読めて探せる不動産エンターテインメントサイト「物件ファン」と、マンションプラスによるコラボ企画は、「自分でマンションを購入した女性たち」を取り上げた前回シリーズに続き、“二拠点生活”をテーマにした第2弾に突入しています。今回は、関東の自宅と、香川の自然あふれるマンションを行き来する細沼ちえさんのケースをお届けします。
▲細沼ちえさん(スタイリスト)/埼玉県出身。アパレル会社勤務後、スタイリストのアシスタントを経て2009年に独立。雑誌や広告など幅広い媒体で活動し、ファッションにとどまらず小道具や空間などのプロップスタイリングも手がける。2023年より香川に拠点を持ち、関東と行き来する二拠点生活を送っている
好きな場所が、もうひとつの拠点になるまで
穏やかな海景に島々が点在し、「瀬戸内海の多島美」と称される、美しい景観を持つ香川県。海へも気軽に足を延ばせる山の麓の閑静な住宅街に、ひときわ目を引く一画があります。
山の傾斜に沿って、波のように連なる建物。自然と共生するように佇む、まるで絵本の世界へ迷い込んだかのような集合住宅が、東京で生活する細沼さんのもうひとつの住まいです。
▲玄関とリビングをつなぐトンネルのような廊下
玄関扉を開けるとアーチ状の廊下が続き、その先には、壁一面の大きな窓から光が注ぐリビングが待っていました。山に覆われるように建てられているため、ベランダに出ると木々が目の前に広がります。
「朝には斜面をつたって、他のお部屋で飼われている猫たちが遊びに来るんです」と細沼さん。そんなのどかなひとときが、ここでは日常です。
▲リビングの大きな窓の外には、クヌギやコナラをはじめとする樹木が枝を伸ばしている
東京でスタイリストとして活動する細沼さんが、初めて香川の魅力を知ったのは、2019年のこと。関東で生まれ育ったため、西日本、ましてや四国には縁もゆかりもありませんでした。
「建築が好きなので、いつか香川に行って丹下健三が設計した県庁舎を見てみたいと思っていましたが、東京から四国は遠いというイメージがあり、なかなか実行に移せませんでした。2019年の瀬戸内国際芸術祭でようやく訪れることができ、海と山が近くてごはんもおいしい香川に、また来たいと思うように。私自身は山や海が近くにない環境で育ったので、どちらにもすぐ遊びに行ける場所への憧れもありましたね」
▲美しい空と海が広がる、高松沖の女木島(めぎじま)
その直後に訪れたコロナ禍。旅が好きで、世界各地を訪れていた細沼さんにとって、旅に出られないもどかしさを抱える日々が続きます。そんな閉塞感を静かにほどいてくれたのが、折を見て訪れていた香川でした。短期滞在を重ねるうちに、旅先としてだけではない、この土地との関係が少しずつ育っていきました。
二拠点生活の始まりは、ひとつの部屋との出会いから
香川への関心が高まる中、土に埋もれ、山の斜面と一体化するように立つ、ユニークな集合住宅に目が留まりました。
▲ベランダの手すりに取り付けられた散水栓の向こうは、視線の高さとほとんど変わらない位置に地面がある
「ジェフリー・バワ(スリランカの建築家)が好きなんです。人間は特別な存在ではないという考えのもと、自然や環境と共生する建築がバワの特徴です。この物件にも通じるものを感じています」
さらに建物について調べていくうち、構造や考え方への共感が深まり、興味は次第に「住みたい」という願望へと変わっていきました。
▲傾斜のある地形を活かし、山の中に居室が潜り込むかのように設計されている
当時、部屋は満室。それでも「いつか住みたい」という思いはずっと心のどこかにあり、さまざまな偶然やご縁がつながったことで、空室が出ると知った細沼さん。しかし、即決はできなかったそう。
「いきなり移住はできないな……と。スタイリストは都会にいないとできない職業。それに、なにより、いまの仕事が好き。すぐには手放せないと思いました」
▲壁をくりぬいたかのようなアールの窓から光が差し込むサニタリー
悩みに悩んだ細沼さんは、ついに二拠点生活を決断します。
「このタイミングを逃したら、次はもうないかもしれない。思い切って借りることにしました」
そうして2023年6月、関東と香川の二拠点生活が始まりました。
季節の気配と暮らす、緑に包まれた住まい
細沼さんが借りたのは、間取りこそシンプルな1DKながら、唯一無二のつくりを持つ部屋です。特に、大きな窓辺にあるベンチは特等席。
「土が近いので、カタツムリやミミズを見かけることもありますし、野鳥も遊びに来ますよ」
鳥や虫の声、色づく草木、自然がにじむような香りで気づく、四季の気配。「『今年は梅雨が早いな』と感じたり、季節の移ろいはすごく身近になりました」
クローゼットを備えた寝室もまた、洞穴を思わせる佇まい。まるで自然とつながっているかのようなつくりです。
▲巣ごもりしている気分が味わえそうな寝室への入り口
部屋の中には、これまでさまざまな国々を訪れた細沼さんが、旅先から持ち帰った雑貨や器が並びます。
一方で、高松市庵治町(あじちょう)の石材店から生まれた「AJI PROJECT」の庵治石のプロダクトや、素朴な表情の張子など、香川の風土を感じさせるものもさりげなく置かれていました。異なる土地で出会った雑貨たちは不思議なほど自然に溶け合い、スタイリストである細沼さんの審美眼が空間の随所に感じられます。
▲庵治石のオブジェと並んで置かれている香木のパロサント。打ち合わせの合間などに焚いて気分を切り替えるそう
香川の自宅でのお気に入りの過ごし方は、「特に何もしない」ことなのだそうです。窓辺のベンチで好きな本を読んだり、スケッチブックに無心で色を重ねたり。
▲クレヨンや絵の具で自由に色を重ねる時間は、無心になれるひとときだそう
夏には、水着の上にワンピースという軽装で船に乗り、高松港から20分の女木島へ向かうことも。
「香川の人って意外と島に遊びに行かないようで、いつも人が少なくてプライベートビーチのように過ごせるんです。海で泳いで、おそうめんとアイスを食べて、15時くらいの便で帰る。夏休みの小学生みたいな過ごし方をしています」
▲女木島と男木島を結ぶフェリー「めおん」
渋谷へ行くのも香川に来るのも同じような感覚
月のおよそ3分の1を香川で過ごしている細沼さんにとって、二拠点を行き来する移動時間も楽しみのひとつ。陸路、海路、空路と、気分に合わせてルートや手段を使い分けられることにもおもしろさを感じています。
「明日、香川に帰りたい」と思い立ち、翌日の航空券を取ることもあるのだそう。
「私の中で、渋谷へ行くのも香川に来るのも一緒なんです」
そんな言葉からも、持ち前の軽やかなフットワークが伺えます。
▲巣穴のような丸い開口から顔を覗かせる張子の小鳥
都心では現場に出て仕事に全力を注ぎ、香川では心身を癒やす。香川で仕事をする場合はアポの調整や打ち合わせなど、自宅でできる事務作業のみ。コロナ禍以降、オンラインで仕事を進めやすくなったことも、この暮らしを後押ししています。
「都心にいるときは常に仕事モード。職業柄、リサーチすることが多いから、情報量が膨大でいつも脳がフル稼働なんです。だから香川で一旦シャットダウンして、脳内をリフレッシュする。そういう場所をつくって本当によかったと思っています」
▲張子の灯台は瀬戸内国際芸術祭で出会ったもの。「手作り感のあるものが好きなんです」
中でも意外な発見だったのは、高松空港の存在です。
「これまで海外へ行くときは、大規模な国際空港しか利用したことがなかったので、『地方空港から出国するのはどんな感じなんだろう?』と試しに利用してみたら、混雑や待ち時間が少なくて、すごくラク。『高松空港、穴場!』とうれしい発見でした(笑)」
▲チュニジア、ベトナム、モロッコ、バンコク、バリなど世界中から持ち帰った食器たち
海外への旅が好きな細沼さんにとって、高松空港から海外へ軽やかに飛び立てるのは大きな魅力。現在、高松空港の国際線は、ソウル・釜山・上海・台北・台中・香港の6都市への直行便があり、それらを起点に他の国へと旅立てるルートを探しながら、フル活用しているといいます。
「ソウル経由でジョージアに行ったり、香港経由でベトナムに行ったり。飛行機の乗り換えが楽しいんです」
「まずは動いてみる」がひらいた二拠点生活
もともとフットワーク抜群の細沼さんですが、拠点が増えたことでより軽やかに。さらに、二拠点生活は仕事にも好影響をもたらしているそうです。
「やりたいことをやっているから、いつも自分の機嫌がいい。そうすると仕事もはかどりますし、旅先の話をきっかけに仕事に繋がることもあります」
▲四国×アウトドアがテーマの雑誌『YON』。細沼さんも1ページ寄稿している
二拠点生活を始めるにあたって、不安がまったくなかったわけではありません。都心でのスタイリストという仕事との両立にも、未知数な部分がありました。それでも最終的に背中を押したのは、「やらずに後悔だけはしたくない。まずは動いてみる」という考え方。
「不安なことを数え始めたら、『やっぱりやめよう』という気持ちに引っ張られてしまう。そこに注目するよりも、やってみていい方向に目を向けたほうが気分もいいし、自分自身の状態もいい。それが一番です」
今後について尋ねると、細沼さんは「いつまでに」「どこで」といった明確な設計図は、あえて持っていないのだと明かしてくれました。
「海外に拠点を持つとか、家を買うとか、まだやっていないことには挑戦してみたいとは思っていますが、いつまでにとか、どこにというのはありません。でも、決めたら動くのは早いんだと思います」
二拠点生活や移住に興味のある人へ、「なんとかなるからやってみて」と朗らかに背中を押す細沼さん。不安よりも心の動きを信じて、一歩を踏み出す。そのまっすぐな姿勢こそが、自分らしい暮らしをひらく鍵なのかもしれません。
物件DATA
所在地:香川県

取材・文:山中みく 編集:中野純子 撮影:桂伸也
WRITER
香川県出身。古着と映画と旅が好き。 @miku_yamanaka
おまけのQ&A
- Q.最近の旅で見つけた、おもしろい移動ルートは?
- A.関西空港と神戸空港の間を船で移動できると知り、一度使ってみたかったので、海外からの帰りに利用しました。関空から船に乗り、神戸空港まで約30分。さらに電車で三宮へ移動し、最後はジャンボフェリーで香川へ、というルートで戻ってきました。
【いまこそ、二拠点生活。 vol.3】「海と空と太陽のアトリエで、遊ぶように働く。伊豆で実現したウェルビーイングな暮らし」