える方式。制御リニューアルは、エレベーターの電気系統を司る制御盤や電動機といった制御システムを中心に交換する工法です。
当然ながらすべてを入れ替える全撤去が最も時間がかかり、費用も高額になります。一概にはいえませんが、工期や費用の目安は以下のとおりです。
| 工期(目安) | 費用/基(目安) | |
|---|---|---|
| 全撤去リニューアル | 30日間ほど | 1,200万〜1,500万円ほど |
| 準撤去リニューアル | 20日間ほど | 700万〜1,000万円ほど |
| 制御リニューアル | 10日間ほど | 500万〜700万円ほど |
――どの工法が選ばれることが多いのでしょうか。
土屋:統計を取ったわけではありませんが、現在は準撤去リニューアルが主流です。準撤去といっても、残すのは各階の乗り口の枠やかごの骨組み、移動するためのレールなどだけですから、見た目については全撤去と見分けがつきません。
――制御リニューアルの欠点は?
土屋:見た目が大きく変わらないということに加え、ほとんどの場合「既存不適格」が解消されません。既存不適格とは、現在の法令に適合しない状態を指します。たとえば、制御盤などのリニューアルだけでは、2009年に義務化された「戸開走行保護装置」を備えることはできません。既存不適格だからといって使用できないことはなく、日本のエレベーターは総じて安全性が高いですが、行政は早急な対応を推奨しています。
▲戸開走行保護装置とは、エレベーターのドアが開いたまま動くのを防ぐ安全装置
画像出典:国土交通省
――発注から着工だけでなく、工期も長期化しているのでしょうか?
土屋:工期が延びているという感覚はありません。むしろ、準撤去リニューアルが選ばれることが増えているので工期自体は短縮している印象があります。とはいえ、短くても10日前後、長ければ1ヵ月ほどエレベーターが使用できなくなってしまいますから、その間は住民の皆さんに苦労を強いることになります。
特にエレベーターが1基のみで、ご高齢の方が多いマンションは、事前の周知と対策が不可欠です。お金の問題以上に、工事中の住民の暮らしがハードルとなって更新の話が進まないケースもあります。
私の知る中には更新工事中の1ヵ月間、軽井沢の別荘に行くという方もいましたが、資金的に余裕がある方ばかりではありません。エレベーターは、マンション住まいの方にとって重要なインフラの一つです。ご病気や、体が不自由な方には、低層階にあるゲストルームに仮住まいしていただいたり、ホテル住まいを検討していただくなど、対策を検討する必要があります。
未来を見通しづらい時代に、管理組合はどう備えるべきか
――エレベーターの更新に向けて管理組合ができる備えを教えてください。
土屋:エレベーターの更新に限ったことではありませんが、長期修繕計画については今一度よく確認していただきたいですね。管理会社は専用のシステムを使って長期修繕計画を作っていますが、このシステムの単価が見直されていない可能性もあります。近年はさまざまな資材や設備の価格が顕著に上昇していますから、単価が数年前のままでは計画上の金額と実際にかかる費用とが大きくかけ離れてしまうおそれがあります。
外部の専門家にレビューしてもらうのもいいと思います。長期修繕計画の策定ではなく、セカンドオピニオンのようなものであれば、そこまで費用がかかるものではありません。
▲土屋さんは「エレベーターの更新は2年前に動き始めればちょうど良く、そこまで時間をかけて検討する項目は多くない」とも話す
――エレベーターの更新工事だけでなく、ありとあらゆるものが高騰しています。インフレもある程度考慮して修繕計画を立てるべきなのでしょうか。
土屋:どこまでインフレ率を見込んでおくかという議論もあります。資材価格や建築工事費は近年、年率0.5%や1%ではきかないほど値上がりしていますが、仮に年2%、3%のインフレ率を考慮して30年間の長期修繕計画を立てるとすると、とんでもない金額になってしまいます。最近は「次の大規模修繕工事までは今の価格を参考に予算を立てる」という結論に行き着く管理組合が多いですね。もちろん、定期的に修繕計画を見直すというのが大前提です。
これはあくまで推測の話ですが、昨今はAIやロボットの進化が目まぐるしいですから、将来的には足場をかけずにマンションの修繕ができる時代がやってくるかもしれません。今とは比べものにならないほど高耐久な資材が出てくる可能性もあります。実際にこうしたことを議論する管理組合も少なくありません。現在はこれまでと同じように修繕計画を立てるしかありませんが、考え方を変えなければならない時代がそこまで来ているような気もしています。
取材・文:亀梨奈美 撮影:石原麻里絵(fort)
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.エレベーターの更新工事を先延ばしする方法はあるのでしょうか?
- A.土屋:更新時期を無理に延ばすのは、あまり賢明とはいえません。エレベーターで消耗する部品はある程度決まっているので、それを大量にストックして修繕周期を引き延ばそうと考える管理組合さんも実際にいます。ただ、エレベーターはあくまで人を乗せて運ぶ設備。コストを優先するあまり、安全をないがしろにするような使い方は避けたいところです。
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